戦国異伝
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第百五十一話 四国と三河その十一
だが今度も渡らなかった、徳川の軍勢は引き返す。そして。
また右手から渡ろうとする、それでまた一向宗は動く。
そうしたことを繰り返しているうちにだ、僧侶達は遂に苛立ちを感じだした。
「最早埓が明かぬぞ」
「うむ、このままではな」
「こうなれば一揆に渡り押し潰すぞ」
「数はこちらの方が多い、ならな」
「川を渡って一気にけりをつけようぞ」
「そうしようぞ」
こう話してそしてだった。
一向宗の者達はその数を頼りに渡りだした、川は幅はそこそこだが浅く歩いて渡れる深さだった、それで。
彼等は平気な顔で渡っていく、だがそれでもだった。
家康はその彼等を見てだ、確かな顔で言った。
「これでよいな」
「はい、これで我等の勝ちです」
傍らにいる榊原が応える。
「間違いなく」
「そうだな、ではな」
「これより」
「囲め」
家康は全軍に命じた。
「そして攻めよ、よいな」
「はい、それでは」
「今より」
皆家康のその言葉に応えてだ、そうして。
徳川の軍勢は門徒達を囲んで攻めだした、まずは鉄砲に弓矢を放つ。
そのうえで果敢に攻めだす、家康はその中で叫ぶ。
「降りたければ降れ!」
「何っ、降ってもよいのか」
「死なずとも」
「武器を捨てた者には何もせぬ!」
この辺り家康は信長よりも厳しい、彼は武器を持たぬ者には例え何があろうとも刃を向けようとしないのだ。
だからだ、今もこう叫んだのだ。
「川を渡って逃げよ!後ろのな!」
「武器を捨ててそうすればか」
「川を戻れば助かるか」
「では無駄に命を捨てることはないな」
「うむ、そうじゃな」
まずは百姓達が話す、それにだった。
囲まれ火の様な勢いで攻められ命はないと思っていたところにこの言葉だ、僧侶達も顔を見合わせて話した。
「ここはな」
「顕如様も言っておられたそうじゃしな」
「一揆は起こしても命は落とすなとな」
「そう仰っておられたそうじゃしな」
「ではな」
「ここは降るか」
「そうするか」
こう話してだ、そしてだった。
彼等は百姓達にもだ、こう言った。
「よいか、武器を捨てよ」
「鍬や鋤なぞ後で我等がやる」
今彼等が持っているその武器のことだ。
「だから今はな」
「早く逃げよ」
「よいな」
「拙僧達も逃げる」
「そうするからな」
自分達もそうするからと言ってだ、そしてだった。
灰色の服の者達に声をかけて武器を捨てさせてだった。
一斉に川を渡り逃げ出した、灰色の服を着た僧侶達も百姓達も一斉に戦場を後にしたのである。
それについていく者達も多かった、だが。
残っている者達はいた、その者達はというと。
皆刀や槍を持ち鉄砲も多い、そして尋常な目ではない。
あの者達だ、家康はその者達を見てまた言う。
「あの連中が残ったか」
「ですな、全くですな」
「あの者達は一体」
「何者でしょうか」
「わからぬ、しかしな」
それでもだとだ、家康はさらに言う。
「鉄砲の数もな」
「我等と同じだけありますな」
「何処にあれだけの鉄砲が」
「三河にあれだけの鉄砲があるとは思えませぬ」
「考えてみれば妙ですな」
「このこともまた」
「どうやらあの者達は最後まで戦うつもりじゃな」
このことを見抜いてだ、家康はまた言った。
「ならばな」
「はい、ここはですな」
「囲んだままですし」
「攻めよ」
家康は軍配を下ろした。
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