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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  四十三話 因縁

 デュラハンによる街の被害は予想よりも少なかった為復旧作業は月詠配下の神と人間の衛兵達が請負う事になった。
 僕と諏訪子は月詠の進言もありとりあえず七枷の郷へと戻ることにした。
 郷に着いた頃には日は傾き街のあちらこちらの商店では女性達が夕餉の支度をする為か陳列している品物と睨めっこをしていた。

「う~~~ん!久しぶりの我が家だーーー!!」

 隣りを歩く諏訪子が両腕を天に向け伸びをしながらそう言い放つ。

「久しぶりって数日も経ってないでしょ、それにまだ神社じゃないよ」

「何言ってるのさ数日も、だよ!それとあたしにとって、と言うかあたし達にとって郷そのものが家みたいなもんじゃん!」

 帽子のつばを右手で押し上げながら諏訪子は上目使いで僕を見つめそう言った。

「そうだね、確かにその通りだ」

 諏訪子の言う通り僕達にとって郷そのものが家と言っても過言じゃない。改めて街の様子を見渡しながら此処で過ごした時間を振り返る。
 百年ちょっと、僕が生きて来た時間と比べれば本当に僅かな時間だというのにこんなにも心に色濃く刻まれている。きっとそれは家族と過ごした時間だからか。
 家族と言えば西の大陸で一緒に旅した二人は元気だろうか?あれから数百年経ってるけど…まぁあの二人なら大丈夫か。
 空に目を向けるとまだ青い空に薄っすらと月が見えた。僕にとっての家族が居る場所、僕を生かしている願い、そんな考えが過ぎった瞬間一つの疑問が沸き起こる。
 じゃぁ此処にいるのは本当の家族じゃないのか?
 そんな事は無い、ここに居るのも家族だ。でももし願いが叶う時がきたら僕はどちらを選ぶのだろう?
 そんな思考に陥っていた僕を諏訪子の声が現実に引き戻した。

「…ちょっと虚空?聞いてる?お~~~い!」

「あ~ごめん聞いてなかった、何?」

「まぁいいけど、ちょっと小腹が空いたから畳屋にでも行こう、って言ったの」

「そうだね夕飯まで時間もあるし行こうか」

 諏訪子の提案を受け僕達は畳屋を目指す事にした、その向かう途中の曲がり角で僕は知り合いの背中を見つけ声をかける。

「おーい文」

 声をかけられた黒い羽根を持つ少女、文は振り返り気だるそうな目を僕に向けながら面倒臭さそうに返事を返す。

「……どうも盟主殿」

「何処かに出かけてたのかい?」

「……ええ、まぁ」

 僕の質問に文は「どうでもいいでしょう」と言った感じで適当にあしらってくる。椛が言っていたみたいに本当に明るい子だったのかな?……僕に対してさほど興味が無いだけかもしれない。

「……虚空、誰?」

 隣に居た諏訪子が僕の服の裾を引っぱり視線で文を指しながらそんな疑問を口にする。

「あぁそうか諏訪子に説明しないといけなかったんだ!忘れてたよ。」

 天狗の一族との事を諏訪子に説明するのをすっかり忘れていた。そうだついでだから文も畳屋に誘うか。

「文ちょっと付き合ってよ、一緒にお茶でもしよう!」

 僕は持ちうる限りの最高の笑顔で文にそう声をかけたのだが、文の視線は……とんでもなく冷たいものだった。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 何だかんだで諏訪子と文と共に畳屋にやって来た僕達は店内の入り口側の席に付き店番をしていた秀介に注文を頼んだ後、諏訪子が居ない間に起こった事を説明した。

「ふ~~んそんな事があったんだ」

 お茶を一口啜った諏訪子は対面に腰掛けている文に視線を送りながらそう口にする。文の方はお茶には口を付けず姿勢を正し諏訪子に対し礼をとっていた。

「後で我等が長の天魔様が挨拶に伺う筈ですが私からも言わせて頂きます、これからお世話になります諏訪子様」

「そんなに堅苦しい事しなくてもいいよ」

 頭を下げる文に諏訪子はケラケラ笑いながらそう言うが、そう声をかけられた文は表情を崩すことも無く変わらず無表情のままだった。
 少しして秀介が団子の盛り合わせを運んでくると諏訪子はそれを遠慮無く手に取り次々に消費していく。僕も団子を手に取り口に運ぶのだが文は全く手を出さない、遠慮をしているのか只単に食べたくないだけか。
 僕は手持ちぶたさになっている文に気になっていた事を聞いてみる事にする。

「文ちょっと聞きたいんだけど、天狗って普段何をしてるんだい?」

 天狗は閉鎖的で一体どんな生活をしているのか殆ど分かっていないのだ。これから郷で一緒に暮らして行く上でそういう事は知っておきたい。
 文も僕の意図を理解したのか一つ息を吐いた後説明を始めた。

「…我々天狗が閉鎖的な事は御存知だと思いますが、別に他種族に興味を持っていない訳ではありません。いえ寧ろどの種族よりも他種族に興味を抱いていると言えます」

 文のその言葉は僕達にとって衝撃的なものだ。天狗は閉鎖的、排他的というのは常識と言ってもいい。その天狗が他種族に興味津々だと言われて驚かない方がおかしい。

「でもさ街や森で天狗を見た、って言うのは聞かないよね虚空」
 
 僕の隣りに座っていた諏訪子が半信半疑と言った感じで僕に視線を向けながら問いかけてくる。僕は諏訪子の意見に同意し首を縦に振ると文が説明を続ける。

「私達は基本的に相手の前に姿を現しません。代わりにこういう物を使います」

 文はそう言うと背中の翼から羽根を一つ取り何やら呪文の様な物を唱える。すると文が手に持つ羽根が形を変え、翼の色と同じ黒色の雀のようなモノに変化した。

「これは私の分身の様なもので視覚と聴覚を共有しています。そしてこれをそれぞれの種族の集落に放ち情報を集めているんです」

 文の手から離れた黒い雀は店内を数回飛び回り文の手元に帰ってくると元の羽根へと戻る。

「……私達は他種族を見下しているくせに何よりも他種族の事を知りたいのですよ…それなのに他者を拒み蔑み……なんて間抜けで傲慢なんでしょうね……だからあの人は一族を変えようとした……」

 文は俯きながら自嘲するかのようにそんな呟きを漏らす。その瞳に宿っているモノは悲哀と憎悪、大切な者を奪われた時に誰もが抱く黒い感情だろう。
 そう誰もが抱くモノではあるが彼女の状態はあまりよろしくない、今の文を見ているとあの時の事を思い出すな。僕は横目で諏訪子に視線を向けると諏訪子は文を見て複雑な表情を浮かべている。

「……つまらない事を吐露してしまい申し訳在りません。……誠に勝手ですが私はこれで失礼させて頂きます」

 文はそう言うと僕達の返事も聞かず足早に畳屋を後にした。

「……あの時のあたしもあんな感じだったんだね……」

 諏訪子は文が立ち去った店の入り口を見つめながら独り言の様にそう呟く。心に宿る黒い感情がどれだけ危ういものかを身をもって知っている諏訪子だから文が心配になったのかもしれない。

 「まぁ冷たい言い方になるけどあれは自分でどうにかしないといけないものだからね、僕達にはどうしようもないよ」

 僕は諏訪子にそう言いながらお茶を口に運び、諏訪子は団子を一つ頬張り再び呟いた。

「……あの時のあたしみたいに虚空を滅多打ちにすれば収まるんじゃないかな?」

「……諏訪子さん、あの時も結構危ない橋渡っていたんですよ僕」

 畳屋の静かな店内に僕のそんなツッコミが響き渡った。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 神社に戻った後久しぶりに(たかが数日振りだけど)一家勢揃いでの夕食となった。夕食の席には弦州と地子もおり、弦州は同じ娘持ちの父親だからか綺羅と意気投合し、地子はさとりとこいしと一緒に楽しそうに団欒していた。
 ちなみに神社に帰り着き玄関を開けた時に行き成り幽香に殴り飛ばされるという出来事が発生、理由は本人曰く「よくもまぁ面倒事を押し付けてくれたわね!弦州を説得するのにどれだけ苦労したと思ってるのよ!」との事。幽香にそう言われるまで畳屋での事をすっかり忘れていた僕はその後幽香に滅多打ちにされたのだった。
 弦州と地子は数日は神社に泊まるらしく弦州は綺羅とルーミア、幽香と宴会に移行し地子とこいし、さとり、紫、栞、百合は別室でかるたをしている様だ。
 そして僕と神奈子と諏訪子は僕の部屋で会議中だ。今回起こった一連の出来事を纏めてみると全てが繋がっている様にも感じる。

「…つまり虚空は百鬼丸が殿朗に加担していたのはそのデュラハンって絡繰を動かす為の動力集めの為だった、と予想しているんだね?」

 神奈子は机に頬杖を付きながら僕に視線を向け確認する様にそう聞いてくる。

「あくまで予想だけどね、天狗の里を襲撃したのも妖怪の子供が目的なのだったら理由としては辻褄が合うしね」

「辻褄が合うってどういう事?」

 神奈子の隣りに腰を下ろしている諏訪子がそんな疑問を口にする。

「単純な理由なんだけどデュラハンは人間の大人より妖怪の子供の方が稼動効率がいいんだよ」

「なるほどね、そもそもあんたなんでそんな事を知ってるんだい?」

 僕の説明を聞いて神奈子が尤もな質問をしてきた。

「もうどれ位前だったかな?多分数百年は前なんだけど西の大陸でデュラハン、っていうかそれを造った奴と揉めた事があるんだ。臥寫喰(がしゃくら)って邪神なんだけど、幽香が操られていた令授の環もそいつが造った物だよ」

「あぁあれね、そういえば前は聞きそびれたけど虚空はそいつとどういう関係なんだい?というか何で邪神が組織とつるむ様な真似をするんだい?」

 神奈子にそう言われて僕は思い出した、そういえば幽香の時は説明を端折ったんだった。

「えぇと何から話せばいいのかな……西の大陸に居る時に吸血鬼の騒動に巻き込まれてね、そいつとの腐れ縁が始まったのもその頃だね」

 神奈子達に話をしながら僕は当時の記憶を呼び起こす。
 何の因果かそこを支配していた吸血鬼の王を自称する奴と小さな王国との紛争に巻き込まれたんだったな、懐かしい。あの騒動が終結してすぐにあそこを離れたけど今はどうなってるんだろうか?

「それで何でそいつが邪神なのに組織みたいな所とつるむのか、だけど…そいつの我欲が“探求”だからだよ」

 この世界でもっとも身勝手に生きている邪神、他者と馴れ合わず只欲望のみで行動する存在。覚醒体になるとその行動は更に顕著になる。

「あいつは“あらゆる術を造る程度の能力”を持っていてね、組織に属して術やら魔道具やらを造って実験場にするんだよ。自分が造った物がどんな結果を出すのか?ただそれだけにしか興味を持っていない。あいつがつるむのはそういう理由さ」

「ふ~ん邪神っていうのは解らない連中だね」

 諏訪子は僕の話を聞いて呆れたようにそう呟いた。まぁ解らない連中というのは同感なんだけど。

「まぁそいつの話はこれ位にして話を戻そうか」

 僕がそう言うと神奈子が「そうだね」と言い机の上に置いてある書類を数枚取ると僕に渡してきた。書類の内容は殿朗やその他の協力者達が行っていた取引に関してだ。殿朗のあの感じから黒幕がいるのは間違い無く、その黒幕も予想が立っていた。

「虚空の言う通り書類を見ると幾つかの取引で向こうと繋がりが在る所はあるが……間違い無いのかい?」

「あくまで予想だから間違ってるかもしれないけど自信はあるよ。あの大戦から五十年経つからね何かしらの動きがあってもおかしくないし、あそこなら妖怪と手を組んでも不思議じゃないでしょ」

 僕の発言を聞きながら神奈子は書類に視線を落とし一言呟いた。

熊襲(くまそ)…か」


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 筑紫(つくし)の国(今の九州)の南部に本拠地を持つ筑紫の国の支配者。今現在大和に併合していない唯一の神々の国である。
 五十年前大和は筑紫の国に攻め上がり後一歩の所まで追い詰めたが熊襲は大和が予想もしない方法で状況を一変させた。
 妖怪との連合。妖怪排他主義の大和には、いや神として妖怪の集団と共闘するなど考えもしなかったであろう。
 熊襲は当時伊予阿波二名(いよあわふたな)(今の四国)を支配下に置いていた鬼「茨木 轍扇(いばらき てっせん)率いる妖怪集団に共闘を打診し大和を挟撃、敗走させた。
 その敗戦での傷と熊襲と妖怪勢の二面攻撃に大和の軍は後退を余儀なくされ播磨(はりま)(今の兵庫県辺り)まで押し返されてしまう。
 その報を受けて前線から離れていた神奈子と虚空に召集が下り大和の反撃作戦が開始される事になる。熊襲・妖怪連合の侵攻に対して神奈子と虚空が立てた策は二面作戦だった。
 虚空が諏訪大戦の時に使った作戦を模した大将を囮にしての奇襲策。
 天照・月詠・神奈子が率いる本隊が熊襲本隊目掛けて突貫、そこを妖怪軍が側面から襲撃しようと動いた所を須佐之男・虚空が率いる別働隊で背後から奇襲し、妖怪の大将を撃破後、熊襲の軍の側面に突撃し大和の本隊と挟撃をかける。というものだった。
 作戦開始当初は問題無かったのだが熊襲の軍は不利と見るや大和の軍を受け止めつつ伊予阿波二名(いよあわふたな)にまで戦場を下げ彼の地にて両群入り乱れの大混戦となってしまう。
 混戦となれば互いに連携は取れず本体と別行動を取っていた虚空と須佐之男の部隊は孤軍として妖怪軍と対峙しなくてはならず苦境へと立たされた。
 それを救ったのは伊予阿波二名(いよあわふたな)で鬼の支配を良しとしない別の妖怪の集団である。
 隠神刑部狸(いぬがみぎょうぶたぬき)を大将とする集団は大和に加勢する条件として伊予阿波二名(いよあわふたな)に今後干渉しない事を提示し、須佐之男がその条件を承諾した事で戦況は一気に変わった。
 そして虚空と須佐之男により茨木轍扇(いばらきてっせん)が討たれると妖怪軍は瓦解し、その煽りを受け熊襲の軍も大きな損害を出し筑紫(つくし)の国の豊前(ぶぜん)(今の福岡県辺り)まで撤退していった。
 だが大和の方も多大に損害を受けており追撃をかけることが出来ず海を隔ててこの五十年程睨み合いが続いている。
 

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「もし熊襲がこの騒動の黒幕だとするなら目的は間違い無く大和、だと思う……まぁさっきも言った通り自身はあるけどまだ確証がないんだよね。今出来るのは警戒して情報を集める事くらいか」

 僕の発言を継ぐ様に諏訪子が口を開く。

「後は百鬼丸の居所を探さないとね、あのデュラハンってやつが他に無いとは言い切れないしあんな物を何処かの街に放たれたら大惨事になる。それとは別に喧嘩を売られた以上叩き潰さないとね」

 諏訪子の最後の台詞に僕と神奈子は苦笑いを浮かべるが、正直に言えば気持ちは諏訪子と全く一緒だ。

「まぁとりあえず今回の件は書類にして天照様に報告しないといけないね、早速作ろうか虚空手伝いな。…お待ちあんたもやるんだよ諏訪子!逃がしゃしないよ!」

 神奈子はそう言うと気配と音を殺しながら部屋の入り口に四つんばいで移動していた諏訪子の足を掴み机の前まで引きずっていく。

「うえぇぇぇぇぇぇぇ!!いーーーやーーーーだーーーー!!仕事嫌ーーーーーい!!」

「あんたも此処に祀られてる神だろうが!!ちったーー働けアホ諏訪子!!」

「あたしは自由を愛する神様だい!!このバ神奈子!!」

「なんだってーーー!!やる気かい!!」

「おうさ!!やってやろうじゃないか!!」

 言い争いをしていた二人は遂に取っ組み合いを始め僕の部屋は宛ら修羅達の死闘場へと変貌する。その部屋の隅で僕はちまちま報告書を書き始める。明日の朝御飯は何にしようかな、なんて現実逃避をしながら。
  
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