IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Development
第二十九話 疑念
「無表情な子だと思ったら、あんな顔もできるんじゃない」
一瞬だけ見せた簪さんの表情、笑顔に見えたのは僕だけかと思ったらどうやら鈴さんにもそう映ったらしい。ただ、それがそのまま簪さんの考え方を変えたとは思えない。
僕が思っていた以上に、彼女の抱えているものは大きいのかもしれない。でも少しは近づけたのは確かだろう。
「あれで意外と感情豊かなの……笑っているところは初めて見た気がするけれど」
「へぇ」
鈴さんとは出会って間もないのに本当に世話になりっぱなしだ。もしかしたら本人はそんなつもりないのかもしれないけど、自然と僕に影響を与えてくる。
そういえば、楯無さんともそうだったな。
そんなことを思いながら鈴さんを見ていると、なぜか急に赤くなって目を逸らされてしまった。
「な、なんでこっち見たまま黙ってるのよ! あなた女の私から見ても綺麗なんだからそんなに見つめられると恥ずかしいじゃない」
「ふふふ、ごめんなさい。ただ、鈴ちゃんには感謝しないと、と思って」
綺麗だって言われるのには未だに一言物申したいけど、そこはもうスルーする。
それよりも、僕は素直に鈴さんにお礼が言いたかった。
「べ、別にお礼言われることなんてしてないわよ? あたしだって転校初日に会えたのが紫音さんでよかったと思ってるんだし」
「なら、お互い様かしらね」
そう言いながら、僕らは笑い合う。
僕の去年の出来事などを話せる範囲で話したり、鈴さんのことについてなどを聞いたりして過ごした。
特に織斑君と同じ学校に通っていたころの話になると以前話した時と同様に活き活きとしていた。途中で再び僕が織斑君のことどう思っているのか、というような話になり肝を冷やす場面もあったけれど必死に誤解を解いて事なきを得た。まだどこか疑っている風ではあるけれど……。
「はぁ、でもこっち来てから会いに行く度に篠ノ之博士の妹がいっしょにいるのよねぇ。たまにイギリスの代表候補生もいるし。いくらクラスメイトで幼馴染だからって一緒にいすぎじゃない? なんで朝食や夕飯まで一緒にいたりしてるのよ」
どうやらなかなか二人で会えないらしい。先ほどまでとは打って変わって不満げな表情で話し始める鈴さん。
確かにあの二人はよく一緒にいるね。どちらかというと箒さんのほうが織斑君に依存しているように見えるけど、織斑君もこんな環境では幼馴染の存在は少なからず助かっているのも事実だろう。でも、そういう意味なら鈴さんも同じ立場になれる可能性はある訳だ。とはいえ……。
「オルコットさんはさておき、篠ノ之さんの場合は入学当時から一緒にいることが多かったわね。でも仕方ないんじゃないかしら。女の子ばかりの環境で、唯一の幼馴染だったのだし。それに同室……あ」
僕は自分の失言に気付くも既に時遅し、さきほどまでの空気が一変して張りつめたものになっていた。
「いま……なんて?」
低く、重くなった鈴さんの声が聞こえてくる。いつの間にか僕の肩が両手でつかまれていた。
に、逃げられない。
「え、えっと……」
もしかしたらと思ったけどやっぱり鈴さんは、織斑君が箒さんと同室ということは知らなったらしい。いや、そもそも女生徒と同室だということすら想像していなかったのではないだろうか。
どちらにしろすぐに知られることになっただろうけど、彼女が自然と知ることと僕の口からその事実が知らされるのでは大きく違う。簡単に言えばドタバタに巻き込まれたくない!
いや、鈴さんの力にはなってあげたいと思うけどそれとこれとは違うよね? ね?
「紫音さん……?」
鈴さーん!? 瞳孔が開き始めてるよ! って、ちょっと肩を掴む力を強めないで!
このままでは巻き込まれる前になんだか鈴さんが危険な気がする、織斑君ごめんね!
「え、えぇ。どうもいつもより入学生が多かったとかで寮の部屋が足りなくなったみたいなの。部屋の都合がつくまでは家から通うという案もあったみたいだけれど、安全確保上入寮は急務だったみたいで半ば強引に。箒さんが選ばれたのは幼馴染だから幾分マシだろうという判断みたいよ」
保護対象をひとまとめにしたいという思惑もあっただろうけれど、あくまで僕の予想に過ぎないので敢えて口にはしない。
「そう、幼馴染ならいいのね」
どうやら正気に戻ったような気はするのだけれど、何やら聞き捨てならないことを言っている。
何がいいというのか。
「鈴ちゃん?」
「紫音さん、お茶ご馳走様! ちょっと引っ越ししてくる!」
「り、鈴ちゃん!?」
その行動は予想外! というかアグレッシブ過ぎでしょう。いくら鈴さんも幼馴染だからってそんな勝手に部屋の移動が許可されるとは思えないんだけど……なんといっても寮監は千冬さんなんだし。
止める間もなく鈴さんは鬼気迫る勢いで部屋を飛び出して行ってしまう。
僕は茫然としつつもできることは何もない、と織斑君の無事をただ祈るばかりだった。
しばらく後、予想通り修羅場と化した織斑君の部屋には人だかりができていた。
箒さんが鈴さんに竹刀で殴りかかったのを部分展開で防いだりといった危険な一幕があったようだけれど、結果としてすぐに鎮静化されたらしい。
え、なんで知ってるかって? 千冬さんに折檻された鈴さんから僕の部屋で延々と愚痴られたからね……。そのせいで寮の消灯時間をオーバーしてしまい、何故か部屋にやってきた千冬さんに再び捕まったのだけれど……僕まで巻き添えでね!
簪さんなんか僕らが話してるときは聞き耳たてていたのにいざ千冬さんに見つかったら寝たふりして逃れるし……。
でもまぁ、誰かと一緒に先生に怒られるなんて普通に考えたら遠慮願いたいけど、不思議と嬉しくなっている僕がいた。しばらく忘れていた当たり前の学生生活を再び鈴さんに教えてもらえた気がする、そんな夜だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
鈴さんと会ってからめまぐるしく周囲の環境が変わったと思うのだけれど、実際に変わったのは僕の心持なのだろう。実際、周りの人達の接し方はそう変わっていない。簪さんの反応が少し柔らかくなったかもしれないけれどそれぐらいだ。相変わらず僕はクラスでは浮いている方だし、友人が増えた訳でもない。
それでも、僕にとってはいくらかクラスの居心地がよくなったように思える。僕が気にしないで話しかければ、返事をしてくれない訳ではない。コミュニケーションをとろうと思えばいつでもとれたんだ。
少しずつでも前進すれば、いつかは垣根もなくなるだろう、そう思えた。
そんなこんなで、鈴さんに関わって数日の激動ぶりとは打って変わり千冬さんの説教を受けた日から数日、平和な日々は続いた。
鈴さんは相変わらず織斑君を巡って箒さんと小競り合いを繰り広げているらしいけど……。オルコットさんとは決闘云々になってるみたいだし、というか後から経緯を聞いたら発端が僕らしいんだけどどういうこと!?
はぁ、僕としてはどちらも応援したいけれど関わると碌なことにならない気がするから敢えて中立を維持させてもらうことにしよう。
だから、という訳ではないけれど簪さんを陰ながら応援したい。クラスメイトだから応援するのは当然だし個人的にもやはり気になる。例え、本人に歓迎されなかったとしても、ね。
彼女の専用機である打鉄弐式は未だに未完成でクラス対抗戦には間に合わなかった。幸い、今回は専用機による参加は認められていないのでそのことは関係なく、いい勝負になると思う。
直接彼女が操縦しているところを見る機会はほとんどなかったけれど、楯無さんが太鼓判を押すくらいだからオルコットさん達ともまともに戦えるんじゃないだろうか。
「ほら、もうすぐ簪ちゃんの試合が始まるわよ!」
クラス対抗戦当日となり、今僕はアリーナの観客席にいる。隣には何故か楯無さんも。もうすぐ僕らのクラスと3組の試合……要は簪さんの試合が始まるとあって既に興奮気味だ。
「楯無さん……何故ここにいるのでしょう? 生徒会メンバーは周辺警備や来賓の案内などで外回りのはずでは?」
今は一年生の試合のため、クラスメイトの試合がある僕や本音さんはともかくとして他の上級生の生徒会メンバーは仕事があるはず。
にもかかわらず楯無さんは隣にいた。
「簪ちゃんの応援に決まってるじゃない」
何を当たり前のことを言ってるの? といった顔で聞いてくる楯無さん。いや、そんなことは聞かなくてもわかっているんだけれど。
「そうではなくて、お仕事はいいんですか?」
「簪ちゃんの応援以上に大事な仕事なんてないわ」
開き直った楯無さんにこれ以上言っても無駄なのはわかっているので、僕ももうなにも言わないことにした。まぁ、実際フォルテさん、ダリルさん、虚さんがいればなんとかなりそうな気はする。僕と本音さんがいないから人手の面では三人に負担が大きいのは間違いないけれど……。
やがて会場に姿を現した簪さんと、3組のクラス代表。
簪さんは当然というべきか、自身の開発中の専用機のベースとなっている打鉄を選択している。一方の3組のクラス代表、名前は……柊さんか。柊さんはラファール・リヴァイヴを選んだようだ。
ここから見る限り、簪さんは落ち着いている……というか、僕としては今は隣の姉のほうに落ち着いてほしい。
「何言ってるの、簪ちゃんのデビュー戦なのよ!」
これだもんね……。相変わらずナチュラルに僕の心の声を聴いているし。
ともあれ、僕も少しドキドキしてきた。
そして、試合開始の合図が鳴る。
まず動き出したのは柊さん、アサルトライフルで射撃をして牽制をする。一方の簪さんも横に躱しながら汎用型機関銃を掃射して相手の動きをコントロールする。
しばらくの間、射撃武器を使った追いかけっこのような形が繰り広げられたが時間が経つにつれてどちらが優位かがハッキリと分かれた。
ほとんど被弾がなく無傷な簪さんに対して、直撃こそ少ないものの完全に躱しきれずに徐々に削られている柊さん。
このままでは埒があかないと思ったのか、柊さんは突然地面に向けて掃射する。瞬間、凄まじい土煙があがり試合会場を包み込んだ。
おそらく、それに乗じて一気に接近しようと思ったのだろうけれどこれは下策だ。
ISに搭載されたハイパーセンサーは操縦者の力量に左右されるとはいえこの程度では誤魔化せない。そのため、むしろ熟練度の差がハッキリと出てしまうと言える。
「あの子……3組の子ね。名前を憶えておくわ。ふふふ……せっかくの試合を隠すなんて許せない」
ちょっと楯無さん? いつかの鈴さんみたいに瞳孔が開いてる気がするんですけど!?
「お、落ち着いてください楯無さん! ほら、どうやら簪さんが勝ったみたいですよ!」
しばらく銃の射撃音と金属同士がぶつかり合うような音が響いたあと、試合終了と簪さんの勝利が告げられた。やがて煙が晴れると相変わらず無傷で簪さんが浮いていた。対戦相手の柊さんは地面に蹲っている。
いくらハイパーセンサーがあるとはいえ、あの状態でも攻撃を躱しきるというのは容易ではない。
相手が入学したてでISを上手く扱いきれていなかったことを鑑みても、簪さんの力量はやはり楯無さんの見込み通りだったということだろう。さすがは楯無さんというべきか、妹のこととはいえよく見ているんだなと感心した。ただ、今の楯無さんを見ていると素直に褒める気になれないのは何故だろう。
「こんなところにいらっしゃいましたか、お嬢様」
突如、落ち着いてはいるものの若干の怒気を含んだ声が聞こえてくる。
その低く威圧感のある声に二人してビクッとなり、恐る恐る振り返るとそこには鬼……もとい、虚さんがいた。
「う、虚ちゃん?」
「お嬢様、試合が進むにつれて来場者も増えることが予想されます。簪様の試合が気になるのはわかりますが職務にお戻りください」
よっぽど大変だったのだろうか、虚さんは有無を言わせぬ勢いだ。
僕もこうしてここにいるだけに、少し悪い気がしてしまう。
「虚さん、でしたら私も……」
「紫音さんはこのまま簪様の応援をお願い致します。本音にもクラスの応援を許可しておりますので」
気を回したのはバレバレみたいで、逆に気を遣われてしまった。
虚さんは常々、普段の楯無さんでは考えられない簪さんに対する行動に頭を悩ませていたようで妹離れを望んでいた。自身も妹を持つ身で、何か思うことがあるのだろうか。
「だ、だったら私も……」
「お嬢様は仕事です」
「いや、しの……」
「仕事です」
「……」
「仕事です」
これ以上は無駄だと思ったのか、楯無さんがこちらに向けて懇願の眼差しを送ってきたので僕は思わず目を逸らしてしまった。
「う、裏切ったわね紫音ちゃん!」
楯無さんの叫びが徐々に遠ざかりながら聞こえてきて、再び隣を見たら既に姿はなかった。
虚さんが連行したのだろうか。簪さんの応援は僕にまかせて成仏……じゃなくて仕事してください。
あと、僕は裏切った訳ではないので人聞きの悪いこと言わないでください、どちらかというと虚さんに賛成です。
一連の騒動のせいで途中の試合が全く観れなかったものの、観たかった試合はこれから始まるようだ。
1組vs2組、オルコットさんと鈴さんの試合。どちらか一方を応援はできないけれど、二人とも頑張ってほしい、そう思いながら僕はこれから始まる試合にようやく集中することができる。
『お姉さまの素晴らしさ、今こそ証明してさしあげますわ!』
ふと、頭の痛くなるような内容の声がアリーナ中に響き渡る。
なぜか一部、周りの視線が僕の方に向いた気がする。こっちを見ないで……。
気づけばアリーナ内ではオルコットさんが鈴さんに対して腕を伸ばし、まっすぐ人差し指を向けている。ビシッという効果音が聞こえてきそうだ。
『あ~ごめん、そのことなら謝る。紫音さんのISの実力わからないけれど、少なくとも挑発のダシに使ったのは悪かったわ。アンタの言う通り悪い人じゃないみたいだし』
『そ、そうですの? でしたら許してさしあげますわ。わたくしのこともセシリアとお呼びください、お姉さまの良さがわかる人に悪い人はいませんもの』
『そ、そう。ならあたしも鈴でいいわよ。もっとも、この試合に負けるつもりはないけどね』
「それはこちらもですわ!』
何やら二人は盛り上がっているけれど、出来ればそういうのはプライベート・チャネルで話してくれないかな? 全部オープン・チャネルで駄々漏れなんだけれど。
僕の個人名が出たせいでさっきまでは疎らだった僕への視線が激増している。
あまりに居心地が悪くなってしまい、もうすぐ試合が始まるにも関わらず僕は席を立ちこの場を後にした。
さすがにあの状況では僕も周りのみんなも試合に集中できないので、残念ではあるけどモニターで観戦ができる場所を探すことにする。
もう試合は始まっているだろうから急いでモニターが設置されている場所を小走りで目指すものの、すぐにそれは中断させられた……会場全体を揺るがすような衝撃とけたたましいアラーム音によって。
明らかに異常な状態。気づけば通路の各部に非常用の障壁が下りており、完全に閉じ込められてしまった。
『楯無さん、何があったの!?』
『侵入者よ、正体不明のISらしきものが数機学園に入り込んだわ! 生徒会でも対処にあたっているけど一機アリーナ内に入り込んでるの。こちらも対処次第向かうけど、それまでお願いできるかしら?』
『わかった、ありがとう。僕はアリーナ側の対処にまわるよ』
プライベート・チャネルで楯無さんと連絡をとると、知らされたのは侵入者の存在。自然と去年の亡国機業による襲撃を思い出す。
とはいえ、正体がわからない以上相手を断定するのはよくないと思い直し、周囲の状況を確認する。対処するにしてもまずはここから出なくてはならない。
ふと、ちょうどこの通路はピットへの入り口前だったことに気付いた。ここからならアリーナ内に戻れるかもしれないと思い、さっそく扉の前まで移動する。しかしやはりというべきか、完全にロックがかかっており開く気配はない。
仕方がない、と僕は端末を取り出して扉にある認証装置へと繋ぐ。
そのままシステムに干渉することでロックの解除を試みるも、違和感を覚えた。
現在のアリーナの警戒レベルが最高になっているのだけれど、ところどころ外からの干渉を受けているのか正規の対応になっていない。通路がロックされているのもその一つだ。この状態では客席の人も身動きがとれないのでは……。
一刻を争う状況を悟った僕はそのままシステムの一部の乗っ取り、扉を解除して部屋に飛び込む。
すると、何故か織斑君と箒さんが正座させられて千冬さんに説教されていた。その横では山田先生がオロオロしている。
「織斑先生! えっと……これは?」
「西園寺か、いや気にするな。状況を弁えず飛びだそうとした馬鹿どもに説教しているだけだ」
「ち、千冬姉! 俺は」
「黙れ、侵入者は奴だけではないのかもしれんのだぞ? 加えて素人に毛が生えた程度のお前が向かって何になる。そもそも隔離されたこの状況でどうするつもりだった?」
どうやら考えなしに出ていこうとして怒られているらしい。
緊急事態のはずなのになんだろう、この状況は。
「だいたい……ん、待て西園寺。どうやってここに入ってきた」
「あ、はい。たまたまピット前にいたので扉をその……弄って開けて入ってきました」
仮にも教師に向かって学園のシステムにハッキングしましたとは言いづらく、言葉を濁してしまう。
僕の言葉に織斑君と箒さんは信じられないものを見るような目でこちらを見ているが、何故か千冬さんは口元を釣り上げた。
「ふふ、そうか、そうだったな。西園寺、状況は理解しているな?」
「はい、侵入者がいると。生徒会も対処しているそうですが一部がアリーナ内に入ったと聞いています」
「うむ。オルコットと凰の試合中に乱入したアンノウンはアリーナのシステムに干渉、障壁シールドもレベル4となり扉も全てロックされた。現在両名はアンノウンと好戦しているが、状況は芳しくない。三年がシールド解除のためにシステムクラックを実行中だが……頼めるか?」
見れば、モニターでは手が長い、巨大な全身装甲型のISらしきものと二人が戦っているのが映っている。戦っているとはいえ、二人がかりでも防戦一方だ。これが専用機ならなんとかなったのかもしれないけれど、見た限り慣れない訓練機でどうにかなるとは思えない。
今も二人で戦っているということは、障壁が邪魔をして外から手が出せないのだろう。と、いうことは千冬さんが言いたいことは僕にその障壁を取り除いてほしいということだ。
「わかりました、やってみます」
「ここからならこのアリーナ全体にアクセスできるはずだ、頼んだぞ」
すぐさま僕は近くの端末に移動して、ハッキングを開始する。
次々に流れてくる膨大な情報を処理しながら僕は驚愕する。こちらが対処した部分がリアルタイムで次々と書き換えられていた。
僕は悲しいことに、ハッキング技術には自信があった。自分が望んで身につけた技術ではないし、誇れるものではないけれど。
それが、押されている。この状況ではこちらが完全に掌握するのは不可能だった。
しばらくイタチごっこを続けている中で妙な感覚を覚えた。僕は、もしかしたらこの相手を知っているかもしれない。とてつもなく優秀でいて、少し癖のあるやり方。この癖に僕は覚えがある……それも身近に。
「あぁ、鈴!」
織斑君の叫びにモニターに目を向けるとアンノウンの攻撃を鈴さんが回避しきれずに崩れ落ちていく姿が見えた。オルコットさんが支えながらなんとか退避しているけれど、まだ攻撃は続いている。
もう一刻の猶予もない。未だに纏わりつく妙な感覚を振り払い、僕は作業に専念する。ふと、一カ所だけ甘い部分を見つけた……このピットからアリーナに出る扉だ!
「織斑先生、ここからアリーナへの通路を解除します。ただ、維持するために私はここを離れられません」
「……止むを得ん、織斑! 一時的に奴を食い止められるか?」
「あ、あぁ!」
「よし、私と織斑が突入する。織斑は足止め、私が救出に当たる。西園寺はオルコット、凰の両名を救出するまでこのまま継続しろ。山田先生はこの場で待機、指揮をとってくれ。織斑……くれぐれも無茶はするなよ」
通路の障壁が取り除かれるとすぐさま二人はアリーナへ向かって走り出す。
箒さんも動き出そうとしていたけれど、さすがに生身であの場に行くのは危険すぎると思いとどまったようだ。いや、千冬さんも生身なんだけど何故かあの人は大丈夫な気がする……。
しばらくするとモニター上に二人の姿が見えた。千冬さんはオルコットさんと鈴さんを出口に誘導し、その間は織斑君がアンノウンの気を引いている。
その攻撃は苛烈ではるが、織斑君もうまく躱している。とはいえ、攻撃まではできないようだ。
ふと、気づくと箒さんの姿が消えていた。
「山田先生! 篠ノ之さんはどちらへ!?」
「え、あ、あれ? どこに行ったんでしょう?」
狼狽える山田先生、しかしすぐにその居場所がわかることになる。
『一夏ぁ! その程度の敵、勝ってみせろ!』
ハウリングするほどの声がスピーカーから聞こえてくる。彼女はどうやったのか放送席にいた。どうもピットから放送席までの隔壁はおりていなかったようだ。
彼女がどういうつもりでこの行動に出たのかはわからない、でも明らかにこの状況ではよろしくない。
予想通り、アンノウンの視線が箒さんの方へと向き攻撃体勢にはいる。
まずい! あの機体は障壁を突き破って入ってきたことになる。となると放送席くらい消し飛ぶかも……!
ここから出来る限りの対処を考えていると、織斑君がすかさず飛び出していた。限界を超えた速度で加速し……その射線上にたどり着く。同時に放たれたビームの直撃を受け、織斑君は堕ちて行った。
「織斑君!」
僕は思わず叫んでしまう。いや、僕だけじゃない。この場にいる誰もがその状況に絶望した。しかし、その終止符はあっけなくうたれた。
『まったく、無茶はするなと言っただろう……だが、よくやった』
まさに一閃。
いつの間にか打鉄を纏った千冬さんが手にした刀剣型武装でアンノウンを切り裂き、そのままの勢いで堕ちていく織斑君の元にたどり着き、抱きかかえていた。
その光景に誰もが言葉を失ったが、やがて大歓声があがる。千冬さんの様子から織斑君も無事なのだろう。
安堵した僕はアンノウンについて考えていた。パッと見た感じ、あの機体からは人間らしさが感じられなかった。まるでロボットが操っているかのような……無人機、その単語が頭を過る。
最近連絡が取れないけれど、束さんに相談してみたい、そう考えた時に僕は気づいてしまった。
あのハッキングの癖は束さんのものだったんじゃないのか、と。
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