知恵を手にした無限
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プロローグ
曹操は驚いていた。
とにかく、心の底から、驚いていた。
少なくとも、つい最近までの彼女は、頭とは名ばかりの存在だった。
言い方を悪くすれば、目的を達するまでは、虎の衣を借る狐であるつもりだった。彼女の名は、それだけで畏怖を与えるほどに、強力なのだ。
彼女の目的は、あくまで静寂を得ることだ。赤い龍の討伐――とまではいかなくとも、追放すること。それ以外のことに関しては、興味を示すことは無かったはずだ。いや、そうだった。
いつもは必要以上に関与してこない彼女、自分に声を掛けてきたときは、少しばかり困惑した。が、そういう時もあるだろうと解釈し、彼女の言葉を待つ。
果たしてオーフィスは、こう言ったのだった。
「曹操。メンバーを呼べ、旧魔王派もだ」
と、外見と不相応なほどに妖艶に笑った。
「仕掛けるぞ。手伝え」
◇◇◇□□□◇◇◇
その時オーフィスは、森を歩いていた。
彼女の興味を引くものは少ない。だからこそ、それを探すのは、彼女の数少ない趣味であった。深い森林を掻き分け、奥へと進む。
一見してみれば幼女の姿をしたオーフィスだが、だからといって、世界最強の一角であることに変わりはないのだ。目前の生物は、全て道を開ける。それを当たり前のごとく、歩を進める。歩幅は小さくとも、確かに堂々と。
世界中を探しても、オーフィスを超える存在は数えるほども居ない。あえて言うならば一体だが、その必要はないだろう。少なくとも今は。
だが、いくら力を持っていても、どうしようもない事象は存在する――例えば、彼女の知識量などだが。
そんな彼女の歩く先には、光が見える。
森の終着だろうか、とオーフィスは歩く。気付いた頃に、反対側についてしまったのか。
光に吸い込まれたオーフィスは、湖に辿り着いた。
湖は澄んでいて、それで居てたった一匹の生物も存在しない。オーフィスに面と向かうように太陽が黄金の黄昏を彩る。静かで幻想的。それがオーフィスの抱いた感想だった。
身にまとうドレスが濡れるのにも気にせず、水に足を浸す。冷たくて、心地いい。足元をみれば、白い己の肢体が、屈折する様子も無く、確認できた。
不思議と落ち着く場所だった。
まるで彼女の故郷のように、静かだ。ずっとここにいたい。そうとさえ思うほどに。
「ここは……?」
だが、このような場所に生物の影も無いのはおかしいのではないのか。少なくとも、ここ以上に澄み渡った水を、オーフィスは見たことが無い。十分な水源として使えるはずだ。ならば何故――と、ここまで思いついた。
オーフィスは気付かない。
昨日までの自分なら、そこまで思慮深い判断はしなかったであろうことに。生物の影の有無ごとき、気にすることは無かったであろうことに。
残念な事に、それに気付くことは無かったが。
――いまこの瞬間までは。
突然の事態だった。
それはオーフィスを襲った――が、それがオーフィスにとっての転機だった。謀らずとも己の状況を進展させるための一手となったのだ。
穏やかな心持だったオーフィスを光が包み込んだ。
◇◇◇□□□◇◇◇
目が覚めた。
状況を確認する。手を見る。変わりない。いつもの小さな手だ。
「なにが、起こった?」
周りを確認する。そこは森の中だった。道となどとは、けして言えないほどに、木々が生い茂った処。暗く薄気味悪い森の中。
先ほどまでの幻想的な光景は、跡形も無い。
「まあ、幻想だったとでも思うか」
それこそ儚い夢だった。そう思うのが最善だろう。それよりも気にしなければいけないことが、己がみにおこっているのだから。
「…………」
また一度、手を確認する。
変わるはずも無い、が変わったように思う。
まるで自分のものとは思えないのだ。他人の視界を盗み見ているようで、気味の悪い。
思考がクリアになっている。状況を整理せんと、頭を回転させる。
生まれは次元の狭間。名はオーフィス。無限の龍神であり、世界最強。目的は静寂。
憶えている。大丈夫だ。
自分は自分。なにも変化は無い。だが――
「今まで、なにをしていたのか。私は……」
まるで動きの無かった、過去の自分に呆れてしまう。キングを取るためには、兵士でさえも動かさなければいけないのだ。そのための駒は、今手元にある。ましてや、女王クラスの存在が、余るほどに存在しているというのに。
「だが、ここからが勝負だ」
戦いはまだ、始まっていない――否。
今、まさしく今。始まったのだ。時間は腐るほどにある。余裕はあるのだ。だからこそまずは――
龍神は、一人の男の下へと、歩み始めた。
◇◇◇□□□◇◇◇
曹操からの呼び出しを受けた旧魔王派の筆頭たちは、渋々と歩いていた。そもそも、何故魔王の子孫たる自分達が、人間からの呼び出しに応えなければいけないのだ。来るべきは向こうであって、己たちではないはずだ。
だが、そうこうしているうちに辿り着いた大広間で、身を震わせた。
「――なっ…………」
なんなんだ一体。この寒気は。
「――来たか」
聞こえてきた声は、あまりにも聞きなれた声であって。それにしても、きいたことも無いような声であった。
「おー、ふぃす…………?」
豪飾にもほどがある椅子に座っていたのは、確かに無限の龍神だった。しかし、その顔は今までに無いほどに自身に満ち溢れており、美しかった。
「遅かったな。まぁ、いい。話し合いを始めるぞ、席に着け」
動けない。もしここで動いてしまえば、殺される。
立ち止まったままの旧魔王派たちを一瞥したが、特になにもせず、息をついた。
そして、こう言う。
「お前達は負け犬だ」
と。
後書き
何故か思いついた一発ネタ。ごめんなさい。
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