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神葬世界×ゴスペル・デイ

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第一物語・後半-日来独立編-
  第六十五章 強くあるために《1》

 
前書き
 いざ決断の時。
 強くあるか弱くあるか。
 物語は始まる!  

 
 どちらを選ぶか。
 何も変わらず弱いままか、愚かであっても強くなるか。
 二択であっても、奏鳴にとってはそれは一択でしかなかった。
 答えは決まっている。
「やるぞ、竜神」
 政宗を握り、意思の強さを表した。
 強くあるために力を得た。だが力は得ただけでは意味が無い。
 力は扱えてこそ強さとなる。
 ならば扱ってみせる。もう暴走などせず、竜神の力を最大限まで扱ってみせてやると意思が強くなり始める。
「やってこい。ここで俺は見てるからよ。心配ねえさ、お前の後ろには俺が立ってんだからよ」
 セーランは数歩下がり、同時に憂いの葬爪を解いた。
 青い腕が塵となり、風に吹かれたように流れて消える。儚い光を放って。
 見届け、奏鳴は短く頷く。行ってくると、そう意味の込められたものだ。
 セーランも頷き、同じように返す。行ってこいと言っているかのように感じられた。
 だから奏鳴は振り返る。
 目の前。竜神や麒麟の向こうに立つ央信と決着を付けるために。



 振り返る奏鳴を見るや央信の眉が何かを感じ取ったのか、ぴくりと微かに反応を示した。
 何かしらの変化を感じ取り、それがなんなのかは分からないままだが。分かることが一つだけ。
 それは。
「負ける気など微塵も無いか。鋭いその目がそれを表している」
 先程までただ突っ立ていただけだった。諦めたのかと思ったらそうではなかった。
 きっと日来の長がなんらかの小細工をし、改めさせたのだろう。過去の出来事と向き合わせ、新たな思いで生きるように。
 悪役ならば買って出てやる。それで守るべきものが守れるならば。
 例え身を傷付け、滅びようとも後悔は無い。
 自身の決意を貫いたのだ。
 恥じることなどない。
 央信は決して自身が正しいとは思ってはいない。今やるべきことを判断しているだけで、善か悪など関係無かった。
 格好付けて務まるほど、地域を治めることは甘くない。
 時には何かを犠牲にしてでも、やり遂げなければならないことがある。だが彼女の根本的行動理由は全て妹によるものだった。
「待っていろ。姉さんは必ず勝って戻ってくるからな」
 語った相手は首に掛けた銀色の首飾り。安価なものだが央信にとっては大切なお守りだ。
 鈍く光沢を放つそれは、何処か不思議なものに感じられた。
 誰かを想って贈られたものなのだから、神秘的に目が捕らえたのかもしれない。
 双槍を握り締め、首を取りに行く。
 ここで負けようものなら、自身の命と黄森の今後が大きく揺れ動く。
 なんとしても阻止しなければ。そして――勝つのだ。



 風が荒れた。
 それはいずれ来る終わりを予言するかのような風で、相対する二人の長を撫でた。
 二人の長の間には竜神と天魔に侵食された麒麟がぶつかり合い、互いの力を比べあっていた。
 押しているのは麒麟。しかし竜神も長い間堪え続けている。
 その存在の糧にあるものは流魔だ。
 流魔は感情の変化により、その質を大きく変化させる。質が良ければ良い程力と直接結び付き、爆発的な力を生む。
 思いの強い方が勝つ。
 良くも悪くもそういうことだ。ゆえに弱い者は負ける。
 辰ノ大花の上で今、奏鳴が動いた。
 すっと左手を胸の前。右へと宙を撫でると、映画面|《モニター》が表示された。
 通信中と表示された映画面は一瞬の間を置いて、辰ノ大花中の者達の前にも表示され、映画面からは奏鳴の声が聴こえた。
 皆は驚くも慌てることなく、表示された映画面に耳を傾けた。
 この辰ノ大花の地を治める一族の者が今、自分達に何かを伝えようとしているのだと感じ取ったためだ。
 無言からの一言目。始めの一言で皆を自身へと完全に注目させた。

「お別れだ」

 誰が聞いても、今の状況でその言葉は衝撃的だった。
 なんの意味が込められたものなのか。思考という思考を働かせれば、理由など山程出てくる。
 そのなかの一つ。たった一つの理由に辿り着けた者はいるだろうか。
 奏鳴の心理を覗かなければ理解するのは困難だ。
 誰かが息を飲み、また誰かが目を見開く。
 それぞれ思うことはあるが、辰ノ大花を治める一族の唯一の生き残りが別れを告げた。
 まず、思考など動かせる筈もなかった。
 辰ノ大花に生きる者にとって、ましてやそうでなくともあまりにも衝撃であり、自身の耳を疑う程だ。
 皆の言いたいことは分かっている。だからそれを踏まえて、奏鳴は口を動かした。
 自分の考えを理解させるために。
「今まで迷惑を掛けてきた。本当にすまなかった。。家族を手に掛けた時から自分自身が怖くて、自信を持てないでいた。何時かまた同じようなことが起きてしまうのではないかと、皆にまで迷惑を掛けてしまうのではないかと思っていた」
 奏鳴は語る。
 今までの自身の気持ちを。苦しみ、生きてきたこれまでの日々を。
「黄森の者達を殺めてしまったこと。それが今回の事態を引き起こした。それ以来、私は死のうと考えていた。死んで亡くなればもう苦しまなくて済む、皆に迷惑を掛けることもない。そう思っていたから。
 けど、皆は私を救おうとしてくれたな。突き放すような態度をずっと取っていたが、本当は嬉しかったんだ」
 だから死ぬことが急に怖くなり、実之芽に泣き付いてしまった。改めて生きることの辛さを知るのと同時に、死ぬことへと恐怖も感じた。
 あの時は自分がいなくなることが一番だと本気で思っていた。現実から逃げていただけなのだと、今となってはそう思う。
 辛いことから逃げていたただの子ども。
 受け止めることが出来ずに、皆の救いを無駄にしてしまった。けど嬉しかった。
「皆が一丸となって私のためにしてくれたことが、嬉しかった。すまない、そしてありがとう」
 奏鳴の言葉を聞き、辰ノ大花に生きる者達は思った。
 こちらこそ救えなくてごめんね、と。
 日の光が照り付けるこの時。
 とても温かく太陽光が身体を照らし、喉かな気分になる。平和ボケを起こしそうな程に。
 しかし今がどんな状況なのか。
 分かっていたからこそ、奏鳴は決着を付けるための前置きの言葉を言う。
「私に生きる意思を取り戻させてくれた日来長、幣・セーラン。私は、彼のことが好きだ。まだ関わった日は浅いけれど、それでも彼のことを愛せると誓える」
 彼とはまだまだこれからといった感じだ。
 未熟な自分と一人進んでいく彼。
 しばらくは横にいて、彼に付いていくだけかもしれない。けれど、何時かは彼を導いてやりたい。
 救われたお礼として、今度は自分が彼にして上げるのだ。救いを。
 そのためにも、辰ノ大花という小さな世界にいたのではいけない。
 世界を見て、成長し、帰ってくるのだ。
 雛もいずれかは巣立つように、自分も辰ノ大花の地を離れ、再び帰ってくるその日まで大きく成長する。
 だから。
「この辰ノ大花を去り……私は、彼、幣・セーランと共にあろうと思います。一人の女性として、愛する者の隣で可憐に咲き、その生涯に一輪の花を咲き続けていきたいです」
 口調が変わったことに対し、皆は違和感と同じくらいに女性らしさを感じた。
 愛する者を語る時の女性の恥ずかしがる口調。
 口ごもるような感じの言葉。
 本人が心に決めた人なのだと、言わずとも解った。寂しく、空しくもなるが、愛した者の近くにあろうとすることはごく自然なこと。
 それが神人族でも、一地域を治める者であっても変わらない。
 異論は無かった。
 辰ノ大花住民の誰もが駄目だと、否定の言葉を述べる者などいなかった。
 気を遣われていないとは言い切れないが、口を出して来ないのだから堪えられる範囲内なのだ。
 ならばそのままにしておいてほしい。
 決めたことを容易くねじ曲げる程、奏鳴の心は柔ではない。
 ぴんとした芯が通った、頑固とも言える程に強い。
「せめて最後に委伊達の者として、事態の解決に挑もう。何年もの間眠っていた竜が目を覚ます時だ」
 奏鳴は手にした神具、竜神刀・政宗を顔の前に立てた。
 顔の丁度中心。
 峰を顔側、刃を外側に向け。
「なあ、竜神。私はお前が憎い。お前がいなければどれ程よかったことかと考えていたものだ。なのに、今はどうだろうな……」
 語り掛ける。
 竜神に。
 聞こえても無視する竜神を他所に、奏鳴はそのまま続けて。
「お前がいることで強くなれそうな気がしている。だから力を貸せ。
 今のお前では思う存分に力を振るえないだろ。振るいたいなら私に力を貸し、借りた力を直接お前に流し込んでやろう」
 どういうことか説明しよう。
 神は基本現実世界では本来の力を充分に発揮出来無い。それは神の力があまりにも強過ぎて、現実空間を破壊してしまうため、そのように神自身がしたからだ。
 神自身で使う力は削られてしまう。だが神に宿り主がいたならば違う。
 宿り主経由で力を得る分には、何も削られずに力を扱える。
 これは宿り主が人であり、現実空間を破壊するに至るまでの力を扱えないところにある。
 人からしてみればあまりにも強過ぎる神の力を得るには限界があり、それは神化系術にも言えたことだ。
 ゆえに宿り主が得た神の力を、力を貸してくれた神へと直接返し、神は返ってきた力のみを使うことでなんら変わらぬ自身の力を扱うことが出来るのだ。
 それを奏鳴はやろうとしている。
 しかし、問題が一つある。
 何かと言うと、大した量でない力を竜神に与えたとしてもたかが知れているという点だ。
 相手は天魔の力を得た、麒麟の化身と化した流魔攻撃。
 天魔は堕ちし神の集合体。
 半端な力で勝てるような相手ではない。
「こんなところで負けては竜神の名も地に落ちるな。神代の時代で負った傷が痛むか?」
『軽い挑発だ。ようは己の力無しでは何も出来無いということ』
 口を開く竜神。
 低い声が脳に流れ込んできて、不思議な感覚を覚える奏鳴。
 押されているのにも関わらず竜神は助けを請うこともなく、神の意地なのか上からものを言う。
 口では言うものの、正直辛いのが本音に違いない。加えて天魔の力が気に食わないだろう。
 堕ちた神は穢れている。触れているだけでも嫌で、今にも喉元を喰い千切りたいと思うのも無理はない。するためには力の無い今では無理な話しだが。
 竜神は思う。
 ならば力を借りるだけだ。
 本来ならば力は自分自身のものなのだから、借りると言うのは少しおかしい気もする。
 とにもかくにも、竜神の上からものを言う態度を崩さず、
『されど貴様は既に己が宿る者。この場をもって貴様の力、己に示してみよ』
 自身の宿り主である奏鳴にどれ程の力があるのか、試すには絶好の機会に違いない。
 だからか、竜神は言った。
 好きで宿ったわけではないが、宿ったからには知る必要がある。
 宿り主が強いか、弱いかを。
 結果によっては宿り主を取り消すことが、最悪竜神には出来る。
 竜神と言う存在を保つには、決して宿り主は無くてはならない存在だ。
 出来るだけ取り消すことはしたくはないが、宿り主が弱いのであれば同じことだ。
 生の力を宿り主から頂き、それを存在を保つための糧とする。
 弱ければ生の力も比例して弱く、強ければ生の力は強い。
 強い方がいいか、弱い方がいいか。
 どちらかを選ぶとしたら必然と強い方を選ぶ。なんら不思議ではない、当たり前の選択だ。
「いいだろう。もう、恐れないさ……竜神にも、この力にも。ましてや目の前の敵にもな」
 奏鳴は真っ直ぐ前を見詰め、竜神の背を捕らえた。
 現実世界に現れた神は、本来の姿をしていないことが多い。
 これは現実空間を破壊させないため、自身を構成する流魔が削れ、変化するためだ。
 目に見える竜神の姿は本来の姿ではないかもしれない。
 本来の姿を知る者は誰一人としていない。だからどれが本来の姿なのか判断出来無い。されど竜神には変わりないのだ。
 越えてみせる。
 そう奏鳴は思った。
 新たに生まれ変わった自分を証明するために、手にした刀、政宗を強く握る。
 深く一息。
 心を落ち着かせ、時を待つ。
 無闇に力を使ったところで無意味だ。ここぞという時を見極め、最大の一撃を放つ。
 セーランと手を繋いだ時に生えた双の角。
 奏鳴に竜神の血が流れているのを示しているものであり、同時に神人族であることも示している。
 二つの角が本人は気付いていないが、微かに淡い光りを放つ。角の形をした結晶は何処と無く脈打つように光りが強弱を繰り返し、奏鳴の鼓動と同じ動きをしていた。
 意識を集中させ、奏鳴は限界まで竜神の力を引き出す準備を整える。
 そして、時は来た。



 美しい双の角にひびが走り、前置きを入れずに途端に砕け散った。
 冷たい音が鳴る。
 皆は見た。
 角が砕ける瞬間を。また奏鳴が目をそっと閉じる時を。
「なんか、風が強くなったか?」
 誰かが言った。
 その言葉を聞き、数人、また数人と風の流れに感覚を傾ける。
 強風のように強くははないが、吹く風は彼らの身体を確かに打った。
 一番先に変化を敏感に感じ取ったのは、奏鳴と正面から距離を離し相対する央信であった。
 危機感に近いそれを感じ、粘る汗がにじみ出る。
 圧倒的な存在が来る。
「このままでは」
 負けてしまう。
 内心焦り、事態に対処するための術を考える。
 数日前の自分よりも、今の自分の方が格段に弱くなりつつあるだろう。
 天魔に、この身を侵食されている証拠だ。
 あまり天魔の力を使うことは得策ではない。が、神に対抗出来るのは神のみ。たかが人族でどうこう出来る話しではない。
 ならばやらなければならない。
 苦い顔をした央信は思い、覚悟と共に行く。
「例えこの身が蝕まれようとも、やなればならないのだ!」
 言い放った後、天魔が央信のなかへと流れ込んだ。
 繋がりを強くすることで、より強力な力を得るために。
 瘴気に犯されるような、喉元を締め付けられるような感覚を得た先。
 央信の身体半分に黒い模様が走った。
 左の素肌から見える不気味な模様は足から顔にまで伸び、内から力が溢れ出る感覚が外に放たれた。
「ウア゛――――――!!」
 呼応して麒麟の全身が黒く染まる。不気味に光る黄色の眼。吐き出すのは黒き吐息だ。
 誰にでも感じる負の力。
 まるで全てを破壊せんとする力の化身。
 押されている。
 竜神が軽々と、風に吹かれる木の葉のようだ。
 麒麟が数歩突き進むと当時に、全く何もなかった空間から腕が現れた。巨大な腕だ。
 禍々しい天魔の腕。
 竜神の横から打撃を入れ、反対の腕からも一撃を加えられる。
 身体が曲がり、鳴く竜神。
 最後に麒麟は後ろ足のみで地を踏み、前足を高く空に向けて上げた。甲高く鳴き、竜神の頭部目掛けて勢いよく前足を振り下ろし止めを刺す。
 巨体に似合わぬ速度で振り下ろされた足は的確に竜神の頭部にぶち当たり、鳴く暇も与えずに竜神を地に踏み付けた。
 地響きと共に、
「ごめんなさい、竜神……」
 竜神が流魔と散った。足で虫を潰すようにいとも簡単に。
 それにしては奏鳴は至って冷静だった。
 辰ノ大花の者達や日来の者達が動揺を隠せないなか、今度は天魔の腕が奏鳴の上空に移動した。
 奏鳴にも止めを刺すため。
 距離は短いままだ。長さ的にも時間的にも、間も無くして来た。
 手を握った天魔の腕。
 殺す。まさにそれをやろうとして。
「――潰せ」
 何かを確信した央信が言う。
 言われ、天魔はそれを実行した。
 吹いた風などお構い無しに、下ろされる腕の下にいる奏鳴は動かない。同じくセーランも。
 何故? 全ての者はこう思ったに違いない。
 二人には解っていた。
 こうなることを。信じていたのかもしれないが。
 蒼天に現れた、雄々しき竜神。
 先程のとは違う。先程までのは現実空間にて、宿り主である奏鳴との干渉を強めるために現れた。が、今回は別だ。
 敵を負かすために現れたのだ。
 竜神は現れるや否や天高く咆哮し、振り下ろされる拳が爆散した。
 穢れた存在を受け入れないかの如く、唸りを上げて竜神は睨む。
 麒麟を。
 央信を。
 宿り主である奏鳴の意志が伝わり、暴れることなく竜神は同調している。
 今や竜神が奏鳴に使役させられている。
 竜神にとっては苦痛であると同時に、彼女の力が感じられた瞬間であった。 
 

 
後書き
 宇天長である奏鳴と黄森長である央信との戦い。
 二人共、他から見ればかなりの強敵です。
 奏鳴はもう敵とは呼べませんが。
 神人族であり、宿り主である奏鳴ちゃんてかなりのチート能力持ちなんですよね。
 宿り主ってだけで既にチートですから。
 そして人族であるも天魔の力を借り、押し負けない力を得ている央信。
 覚悟は立派な反面、これといって特別な能力は持ち合わせていません。
 ちゃっかり下に妹がいたりと、個人的には悪役を買って出る良人をイメージしていたりします。
 第一物語では明確には妹は出てきていませんが、第四十六章の時にジスアムとライタームに手紙を私に来た魔物使い|《モンスターテイマー》が央信の妹です。
 ネタばれですかね、これ。
 いや、違う筈だ!
 とこんな風に、何気無い文章のなかに隠された設定があったりします。
 では今回はここまで。 
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