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碁神

作者:Ardito
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俺の人生順風満帆です。

 
前書き
見ていただきありがとうございます。 

 
「椎名センセ~! ばいばーい!」
「またねぇー!」

 下校する生徒達に呼びかけられ右手を振って答えた。

「おー、寄り道しないで帰るんだぞー」
「はぁーい!」
「椎名センセも寄り道しないんだゾ!」
「するか!」

 思わず突っ込むとキャハハ!と笑い声を上げながら逃げていく。 椎名センセ可愛ー!などという大変不名誉な声が、最近になって一気に増えた蝉の鳴き声に溶けて消えた。
 男に可愛いは無いだろ……。

「まったく……」

 中学生にもなると妙にマセて大人をからかうから困る……等と思いつつ、生徒とのこういうやり取りは嫌いで無かった。

 俺の名前は椎名(しいな)隆也(たかや)
 公立中学の国語教師だ。
 働き始めて今年で二年目。 今年から初めて二年のクラス担任も任された。 ベテランの先生方と比べればまだまだ新米だし、不安もあったが、今のところ大きなミスも無くそこそこ上手くやっている。 子ども達もよく懐いてくれて、少し生意気なところも可愛い。
 給料は年収350万。 金のかかる趣味も無いからどんどん貯まって毎月通帳を見るのが楽しい。
 何を言いたいかというと、まさに順風満帆、何の不満も無い充実した日々を過ごしているということだ。

 全ての子ども達が下校した後しばらく事務仕事をして「終わったー」と独り言を呟きながら帰り支度を済ませる。
 今日は花の金曜日。 顧問をしている部活も無い日だし早く帰れるな。

「あれ、椎名先生もう終わりですか?」
「山口先生。 ええ、部活もありませんでしたからね。 せっかくの花金だし早めに上がらせていただこうかなと」
「ああ、囲碁部は毎週火木しか活動無いですもんねぇ。 私も今調度上がるところだったんですよ。 再来週の期末テストが始まったら帰りたくても帰れなくなりますからね。 せっかく一緒になりましたし、どうですか? 久しぶりに」

 そういってクイッと何かを飲む素振りを見せる山口先生に俺は苦笑した。
 体育の先生である山口先生は一見強面だが、話してみると穏やかで気さくな人だ。
 同期の先生だが年齢は彼の方が上なこともあり、困った時には何かと助けてくれる。
 そんな彼の誘いだから、快く了承……したいけど、残念ながら無理だ。

「はは……ありがたいお誘いなんですけど、俺飲めないんですよ。 前の時も大変ご迷惑をおかけしましたし、やめときます」
「あー……そういえばそうでしたね。 これはうっかり」
「すみません。 でもお誘いありがとうございます」
「いやいやこちらこそ。 それじゃあ、また月曜日」
「ええ、それじゃ、お先に失礼します」

 他の残っている先生方にも「お先に失礼しまーす」と声をかけて職員室を出て、早歩きで駐輪場へ行き自転車に乗る。
 どうせ数年で任期が切れるのだからと、自転車で30分程の少々離れたボロアパートを借りて暮らしている。 学区内だが、近くに子どもの住んでいる家が無いので意外と子ども達には見つかっていない。

 暖かかった春が終わったと思ったらいきなり真夏のような暑さになり、日中外に出るとジリジリと身を焼く直射日光にうんざりするが、それでも出退勤時はまだ過ごしやすい気温だ。
 爽やかな初夏を味わえるのは自転車を走らせるこの時だけなのだが、今日の仕事のことや子ども達のことを考えながら鼻歌まじりに自転車をこぐとあっという間に到着してしまう。

 帰宅してすぐに手洗いうがい。 子ども達に言ってることは俺も実行しないとな。
 その後部屋着に着替えてパソコンの前に座った。 

 さて、趣味の時間だ。

 俺の唯一の趣味。 それは『ネット碁』を打つことだ。
 小学校低学年の頃に流行った囲碁漫画に影響を受けてルール本から詰め碁集等、様々な本を買い込み猛勉強した。 ……ゲームは説明書と攻略サイトを熟読してからやるタイプなんだ。
 そうして完璧にルールを把握したと自負してから、いざ打とう!という段階で身近に碁を打てる人が居ないことに気づいてしまった。

 せっかく猛勉強したのだ。 どうしても打ちたくて、でも碁会所なんかには怖くて入れない。
 そんな俺が出会ったのがネット碁だった。
 最初は負けに負けた。
 子どもらしい傲慢さで自分を強いと思い込み、勝率の高い人ばかりに対戦申し込みしまくったのだ。 負けるのは当然である。
 だけど、余りにも実力差があったので指導碁を打ってもらえたり、俺の年齢を見た常連の人が可愛がってくれたりしたおかげで確実に実力をつけていくことが出来た。

 自分の実力が分かってからは、必死で追いつこうと頑張った。
 我武者羅に努力しているうちに、指導碁を打ってくれていた人達にも勝てるようになって、一年後には負けなしになった。
 別のネット碁サイトを紹介してもらって、そこでもしばらくすると負けることが無くなり、小学校高学年になる頃には自称プロの人以外には負け無しだ。

 それからプロのユーザーが多いと評判の上級者向けネット碁サイトに入り浸って少しでも時間があればひたすら打ったり、プロの棋譜を見て勉強したりしていた。

 そして、高校に入学した15の時から現在、23にいたるまでの間は連戦連勝の無敗! これ、密かな自慢である。
 自称プロにも割と余裕を持って勝てるし、たまにヒヤリとすることがあっても駆け引きを楽しみながら勝利への道筋を導きだすだけの力はあった。
 囲碁の大型掲示板なんかでも俺のハンドルネーム『Si-Na』は有名で一体彼は何者なのかと騒がれている。
 チャットする時間が惜しくて基本的に挨拶しかしてなかったから、ミステリアスな人物だと思われているらしい。
 こうなるともう楽しくてたまらない。

 そんな訳で、俺の唯一の趣味はネット碁なのだ。
 今日も今日とて早速ログイン。
 すると一拍置いてすぐにたくさんの対戦申し込みが送られてくる。
 あーもう、そんなにたくさん申し込まれても困っちゃうゾ! なんちゃって!
 ……女の子にもこれくらいモテりゃなぁ……。

 ふと、大量の申し込みの中に見知ったハンドルネームを見つけた。
 すぐに了承しようとして、悩む。
 ハンドルネーム『Mituru』。 コイツと初めて打ったのは忘れもしない小5の時。
 プロ以外には滅多に負けることが無くなっていた俺が同い年の奴と半目差の激戦になったのだ。
 しかも、俺が白石。 盤上では俺が負けていた。
 あ、一つ言っておくけど、その後接戦が多いとは言え俺がMituruに負けたことは一度も無いからな!
 今まで一番コイツと打ってきたけど黒石でも白石でもきっちり勝ってきた。 俺のが強い。 うん。

 ……話がそれたな。

 ともかく、初めて打った後、Mituruは凄まじく興奮してて、俺もテンションが上がっていたのだろう。
 うっかりチャットに応じてしまったのだ。
 それ以来、コイツにチャットを持ちかけられるとつい応じてしまう。

 だけどまぁ、それは良い。
 ただ、最近のコイツは執拗に俺のリアル情報を探り出そうとするのだ。
 そして二言目には『何故プロにならない!?』。
 最初に書いたとおり、俺は現状に大満足してるし仕事にやりがいを感じてる。
 碁は好きだが、プロとかの世界のことは良く分からないし、そんな物になるつもりはない。
 だから、プロになれとしつこいコイツが非常に煩わしいのだ。

 じゃあ打たなければいいんじゃ?と思われるだろうが、コイツと碁の相性が非常に良いのだ。
 負ける気は一切しないが、要所要所で打ち込まれる考え込まれたドキツイ一手とそれにどう応じるかの駆け引きがもう最高に楽しい。
 まだ負けもあったころから打っている相手で、実力差はあまり無い。 でも今まで勝率100%なだもんだから、コイツには負けられない!とつい燃えてしまう。
 ライバルは誰かと聞かれれば迷うこと無く『Mituru』だと答えるだろう。

 それで最近は毎回迷うのだ。
 受けるか受けないか。
 数秒悩んで、結局受けるんだけどな。
 楽しい対局の魅力には勝てません。

 というわけで、俺は対局申し込みに承諾ボタンで返事を返した。 
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