相棒は妹
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志乃「……」
綾乃と健一郎と徹夜でゲームをしたその日は、もう疲れ過ぎて午前中ずっと寝ていた。そのため、いつの間に綾乃と健一郎が家を出たのか分からない。俺の事を起こしてくれれば良いのに。
俺が起きたのは午後十三時頃。ゲームを終えたのが朝の六時頃だから、寝足りない方だ。とはいえ、今日という一日を寝るだけで終わらせるのはなんか面白くない。
というわけで、俺は目覚ましに昼飯を作る事にした。志乃が今起きているのかは分からないが、一応あいつの分も作っておく。
まぁ、俺はそこまで熟練度高くないから作れるものは限られるんだけどな。でも志乃は料理出来ないし、毎日インスタント系食うのも体に悪いから、やっぱり作らないと。
俺は数少ないメニューの中で、朝飯に近いものを考える。正直、食欲湧かない。
その時、階段を下りる音が聞こえてくる。志乃の奴、今起きたのか?
そう思って階段の方を振り返ると、ちょうど妹が階段を下り終えたところだった。そこで俺と目が合い、
「……」
無視かよ。
まぁいつもの事だ。気にする事でも無いだろう。
だが、俺はそこで気付く。
志乃はパジャマ姿では無いという事に。まさかこいつ……
「お前、俺より早く起きてたのか?」
そこで俺が起きて飯作ってるから降りてきた、と。じゃあこいつ、飯食ってないの?
「……」
「いや、なんか喋ろうぜ?」
何故か妹は無視を決め込んで、ソファに座って新聞を広げている。お前普段新聞読まないじゃん……。
「なぁ聞いてんの?とりあえず、飯食うか?」
「……」
そう聞いても志乃はぶすっとした顔で新聞を読んでいる。完全に無視しているあいつに、ちょっとカチンときた。
「少しは喋ったらどうなんだ?俺だってそういうのが好きなわけじゃねぇんだから」
すると、志乃はこちらを向いて一言。
「殺す」
「え?」
こいつ今何て言った?兄である俺に対して何て言った?殺す?何で俺こいつに殺されなきゃいけないの?
そこで俺は咳込んで、続いてティッシュで鼻をかむ。昨日辺りから鼻水よく出るんだよなー。花粉症きついわ。
そんな俺に対し、志乃はさらにイラついた顔をする。なんだ今日のこいつ。何で俺にキレてんの?
「志乃。言いたい事はちゃんと言えよ。何で俺がお前に殺されなきゃなんねえの?」
「……」
俺は志乃の答えを聞くべく、沈黙を沈黙で返す。あいつの顔を見据え、返答だけを求める。料理なんて後回しだ。
そこで、志乃は溜息を吐き、再び新聞に目を戻してからボソッと言った。
「兄貴、人の話は聞いた方が良い」
「は?だから今、お前『殺す』って言ったじゃん。答えになってなくね?」
ちゃんと人の話聞いてんじゃん。俺に耳が無いって言いたいのこいつ。お前の耳の方が変だろ。そしてお前も変だ。
当然の顔をしながら俺が志乃の答えを待っていると、志乃はまた一言だけ呟く。
「……風邪」
「風?……風邪?」
ん?なんか聞き覚えが……ちょっと待て、『風邪』と『殺す』?
あ。
志乃の意図がやっとつかめた俺は拳を握り、静かな足取りでソファにいる志乃の方に向かって歩き出し――
新聞を読んでいる妹に対し頭を下げる。
「本っっっっっ当に、すんませんでしたっ!!!」
ソファに座ってのけ反っている志乃の頭辺りに到達するぐらいに頭を下げる。これが普通の兄の姿なのだろうか。どちらかというと、浮気をしちゃった結果嫁に頭を下げるような……。いやいや、こいつは嫁じゃない。妹だ。
って、そんなのはどうでもよくて、今はとにかく妹に謝らなきゃならない。マジで。
これは完全に俺が悪い。妹は『殺す』以外は正しい事を言っていた。そして、それを冗談と捉えた俺は完全に、忠告を頭から放り出しちまっていた。
――『兄貴、喉壊したら殺すから』
昨日、風呂上がりに志乃から言われた言葉。それを俺は本気と受け取っていなかった。
いや、普通本気にしないでしょ。『殺す』とか『死ね』とか言われてマジに受け取る奴、そうそういないよ?つか、俺殺されんの?
俺も薄々気づいていた。俺のこの症状は花粉症では無いと。深夜にひっそり熱を測った時の事を思い出すと余計にそう感じる。
俺、恐らく風邪引いた。
この事実を、俺はどうやって志乃に伝えればいいのだろうか。というより、伝える必要があるのだろうか。
この妹にそんな事を言えば、恐らく俺は毒を盛られて死ぬだろう。これがガチな気がして本当に怖い。
仮にそれが無いとしても、こいつは風邪を引いた俺の面倒を見やしないだろう。絶対に。
でも俺が知らんぷりをしたら、もしかしたら風邪を志乃にうつしてしまうかもしれない。ピアノの練習が出来なくなってしまう。それだけは何とかして避けたい。
そこで俺は……
「悪い志乃。ひょっとしたら俺、風邪引いたかもしれ……」
素直に打ち明ける事にしたのだが……その前に世界が暗転した。
あぁ、俺妹にアッパー食らったんだ……。
*****
気付いたら、俺は自室のベッドに寝かされていた。
横を見ると、志乃がリンゴをむいていた。って、こいつ包丁上手く使えたっけ?
そこで志乃が俺と目を合わせる。そして、優しげな笑みを浮かべて一言。
「まだ寝てないとダメだよ兄貴。熱下がってない」
俺は言葉を失った。
今、こいつ何て言った?でもって、何でこんなに家庭的?これは夢か?
自分の手で頬をつねる。痛い。これは、現実……!マジで?
志乃はリンゴをむき終え、包丁で食べれるサイズに切って、フォークに刺して俺の口に移動させる。
「はい兄貴、食べて」
お前今までそんな可愛い顔しなかったじゃん。
そう言ってからかおうとしたが、驚愕に言葉が出ない。
そうしている間に一口サイズのリンゴは俺の口に迫り――
何故か、息苦しくなった。
*****
「……。……ぁ。……ふごっ!ふごぉぉう!」
奇妙な鳴き声と共に、俺の意識は覚醒する。って、え?
俺はソファに寝かされていた。そして、真上には妹の顔。無表情な表情は何を考えているのか読めず、ただただ俺を見下ろしていた。……くそう。
文句を言おうと口を開けるも、何故か声が出ない。あれ?どうした俺の声帯よ。
そこで、俺は口が封じられている事に気付く。これって、まさか、ガムテープ?これ現実?さっきまでのは何?夢なの?夢だったの?
そこで、俺は改めて酸素が思うように吸えていない息苦しさを感じる。花粉症&風邪により鼻が炎症を起こしていて、空気が通らない。そして口はガムテープによって塞がれている。
つまり、俺は窒息しそうであって……。
「ぐっほぁああ!がはぁ、がっはぁ」
急いでガムテープを取る。やっべぇ、マジで今のはヤバい。下手したら窒息死してるぞ。
勢いよく頭を上げたいところだが、俺の真上にはズーンと妹の顔が置かれている。コイツ……無表情で俺を見下ろしやがって。リンゴをむいていたお前は嘘だったのかよ。まぁ、あれが現実だったら逆に怖いかも。
「……良い夢は見れた?」
「……」
妹がボソッとそんな事を言ってくる。おい、内容教えてやんぞ?お前死にたくなるから。
いや、その前に俺が避難の目を浴びる事になるから止めておこう。その辺はもう分かっている事だ。学習したんです!
「お前、もしかしたら俺本当に死ぬところだったんだぞ。謝れ」
「その前に兄貴が謝れ」
「すいませんでしたマジで志乃さん舐めてました」
俺はソファに寝たままで妹に対して敬意を示す。いや、これ敬意とか伝わってるか?むしろバカにしてるようにしか見えないんじゃ……。
「分かってるなら良い」
え!?良いの?仰向けの状態で謝って許されんの?だったら最初の時点で許せや!マジで殺る気かお前!
心中で必死にツッコみながら、妹の恐ろしさを改めて痛感した俺であった……。もう、兄貴って呼ばれてもバカにしてるようにしか聞こえないや。
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