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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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番外中編
  蒼空のキセキ2

 「でさでさっ! それでねっ!」
 「あーうっとうしい!!!」

 私の声を遮るように、もうたまらんとばかりに彼女は声を張り上げた。

 ピンク色の肩までのショートヘアに、ダークブラウンの瞳。ちょっとばっかりかわいらしいそばかすがほっぺたに見える、感じのいい女の子。派手な髪の色に合わせるように服もなかなかで、ひらひらフリルのたっぷりついたメイド服風のエプロンドレスという出で立ちにされている。

 彼女の名は、リズベット。
 行きつけの鍛冶屋の店主であり、私の親友でもある。

 「もーちょっと待ちなさい、あんたのノロケはあとでゆっくり聞いてあげるからー!」

 が、そんなリズは今、不機嫌モード全開だった。
 言うまでもないが、原因は私だ。

 「うー……ごめんねーっ……いきなりでっ……」
 「あーあー、分かってるわよ、あんたの依頼はいつだって唐突だってね! 今に始まったことじゃないから、気にしてないわよ。まあ、だからといって今日のはさすがに行きすぎだと思うけどね!」

 私は、武器遣いが荒い。一つの愛用武器を使い続ける人はそんなことは無いのかもしれないが、複数の武器を使い分ける自分は一つ一つの武器の耐久度に対するチェックが少々甘くなりがちなのだ。気が付けばいくつもの武器が限界ぎりぎりで、あわてて店に駆け込む、という事態も、一度や二度……うう、もっとあったかもしれない。

 そんな私の武器の整備をするのがリズなのだ。
 それに加えて今回は、駆け込みが武器の整備ではなく。

 「明日までに『穿孔の投擲槍(ニードルピラム)』、最低で十本ですってぇ……徹夜したって間に合うかどうかってトコじゃないのよ……」

 新品装備の緊急発注なのだ。そりゃあ不機嫌にもなろう。

 「……ゴメンナサイ……」

 ちゃんと申し訳なくは思っている。甘えちゃってる自覚もある。
 ある、のだが……、それでも頼っちゃう。

 リズには、そんな『頼りになる』空気があるのだ。
 どんなときでも、リズならきっと大丈夫。そんな安心感。

 思えば私の周りは、そんな感じを持つたちばっかりだ。

 「そんなリズが、大好きだよーっ!」
 「はーいはい、私もよ。ていうかどういう話のつながりなのよ、わけわかんないわよ」
 「そんなリズが友達で、私は幸せだーっ!」
 「はーいはい、そんなに言ってもらえて私も嬉しいわよ」

 思わず口を突いて出た本音にリズが苦笑交じりに返す。もうかなりの付き合いとなる親友は、実に私のことをよく分かってくれているようで、初めて出会ったことは頬を赤らめたりもしてくれたのだが、今ではこの通りだ。

 (むぅ……結構、本気なんだけどなーっ……)

 くだらない掛け合いをしながらも、ハンマーを打つ手はとても正確だ。
 口調とは独立したようなしっかりした手つきは、彼女の職人歴の長さを感じさせる。

 だが。

 「で、あんたがこんな慌てる理由は一つよね。今度はどこにデートなのよ」
 「でっ、デートってわけじゃないよっ!? クエストで、ファーくんとかレミたんも一緒だしっ、別にそういうわけじゃっ、」
 「はぁー、あんたも幸せ者よねえ……早く連れてきて紹介しなさいよ」
 「うーっ……でも彼っ、金属装備なーんにもないんだもんっ……きっかけがねっ……」

 職人である前に、彼女も一人の女の子なのだ。
 こういった話題には、それ相応に敏感。

 もちろん私も、こんな話題は嫌いじゃない。
 むしろ積極的に聞いてほしいくらいだ。話しても話しても話し足りない。

 「あんまり手甲使ってくれないしさーっ、消耗の時にリズも紹介したいなーっ、って思うんだけどなかなか……」
 「あら、いっつも装備してるわけじゃないの? 結構自信作なんだけど、アレ」
 「うーん、四人の時はネームド相手の時にたまに、かなっ」
 「鎧もないんでしょ? ……大丈夫なの、それ?」
 「うんっ、全然大丈夫なのっ! すっごいよねっ、全部躱しちゃうのっ! もうね、『当たらなければどうということはない』っ、状態! 無敵のBGMを歌っちゃいたいくらいなのっ!」
 「へー」
 「あそこまでできるのは『攻略組』でもあんまり見ないねっ! あっ、アスナんはもしかしたら練習したらできるかもっ、でもほんっとスゴイのっ、もうこう、ビュッってなってカッてなってグワーッってっ!」
 「はーいはい、彼氏自慢はおなか一杯よ。……にしても、アスナよりねぇ……若干信じがたいというか、私には想像つかないレベルね、まったく……」

 また熱くなっちゃった。悪いクセだな、と思う。
 シドの話題となると、自分はいつも以上に饒舌で多弁になってしまう。

 (でもっ、でもねっ!)

 それでも、伝えたい。
 この胸の想いを、もっと伝えたい。

 ―――だって、そうでないと、彼はあまりにも、悲しすぎるから。

 ねえリズ、ちゃんと伝わってるかな。彼はちょっとだけ自分に自信がなくって、みんなの前に出たがらないけど。自分の力なんて大したことないって謙遜しちゃうけど。『攻略組』になんて敵わないなんて諦めてるけど。「『勇者』なんて柄でも、器でもない」なんて言っちゃうけど。

 (そんなことは、ないんだよっ、て)

 私は、そう想う。信じてる。信頼してる。

 だから私は声を上げる。
 ノロケだって言われたって構わない。むしろどんとこいだ。

 彼はすごい人だって、いい人だって、素敵な人だってノロケ続ける。
 だってそれは、彼が受けるべき、正当な評価だから。

 私の想い人は、こんなにも……

 「でへへぇっ……」
 「おーい、ソラー。乙女が出していい声と晒していい顔じゃないわよー」
 「ふぁっ!? あっ、なしなし今のはエヌジーでっ!」
 「ふふっ、あーあ、映像結晶でも出しとけばよかったなー」

 リズにからかわれて、顔が赤くなるのを感じる。それを見て、リズが笑う。その笑みは、嬉しそうだった。私が幸せそうなのを見て、自分も幸せ。そんな感じの優しい笑顔。「あんたの伝えたいことは、ちゃんと伝わってるわよ」と言ってくれるような、柔らかな微笑。

 伝わってるんだね。
 でも、まだまだ私は言い続けるんだよ。

 ―――じきに消えてしまう、この声が出続ける限り。





 儚くて、今にも消えてしまいそうなヒロイン。

 私はそれが嫌いだった。
 その理由を伝えるのに、説明なんて一言で十分。

 ―――実際になってみればいい。

 私は……現実の私は、自分で言うのもなんだけど……いや、自分で言ってしまっても構わないと思えてしまうくらいに、「悲劇のヒロイン」だった。それはもうものの見事に、御伽噺だってきょうびここまで露骨ではないぞ、ってくらいに。

 階段の上り下りすら制限される心臓。
 満足に腕を振って走ることさえできない手足。
 栄養制限の病院食のせいで、白くて痩せっぽちの体。

 生まれつきの病気のせいで十年以上病院住まいなんて、同じ年の人たちには想像だってできないだろう。私には同じ年の「普通の人たち」がどんな暮らしをするのかが想像できないように。そんな「普通」を奪われたのが、私だった。

 体の自由の無かった私は、心の自由を求めた。
 何冊もの物語を読み、何本もの映画を見て、何個ものゲームをした。

 幾人ものヒーローを、ヒロインを見てきた。

 ―――私も、なりたいな。こんな人たちに。

 叶うかどうかも分からない願い。常識では叶うはずがないのだろう。事実、その想いが届かず、この世を去っていく人たちを、私は病院という場所でいくつも見届けてきた。私だって、みんなと同じようになるのかもしれないと、おびえていた。

 でも、それでも、私は願うのをやめなかった。

 もしその願いが叶ったらどうするか。どんな人が迎えに来てくれるのか。どんな魔法が私を助けてくれるのか。どんな世界が私を受け入れてくれるのか。どんな冒険が私を待ってくれているのか。そんなことを、何回も、何十回も、何百回も繰り返した。


 そして、この『アインクラッド』という世界で、それは現実となった。
 想像もつかないほどの幸運で、私の願いは、叶ったのだ。

 自由に動く四肢。
 走っても息の切れない心臓。
 心の踊る冒険。
 最高だと胸を張って言える、仲間たち。

 心の底から愛してると思える、……彼。

 私はこの世界で、今、生きている。今、幸せだ。


 ―――でもね、わかってるんだ。

 この幸せは、永遠には続かないことを。もともとが安静を必要とするような病気なのだ。寝たきりでこの世界にとらわれてしまったことで、体に一切の悪影響がないはずがないだろう。私の病気は、心臓。そしてその障害は血液循環機能の障害という形で、心臓だけでなく全身のあらゆる臓器の機能不全をもたらす。それは、脳とて例外ではない。

 はじめは、軽い手のしびれだった。
 ほんのわずか、数分で治っただけの、発作的な動作の不良。

 次は、目だった。右目が、急に見えなくなった。
 やっぱり数分で治ったそれによって、私は確信した。

 ―――自分の残り時間は、少ない。

 それも、伸ばすために自分にできることの何もない、そんな無慈悲な残り時間。


 ―――でもね、そんなの関係ないんだよ。

 だって私は今、生きている。人は永遠に生きることなんてできない。遅かれ早かれ、別れは来るのだ。だから私がみんなよりちょっとだけ早く天国に行ったって、それだけじゃ不幸だとは限らないじゃないか。

 私が今、幸せで。
 そしてその幸せを、少しでもみんなに分けてあげられますように。

 一つ目の願いの叶った今、それが二つ目の私の願いだった。





 「―――ら、起きなさい。……まっ……、ソラまで……理しなく……っての……」
 「うみゅ……?」
 「ほーら、おーきーろー。朝よー」
 「みゅうぅ……?」

 途切れ途切れに聞こえる声。ゆさゆさとゆすられる体。

 「っていうか、あんた崩れ落ちるにももうちょっとあるでしょうよ……」

 そして、なんかやけに体の節々に違和感。
 いや、違和感というよりは。

 「ぬおっ!? な、なんかすごいことになってるっ!?」
 「あーあーあー、ほら、大丈夫?」

 口に出しては説明しがたい感じになっていた。なんというか、ヨガもびっくり。もうちょっと捩じったら空中とかに浮かびそうな態勢。人体、っていうかこのSAOの関節駆動ってここまで曲がるんだっていう新鮮な驚きを与えてくれる姿勢だった。

 まあ、体のほうは大丈夫なのだ。

 「だいじょーぶっ! SAO(ここ)だったらどんな格好で寝ても寝違えたりはないのですっ!」
 「おへそだしてたけどね」
 「うっ、そっ、それでもだいじょーぶっ! その程度では風邪はひかなーいっ!」

 ちょおっと乙女のプライド(笑)的にはだいじょばないかもだが。
 しゃきっと跳ねた私を見て、リズが(徹夜明けだろうに)快活に笑う。

 「まったく、とんだお転婆姫様よね、あんたは」
 「むむっ? 私お転婆っ!?」
 「ええそうよ、おしとやかとかつつましいとか、どっかに忘れてきたんでしょ、きっと」

 嫌味なく楽しげに笑って、心からそう思っているように言う。
 その言葉に、私も嬉しくなって一緒に笑う。

 「うむっ、『おてんば』っ! じょーとーですよっ、おてんば娘バンザイですよっ!」
 「あっ、開き直ったわねー。まあいいわ。ほら、注文分よ」
 「おおっ! ありがとーっ、リズっ! うんっ、いつもながら完璧っ!」

 二人で笑いあいながらの、いつものストレージ交換。
 これもだいたい毎回朝の恒例行事になってしまっている。まったく、リズさまさまだ。

 受け取った一本一本手作りの投擲槍は、毎度ながら手によく馴染む。実際のステータスよりもずっと頼りになるように思えるその感触を確かめて、もう一度リズに感謝。いつもほんとうにありがとうね、すごくすっごく感謝してるよ、リズ。

 そして、今日の冒険に思いを馳せる。

 「ほらっ、いってらっしゃい。どうせみんなあんた待ちでしょ」
 「うんっ、じゃあ行ってくるねっ!」
 「んじゃあ帰ってくるまでに、ちょっとはそのカレとの関係を進めときなさいよー。ジョシコーセーにとって人のコイバナが最高の話題なんだからねー。これが今回の特別料金よ」
 「うんっ、まっかせてっ! お転婆姫の力を見せつけてやんよっ!」

 そう、みんなが待っている。
 そして今日も、私は私らしく、全身全霊でアタックし続けるのだ。

 それが、私の今で。
 それが、私の幸せだから。

 リズの作業場を飛び出して、空を見上げる。
 朝の光はもう十分に青く輝いていて、雲は白く煌めいている。

 今日の冒険もまた、最高の天気になりそうだった。

 
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