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ストッパー

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第三章


第三章

「平気ですよ、それは」
「そうか。だといいがな」
「それでコーチ」
 その気の強い態度で安武に言ってきた。
「何だ?」
「今このチームストッパーいないんですよね」
 彼は自分からこのことを言ってきたのだった。
「確か。コーチがいなくなったんで」
「ああ、そうだ」
 表情を変えず大塚の問いに答える。
「それがどうした?」
「じゃあ俺がなってやりますよ」
 不敵な笑みを浮かべて自分からなってやると言ってみせてきた。その言葉からかなりの自信があることがわかる。
「そのストッパーにね」
「じゃあなってみろ」 
 売り言葉に買い言葉ではないが安武もそれに返す形で言うのだった。
「御前がそのつもりならな」
「ええ。じゃあなってやりますよ」
 またやりますよだった。思ったよりも気が強くしかも傲慢な男だった。
「本当なコーチも要らないですがね」
「さてな、それはどうかな」
 しかし今の言葉には懐疑的な言葉で返すのだった。
「御前一人でいけるかな」
「いけますよ」
 こう言われても彼の自信は変わらない。
「俺の速球とスライダーは知っていますよね」
「一応はな」
 実は実際に見たのは今がはじめてだ。しかしその高速スライダーと落ちるスライダーはまじまじと見た。プロでもそうはいないレベルのスライダーであるのは確かだった。
「見せてはもらった」
「打たせませんよ、誰も」
 不敵な笑みでまた自信を露わにしてみせる。
「誰にもね」
「打たせないんだな」
「打てないって言い替えますか?」
 自信は揺るがないようだった。
「何でしたら」
「それは見せてもらってからだ」
 安武はソ大塚に対して彼に負けない程の自信を以って言葉を返してみせた。
「俺のこの目にな」
「オープン戦ですね」
 平然として述べてみせる。ここでも。
「それを見せさせてもらうのは」
「楽しみにしている」
 安武は静かに述べた。
「その時をな」
 こうして二人の最初の会話は終わった。大塚は言うだけのことはあった。キャンプでの紅白戦では完璧なピッチングを見せ首脳陣だけでなくマスコミ達も驚かせた。早速スポーツ新聞の記事にも載る程であった。
「もう注目されているな」
「はい」
 キャンプでの宿泊先のホテルの監督の部屋で。安武はソファーに座り彼と同じくソファーに座っている監督の言葉に頷いていた。
「一五〇キロ近い速球に高速スライダーか」
「どちらもまだ伸びますね」
「コントロールはどうか」
「それはまだそこそこといったところです」
 それに関してはまだ及第点を出してはいなかった。
「けれど気が抜群に強くて練習も積極的ですし」
「それで成長していくか」
「はい、それは大丈夫です」
「じゃあこのままいけるか」
「いえ」 
 しかしであった。ここでは首を横に振るのだった。
「今のままではまだ無理ですね」
「無理!?」
「そこそこはいけます」
 またそこそこという言葉を出すのだった。
「ですが完璧にはいけません」
「完璧ではないか」
「あいつがストッパー希望なのは御存知ですね」
「ああ」
 安武のその言葉に対して頷いた。
「そうらしいな」
「それならば余計にです」
 こう言って念を押すのだった。
「今のままでは無理です」
「無理か」
「気が強くて力があるだけでは駄目です」
 言い切りだった。
「それだけでは」
「じゃああれか。プラスワンか」
「それがわからないと」
 また監督に対して述べる。
「あいつはストッパーにはなれませんね」
「ということはあれだな」
 監督は今の安武の言葉を聞いて楽しそうに笑った。
「それさえ身に着ければストッパーになれるんだな」
「そう考えられるんですね」
「ははは、そうだよ」
 顔を崩して笑ってみせての返事だった。
「それだけ楽天家でいかないと監督にはなれないさ」
「監督にですか」
「いずれやってみるか?」
 笑いながらまた安武に声をかける。
「当分はわしがやらせてもらうがな」
「いえ、いいです」
 しかし彼はそれは断るのだった。
「俺はコーチで充分ですから」
「何だ、欲がないな」
「自分の仕事をするだけです」
 率直な言葉だった。そこに隠しているものは何もない。
「ただそれだけです」
「そうか。それだけか」
「はい」
 また答えてみせる。
「俺はそれだけです。一つ言っておきますけれど」
「んっ!?何だ」
「余計なことを考えていたらストッパーは務まりませんよ」
 前を向きながら述べた。
「専念しないと」
「そうか」
「欲はありますけれどそれは目の前にだけありますから」
 現役時代と全く変わらない目だった。コーチになってもその目は変わらない。その目でマウンドを見つつ監督に話している。マウンドにはその大塚がいた。
「ですから」
「目の前か」
「試合に勝つことです」
 ここでも一言であったがはっきりと言うのであった。
「それを果たせないでストッパーではありません」
「わかった。じゃああいつにもそれを教えていくんだな」
「いえ、あいつはそれはわかっていますから」
 言わないというのだ。彼は既に大塚の性格を読んでいたのである。
「言いませんよ」
「まああいつは御前に任せているからな」
 だからいいとした。ここでも。
「完璧なストッパーにしてくれ。いいな」
「わかっています」
 その言葉に頷き試合を観続ける。大塚のピッチングは新人とは思えない見事なものだった。剛速球でチームのスラッガーを三振に討ち取る。力だけで押していた。
 
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