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相棒は妹

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志乃「ひたすら歌え」

 志乃と小さい言い合いをしながら、俺達は無事カラオケ店までやって来た。いやぁ、短いようで長かった。

 今日は春休みの平日だから、空いてるかもな。いや、学生はいるか……。知り合いにあったらどうしよう。俺誤魔化せる気がしないぞ?


 「いや、ちょっと待て……」


 そういや、ここのカラオケ店には最近中学時代同じクラスだった奴がバイトしている、みたいな話を幼馴染から聞いたぞ?誰だかは覚えてないけど。

 いやいや!それはまずい!俺としてはあまりバレてほしくないし!あ、でも来月から通うのが近所の県立校だから、多少はバレるか。

 でも待ってくれ!今バレるのは早すぎないか?俺思う存分歌えねえよ!

 そうして俺が内心ビクビクしていると、体操服姿の妹がすたすたと店内に入っていく。


 「ちょ、待ってくれ志乃!」


 俺の声を綺麗にスルーした妹は自動ドアの先へと入ってしまう。受付はドアから見て横手側にあるので、ここからでは志乃の横向き姿しか見えない。マジか、絶対顔見られるじゃん!


 「ちょっと兄貴、早く来てよ」


 ドアが開き、マイクやコップの入ったバスケットを片手に持った志乃が文句を口にする。

 考えろ俺。何か、何か策がある筈だ。

 俺が頭をフル回転して方法を考え、生み出された答えは一つだった。


 「マスクを目元まで持っていく!」


 「何言ってんの?バカなのは知ってたけど」

 失礼な事を言っている妹はこの際無視だ。今大事なのは、どれだけ俺が抱える恥ずべき事実を後回しにするか、だ。

 俺はマスクを目の淵まで上げ、少しでも顔を隠す。自分でやってみて、これ本当に意味あるの?って思えてきた。

 だが、ここで止まるわけにはいかない。さぁ行こう、楽園へ!

 自動ドアが音を立てずに開き、俺と志乃の道を広げる。ここが正念場だ。

 そして、俺が左手にある受付をコソコソ抜けようとした時、俺は見た。


 受付に、全く見覚えの無い眼鏡を掛けた男が一人だけいるという事実を。


 「……え」


 その瞬間、俺は思わず呆けた顔をしていた。いや、だって……。

 誰だお前!見た事もねえよ!そんな髭の生えた眼鏡男、クラスに一人もいなかったわ!せめて俺の顔見知りの人出せや!


 「兄貴、こんなところで止まるな」


 後ろから志乃の声が聞こえ、俺はようやく我に返る。なんてこった、完全にやられた……。

 あの眼鏡店員はびっくりした顔で俺を見ていた。なにせ、俺は眼鏡店員の顔を驚愕の顔で凝視していたんだからな。マスクに黒ジャージという事も相まって、不審者に見られてもおかしくないしなこれ。


 「志乃、俺ジャージ脱ぐわ」


 「私に報告しなくていいんだけど」

 俺は我が妹にそう宣言し、黒のジャージを脱ぐ。冷や汗凄かったわー。ジャージ脱いで正解だな。

 俺はカラオケの画面の下にある機器を動かして、音量やエコーなどの調節をする。標準だと歌いにくいんだよ。

 志乃はその間、フードメニューを見ていた。こいつ、さっき昼飯食べたばっかなのにまた食う気か?ジュースだけじゃ足りないとでも?

 調節を終えた俺が、メニューとにらめっこをしている志乃を見つめていると、志乃はこんな事を言ってきた。


 「ひたすら歌え」


 「……は?」

 今こいつ、なんて言った?ひたすら歌え?何それどういうこと?何で俺、こいつに命令されてんの?


 「激しい曲とか歌って」


 おまけに曲の細かいところまで注文してきやがった。


 「それと、メンチカツ食べたい」


 「ざけんな!自分で払え!」


 ついに俺は叫んでしまった。これは不可抗力だと言わせてくれ。何で俺が妹のためにメンチカツを頼まなければならないんだ。全部食われちまうだろうが!

 あ、今思ったんだけど、このカラオケの料金って俺持ち……?


 「兄貴持ちだからよろしく」


 「俺の心の中を読み取るな!怖ぇなお前!」


 何より怖いのは、こいつの淡々とした顔。何でここまで普通に命じたり出来るのかが分からん。もしかして、最近ニュースでやってる殺し屋さんってこいつなんじゃね?

 俺は溜息を吐きながら、志乃から目を離す。ま、一つぐらいなら良いか。

 入口近くにある受話器を取って、俺は注文を取る。


 「すみません、オレンジジュース二つと、メンチカツ一つ」


 そう言い終えて、マイクを取ろうとした時、偶然志乃と目があった。

 何でこいつ、こんな不思議そうな顔してんだ?


 「何か用か?お前も歌う?」


 「そうじゃなくて……」


 そこで一拍空いて、志乃が疑問を口にする。


 「何で本当にメンチカツ頼んだの?」


 「逆にその質問の意味を教えろ。まさか、俺に無駄遣いさせるために言ったのか」


 陰湿すぎるだろ!本当に金無くなるわ!


 「そうじゃないけど。本当にメンチカツ頼むなんて思わなかったから」


 意味が分からない。もしかして、俺を試したのか?妹のくせになんてマネするんだ。女って怖いな。


 「お前が食いたいって言ったから頼んだ。それだけだよ」


 俺は本音を口にする。妹に命令されたり指図されたりするのはガチでムカつくけどな。


 「別に、お前に金払わせる気無いし」


 さっきのは普通に冗談としてツッコんだんだけどなー、こいつ本気にしてたのかな。

 黙る妹を特に気にせず、俺は曲を入力する機器を手にして、歌いだす。最初に点数を出して低かったらモチベーション下がるあら、俺は途中まで採点無しで歌い続ける事にしている。ま、自論だけど。

 俺が歌ってる間、志乃は何も喋らなかった。メニューを見る事も無く、ジュースを口にするわけでも無く、ずっと画面を凝視していた。

 それが何だか恥ずかしかったが、こういうのもアリかな、とも思えた。 
 

 
後書き
6月19日といえば、某ライトノベルのキャラのお誕生日ですね。おめでとうございます。
ちなみに、自分は情報屋のお兄さんが大好きです。 
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