東方虚空伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三章 [ 花 鳥 風 月 ]
四十二話 破壊人形
七枷の郷から南に位置し、この辺りでは最大の港町に僕は紫のスキマで送ってもらいその地に降り立つ。
諏訪子からの手紙には『襲撃先にて不可解な物を発見。変わった道具に詳しそうな虚空を呼べ、と月詠に言われたから早く来るように』という本文と帰港先が記されているだけだった。
「急いでいたのかどうかは別にしても……駐留先も書こうよ諏訪子」
そう今僕は諏訪子達の駐留先を探し回っている最中だ。彼方此方で話を聞き大和の神が居るらしい屋敷の場所を探るのに小一時間程使ってしまった。何だか最近苦労が増えた気がする。
辿り着いた場所は結構立派、いやかなり立派な屋敷だったので正直驚いた。
門前に立っていた見張りの神に身元を明かし屋敷の中の一室に案内されるとそこには月詠と諏訪子が書類と睨めっこしながらお茶を飲んでいた。
「おぉ意外に早かったな七枷、態々呼んですまないな」
「別に気にしなくていいけどね、それで見つけた物って言うのは何?」
僕がそう聞くと二人は立ち上がり付いて来る様に言うと戸を開け廊下へと出る。
「何かね鎧みたいな物なんだけど、中身が絡繰みたいになってるんだよねー」
廊下を歩きながら諏訪子が僕にその道具の特徴を教えてくれる。鎧みたいな絡繰、ね……。
少し歩くと中々広く手入れの行き届いた中庭に出る。僕は此処についた時から思っていた疑問を月詠に問いかけた。
「そういえば何でこんな立派な屋敷を借りられたんだい?他の住人の気配もしないし」
僕の質問に月詠は思い出すのも嫌、みたいな表情をすると、
「なに簡単な事だ、此処は借りたんじゃない。此処の持ち主もあのアホ共の関係者だった、だからついでに接収したんだ。全くどいつもこいつも碌な事をしないな!」
なるほどね、まぁこれだけの港町でこの規模の屋敷を構えられる人物なら連中に利用される、もしくは合流しても不思議じゃないな。
「まぁそんな事はどうでもいい、七枷あれが例の物だ」
中庭の中心に何やら布を被せられた物が置かれており、月詠はそれに近付くと掛けられていた布を取り払う。
中から現れたのは両足を折り正座の形をとっている黒色の鎧、全長はきっと二mは超えているだろう。西洋甲冑のフリューテッドアーマーに近い形状で胸元には直径二十cm程の赤い宝玉が填められている。
「……デュラハン、か。なんとまぁ…」
「おぉ凄いね虚空!これが何なのか分かるんだ!」
諏訪子は感心した様にそんな事を言うが正直得意げになれない。何で只の妖怪でしかない百鬼丸がこれを必要とするのか理解不能だ。……いや待てよ、もしかして……
「それで七枷これは何なんだ?」
月詠は鎧を拳で小突きながら僕に視線を向けそう聞いてきた。
「…これはね簡単に言うと“自動人形”だね、起動させた者の命令だけを実行する絡繰兵。戦で使う為の殺戮・殲滅用の道具さ、あるモノを動力に動くんだ」
「あるモノ?」
隣に居る諏訪子が首を傾げながら問い返してくる。
「人か妖怪、子供とか成人とかは関係無くこいつの中に取り込まれると動力に変換されるんだよ。一旦取り込まれた者はもう助からない」
「……何それ……」
僕の話を聞いていた諏訪子は反吐が出る、と言いたげに顔を歪ませる。
「七枷、これは戦用の物だと言ったな。つまり百鬼丸は戦をするつもりだという事か?」
「……可能性としては在りうるけど……ねぇ月詠、殿朗は生かして捕らえたんだよね?今何処にいるんだい?」
「ん?あぁあやつならこの屋敷の一室に閉じ込めている。元々尋問する予定だったからな」
「先に尋問しちゃおう、もしかしたら今回の件、思った以上に大きく厄介な事になるかもしれない」
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
殿朗が居る部屋に着く合間に僕は月詠に問いかける。
「そういえばあれは一体だけだったのかい?」
僕の先を歩く月詠は視線を一瞬こちらに向けると、
「いや確か五十体は在ったな、すべて此方に運んできた」
五十か、それだけの数を揃えるとなると……一番の問題はあれを百鬼丸が何処かに運ぼうとしたのか、自分で使うつもりだったのか、だ。
「着いたぞ此処だ」
僕が考え事をしていると何時の間にか目的地に着いたらしく、月詠は遠慮無く引き戸を開ける。中には縛られた初老の男が一人だけ。僕は初めて合うけど彼が殿朗か。
「お願いしますお慈悲を!私は百鬼丸に利用されただけなのです!」
僕達の姿を見た瞬間殿朗は膝立ちで床を這って来ると月詠に縋り付く様にそう懇願するが、月詠は彼を何の躊躇も無く蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた殿朗は部屋の壁に叩きつけられ苦悶の声を上げる。月詠は倒れている彼に近付くと襟首を掴み無理矢理上体を起こさせた。
「貴様の懇願など聞く理由も価値も無い!貴様は我々の質問に答える時だけ口を開け!いいな!」
月詠の怒気と剣幕に殿朗は蛇に睨まれた蛙の様に竦み上がり首を上下に何度も振る。僕は彼に近付き片膝を付け目線を合わせると、
「多分こう言う方が手っ取り早いかな……ねぇ君達の“本当の取引相手”は誰だい?」
僕のその発言を聞いた瞬間殿朗は目を見開きさっきとは打って変わって黙り込んでしまった。そんな殿朗の様子と僕の言葉に疑問を持ったのだろう、諏訪子が声をかけてくる。
「どういう事虚空?こいつの取引相手って百鬼丸って鬼でしょう?」
「恐らくだけど彼と百鬼丸は本当は取引相手じゃなくて協力関係だっただけなんじゃないかな。利害の一致かもしくは本命の取引相手が一緒だったか」
僕の発言を聞いて月詠が補足する様に自分の考えを口にする。
「つまりこやつ等を引き合わせた第三者が居る、と言う事か」
「多分ね、まぁ彼が喋ってくれればいいだけなんだけどね」
顔を青くし口を噤む殿朗に僕達の視線が集まった時突然天井の方に嫌な気配が生じた。諏訪子も月詠も感じたようで立っていた場所から後ろの方に同時に飛びのいた。
すると天井を破壊し黒い何かが殿朗へと覆いかぶさる。その黒い何かは揺ら揺らと揺らぎながらゆっくりと少女の様な形を取ると殿朗に纏わり付きながら喋りだした。
「ケヒ、ケヒヒヒヒヒヒ!絶体絶命ダネ!ケヒヒヒ!」
「む、無有か!儂を助けに来てくれたのか!よしよくやった!」
黒い少女の登場に殿朗はそう言って喜ぶが少女の口から出たのは、
「助ケル?助ケル?ケヒ、ケヒヒヒヒヒ!マヌケ!マヌケ!マヌケ!オ前ヲ助ケロナンテ言ワレテナイ!始末シテ来イッテサ!ケヒヒヒ!ソウダツイデダカラアノ玩具ヲ使オウ!ケヒヒヒ!」
そう言うと黒い少女は粘液の様に殿朗を絡め取ると部屋の壁を破壊して外へと逃走を始めた。僕達はすぐさまその後を追いかけると黒い少女はデュラハンへと一気に近づき鎧の頭部に手を翳すと鎧の胸元の宝玉が発光を始める。
「嫌だ!止めてくれ!お願いだ!」
そう叫びながらもがく殿朗を少女は鎧の胸元の宝玉に押し付けるとその宝玉から伸びた触手の様なものに殿朗は一瞬で絡め取られ吸い込まれていく。
「なるほどあぁなる訳か」
その光景を見た月詠がそんな呟きを漏らす。
「ケヒ、ケヒヒヒ!ジャァ命令スルヨ!アイツ等ヲブッ殺セ!ケヒヒヒ!」
少女がそう命令すると鎧は確りと二本の足で大地を踏みしめ一瞬で僕との間合いを詰めると赤い光を纏った右拳を僕へと放ち、それを受けた僕は屋敷の方へと吹飛ばされて行った。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「七枷!」
鎧の拳を受け吹飛ばされた七枷に声をかけるが返事は無い。鎧は次の目標を私に切り替えた様子で右足で蹴りを放ってきた。鋭くまるで刃の様な蹴りを後方に下がる事で躱すと鎧は右手を突き出しその手から赤い閃光を放ってくる。
三条の紅閃を左に飛びのく事で躱すが攻撃対象を失った紅閃は屋敷の壁を切り裂きその先にある街に着弾し爆炎を上げた。
しまった!私とした事がとんだ失態だ!そんな自己嫌悪に陥りかけた私の視界の端で鎧は上空へ飛び上がると胸元の宝玉から赤い光を放ち、その光は幾条もの破壊の槍と成り屋敷中に降り注ぎ破壊の嵐となって吹飛ばしていった。
鎧は更に追撃を掛けるように両手を突き出し赤い光を放とうとするが、
「図に乗るなよ人形風情が!!」
鎧の後ろを取っていた私は鎧の背後から蹴りを放ち地上へと叩き落す。地上に落ちた鎧は身体を揺らしながら上体を起こし再び私に襲い掛かってきた。
「ほぅ破壊するつもりで強めに蹴ったんだがな、中々頑丈だな」
迫る鎧は右手を鋭い刃物に変形させると私に向かって突きを放つ。その突きは的確に私の胸を刺し貫き、鎧は更に左手も刃物に変形させ私の首に刃を一閃すると私の首は胴体から離れ地上へ向け落ちていく。
「おいおい随分と酷い事をするじゃないか、人形の分際で身の程を知れ!!」
鎧の背後から私はそう叫び再び鎧を地上へと叩き落す。その衝撃で鎧の右手で貫かれていた“私の首無しの体”は粒子の様になって消えていった。
さてあの鎧の戦闘能力も大体把握したからとっとと破壊するか。
私は地上に降り立ち倒れている鎧へと近づくと鎧は突然起き上がり三度私へと襲い掛かってくるが横合いから“私の蹴り”を受け地面を跳ねながら吹き飛んでいく。
吹飛ばされた先で倒れたままの鎧に直上から淡い光を放つ直系十m程の球状の岩石が落ち叩き潰した。
「やれやれ思ったよりも厄介な人形だな……いい加減出て来い七枷!」
私は橙色をした拳大の光弾を作り出すと崩れた屋敷の一角に向け放つ。光弾が着弾した瞬間爆煙の中から七枷が転がり出てくる。
「危ないなー、何するんだよ」
「お前わざと手を出さずに死んだフリをしていたな!それと洩矢は何処に行った!」
私が睨みながら怒声を浴びせると七枷はヘラヘラしながら答える。
「百聞は一見にしかず、でしょ。あと諏訪子にはあの黒い子を追ってもらったよ」
「何時の間にそんなやり取りを。まぁいい確かに実際やり合ってあれが面倒な代物なのが理解できたしな」
確かにあんな物を戦に投入されれば相当に厄介だろう。
「しかし情報源である殿朗が死んだのは痛いな」
「まぁ確証は得られなくなったけど月詠も何となく相手の予想出来てるんじゃないの?」
七枷は若干試すような視線で私を射抜く。
「……あんな物を使おうとし、尚且つ妖怪と手を組みそうな組織など熊襲しか有り得んな」
今現在大和と戦をする様な所などあそこしか有り得ない。
「まぁあくまでも僕達の憶測でしかないけどね、それよりさっきのアレは何だったのさ?月詠が二人になったり行き成り球状の岩が現れたり」
「ん?あれは私の『月を表す程度の能力』だ、多種多様な現象を起こす事が出来てな。さっきのアレは実体を伴った幻術で最後に使ったのは極小の月を造り出しただけだ」
私の説明に七枷は感心した様な表情で首を上下に振っている。
「なるほどなるほど、皆便利な力持ってて羨ましいよ」
私達がそんな話をしている内に何時の間にか戻ってきていた洩矢が話しかけてきた。
「ごめんね虚空、逃がしちゃった」
「そこは責めたりしないよ、だって現れる寸前まで僕達が気付けなかったんだから。そういう気配を隠せる能力かもしれないしね。それより街の方の被害も気になるし救助に向かおうか」
「そうだなまずは目の前の事から処理しよう」
そう言うと私達は鎧の攻撃で被害が出たであろう街の一角を目指した。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
どういう事だ?百鬼丸はあんな物をどうするつもりだったんだ?あいつ等が言ったみたいに戦に使うつもりだったのか?一体何処と?大和と?
分からない、あいつが何を考えているのかが。本当にこのままでいいのか?あたしはどうすればいいんだ……親父。
ページ上へ戻る