やはり俺がワイルドな交友関係を結ぶなんてまちがっている。
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きっと、小西早紀の望むものは。
ジュネスとは敵であり、悪である。
まず騒音。
都会の血が混ざった店は、得てして煩い。
なんだよあのわきゃわきゃしたテーマソング。エヴリデイ・ヤングライフ? 本当にそんなもんがあるんなら平塚先生呼んでこい。
次にいつ行っても人だらけで混雑している点。
人混みに慣れていないぼっちには厳しい環境条件だ。
社会はもっとぼっちに優しくあるべきである。
あとは………………無いな。
……それでもジュネスは悪である。悪と言ったら悪。絶対に撤回しないんだからねっ。
決して背景に、昔ジュネスで店員に話し掛けたとき綺麗に無視されたとかいう事実があったからじゃない。しかもその直後に声を掛けた他の客にはしっかり反応してやがったからでもない。
けっ、何が、毎日がお客様感謝デーだ。
……俺の存在感の無さが原因だという意見がでていたりする。
まあ、いくら俺がヘイトスピーチをしたところでジュネスが便利である事に変わりはない。
ド田舎であるここ八十稲羽には、ジュネス以外にスーパーやらデパートやらといった系列の店が無いのだ。
昔ながらの商店街があるにはあるが、やはりいくつも店を回らねばならないのは面倒だ。
その点、ジュネスなら日用品から電化製品、食材まで一店でなんでもござれである。いや、それも都会じゃ標準なんだけどね。
そんなわけで、俺は学校が終わって即刻ジュネスへきていた。
結局のところ、人間とは自分の感情よりもメリットを選んでしまう生き物なのだ。
何故俺が、悪魔に身を売るような真似をしているのかというと、発端は昨日の夕飯の準備中にある。
昨日は久々に俺が夕飯を作ることになった。というか俺がそうした。基本的に、働かないでござる! がモットーの俺なのだが、今の状態の小町に家事を任せることは兄としてのプライドが許さない。
本来俺にとってのプライドとは効果的に捨てるものであるが、捨てられないプライドだってあるのだ。
よって小町の手から仕事を奪い取り、買った食材で適当に一品作ろうと台所を漁って驚いた。調味料だけ見事にすっからかん。
堂島さん、圧力鍋を買うぐらいなら、まず塩くらいは補充しとこうよ……あなたがどうやって生きてきたのか主夫的に不思議です。
不思議といえば、もう一つ妙に思っている事がある。
堂島宅の不自然な広さである。
二階建てかつ屋根裏、広めのガレージに加えて隣には空き地まで有している。
正直一人暮らしの男には勿体無い条件の物件だ。
何か事情があるのかもしれないし、俺の性質上特にその事には触れずにきたが、物置から出てきた子ども用の玩具やらで、うすうす予想はついていた。
おそらく、俺からその話題に触れることはないだろう。
そんな事を思いながら買い物を済ます。
多機能フライパンなる怪しさ満点の代物に引っかかりそうになったことと、レジの店員さんにうっかり憎しみの眼を向けてしまって引かれたこと以外は特に問題なかった。
記憶の刷り込みって恐ろしいよね。いつの間にか俺の中でジュネス=悪という等式が成り立ってたようです。
だから俺の行く先にいるあの店員も悪だ。うん、無視無視。ステルスヒッキーで気づかれないようにやり過ごそう。
「……あれ、ヒキタニくん?」
見つかった。
そりゃそうだよね、最初っから目合ってたもん。むしろ一瞬で俺だと気づかせなかった自分の印象の薄さを褒めたい。
ジュネスの制服に身を包んだ知り合いに、一応声を掛ける。
「うす……小北」
「小西だよ……まぁ、たった一日で覚えるのは無理だよね」
ほう、だから俺の名前を間違えているのも仕方ないと?
世に言うジト目で小西を見つめると、彼女はぶるりと身体を震わせた。
「うわあ……眼、ホントに腐ってる……」
「うっせ、生まれつきだ」
最近このセリフへの耐性が上がり過ぎてヤバい。けどあくまで耐性だけで、無効化とか反射とかはしてないからダメージは受けてしまうのが難点です。
「ヒキタニくん、買い物?」
小西はそんな風に聞きながらレジ袋を覗きこんでくる。
買い物かなんて見りゃ分かるだろ。大体、用が無けりゃこんなところこねぇっての。
ていうか俺帰りたいんだが。
「あれ、調味料ばっかだね。お使い? 」
「まあ、そんなとこだ」
残念だったな。
ここで『ちげーよ、自分でやんだ。ほら俺、小学校六年生レベルの家事なら大抵できるし?』なんて言って話しを広げてやるほど俺はお人好しではない。
さあ、勝負は俺のターン。
どうやってこの会話を集約させようか。
……………………よし。
「……くっちゃべってて良いのかよ。そのカッコ、バイト中だろ」
これなら後腐れなく合法的に会話を終了できる。
「それなら大丈夫。ちょっと前から休憩だから」
マジですか。
「ね、いま暇? フードコートでちょっと話そうよ。自己紹介の続き」
「……昨日喋ったので十分だろ」
「あれを自己紹介とは言わないって。結局千葉についてしか話してくれなかったでしょ」
「仕方ないだろ。俺が過去を語ったら、百パーセントの確率でトラウマに抵触するからな」
「何それ、逆に気になるんだけど」
ちっ、今ので引いてくれれば自然に会話終了ルートだったのに。
「ほら、いくよー」
まあ、バイトの休み時間なんてたかがしれている。適当にあいずちをうって時間を潰そう。
小西に連れられ、フードコートのある屋上にいくためにエレベーターにのる。
「……ヒキタニくんって、変わってるよね」
ボタンの前に立つ小西がポツリと呟いた。
「よく言われる。他にも異常とか特殊とか不気味とかもな」
「いやそういうことじゃなくってさ……」
小西は苦笑い気味に続ける。その表情に、また昨日のような陰りを見た気がした。
何かを見定めようとするように、あるいは何かを期待するように、うっすらと縁取られた目が細められる。
「……ほら、何で私が学校休んだのにバイトには出てるのかとか、聞かないじゃん」
……………………
え、そうなの?
やべえ、本気で気づかなかった。
「……その顔、気づいてなかったんだ」
一転、じとっとした眼がキツいです。
「いやほら、俺って人の顔とか覚えられないからさ」
「隣の席の子の顔くらい覚えとけってーの」
慌てて弁解する俺の頭をぽすっと叩く。
いってーな。
でも、それで思い出した。昨日のニュース。小西は死亡した山野アナの第一発見者だったらしい。
大方、その関係で事情聴取でもされていたのだろう。
何の前触れもなく死体を見るというのは、一体どういう気分だったろうか。きっとそれは、棺に入った親を見るのとはまた違った感情なのだろう。
それでも、どちらも同じ人の死だ。それに関わった俺と小西に、違いはあるのだろうか。
がたんとエレベーターが目的の階につき、扉が開く。
「……あーあ、何かどうでも良くなっちゃったや」
そう言ってぐいっと伸びをした彼女の表情は、差し込んだ日差しのせいでよく見えなかった。
フードコートで、小西の猛攻をのらりくらりと躱しつつ、興味無い小西の話しを聞いたりして時間を潰すこと十数分。
小西と同じくジュネスの制服に身を包んだ女子がこちらへ近寄ってきた。
何というか、イマドキな感じだ。化粧の感じとか、小西よりもよっぽど露骨にリア充。
それに気づいた小西が、彼女へ手を上げてあいさつする。
「おーっす、ミカ。交代の時間?」
「んー、まだもうちょっといけるっしょー。…………あれ?」
バイト女子が俺を見咎め、ことりと首を傾げた。
「…………」
面倒なシチュエーションである。
ああ面倒だ。
同じテーブルに向かいあって座る一組の男女。そしてそれを発見した知り合い。
テンプレートすぎて怖いくらいである。
いやまて、そもそもテンプレートとは物事の基本形を示すものであり、基本形というからにはある程度常識及び経験の範囲内で理解できるもので無ければならない。ならばテンプレートとはそこそこ世の中にありふれているものであるべきだ。よってまんまテンプレートな状況に陥っても怖がる必要はない。よし、証明終了。
なんて現実逃避してみたところで現実がねじ曲がる訳などなく。
バイト女子は格好の餌食を見つけた獣みたいな目をして小西に絡み始めた。
「あれあれ、早紀〜。珍しいじゃん、ジュネスの王子様以外の男と一緒にいるの」
誰だよジュネスの王子様。響き的にアレか? 悪の親玉的ポジか?
俺の疑問をよそに、小西は言葉を返す。
「そういうのじゃないって〜。それに、いっつも花ちゃんと一緒にいる訳じゃないし」
言葉の調子自体は軽かったが、その表情は何処か強張ったように見えた。
それを見て好感触と判断したか、バイト女子がねっとりと絡み続ける。
「そっかそっか、そろそろ乗り換えかー。ま、そうだよねー、最近あいつチョーシ乗ってるし」
「……そんな事は無いと思うけど」
今度は明確に表情が歪んだ。
もしかして小西とジュネスの王子様とやらは恋仲だったりするのだろうか。他人事のようにそう思う。
何故だろうか。
去年の夏、同じような状況に置かれた俺は関わらないことを選んだ。それは今も同じはずだ。
なのに、何か違う。
何をするでもなく、ただ会話の流れに身を任せるだけ。
本当に、他人事だった。
「おっ、これはアレかー? 親の商売敵と燃え上がる禁断の恋ってやつかー?」
他人事といえば、バイト女子も等しくそうだったのだろう。
総じて他人の事はよく見える。見ることがその人の事を理解することとは同義ではないにも関わらず。
よって踏み超えてしまう。
相手にとって越えて欲しくないラインを、いとも簡単に。
だから。
「やめてよっ!!」
そんな風に小西が怒鳴ったのは、きっと予想外だったのだろう。
バイト女子はあたふたと焦りだす。
「…………あ、あー、アタシもう休憩終わりだったなー。早く行かないとドヤされちゃう。じゃ、じゃねー」
先の供述とは矛盾の生じる言い訳と共にそそくさと逃げていった。
「………………」
後には俺と小西だけが取り残される。
おい、さっきよりもよっぽど面倒な状況じゃねえか。自分だけ逃げやがって。やはりリア充、ひいてはジュネス店員は悪だな、うん。
「…………聞かないんだ」
俯いたまま、また小西は聞いた。おそらく、俺の答えなんて分かっている癖に。
「別に。興味無いからな」
そっぽを向いて告げてやる。
見知ったばかりの俺に、何を期待しているのだ。
それに、この状況でさっきの話題を出すなんて、傷口に塩を塗るようなもんだろう。俺はそこまで空気が読めない訳じゃない。
むしろ読めすぎて捻くれてしまうくらいだ。
だから空気の読める俺は黙って座っていよう、そうしよう。
小西が明後日の方を見ながら口を開いた。
「…………花ちゃんっていうのはね、ここのジュネスの店長の息子」
おい、興味無いって言ったろうが。
なんて、口を挟めるような雰囲気ではなかったので仕方なくジュースを口へ持っていく。
「八高の後輩だったから、バイトで知り合ってからは親しくしててさ。無駄に陽気でちょっとウザいとこもあるけど、いいヤツで…………」
小西はそこで口をつぐむ。自分でも何が言いたいのか分かっていないようだった。
「ウチ、商店街で酒屋やってるからさ……」
「………………」
…………おい、そこで話をとめるのかよ。
変なところで止められた話ほどもやもやするものはない。
ただ、言いたいことが見つからない、その感覚は分かった。俺も一度経験したから。
何かを言われたところで、理解できるとは限らない。むしろ言葉だけで他人を理解しろ、なんて横暴もいいところだ。
それでも言葉にすることですっきりすることもあるだろう。
だったら少しくらいは待ってやろう。せめてバイトの休憩時間が終わるころまでは。
周囲のがやがやの中で、俺達だけが隔離されている様だった。
自分がジュースをすする音だけがはっきりと聞こえる。
と。その空間に第三者が割り込んできた。
「ちわっす、小西先輩!」
八高の学ランを着た男子がテーブルの脇に立っていた。顔はまあ、悪くない。
「花ちゃん…………」
おいおい、噂をすれば何とやらってか?
にしてもタイミングが悪過ぎるだろう。
驚いた顔をしていた小西だが、すぐに表情をつくり直した。
「おっす、花ちゃん」
うわ、変わり身早っ。やっぱり女って怖い。
だが、ジュネスの王子様はその一瞬を見逃さなかったようだった。
「先輩、何か疲れてる?」
「ま、ちょっとねー。…………それより花ちゃんは? 友達連れて自分ちの売り上げに貢献してるとこ?」
多少強引な感もあるが、小西が話をそらす。
視線の先には、少し離れたところから野次馬のごとく二人を見つめるジャージ姿の女子の姿があった。
何処かで見たような気がするのと、当然のごとく俺の存在が無視されているのは気にしない。
「違いますよ。借りてたDVD割っちまって、奢りっす」
ジュネスの王子様は事もなげに言った。
おいおい、女子と二人きりでテーブルを囲むのをいとも当然そうに……こいつもリア充かよ。何て思ってから、俺もさして変わらない状況に置かれていたことを思いだした。
「そっかそっか、じゃあ今度私にも奢ってくれるのかー?」
小西が立ち上がり、彼に上目遣いでにじり寄っていく。あざとい。
「い、いや、DVD割っちまったからって言ったじゃないっすか」
顔を赤くしてたじたじとなった彼は、そこでようやく俺の存在に気づく。
「…………あれ、先輩、そっちの人は?」
明らかな警戒の目。ああ、それで野次馬か。
「……あーーーっ!! 昨日の人じゃん」
いきなり向こうのほうから叫びが聞こえてきた。何事かと、そちらを向くと件のジャージ少女が目を丸くして近寄ってくるところだった。
とりあえず無視。
「知り合い?」
「まあ、ちょっとな」
俺に女子の知り合いがいるのが意外だったのかそう聞いてきた小西だったが、さして興味はなさそうですぐに話を戻してきた。
「こちらヒキタニくん。ウチのクラスに来た転入生」
「……3-Bの比企谷だ」
「えっ、ヒキタニじゃなかったの!?」
「ちげぇよ」
「じゃあ言ってくれればいいのに……」
そのやり取りで王子様の警戒もいくらか解けたようだった。
「二年の花村っす。よろしくお願いします、比企谷先輩」
「そうかしこまらんでもいいだろ。多分、俺にお世話になることなんてないからな」
「もう、そんなこと言わない」
言いいながら小西はバンバンと背中をたたいてくる。地味に痛い。
「ずっとこんな調子の奴だけど、同んなじ都会出らしいからさ。花ちゃんも稲羽の先輩としてサポートしてやるんだよー」
「いや、だからいいって」
俺の主張は華麗にスルー。すっかり調子が戻ったなー、何て思っていると、小西ははたはたと制服をはたいて言った。
「それじゃ、そろそろ休憩終わるからさ」
そういやそうだ。
バイト女子が来てからそこそこ時間が経ったが、大丈夫だろうか。ま、関係ないか。
「じゃあ小西先輩、また」
「おーっす」
軽く手を振って店内へ向かおうとした小西は、俺の横を通り過ぎるときにほんの少し立ち止まった。
「…………花ちゃんと、仲良くしてやってね……」
聞き取れるギリギリの声量で呟かれたその言葉に、俺はとっさに反応できず。
後ろ手にまた手を振った彼女をただ見送った。
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