東方虚空伝
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第三章 [ 花 鳥 風 月 ]
三十二話 狂花の蕾
朝霧漂う森の中そこに僕はルーミアと共に訪れていた。朝方特有の涼やかな空気を吸い込み、鳥の囀りに耳を傾けると実に心地いい。
「よし!それじゃぁ出発!」
僕はそう声を上げ森の奥へと歩を進めようとしたがルーミアに襟を掴まれ強制的に振り向かされた。正面から向き合う形になったルーミアの視線は非情に冷たく真っ直ぐに僕を射抜いている。
「…どうして私が此処に連れて来られたか、そもそも何しに来たのか、まだ理由を聞いてないんだけど?」
視線と同じ位冷たい声音でそう問い質してくるルーミアに僕は「あぁそういえば言ってないね」と返答し此処に来た経緯を説明する事にした。
「実はちょっとした理由があるんだよ」
「そうなの?」
何故か意外、と言いたそうな顔をするルーミア。まぁいいけど。
「そう、あれはね――――――」
朝起きる、雀さんおはよう。
↓
そうだ山菜を取りに行こう。
↓
支度をして表に出るとルーミア発見。
↓
そうだついでに連れて行こう。
↓
そして今に至る。
そこまで説明をした瞬間、ルーミアの蹴りが僕の背中を強打しその勢いで目の前にあった木の幹へと結構な威力で叩きつけられてしまった。正直凄く痛い、背中も顔も。
「どの辺にちょっとした理由があったのよ!真面目にあんたの話を聞こうと思った私が馬鹿だったわ!」
「ルーミア、そんなに自分を責めなくてもいいんだよ?」
「あんたのせいでしょうが!」
それから暫くはルーミアの僕に対する罵詈雑言が飛び交っていたが精神的に疲れたのか溜息を一つ吐き気を取り直したように、
「はぁもう此処まで来たら付き合うしかないじゃない、ほらさっさと行くわよ」
そう言うとルーミアは森の奥の方へと歩き出す、何だかんだで彼女は結構付き合いがいい。遅れるとまた怒られるだろうから僕は急いでルーミアの後を追った。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
虚空達が山で山菜を採っている頃、七枷神社の居間では紫、諏訪子、神奈子、栞が朝食を取った後でお茶を飲んでいた。
「結局、虚空様とルーミア様は朝からどちらに行かれたのでしょうね?」
紫の空になった湯飲みにお茶を注ぎながら栞はそう呟いた。朝食の準備が終わった時に起こしに行ったのだが(虚空やルーミアは結構な早起きだ)二人とも神社の中に居なかったのだ。紫達に聞いても知らないらしく、仕方が無いので四人で朝食を済ませてしまった。
「お父様だけなら気紛れで何処かに行った、で済むけどね」
お茶を啜りながら紫がそう言うと諏訪子も、
「ルーミアは寺小屋に行った、って言えない事も無いけど今日って寺小屋休みだしね~」
卓袱台に両手を投げ出し突っ伏しながらそう言った。
「まぁそこまで気にする事でもないよ」
神奈子は栞にそう言うが、何故か栞は顔を赤くしながら自分が思い至った事を口にする。
「も、もしかしてそ、そのあ、逢引とか…」
それを聞いた三人は頭の中で虚空とルーミアの逢引の光景を思い描いてみる。そして三人同時に噴出した。
「「「 アハハハハハハハハッ!!在り得ないというか無理!! 」」」
大笑いする三人に栞は少し唖然としたが、よくよく考えてみると確かに無理だ。どう考えても虚空が大剣を振り回すルーミア追い立てられている光景しか浮かんでこない。
「まぁ推論を立てると、お父様が朝唐突に山菜を食べたくなって山に向かおうとしたら偶然ルーミアを見つけて理由も告げずに連れて行った、なんてどう?」
紫が冗談ぽくそんな推論を口にすると諏訪子や神奈子は「あ~在り得るね!」などと言って笑うが、実は大当たりしているとは誰も思わなかった。
四人でそんな風に談笑していると社務所の玄関に設置している鐘の音が響き、その音に栞が反応し「応対してきます」と三人に告げ玄関の方に小走りに向かっていった。
暫くすると栞が戻ってきて客が神奈子に謁見したいとの旨を伝えてきた。その様な事は珍しくなく神奈子は栞に客を本殿の方に案内する様に頼むと腰を上げ自身も本殿に向かう。紫は興味が無いようでそのまま居間に残り諏訪子は神奈子と共に居間を後にする。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
本殿には奥の方に神奈子と諏訪子が座りその横に栞が腰を下ろした。そして神奈子達の正面には謁見を申し込んできた客の男と恐らく付き人の男が座っている。
男は五、六十歳位で白く染まった髪を短く刈り込み小太りの身体に質の良い珊瑚色の羽織に海老茶色の袴を穿いており裕福な印象を受ける。付き人の男は黒髪の短髪で黄緑色の色無地に身を包んでいた。
神奈子達が腰を下ろすと男は頭を下げ慇懃な態度で話し始める。
「八坂様、洩矢様、突然の訪問にも関わらずわたくしの謁見をお許し頂き誠にありがとうございます」
神奈子が「気にするな、面を上げ」と男に言うと男は顔を上げ話を続ける。
「申し遅れました、わたくしは南の都で廻船問屋『柳杉屋』を営んでおります菊池 殿朗(きくち でんろう)と申しまして、こっちは付き人で番頭の代作にございます」
男、殿朗がそう言うと代作は深々と頭を下げる。それを見ながら神奈子は殿朗へと問いかけた。
「して今回の用件は何だ?殿朗とやら」
「はい、実は差し出がましいのですがわたくしの嘆願をお聞きくださいませ!」
殿朗の話はこうだ。ある森の霊地に恐ろしく凶悪な妖怪が住み着き怪しげな花を咲かせ人々を襲い恐怖させているらしい。
その地に祀られている神も名立たる陰陽師や退魔師も歯が立たず困っていると。そこでかの諏訪大戦を戦った伝説を持つ七枷の神に力を借りるしかない、と結論し代表で殿朗が嘆願に来たという事だ。
「お願いいたします!どうか我らをお助けください!」
殿朗は再び深々と頭を下げ、その殿朗に神奈子は声をかける。
「汝の願い聞き届けよう、安心するがいい」
「ありがとうございます!都の皆も喜ぶでしょう!」
神奈子の返答を聞き殿朗は歓喜の表情を見せ、その妖怪の情報を伝えると付き人と共に神社を後にした。情報によればその妖怪の緑色の髪で赤い服、特徴として何故か日傘を持っているらしい。殿朗達が帰った後で神奈子達は本殿に残り話をしていた。
「…ねぇ神奈子は今の話をどう思ってるの?あたしは何か怪しいと思うんだよね」
諏訪子はそんな風に神奈子に問いかける。諏訪子は別に殿朗の見た目や何やらで疑っている訳ではなく聞いた話と情報からなんとなく疑念を抱いていた。問われた神奈子も軍神としての直感も相まって今回の話に疑念を抱いている。そんな二人に栞は不思議そうに聞いてきた。
「何か変な所がありましたか?」
首を傾げる栞に神奈子は説明を始める。
「まぁ勘の部分もあるんだけどね、あたしはあの周辺から強力な妖怪に襲撃されたなんて話は耳に挟んで無いんだよ。それにこの地図からしてその妖怪が居るらしい所は南の都や他の都からも大分離れた森の中だし、そこに花を咲かせた所で人に害を及ぼすとも思えないしね。…結局は憶測だけど」
神奈子は殿朗から渡された地図を眺めながらそう言い、どうするかは虚空が帰ってからと諏訪子に提案し三人は社務所に戻ることにした。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
ルーミアと共に山菜を集めだしてそれなりの時間が経ち篭の中には結構な量の収穫物が集まっていた。そこで僕は大事な事を思い出した為、隣に居るルーミアに声をかけた。
「ルーミア大変だ!」
突然声を上げた僕をルーミアは驚いた様に見ながら、
「何?どうかしたの?」
少し心配そうに聞いてきたので僕は真面目な顔をしてはっきりとこう言った。
「お腹空いた!」
瞬間、強烈な蹴りが炸裂し僕は鞠の様に茂みの向こうまで吹飛ばされた。攻撃を行ったルーミアは顔を怒りに染めながら、
「私だって空いたわよ!というかあんたのせいでしょうが!」
怒鳴りながら吹き飛んだ僕の方に歩いてくるルーミアに再び声をかける。
「ルーミア」
「今度は何よ!」
怒りながら近付いてきたルーミアに手招きをしてある場所を指差した。ルーミアは不審そうに僕が指した場所に視線を向けると、
「…どうしてこんな森の奥に轍が?」
僕が吹飛ばされた所に荷馬車が通った跡があったのだ。別段珍しいものではないが此処は結構な山奥であり街道からも外れすぎている。こんな所に荷馬車を引いてきたら妖怪に襲ってください、と言っている様なものだ。しかも新しい轍なので今も此処を通っているのだろう、あまりにも不自然だ。
「只の物好きか、変り種の妖怪か、…ちょっと調べてみようかな。ルーミアはどうする?」
僕は何時もの様に直感に任せて行動しようと思いルーミアにそう聞いてみた。もしかしたら何かあるかもしれないし、無いかもしれない、なので無理にルーミアを付き合わせる事もない。
「…付き合うわ、こういう時のあんたの勘って大抵厄介事を引き当てるしね。ほっとくとどうなるか分からないし」
「非道いなー」
僕はルーミアの返答を聞くと轍が続いている森の奥へと進んで行く。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
暫く進むと轍は鬱蒼とした森の所で不自然に途切れていた。しかしどう見ても馬車が通れる様な森ではなく人が入るのも困難だろう。
僕達は道の周囲を調べてみたが道の左右にも抜け道らしきものは無く手詰まりになった、と思った時に僕は漸く違和感に気付く。道が途切れている森の方に近付くとはっきりその正体が分かった。
「結界…しかも凄く高度な」
触れて漸く認識できるほどの高度な隠蔽結界がそこに張られており、僕の疑念はますます高まっていく。只の山賊や妖怪に張れるようなものじゃない。
「…虚空、これ破れる?」
そう問いかけてくるルーミアに僕は首を横に振る事で無理だ、と伝える。正確には無理じゃない、この結界はあくまで隠蔽する類のものだから力押しでやれば破壊は出来る。けど何の為の結界か分からない以上無理矢理破る意味も理由も無い。こじ開けられるかな?
暫く僕とルーミアが結界の前で思案していると遠くから僅かに複数の話し声と車輪が地面をける音が聞こえてきた為僕達は近くの茂みに隠れ気配を絶つ。
現れた人物達を見て僕達は少し驚いた。馬に引かせた馬車が一台、その手綱を引いている人間の男が一人、馬車の後ろを歩いている男が二人、だが後ろの二人は間違いなく人に化けている(もしくは人型)の妖怪。
そして馬車には背格好が近い女の子が三人、全員が縛られている。一人はやや癖のある薄紫のボブに深紅の瞳の子、一人は 薄く緑がかった癖のある灰色のセミロングに緑の瞳の子、一人は腰近くまである黒髪のストレートで黒い瞳をした子だ。
馬車を引いていた男が結界の前まで馬を引き懐から札の様なものを取り出し何かを始める。馬車の上では黒髪の女の子が必死に嗚咽を抑えながら泣きじゃくっており、その様子に馬車の後ろに居た妖怪の一人が怒声を浴びせる。
「うっせーぞクソガキ!黙りやがれ!」
怒鳴るだけでは足りなかったのか結構な力を込めて馬車の縁を蹴っており、その行為に女の子は我慢できなくなったのか声を上げて泣き始め妖怪は更に怒りを露にし、黙らせようとしたのかその女の子に掴みかかろうと手を伸ばした時、妖怪と黒髪の女の子の間に薄紫色の髪の子が割って入った。
「泣いている女の子に怒鳴るだけでは飽き足らず手まで挙げようなんて最低ですね」
縛られているにも関わらず薄紫色の髪の子はきつく妖怪を睨み返していた。その視線を向けられた妖怪は怒りの矛先を代えその子の胸倉をを掴み上げるがもう一人の妖怪が慌ててその手を離させる。
「馬鹿野郎!こいつは大事な商品だろうが!それにあの化け物に対しての人質でもあるんだぞ!」
「あ、あぁ悪い、確かにこいつに何かあったら柳杉屋の旦那や百鬼丸様に何されるかわからねーからな。全くこんなガキ拾うんじゃなかったぜ」
「しょうがないだろう、此処に来るのを見られちまったんだから。どんな些細な目撃者も出すな、て命令だったろう?まぁこんなガキでも金にはなるさ」
「はっ!こんなガキ買おうなんて物好き居んのかよ」
妖怪はそう言って黒髪の女の子に視線を向けるが、セミロングの女の子が黒髪の子を庇うように立ちはだかった。それを見た妖怪は「けっ!」と吐き捨て馬車の前の方に移動する。セミロングの女の子はまだ泣いている黒髪の子に「大丈夫、大丈夫だからね」と慰めている。
結界の方では馬車の正面の森の風景が撓み丸い門を形造り、そして男達と馬車がその中に入るとその撓みは消え元の風景に戻っていた。
それを確認した僕は掴んでいたルーミアを手を離し茂みから出ると、案の定怒り心頭のルーミアの罵声を浴びせられる。
「この馬鹿!何で止めたのよ!」
「ごめんねちょっと確認したい事があったから」
途中ルーミアが飛び出そうとしたので僕は手を掴んで引き止めたのだ。理由はこの結界が外から開ける類か合図で中から開ける類か確認する為、正直に言えばあそこで助けても良かったのだが途中で出てきた『商品』という単語が気になって止めた。
もしかしたら結界の中にもあの子達の様に囚われている子達がいる可能性が出てきたからだ、そうルーミアに説明すると何とか理解を得る事が出来た。
「でもどうするのよ、結局最初の状況に戻ったわよ?」
ルーミアの言う通り結界の入り口は閉じておりもとの状況に戻った様に感じるがそんな事は無い、開け方さえ分かればこっちのものだ。
僕は結界に触れると掌に術式を展開しさっきと同じ門を造り上げる、それを見たルーミアは関心した様な呆れた様な表情を浮かべ、
「…そういえばあんたそういう細かい術とか得意だったわね」
「まぁね、僕の人生経験からして生きるのに重要なのは小技なんだよ」
生きてきた年月の中で僕より強い存在、強力な能力持ち、強力な術使い、など山の様に居たが生き残っているのは僕だけだ。
その為生き残るには大技より小技の方がいい、と自分の中で結論付けている。そもそも僕の能力は強欲以外は戦闘にしか殆ど使えなかった、という理由もある。
「それじゃぁ行こうか」
僕とルーミアは門を潜り結界の中へと入っていった。
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