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東方攻勢録

作者:ユーミー
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第二話

「おま……」
 目の前の状況を飲み込めずただ呆然とする妹紅。ついには目の前の少女の体にあった風穴はきれいさっぱりなくなってしまい、少女の目もゆっくりと開き始めていた。
「……ここは?」
 まるで何があったか覚えていないかのようにそう呟く少女。そのままゆっくりと体を起こすと、何もいわずに辺りを見渡す。そして呆然としたままの妹紅と目が合うのであった。
「……はっ!? ごめんなさいごめんなさい!! なにもしませんからどうか許して下さいお願いしますう!」
 別に何もしてはいないのにもかかわらず、少女はすごい勢いで妹紅から離れると頭を下げて謝り始めた。
 当時の妹紅にとってはこの時が一番あり得ないことに出会った場面だった。月の薬である『蓬莱の薬』を使って不老不死になった妹紅だったが、自分以外の不老不死の人間なんて存在しているわけがないと思っていたからだ。
 だが目の前の少女はどうだろうか。心臓を一突きにされて即死は免れないはずだが、彼女の肉体は元に戻り意識も戻っている。それはもはや彼女が不老不死であることを意味していた。
 しかし月の使者が彼女に『蓬莱の薬』を渡している可能性はないと言ってもいいだろう。『蓬莱の薬』自体月の都にとっては犯罪に値する一品なのだ。このころの妹紅はそのことを知ってはいなかったが、輝夜が長年お世話になっていたお爺さん・お婆さんに特別に渡していた点を考えると、そう簡単にもらえるなんて思ってはいなかった。
「お前……不老不死なのか?」
 妹紅は恐る恐る彼女に尋ねてみる。ひたすら謝り続けていた少女は一度キョトンとしたあと、表情を和らげて返事を返した。
「不老不死がなにかわからないけど……要するに死なないってことだよね?」
「そうだけど……」
「じゃあ……あなたの言うとおりだよ」
 少女は優しく微笑むようにしてそう答えた。
「どっ……どうして? なにか変な薬でも飲んだのか?」
 妹紅は一応可能性を考えて『蓬莱の薬』のことについて尋ねてみる。しかし少女は変な薬と言われた瞬間不思議そうな顔をしていた。
「あなたは……その薬を飲んでこうなっちゃったの? 私と違うんだね」
 そう言われた瞬間妹紅はなぜか安心していた。
「……違うのか?」
「うん……わからないんだ」
 そう言った少女はなぜか悲しそうな顔をしていた。
 その後の少女の話をまとめてみると、少女が不老不死となったのは今から約五十年ほど前の話になるらしい。当時まだ十歳にもみたっていなかった彼女は、いつも通り近所の子供達と里で遊んでいた。かけっこをして遊んだりお手まりをして遊んだりと、当時の子供らしい生活を送っていたらしい。
 そんなある日走り回っていた少女は石に躓いて転び、膝に大きな擦り傷を作ってしまう。すぐに水で洗い流して傷口を洗おうとしたのだが、急に傷口がふさがり始め跡形もなく消え去ってしまったのだとか。それをみた子供達はあまりの出来事に興奮したらしいのだが、それが里中に知れ渡った瞬間、里は大パニックになってしまったらしい。化け物や妖怪の子供などありもしないことを言い始め、なにも悪くない彼女の事をけなしていたようだ。しかしそんなことにもめげずに少女は元気に生き続けた。
 それからさらに数年後、辺りの子供達は年齢を重ねて行くごとに成長し、人並みに働くようにもなっていった。しかし少女の容姿は成長を見せることなく、老いることもなかったらしい。そのことで里中はさらにパニックとなり、ついには彼女の家族でさえ彼女を人間扱いすることがなくなってしまった。家族だけが支えでもあった彼女はそれがきっかけで完全に落ち込んでしまい、里にいることがいやになって逃げ出したとのことだ。
 そして数十年間山の中をさまよい続け、同じ症状を持った妹紅を見つけた事に喜びを感じた少女は、密かに彼女の後をついてきていたということだ。
「こんなかんじ……かな?」
「……」
 少女の話を聞いていた妹紅は、なにも言うことなく少女をじっと見ていた。よくよく考えてみれば自分も彼女と似た生活を送ってきた。里の人間には不老不死というのを理由に化けもの扱いされて、居場所を失ってこの山の中に逃げてきた妹紅は、自分の存在を保つために手当たりしだいの妖怪を探しては殺すといった生活をしてきたのだ。もし自分が彼女のように不老不死の人間を見つければ、必ず声をかけているだろう。そう考えると不思議と悲しくなってきていた。
「迷惑……だよね?」
 一人思いふけっていた妹紅を見て、少女は申し訳なさそうにそう言った。
「えっ……」
「ごめんなさい……でも、ちょっと嬉しかったんだ。自分だけじゃないって思えただけで、少し……救われた気がしたんだ」
 少女はそう言いながら笑う。その笑顔は確かに嬉しそうだったが、どこか寂しさを感じられた。
 迷惑なわけがない。妹紅はそう言おうとしていたが、長年人間とほとんふどしゃべっていない彼女はなんと口にしていいのか分からない。
「もう迷惑かけないようにするね……? それじゃあ」
 少女はスッと立ち上がってその場を後にしようとする。行かないでと言いたい妹紅だが、なぜか声を発することができずその場にたたずんでしまう。同じ状況に置かれている人間を見て、自分の中にも人の温もりを求めている自分がいることに気づけた。相手が不老不死だろうが関係ない。とにかく一緒にいたい……それが今の願いだ。
「……お前……戦えるのか?」
 強く願い続けていた心は、妹紅を無意識にそう言わせていた。
「……えっ?」
「戦えるのかって聞いてるんだ」
 再度そう問いかけると、少女は何も言わずに首を横に振った。それもそのはず、五十年は生きている彼女の体を見ても、不老不死のせいで発達しなかった体は子供のままだ。それにさっき背後に妖怪が立っていた時、戦闘慣れしているなら背後の殺気を妹紅のように読み取ることも容易になる。彼女が心臓を一突きされてるのを考えると、戦闘なんて経験してないだろう。
 どうやってここまで生きてきたのか聞いてみると、少女は道端に生えているようなキノコや山菜、時には魚を捕まえて食い凌いできたらしい。もちろん毒キノコを食べて死んでしまうこともあれば、妖怪と出会って殺されたこともある。もちろんその後すぐさま生き返るし、妖怪の場合は生き返ると同時に逃げてしまうことばかりだったらしく、そのおかげで今まで無事に生きてきたのだ。
「……死ぬのは痛いか?」
「それは……痛いけど……」
 不老不死とは言えど痛みを感じないわけではない。人間と同じで疲労も感じるし、疲労がたまりすぎてしまえば気を失って倒れることもある。それが死につながるのであれば耐えがたい苦痛を味わうことになる。できればそんな苦痛は味わいたくないし、それは彼女もそう思っているはずだ。
 言葉をうまく伝えられない妹紅は、そんなことで理由を無理やり作るしかなかった。
「だったら……ついてこいよ」
 妹紅はへたな笑みを浮かべてそう問いかける。目の前の少女は思いがけない提案に目を丸くしたままキョトンとしていた。
「私は何度も戦闘を経験してる。さっきみたいなことにならなければお前を守るなんて簡単なことさ」
「でっ……でも……」
 戸惑ったまま何を返していいのかわからない少女。妹紅はそんな彼女の手を無理やりつかむと、そのまま引っ張りながら歩き始めた。
「ふえっ!?」
「あんた名前は?」
「えっ……柿崎ふみ江……」
「じゃあふみ江でいいな! 私は藤原妹紅……もっ……妹紅でいいよ!」
 強引に引っ張りながら妹紅は顔を合わせずに自己紹介をする。その声はどこか嬉しそうで、ところどころが震えている気がした。
「……う……うん!」
 少女は泣きながら返事を返す。そのまま浮かべた笑顔は嬉しさに満ち溢れていた。そして前を歩き続ける妹紅も、嬉しそうに笑みを浮かべながら密かに涙を流していた。


「なんか妹紅らしいな」
 妹紅の話をじっと聞いていた俊司は、悪気のない顔でそう呟く。それを聞いて妹紅は顔を真っ赤に染め上げ、反発するどころか恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
「……悪いか」
「いやそんなことはないよ。でも妹紅がそんな経験してたなんてしらなかったからさ」
「まるで私のことを知ってたみたいな言い方だな」
 外の世界でも妹紅の設定はある程度ゲーム内でも描かれているし、それをプレイしてきた俊司もそれを知らないわけがない。ただ分かっているのはおおよその事であって、その間に何が起こっているかは本人しかしらないことだ。
 問題はさっきの質問とこの話がどうつながるのかだが、俊司は流れからしておおよその答えがわかっていた。しかしここまで聞いておいて話を終わらせるのも申し訳ない。俊司はおそるおそる質問の続きを始める。
「で……その話となにが繋がるんだ? それにその女の子は……?」
「ああ……」
 妹紅はふと思い出したかのようにポケットからある物をとりだす。そこには少し古くなり劣化していたものの、色鮮やかに光る髪飾りが入れられていた。
 彼女はそれを懐かしそうに見つめる。そして悲しそうに呟くのだった。
「こいつは……あいつの形見なんだよ」
 
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