魔法使いの知らないソラ
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第一章 日常と非日常
第四話
<AM2:30>
冬の冷たさが頬を掠め、全身を凍えさせる。
吐息ははっきりと見えるほど白く、現在の気温が低すぎるのを感じさせる。
そんな真冬の夜の世界を歩く、相良翔とルチア=ダルクは先頭を歩く井上静香のあとに着いて行っていた。
気づけば森の中を歩いており、道なき道を迷うことなく進んでいる。
進んで辿りついた先にあったのは、古い西洋の雰囲気漂う洋館だった。
濃セピア色のレンガで作られ、左が二階、中央が三階、右が二階建ての左右対称の構造となっている。
古びた雰囲気を出しながらも、決してボロいわけではなく、それなりに手入れがされているようで周囲の庭には、雑草や木がなく、綺麗な花が咲いていた。
さっと周囲を眺めていると、静香が二人の方を向いて言った。
「ここに、あなたたちに会わせたい人がいます。 さ、入りましょう」
「「はい」」
ほぼ同時に返事をすると、2mはある大きく白い扉を引いて開けた。
そして中に入った翔とルチアは再び奥に進む静香のあとを追ったのだった――――――。
***
洋館の中は様々な彫刻が壁に刻まれ、天井にはシャンデリアがあり、高級感を出していた。
階段は螺旋階段となっており、ぐるぐるとしながら登っていく。
恐らく移動しているのは外から見た、中央一階から三階なのだろうと思った翔は最上階の部屋にいる人こそが、会わせたい人なのだろうと察した。
三階に来ると、たった一本の道になっていた。
横幅約4m、天井との間6m、そして一番奥にある部屋までの距離約25mと、随分と広く長い道となっていう。
その奥にある部屋こそ、会うべき人がいる場所なのだろう。
そう思いながら奥に進み、ドアの前につくと静香は軽くノックを二回する。
「“瞳さん”入ります」
瞳さん、という人名を言うと静香は左ドアノブを捻って引いて開ける。
そして翔とルチアは共に中へ入った。
「いらっしゃい。 待ってたわ」
「‥‥‥」
透き通るような声に、少し低い音程の声が彼らの耳に入る。
淡く金髪の入った首まで伸びた髪
黒いボーダーワンピース姿
そして全てを見透かしているかのようなエメラルド色の瞳。
その女性こそ、井上静香があわせたかった女性。
「私は『|斑鳩 |瞳』。 今は警察の『魔法使い対策本部』の署長をしているわ」
魔法使い対策本部、それは恐らく前回、静香が話していた魔法使いを取り締まる警察内の部署のことだろう。
その署長を務めているお偉いさんらしい。
‥‥‥だが、署長と言うイメージとは程遠い容姿に翔は疑問を抱く。
彼女は身長からいえば翔と変わらないほど。
大人びた雰囲気はあるものの、年齢は想像でも20代前半と言ったところだ。
そんな彼女が署長とは、凄い人なんだなと思った。
そんなことを考えていると、静香が翔とルチアをそばにあるクリーム色のソファーに誘導したので二人は従ってそこに座った。
「紅茶を用意してきますから、瞳さんはお二人にお話しを先にしててください」
「ええ。 ありがとう、静香」
二人はそう言うと、静香は側にある小さな小部屋サイズの台所に向かっていった。
残った瞳は、翔とルチアに軽く微笑みながら、自己紹介に付け足しをするように話す。
「二人も静香と同じ高校なんでしょ? 私もあそこのOBなの」
「へぇ‥‥‥先輩とはどう言うご関係で?」
「私も、元は魔法使いでお二人のように戦っていたの。 静香とはその時に知り合ってね‥‥‥彼女が魔法を使い始めたときは、私が手ほどきをしてあげたのよ」
つまり瞳さんと言う存在は、静香にとって師匠とも言える存在となる。
二人の関係になっとくすると、ルチアが質問をする。
「‥‥‥私達に用があると聞きましたが、なんですか?」
ルチアは、恐らく瞳さんの聞きたいことを既に察している。
それを察していながらも聞いたのは、今の時刻が既に2時を過ぎていることにあるのだろう。
あと6時間もしないうちに学校が始まる。
睡眠の時間も惜しんで着ているので、さっさと聞きたいというのが本音なのだろう。
それを察したのだろうか、瞳さんは苦笑いしながらごめんなさいと謝ると、静香が紅茶を持ってきたと同時に本題に入った。
「実はこの頃、魔法使いによる事件が多発しているの。 ルチアは気づいているみたいだけど、事件はここひと月の間に倍増している」
「ええ。 それは、私も感じていました」
「‥‥‥」
ここまでの話で、翔はまったく会話に参加できなかった。
まだ3日しか、この場所に来てから経過していないのだから、何も知らないのは当然なのだろう。
だが、それならば自分がここにいる意味なんて‥‥‥と、少なからず寂しさを感じていた。
そう思いながらも、話は進んでいく。
「今までは私と静香、あとは別にいる魔法使いの人達がいたからどうにかなっていたのだけれど、今は人手不足なの。 おかげで‥‥‥何人も、助けられなかった人がいる」
「‥‥‥」
瞳さんの表情が、暗く辛いものとなる。
これは、後悔の表情。
何もできなかった事への後悔。
それが、こちらに伝わってくる。
「だから、私があなたたちを呼んだのは、あなたたちの力をかしてほしいからなの」
「‥‥‥それは、私達も魔法使い対策本部の一員になって欲しい、ということですか?」
「ええ。 その通りよ」
ルチアの答えに頷くと、静香が自分の意見を述べた。
「ルチアさんの魔法も、相良さんの魔法も、どちらも高レベルの魔法でした。 特に相良君の魔法はかなり貴重な――――――|純系魔法使い(ピュア・マジシャン)の類に入ります。 それはとても頼もしい力となります」
「やっぱり、純系‥‥‥」
「?」
静香の言った単語に、ルチアが大きく反応する。
翔は逆に、まったく知識がないだけに頭にハテナマークを浮かべる。
瞳さんもへぇ~と興味深そうに反応すると、何も知らない翔に説明をする。
「魔法使いは、大きく4つ。『武器系魔法使い』一番多い種類で、何かしらの武器を手に持つか装備する魔法使い。静香やルチアがその類に入るわね。
『生物系魔法使い』比較的珍しい種類で、魔法使い自身は短剣や拳銃などの小型武器で、『魔獣』と呼ばれる魔法を使う生物を操って戦うことができるの。
『精霊系魔法使い』とても稀少的な種類で、この世に存在するとされている精霊と契約した魔法使いのことを指す。精霊の加護を受けて戦う。
‥‥‥そして『|純系魔法使い(ピュア・マジシャン)』。 全ての魔法の根源にして基準となる魔法であり、現代では精霊系よりも稀少な魔法使い。 自らの体内にある魔力を使い、魔法を使う。 武器系などの全ては、この純系から変化して生まれたものとなっていると言われているわ」
「俺に‥‥‥そんな力が‥‥‥」
翔は不意に、自分の両手を見つめる。
思い出すのは、先ほどの戦いで魔法を使った自分の姿。
刀を使い、雷を纏い、湖の加護を使ってなど、思い返せば自分の魔法は色々と万能で種類が多いなと思った。
ルチアの魔法は鎌を使うか、遠距離からの魔法の二つだけだった。
それに比べて自分は‥‥‥と、深く考えた。
「相良君には才能がある。 私も静香も、その力が必要よ。ルチアの力も、かなり強い。 私は二人の力に期待しているの」
瞳さんがそう言うと、ルチアは少し考えて‥‥‥はっきりと頷いた。
「はい。私にできることがあるのなら、力を貸します」
「ええ。ありがとう」
嬉しそうに瞳さんは頭を下げると、残された翔に三人の視線が一気に向く。
「俺は――――――っ」
翔は『俺も力を貸します』と言おうとして、口を噤んだ。
その場の流れに飲まれそうだった彼は、自分の過去の記憶を思い出してその流れから脱した。
そして冷静に考えて、ちゃんとした答えを出す。
「俺は――――――」
静かに立ち上がり、出口に向かって歩き出す。
そして扉の前で振り向き、3人に向けて頭を深く下げて答えた。
「俺は手伝いません。 では、俺は帰ります」
そう言って翔は、扉を開けて洋館から立ち去っていく。
「相良‥‥‥君」
「‥‥‥」
残された3人は、ゆっくりと去っていく翔の背中を、ただ眺めていることしかできなかった。
そして頭から離れないのは、不意に見せた――――――相良翔の、辛く苦しい表情だった。
***
<AM4:00>
「げ‥‥‥もう朝じゃん」
家に帰宅した翔は、壁に吊り下げられている円形の時計に目をやった。
時計の針は四時丁度になっており、すでに睡眠の時間が2時間も残されていないことを知る。
「夕飯食べ損ねて、寝る時間もないなんて‥‥‥地獄だ」
頭を抱えながらも、翔はとりあえず疲れを抜くためにベットに倒れこむ。
仰向けで寝転がると、真っ白の天井を見つめた。
「‥‥‥期待、か」
そしてボーっとしながら、先ほど瞳さんが言っていた言葉を思い返していた。
期待、その単語が翔の中で木霊する。
「‥‥‥俺は、期待されないためにここに来たんだ」
そう言うと翔は、力強く拳を握る。
そして一気に脱力すると、今までの疲れがどっと溢れてきたので、それに身をゆだねて眠りについたのだった――――――。
意識が落ちる前に翔が思い返したのは、小さく微笑んだ、ルチア=ダルクの姿。
‥‥‥そして夢に見たのは、翔の辛い過去のエピソードだった――――――。
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