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半分だけ

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第一章


第一章

                       半分だけ
 八坂十郎は戦で死んでしまった。源氏と平家に分かれたその戦で彼は平家方の有力な武将だった。だが屋島においてあえなく死んでしまった。
 そうして今は三途の川のところにいる。しかしだった。
 その前にふと痩せた男が出て来た。そして十郎に対して言うのだった。
「待つのだ」
「待てというのはわしにか」
「左様、八坂十郎だな」
 こう彼に言うのである。
「そうだな」
「そうだと言えばどうするのだ?」
 十郎もまた彼に返す。
「それで」
「ではそなたに言っておこう」
 男は彼を見据えながらまた言ってきた。
「そなたはここにいてはならん」
「死んだというのにか」
「いや、そなたは死ぬ運命ではなかった」
 そうだというのである。
「あの戦いではな」
「ではどうだというのだ?」
 十郎は男の言葉を受けて考える顔になりまた言葉を返した。
「それなら」
「生き返るのだ。よいな」
「人が死ぬのは当然のこと。だが生き返れと言われるとは思っていなかった」
 彼にとっては戦で死ねたから本望であった。それで生き返ると言われていささかそう思っていたのも事実であった。そのことを述べたのである。
「しかし。生き返るのならだ」
「だが。一つまずいことになった」
 ここで男はこう言ってきた。
「そなたには済まんがな」
「済まんとはどういうことか」
「半分だけだ」
 こう言ってきたのである。
「生き返ったのは半分だけなのだ」
「話がわからんが」
 十郎はそれを聞いてすぐにいぶかしむ顔になった。
「どういうことだ、それは」
「そなたの身体の右半分は生き返った」
 男はそれはだというのだ。
「しかし左半分はだ」
「違うというのか」
「そうだ。そこは生き返らなかった」
「では死んだまま」
「左様、そなたは身体の左に傷を受けたな」
 このことを話すのだ。傷を受けたのはそこだったのだ。左胸を貫かれてそのうえで倒れ海に沈んだのである。そうなってしまったのだ。
「それでだ。そこは生き返らなかった」
「また面妖な話だな」
「生き返らせようとしたが間に合わなかった。そこだけは三途を越えた」
「ではわしはどうなるのだ?」
 彼はいぶかしむ顔で返した。
「右だけが生きているとなると」
「右は生きている。だが左は死んで蘇る」
「左半分は屍のままか」
「そういうことだ。これでわかったか」
 男はこう十郎に話した。
「そなたは右半分は生きているがだ。左半分は死んだままで生きるのだ」
「ではわしは戦えぬではないか」
 十郎はそれを聞いてまずはこう言った。
「右だけでは」
「腐ることはないがそれでもだ」
「死んだままか」
「そうだ、死んだままでだ」
 そうなっていくというのだ。
「それでもよいか」
「どうしようもないのだな」
「そしてそなたはまだ死ぬ時ではない」
 同時にこのことも話してきた。生きなければならないというのだ。
「そのままで生きるのだ」
「そうか。それならだ」
 十郎の顔は憮然としたものであった。だがそれでも言ったのである。
「それでよかろう」
「そのまま生きるのだな」
「これも運命だ。戦えぬのは武士として残念至極」
 彼が言うのはこのことだった。それを言ったのである。
 
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