ストッパー
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第四章
第四章
大塚の評判は鰻登りだった。彼はもうストッパーの筆頭候補になっていた。まだオープン戦もはじまっていないというのにだ。彼はそれを当然のこととして受け止めていたので天狗にはなっていなかった。毎日投げ込み走り己を鍛え続けてもいた。ただ前を見ていた。
こうして鍛えながらオープン戦を迎えた。デビュー戦、彼は八回にマウンドに登場した。言うまでもなくストッパーとしてのテストである。
「さて、本番じゃないが本番だな」
監督はベンチからマウンドにいる大塚を見つつ言った。肩慣らしの投球でも見事な速球とフォーク、それにカーブを見せていた。
「どうなるかな」
「ここでわかります」
横にいる安武は静かに彼に答えた。
「このオープン戦で」
「この試合じゃないのか」
「はい」
今度は彼が答えた。
「二試合か三試合でわかりますよ」
「そうか」
「はい、そうです」
また答える。
「この試合ではわかりません」
「この試合で完全に抑えたらどうする?」
監督は笑って彼に言ってきた。
「御前の出番はなくなるな」
「監督」
だが安武の言葉はその調子を変えない。冷徹ですらあった。
「何だ?」
「俺はただ力でストッパーになっていたと思いますか」
こう尋ねてきたのだった。
「俺が。そこはどうですか?」
「力と心・・・・・・じゃ外れか」
「正解ですけれど正解じゃないです」
やはり表情を変えずに述べる。目はマウンドの大塚を見たままだ。
「足りません」
「そうか、足りないか」
「といってもわかっておられると思いますけれど」
彼はそのうえでこうも言ってきた。
「監督なら」
「どうかな。最近歳だからな」
顔を崩して笑いながらの言葉だった。
「忘れているかもな」
「じゃあ思い出して下さい」
彼は素っ気無く告げた。
「それを」
「まあ思い出すように努力はするさ」
一応はこう答えてみせた。
「一応はな。それでだ」
「はい」
「あいつ、何か打たれてるな」
見ればランナーを一人背負っている。一塁にランナーがいる。
「あいつ、早いぞ」
監督はそのランナーを見つつ彼に声をかけてきた。
「走られるかな」
「それはないですね」
しかし安武はスチールはないと見ていた。
「ないか?」
「ほら」
牽制球だった。それでランナーの動きを止めたのだった。
「あれで動きを止めましたね」
「ああ」
「それにクイックも教えておきました。あいつから走るのはかなり難しいです」
「もうクイックも身に着けているのか」
「一度教えれば簡単に身に着けました」
慌てて戻って以後リードを控えたランナーを見つつ述べる。
「簡単に」
「クイックも難しいんだがな」
「それでもです。簡単にです」
「そうか。凄いものだな」
「確かにあいつは凄いです」
それは安武も認めるところだった。
「ですが」
「ですが?」
「まだ足りません」
またこう言うのだった。
「あいつはまだ。足りないものがあります」
「厳しいのう」
「完璧になるにはそれだけのものが必要ですから」
だからだというのだった。
「それでです」
「それで?」
「ここでは失敗しますね」
「失敗するか」
「見ていて下さい」
こう監督に対して言うのだった。前を見据えたまま。
「今打たれますから」
「打たれるか」
「今のバッターですが」
今バッターボックスにいるのは大柄な黒人だった。相手チームで二年主砲を務めている男だ。昨年は日本シリーズにも登場している。
「あいつにやられますから」
「その言葉通りいくかな」
「間違いなく」
断言であった。その間にも試合が進み大塚は投げた。彼が今投げられる渾身のストレートだった。だがそれはバッターのバットに当たりそうして。瞬く間にスタンドに放り込まれたのであった。ツーランであった。安武の言った通りになってしまったのだった。
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