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アーチャー”が”憑依

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五話

「さて、これで終わりだな」

たったいま見終わった数十枚のプリントを整える。たまに出す英語の宿題だが、こうして多くの人が解いたものを採点していくというのは中々に面白い。基礎はできているのに応用が全くダメな者、基礎も応用も文法的にはあっているのにスペルミスを侵している者、基礎から全くできていないものなど個性が様々なのだ。

「ごくろうさまです、ネギ先生」

「源先生、ありがとうございます」

差し出されたお茶を一口飲み、息をつく。源先生は何かと私のことを気にかけてくれ、非常にありがたく思っている。何せ教師をするなど以前を含めても初めてだ。至らないことは非常に多い。

「どうですか? 授業の方は」

「今はまだ問題なくこなすので精一杯です。最も、余裕が出来た所で2-Aを最下位から脱出させられるかどうかは疑問が残りますが」

タカミチも無理だったようですし、と言う私の言葉に源先生は苦笑いをしていた。2-Aはテストでぶっちぎりの最下位みたいだからな。と、その後も続けて世間話などをしていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

「せんせーい!」

「たすけてー!」

乱暴にドアを開けて入ってくるなりそんな言葉を発してきたのは2-Aの佐々木まき絵と和泉亜子の二名だった。何かとめんどうごとを起こす2-Aだが、大人しい部類に入る和泉の様子を見るにいつもとは毛色が違うようだ。

「そんなに慌てて、何かあったのか?」

「校内で暴力が!」

「見て! この傷!」

突き出された手にあるのは擦り傷、それも赤くはなっているが僅かに血が出ている程度のものだ。一応二人の全身を見てみるが、大きい怪我があるようには見えない。まぁ、年頃の女の子には擦り傷一つでも問題なのかもしれないが。だが、放っておくわけにもいくまい。

「案内してくれ」

「こっちだよ!」

「ウチらについてきて!」

駆けていく二人に続きながら思った。大事にならなければいいがな、と。それは、いい意味でも悪い意味でも規格外の麻帆良だからこそ思ったことだった。





「女子高生アターック!」

「キャッ!」

現場についてみれば、そこには高等部の女生徒が放った強烈なアタックを受ける大河内アキラの姿があった。何とか受けようとしたものの、ボールの威力を受け切れずに尻もちをついてしまっていた。

「ホラッ、あんたにも!」

転がるボールが高くトスを上げられ、先ほどと同じ女生徒がアタックの態勢に入る。狙いは大河内に駆け寄っていた明石裕奈だろう。だが、そうはさせない。大河内の時は間に合わなかったが、今度は違う。

「それっ!」

放たれたアタック。その軌道を見切り、目標である明石との間に体を滑り込ませ、ボールを受け止めた。

「なっ!?」

「君達が何をしていたのか私の知る所ではないが、少なくとも今の行為が褒められたものではないことぐらいは分かる。それで、だ。君達は私のクラスの生徒に何をしていた?」

私の現在の見た目は十歳の子供。侮られない様に若干の威圧をこめて言葉を発する。説教時の新田先生にも及ばないそれだが、彼女達には充分だったようだ。どこか余裕がなくなったかのような顔をしている。

「ネギ先生!」

「助けてくれたの?」

「佐々木と和泉に呼ばれたからな。最も、大河内の時は間に合わなかったが」

視線を高等部の女子生徒達から外さずに答える。一向に答えない彼女たちだが、それでは後ろめたい事をしていたと言っているようなものだと理解しているのだろうか。視線を反らさない私と答えない彼女達。互いに動かぬまましばしの時間が過ぎた。

「くっ! 皆、帰るわよ!」

動かぬ状況に耐えかねたのか、リーダーと思われる人物の言葉を合図に逃げる様に立ち去って行った。此方としては、簡単に事が終わってくれてラッキーだった。

「ちょっと! 大丈夫!?」

「ネギ先生! ご無事ですか!?」

「む?」

振り返って見ればそこには佐々木が神楽坂とクラス委員長である雪広あやかを引き連れていた。明石を助けにいったころから一つ気配が離れていくのは感じていたが、どうやら彼女がこの二人に助けを求めに行っていたようだ。

「少なくとも、私は全く大事ない。大河内と明石、君達はどうだ?」

「私は大丈夫だよ」

「うん、私も」

どうやら二人も大した怪我はないようだ。過剰に心配してくる雪広を適当にあしらいながら安堵の息をつく。

「四人には話を聞いておきたいのでこの後職員室についてきてくれ。神楽坂と雪広、とりあえず問題は解決した。わざわざ来てくれた事に感謝する」

全てはネギ先生のため! 別にアンタのために来たんじゃないわよ! 等の声を背に、私は四人を引き連れて職員室へと戻った。





「ネギ先生」

「新田先生、どうしました?」

教育実習生としての仕事で報告書の様なものを記入していたのだが、そこに声がかけられる。鬼の新田、生徒達からそう恐れられている教員だ。最も、同じ教師である私から見れば生徒思いの素晴らしい人なのだが……

「2-Aの体育の授業なのですが、担当教員の息子さんが突然高熱を出したそうで帰ってしまったので、代わりに監督をして欲しいんですが……よろしいですか?」

「分かりました。場所はどこですか?」

「屋上でバレーだそうです。それでは、よろしくお願いします」

自分の業務に戻る新田先生に一礼し、書きかけの書類を手早く片付け屋上に向かった。





おまけ~見ていたタカミチ~

「ん~、僕の出番はないかな?」

高等部とのいさかいを止めにきたネギ君を遠目で見ていたけど、どうやら上手く事は済んだようだ。いざとなれば出て行こうと思っていたが、その必要もないらしい。

「何をしている」

「エヴァかい?」

後ろから声をかけられる。……気付かなかった。さすがエヴァ、と言うべきか自分の未熟さを恥じるべきか。

「何を考えているのか知らんが、アレを見ていたのか? ご苦労なことだ、アレならよほど下手な真似はせんだろうに」

「まぁ、分かってはいるんだけどね……」

昔からネギ君は大人びて……いや、大人だった。そこらの大人、それこそ僕よりもよっぽどだ。最初は戸惑ったものの、今ではそれが彼だと認識してしまっている。……ナギとは大違いだ。

「所でタカミチ、もうすぐ学年末テストだな」

「ああ、それがどうかしたのかい?」

「もし”教育実習生”のネギ先生が最下位から脱出させるような事があれば、正規教員の面目丸潰れだな」

「な!?」

それは……まずい。ただでさえ新田先生にも出張が多いとはいえ担任としてもう少しどうにか出来ないか? と言われているのだ。ベテラン教師であるあの人にはかなわない。もしかしたら、お叱りを受けることもありうる。

「くくく、貴様のアホみたいな顔が見れて満足だ。それではな」

「あ……」

遊ばれた、のか。僕もまだまだだな……

~おしまい~



「あんた達の校舎隣じゃない! わざわざ中等部の屋上に来るなんて!」

ドアノブに手をかけたところで聞こえてきた怒声。先ほど一騒ぎあったというのに、もう次が来たのだろうか……このまま反転したいと思いながらも、教師としての義務からゆっくりとドアを開け放った。

「龍宮、これは一体何の騒ぎだ?」

「先生か、真名でいいと言ってるだろう?」

「公私の区別はつけるべきだろう?」

これまでに数回あった真名の言を軽く流し、話の続きを促す。いつもの如く説得は無理だと判断したのか、真名はすぐに状況を事細かに説明してくれた。

「なるほど、そういうことか」

先に佐々木達にちょっかいをかけていた高等部の者達が半ば……いや、ほぼ間違いなく嫌がらせのつもりで屋上のコートを陣取っていたらしい。全く、ご苦労なことだ。

「先生、そろそろ行かなくていいのか?」

「む? ああ、アレは不味いな。止めてくるとしよう」

真名と話している内に両者達の間には一触即発の空気が漂っている。これ以上放置していては取っ組み合いの喧嘩に発展しかねない。

「そこまでだ」

「な!? アンタは!?」

「アンタ、何でここにいるのよ!」

正直、耳が痛い。

「コートについて争っているようだが、残念ながら両者ともに退場してもらう」

「「どういうことよ!?」」

……本当は仲がいいんじゃないのか?

「聞くが、ここはどこだ?」

「どこって……」

「屋上?」

「そうだ。それで、周りを見て何か気付かないか?」

「「?」」

両者達のリーダーだけでなく他の面々も周囲を見渡すが皆クビを傾げるばかり。どうやら、言いたいことは伝わらないようだ。

「君達がやろうとしているのは球技だ。当然、ボールを思ったように扱えず想定外の方向へ飛んでいくこともある」

「……あ」

ここまで言えば、大体の生徒は気付いたようだ。……神楽坂は分かっていなさそうだが。

「分かったか? ここは周りの壁が特別高いわけじゃない。ボールが飛んで落ちていく可能性が非常に高いんだ。体育館の使用許可は取っておいた、2-Aはただちに移動を開始してくれ」

高等部を睨みつける者も数名いるが、皆移動を開始する。高等部の者は唖然としていてそれにすら気づいていないようだ。屋上の件に対して、そんなに衝撃を受けたのだろうか? 少し考えれば考えつきそうなものだが。いや、麻帆良にそれはあてはまらないか。


「君達もここでの球技は控えてくれ」

未だ呆ける高等部の者達を背に、私も体育館へと向かった。 
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