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相棒は妹

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志乃「兄貴、喉壊したら殺すから」

 妹と二人で夕食なう。

 その名の通り、俺は妹と二人で食卓に並んでいる飯にありついている。テレビという騒がしい存在が今の俺には神同等だった。

 なにせ、俺は妹と二人で飯を食う事なんて今まで経験した事が無いんだからな。

 いつも家には、母さんとばあちゃんが必ずいる。だからこの家で二人がいなくなるというのは前代未聞で、俺と志乃だけなど誰も考えなかっただろう。

 それに、俺は志乃とそこまで仲良く会話するわけでも無い。志乃も年頃の女の子だから、そこまでお喋りでも無い。まぁ、元来の性格もあるけど。

 そういうわけで、俺はマジで現状に困っている。

 志乃によると、俺と志乃が留守番を任され、両親とばあちゃんは箱根に旅行に行ったらしい。いや、待ってくれ。

 「俺、その話聞いてないんだけど」

 俺はそんな事一言も聞いていない。今日だってカラオケ行く前までは普通にしてたし。母さんは相変わらずコス作りに励んでいて、ばあちゃんはカラーボックスを探しに二時間かけて散歩に行った。これを毎日行っている。

 「兄貴信用されてないんでしょ」

 「……意外とグサッと刺さるなそれ」

 親から信用されてない俺って……。まぁこんな事でくよくよしてられないよな。そうだ、きっとそうだ。

 「兄貴学校辞めたしね」

 「何で傷に塩を塗るような事言うんだよ!兄ちゃん立ち直れなくなるぞ!」

 ホントこの妹は……とても血の繋がった家族だとは思えない。いや、それはこの家族全体に値する言葉だな。

 とにかく、今の状況を打破する方法を俺は求めている。とても妹と二日間程を安定して乗り越えられるとは思えない。

 そうだ!誰か呼ぼう!せっかく家族いないんだし、俺と志乃の共通してる知人呼べるだろ。早速言ってみよう。

 「なぁ志乃」

 「却下」

 「まだ何も言ってない!?」

 こいつ絶対俺の事バカにしてるよな。そうとしか考えられない。じゃなかったらこいつはツンデレなんだ。だとしても気味悪いけど。

 「まぁ落ち着いて聞いてくれよ。お前は、今の現状についてどう思ってる?」

 「死にたい」

 「ひでぇ!」

 こいつ即答しやがった。そんなに俺が嫌なのか。俺、こいつに手出した事一回も無いのに。やっぱり退学が信頼を失ったのか?いや、関係ないだろ。

 「真面目な話、どう思う?俺としては、友達呼ぶのも良いかなーって思ってんだけど」

 そう言い終えた時、俺はハッとする。

 このままだと、『兄貴友達いんの』とか言われちまう。

 やらかした。よし、こいつが口開く前に何か言ってやろう。それでチャンス失わせてやる……!

 「兄貴……」

 「友達はいるから安心しろ大丈夫退学してもぼっちにはなってないから」

 「……」

 何故か志乃が俺を哀れな目で見ている。何故だ、何故俺をそんな目で見る!

 「……さすがにそんな酷い事は言わない」

 「ええっ!?何でいきなりキャラ変えんの?俺が今どれだけ考えたか分かってんの?」

 「兄貴めんどい」

 「めんどいのはお前だ!」

 何で俺が妹とコントみたいな事しないといけないんだよ。この間何年ぶりかにマトモに話したかと思えば、もうこのザマだ。あり得ないだろ普通。

 志乃は首に掛けているヘッドフォンを耳に当て、ミュージックプレイヤーを取り出して曲を聴き始める。これ以上俺と会話する気が無いらしい。おのれ……舐めやがって。

 「そうか、お前がそういう手を使うんだったら俺にも秘策がある。後悔しても知らないからな」

 聞こえたかは分からないが、そう言って俺はリビングを出て、自室へと向かう。目指すは自室にある携帯。これこそが、我が妹を奈落の底へと突き落とす凶器。これさえあれば俺は勝利する。

 自室に辿り着き、携帯を見る。そこで新着メールが入っている事に気付く。それは志乃からだった。

 『お風呂入るから一回に降りてこないで』

 おいおい。いつもお前が入ってる時、俺一回にいるじゃん。これじゃ俺に入ってくれって言ってるようなもんだろ。

 だが、俺はそこで意地を張って一回に降りたりはしない。もう作戦は始まっているのだ。

 携帯で一人の幼馴染に連絡を取る。相手が通話に出た時、俺は一人ニヤリと笑っていた。

 生意気な妹に目にもの見せてやろうとする小物な兄が、ここにはいた。

 *****

 「ひゃああああ!ちょっと何でいるの!?」

 「そんな事はどうでもいいの!ほら、私が洗ってあげるから!」

 「自分でやるから!早く出てってよ!」

 そんな声が浴室から聞こえてくる。どうやら上手くいっているようだ。

 自室で携帯ゲームをやりながら、再びニヤリ。我ながら最悪な兄だ。後で志乃にどんな顔をされる事やら。

 隣では、先程別れたばかりの健一郎が呆れた顔をこちらに向けている。

 「お前……つくづく容赦無いな」

 「俺だってこんな真似はしたくない。けど、たまには志乃にも現実を見てもらわないとな」

 「いやいや、だからって綾乃を行かせるのは志乃ちゃんには苦痛だろ」

 「……それは言える」

 二階からでも志乃の悲鳴や幼馴染の楽しそうな声が聞こえてくる。戸締りはしてあるが、もしかしたら外にも聞こえているかもしれない。まぁ、聞いてるような変態がいたら竹刀でぶっ叩くけど。

 今、俺は先程志乃に言おうとした案を実行させていた。簡単に言うと、俺と志乃の共通の知人に遊びに来てもらっていた。

 一人は三村健一郎。坊主が特徴の野球少年だ。

 そして、現在志乃の風呂場に侵入していったもう一人が林葉綾乃。二人は俺の幼馴染で、志乃も幼稚園の頃から面識がある。

 綾乃は昔から志乃を溺愛しており、今になってもそれは健在である。そのため、俺が「今志乃が風呂入ってるよ」と言えば、すっ飛んで来るのだ。ある意味ストーカーより怖い。

 何より、綾乃は体育会系でスタイルが良い。引き締まっているところは引き締まっていて、出っ張っているところはツンとしている。それに加えてなかなか美形な顔をしているのでモテるのだ。

 インドア派の志乃からして見れば、そのスタイルは憧れるものであり、同時に自分に嫌悪感を抱くものである。きっと今、あいつは綾乃に翻弄されると同時に相手の体つきと自分の差に落ち込んでいる事だろう。

 まぁ、俺をバカにしている罰だ。これぐらいの事があっても良いだろ。

 やがて、風呂から出たのか二人の声が聞こえなくなる。もう一階に行っても大丈夫かな。

 「ちょっと一階行ってくる。さすがに全裸で歩いてはいないだろ」

 「いや、止めとけ。綾乃の奴はその危険性がある」

 「……マジで?」

 そうなると俺は太刀打ち出来なくなる。なにせ綾乃は、合気道三段の実力者だからだ。竹刀を持たない俺が対処するなど不可能に等しい。

 そのため、俺は少し自室で待機する事にした。その時、俺はいきなり咳込んだ。何かが喉で詰まっているような感覚。よくあるアレだ。

 「もしかして風邪引いた?」

 健一郎の言葉に、それあるかもな、と心中で呟く。なにせ、水も飲まずにカラオケボックスであれだけ声を出したのだ。その上、帰り道にやや冷たい風に当たって来たのだ。ラーメンを食べた時には感じなかったイガイガが今はあった。

 だが、あえてそれを否定しておく。

 「大丈夫、花粉症で喉辺りが痒いだけだから」

 ここで風邪と認めて志乃にでも知られたら、どうなったもんか分からない。ここはポジティブに行くべきだ。

 それから数分後、一階から綾乃の声が聞こえる。

 「伊月ー、出たよー」

 「あいよー」

 そう綾乃に返して、健一郎を促して一階に足を進める。一階でゲームでもやろうという話になっているのだ。

 そうして、俺と健一郎がリビングへ向かった時、そこには風呂上がりの少女達の姿があった。

 ドライヤーで髪を乾かしてもらっているのが志乃。その顔はむすっとしていて、俺と目が合うと睨んでくる。俺はそれを綺麗に躱すが。

 綾乃は志乃の髪をドライヤーで乾かしながら、笑みを浮かべている。

 「志乃ちゃんって何でこんなに色白なの?なんか塗ってたりする?」

 「……何も塗ってない。綾乃こそ何でそんなに胸が大きいの」

 「さぁ?揉めば大きくなるんじゃない?」

 よく男子がいる前でそんな話が出来るな。志乃に関しては、多分皮肉で言ったんだろうけど。それを綾乃にあっさり躱されて、志乃はさらに顔をむっとさせている。

 「健、風呂は?お前先入る?」

 「いや、俺は家でシャワー浴びてきたから大丈夫。ゲームの準備しとくからお前入っちゃえよ」

 「んじゃそうするわ」

 そう言って俺は浴室へと向かう。俺もちゃっちゃとシャワー浴びて皆とゲームでもしよう。

 その後、十五分ぐらいして俺が風呂から出ると、そこではすでに熱戦が繰り広げられていた。

 車のレースのゲームなのだが、三人とも真剣な表情でコントローラーを動かしている。……楽しんでるのか?

 そこで、俺はもう一度大きく咽る。やっぱ風邪引いたかな。風呂にはちゃんと浸かったんだけどな。風邪薬でも飲んでおくか。

 そう考えていると、レースに参加中の志乃が画面を見ながら声を掛けてきた。

 「兄貴」

 「ん?なんだ?」

 「兄貴、喉壊したら殺すから」

 「え……」

 調子こいてすいませんでした。以後気を付けます。

 後ろ姿感じる妹の鬼気に、俺は思わずお辞儀をしてしまった。 
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