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神葬世界×ゴスペル・デイ

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第一物語・後半-日来独立編-
  第六十三章 覚醒せし宿り主《3》

 
前書き
 現実に神降臨。
 これ凄いよスタート!! 

 
 優にドレイク級戦闘艦・華空を越える、大型の青き竜。
 竜神。
 その竜はこう呼ばれている。
 鮮血に染まったような紅い瞳が鋭く光り、奏鳴の背後から幻影の如く現れた。
 何時現れたのか誰もが分からない。されど誰の目にも竜神の姿は映っている。
「身体の奥から力を感じる。暴走の時とは違う。全身を何かに包まれてるようだ」
「今日で二人も正式に宿り主となった日。凄いことだな、これ」
「お前のお陰だ、セーラン」
「どういたしまして。でもまだ油断ならねえぞ」
 忠告は物事を正確に捉えている。まだ天桜の長を倒したわけではない。
 むしろここからが、奏鳴にとっての真の勝負だ。
 喜ぶ暇など無く政宗を握り締め、構えを取っている央信の方へと身体を向ける。
 双槍に天魔をまとわせ、黒光りが幾つも走っている。
 攻撃の溜め行動だ。
 一撃で決める気なのだと解った。
 ならばこちらも一撃に全てを乗せ、ぶつかるしかない。
 奏鳴は息を吐き、肩の力を抜く。
 構えを取る。
 セーランとの会話は少なく、両の足を肩幅よりも少し開き、鞘が無いため政宗の峰に左の掌を当てることで鞘のイメージとする。
 金属のような冷たい感覚が政宗から掌を伝い奏鳴は感じ、刀に自身の内部流魔を送り込ませるよう意識する。
 周囲は無言だった。
 お互い居合いをするかのように相手の出方を待ち、じっと集中を保ち続けた。
 切らさぬよう。辛抱強く。
 何時行動を取るかの心理戦。
 早くても遅くてもいけない。一撃で決まるための、ここぞという時。
 単位で表せることが出来るのか分からない程の短いその時を、二人は待っていた。
 時間が経つにつれ、周囲からは段々と音が消えていった。
 固唾を飲んで見守るという言葉を体現しているかのようで、誰もが見守っていた。
 辰ノ大花の者も黄森の者も、日来の者達も同じに。その場にはいないのに手に汗を握り、無言の領域に圧倒された者もいる。
 だからか。意図してやってわけではなく、汗によって握っていた武器が手から離れた。
 慌てて武器を手離してしまった者は、落ちる前に取ろうとするが無理だった。重力に導かれるまま武器が地面に当たり、冷たい音を響かせた瞬間。
 爆音へと変わった。
 央信が早く、後から瞬く間に奏鳴が動いた。
 両手に槍を一本ずつ握る央信は、その二本の槍に天魔の力をまとわせ、槍を交差させた状態で左右に勢いよく振り払う形で攻撃を放った。
 流魔を込めた衝撃は放たれた瞬間に濃度を濃くし、一種の流魔砲と化して奏鳴を襲いに行く。
 始めはただ単なる砲撃。だが、次第に形を変え、龍の顔を持つ四足の獣、麒麟へと姿を変えた。
 地上を走り、殺生を嫌う麒麟の面影など微塵もなく。足元に存在するもの全てを踏み潰しながら進んでいく。
「行け、我が力よ」
 言う央信に対峙するかのように現れたのは、堂々としていた竜神。
 奏鳴が遅れて抜刀するや否や、背後にいた竜神が奏鳴を越え、麒麟へと向かって行った。
 風を裂き、進む竜神が通った後には暴風を思わせるような強烈な風が吹いた。
 刀が切った相手は麒麟。ゆえに麒麟を襲いに行ったのだ。
「負けるわけにいかないのだ!」
 竜神も麒麟も、どちらも見上げる程の大きさ。
 自身の強さを大きさで表しているかの如く、ぶつかった瞬間の衝撃は地面を揺らした。
 近くにいた者達は衝撃によって宙に打ち上げられ、仲間の手助け無しでは負傷は免れない。だが鍔迫り合いのように押し合う二つの力を前にして動けるものなど、人数の割には多くはいない。
 次元が違い過ぎるのだ。
 それも戦いを繰り広げているのは学勢。
 大人達であっても圧倒的な力の前では、子どもとなんら変わらない存在だ。結果、多数の社交院は力と力のぶつかり合いを眺めているだけだった。
 仕方の無いことだ。
 現実を知っているからこそ、力の恐怖を知っている。子どものようにがむしゃらに進んでいくことは出来無い。
「くそ、無茶苦茶やってくれるじゃねえか」
「大人でも手が出せない領域か」
「面子が立たないな、これじゃ」
「頼られるのは真に強い者ってことなのかねえ。いい歳した俺達はお荷物ってことか……」
 口々に言う。
 彼らは全て社交員だ。
 辰ノ大花の社交員も、黄森の社交員も地域の上に立っているのは学勢だ。
 同じ境遇だからこそ理解出来るものもある。
 子どもが自分達大人を頼ってくれないことが、どれ程まで惨めなことかを。
 何も出来無い自分自身を攻めても、今はただ眺めているしかないのが現状だった。
 押し合う竜神と麒麟。
 どっち付かずの結果に対し、更に央信は動きを見せた。
 槍を一振り。それが合図となって、麒麟の身体から黒い何かが現れた。
 天魔だ。
 流魔と共に送り込んだ天魔によって身体を包まれ、麒麟は神々しい光を失い、苦しげに暴れ始めた。
 黄色い光は徐々に黒く濁り、光を失った代わりに力を得た。
「まさかここまでやるとは思わなかったよ。だがな、今のままで天魔因子によって強化されたこの攻撃。防ぐことは不可能だ」
 言った通り、竜神が押され初めている。
 声を荒上げて麒麟にぶつかるが、天魔因子によって麒麟は強化され、微動だにしなかった。
 眉間にしわを寄せる奏鳴。
 どうにかしなければと、必死に今の状況を打破する術を考える。その間にも麒麟は竜神を押し続け、距離を着々と縮めていく。
 大きな足音が更に大きく聞こえてきて、余計に奏鳴を焦らせる。
 ここまで来て、負けるわけには。帰るんだ、皆の所へ。迷惑を掛けたしまった皆へ一言だけでも言いたい。だから――。
 竜神が押される度に危機感を感じる。
 停泊していた戦闘艦や航空船を引きずっているのも無視し、一直線に進んできている。
 滲み出る汗も構わず、近付いてくる竜神の背後に視界が一杯になる時。
「慌てるな。状況を冷静に確認しろ」
 セーランが落ち着いた声で言った。
「距離はもう百メートルを切ってるが、そう慌ててもしょうがない」
「セーランは呑気過ぎるところがあると私は思うな」
「俺らしいだろ?」
 しばしの冗談を交え、焦る奏鳴を落ち着かせる。
 短時間で色々なことが起こり過ぎた。まだそれに慣れていないため、冷静さが欠けている。
 近寄ることはせず、離れたまま。
 一人でやると言った奏鳴の意思を尊重した行為だ。
 刀を抜き取る際は不安で堪らなかったが、今の奏鳴ならば大丈夫だと確信出来る。だからこのまま、一人でやらせるのだ。
「今まで沢山の人達がお前の面倒見てくれた。実之芽も、宇天学勢院の奴らも、辰ノ大花中もさ。そのなかでも面倒な関係柄だけど黄森にも世話になったろ。
 沢山の奴らに面倒見られてきたんだからさ、お礼の言葉、言っとくか?」
 意味が解らなかったが、それはすぐに消えた。
 何を言いたいのか、セーランの言葉の意味が解る。
 遠回しに、考えさせる面倒な言い回しで。
 彼なりの誰かを成長させるための言い方なのだと、今の奏鳴には理解出来た。
 つまりは、流魔を活性化させろ、ということだ。
 宿り主となった者は、神を宿していることから流魔との繋がりも強くなる。常人ならば多少の感情の変化では流魔は活性化しにくいが、宿り主であるならば別だ。
 流魔を活性化させ、押し返すということ。
 それだけでいいのかと疑問にも思うが、やらないよりやった方がいい。
 奏鳴は瞳を閉じ、肩の力を抜き、刀を下ろした。
 過去を振り替える。
 苦労もあった。けど、そのなかでも嬉しいことや楽しいこともあった。
 力を込めなくなったため、竜神が押される速度が速くなる。
 現実世界に現れた神は極端に力が落ちる。そのため、宿り主から力を与えられなければ天魔には敵わない。
 そうであっても、奏鳴は力を与えなかった。
 確かに苦しかったが、こうして今へと繋がっている。ここまで折れそうだった心を繋げてくれたのは、紛れもなく皆なのだ。
 黄森にも少しは支えられたと思っていいだろう。
 央信のように強くあったならと、憧れた日もあったから。
 頼れる者、憧れる者はいた。だが寄り添う者はいなかった。でも、今はすぐ側にいる。
 言おう。
 これからは一人でも心配ないと。今までありがとう、と。




 脳裏で流れる過去の情景。
 懐かしい日々。苦い思い出。楽しかった時。その他多くの出来事があった。
 沢山の日々が流れ、過ぎていった。なかでも一番の思い出は、やっぱり家族といた時だ。
 もう訪れることのないものが、悲しくて辛い。
 ただいてくれるだけが、どれ程幸せだったことか。
 夜遅く屋敷へと帰り、明かりが灯った屋敷がどれ程までに温かかったかを。失って初めて気付いた。
 美味しいと感じていた食事も、一人の時は喉を通らなかった。
「会いたいよ……」
 分かっている。もう会えないことぐらい。
 自身の手で殺めてしまったのだから、言われなくても分かっている。
 麒麟が押し進む音も気にならず、過去の日々を巡った。虚ろに思い出す日々もあるが、それも全て思い出なのだ。
 奏鳴は動かなかった。
 過去を振り返り、未来へと進むための心を調えるために。
 騒音を鳴らすかのような、がらくた同然となった戦闘艦や航空船を麒麟は引きずる。黒煙を上げているものもあり、鼻を突く匂いが漂い始める。
 周囲が騒ぎ始めた頃。
 ふと、頬を撫でる風が吹き。
「今の奏鳴には何が見えてる?」
 口を一度閉じていたセーランが、奏鳴に向かって言った。
 だから奏鳴はゆっくりと目を開け、眩しさに一度目を閉じ、そしてまた開いた。
 ゆっくりと明るさに目を慣れさせるように。
 心地好い風が吹く。だが、そんな風は吹いていない。
 感じていた。
 本来ならば無い筈のものを。
 目を開いた奏鳴は見た。まず目を疑った。
 小刻みに目が泳いで、動揺を隠し切れていない。
「嘘だ……そんなことが……ある筈がない」
 幻でも見ているのか。
 あり得ない。
「なんで、いるのだ……」
 潤んだ瞳が、光るものを流し奏鳴が見たもの。
 目頭が熱くなりつつ、閉じ込めていた気持ちが溢れ出てきた。
 ごちゃ混ぜになって一気に、一斉に。
 目の前の存在を、奏鳴はあまりの衝撃で受け止め切れていない。
 失って気付いた、その温かさ。
 一緒に過ごしてきた時間が、もう一度流れ始めるような感じがした。
 求めていた、“家族”の温かさを。
 奏鳴が見たもの。――それは亡き家族だった。

『ねえ様!』

 五人いる家族のなか、短い髪形の少女が元気に跳ね、奏鳴を呼んだ。
「風恵……」
 自身の名を呼ばれると少女は笑った。

『ず――と待ってたんだよ。偉いでしょ! ねえ、偉いよねえ!』

「ああ、偉いぞ」
 へへへ、と風恵は頬を赤くして喜んだ。
 風恵は走り出し、奏鳴へと抱き付いた。
 二人いるうちのもう一人の姉。
 一緒に寝たりお風呂に入ったりと、自分に付き合ってくれた。
 大好きで、自慢の姉だ。

『ねえ様だ――い好き!』

「私も大好きだよ。全く風恵は甘え坊さんだなあ」

『だってまたすぐに離ればなれになっちゃうから』

「どういうことだ?」

『大丈夫だよ! 何時かまた会えるから。消えるまで、ぎゅうううとっしてたいな』

 細い腕を巻き付け、奏鳴の胸のなかへと顔を埋めた。
 温かく、いい匂いがした。
 久しぶりに会え、妹として沢山甘えた。
 頭をぐりぐりと振るのを奏鳴は懐かしく思い、お返しとして精一杯抱き締めた。
 照れ臭そうに笑う妹の声。
 短い出会いにも、別れは来た。

『もうお別れみたいだね……。寂しいけど、また会おうね!』

 身体が薄くなっていく妹を見て、取り乱しそうになったが、自身を落ち着けさせるように深呼吸を一つ。
 何がどうなっているのか分からなかった。だが、目の前にいるのは妹なのは確信出来る。

「また会おう。次はずっと一緒にいられるぞ」

『うん、楽しみに待ってる! 大好きだよ! 本当に! 大、大、大? 違う! 超、超、ちょ――大好き――――!!』

 離れ、元気そうに叫びながら妹、風恵は光となって消えていった。
 空しさが胸に残る。
 あっという間だった。だが、交代するように来た者がいた。
 顔を落とした奏鳴の頭を、優しく撫でる女性。
 一見、冷たそうな表情にも見える顔付きの奏鳴の姉。
 幸鈴だ。
「お姉様」

『悲しい顔してどうしたの?』

「私は……!」
 言おうとした時、唇に姉の人差し指が触れた。
 幸鈴はただ首を横に振るだけで、何も言わなかった。
 代わりに笑みを見せた。

『気にしては駄目。奏鳴は悪くない』

「でも……」

『それでもよ。暗い顔していたら、彼氏が悲しんじゃうわ』

「き、聞いていたのか! あ……ですか」
 何時もの口調で話してしまった。
 たじたじな妹を可愛いと思い、幸鈴は奏鳴の頭をもう一度撫でた。
 くすぐったそうに目をつぶるのだから、可愛いを優に通り越している。
 本当は時間を掛けて可愛がっていたいのだが、そうもいかない。

『そのままでいいわ。男の子のような口調にしたのね、可愛いわよ』

「可愛くなるためにしたんじゃない」

『きっとあの人なら任せられそうね。いい嫁になるのよ』

「気が早過ぎる! わ、私達はまだまだこれからで……」

『私“達”かあ。ふーん、へええ』

「もうからかわないでくれ! お姉様は意地悪だ」
 何かと幸鈴は、奏鳴や風恵の反応を見て楽しがる人だった。
 時には褒め、時には意地悪をし。
 懐かしいやり取りだと、染々と奏鳴は感じていた。
 幸鈴は顔を奏鳴に近付け、額に唇を付けた。
 潤った唇が額に当たり、ぴくっと反応する奏鳴。
 柔らかいものが潰れ、張り付くような感じだ。
 唇を離し、妹の反応を伺う。
「よく、やってましたね」

『本当は奏鳴の唇にしたいのだけれど、ファーストキスは彼氏のものよね。思い出のキスになるといいわね』

「うん」

『ふふふ、じゃあね。もう時間だから』

 また風恵の時と同じく、幸鈴の身体が薄くなっていく。
 消えていってしまうのだ。だから奏鳴は姉に近寄り、最後まで触れているように手を掴んだ。
 掴まれ、優しく握り返す。

『そうそう、巳刃河君には他の女性に目移りしたら怨んじゃうぞ、て伝えておいてね。勿論、嘘だけど』

「あ、ああ、分かった」

『いい? 私達を愛せなかった分、彼氏を愛すのよ。きっと理解してもらえるから』

「何をだ?」
 耳元に口を近付け、奏鳴にしか聞こえない声で言う。

『かなり激しいの期待してるんでしょ?』

「わ、私はそんな卑猥な女では!」

『素直じゃないんだから。でも、そこが可愛いのよね。ばいばい、奏鳴の恋の行方、見守ってるわ』

 手を振り、別れを告げ光となって散っていった。
 先程まで姉がいた場所には何も無く、風景が見えるだけだ。
 奏鳴の家族は既に死んでいる。
 今、目に見えることの方がおかしく、この世の理を外れている。それでも、奏鳴にはそんなことはどうでもよかった。
 目に見えて、触れられる。
 夢でも幻でもないのだが。数年ぶりの再会なのに、嬉しいよりも罪悪感の方が強かった。
 決して嬉しくないわけではない。家族を殺めてしまった原因は、奏鳴自身にあるのだ。
 素直に喜べないのも無理は無かった。

『たく、何しけた面してんだ?』

「……お兄様」

『お前が馬鹿みたいに苦しんでたのくらい知ってるんだよ。まさか魂が境目に留まることになるなんて予想もしなかったぜ』

「どういうことなんだ?」

『死ぬ最中、どうやら未練に近い思いが作用してこの世とあの世の境目に魂が迷ってらしんだ。それをセーラン? つう奴の力を借りて、成仏がてらこうして奏鳴の前に現れたってことよ』

 セーランの力。つまりは傀神の力だ。
 生死を司る神もいることから不思議ではなく、死者が霊族となってこの世である現実世界に留まることも少なくない。
 しかし奏鳴の家族の場合。この世とあの世の境目に魂が留まってしまったために、この世から完全には繋がりを絶てないでいたのだ。
 それを、セーランが助けた。
 奏鳴の兄である竜栄は兄らしく、妹も励ますために奏鳴の肩を叩いた。

『過ぎたもん気にしたってしょうがねえよ。殺っちまったもんは殺っちまった。謝罪の言葉は散々聞いてもういらねえから、今度は奏鳴が得た幸福でも貰いたいもんだ』

「憎くはないのか」

『妹を憎むことなんて出来るかよ。あれだあれ。家族だから許せる、つうやつ』

「私がしたことは許されることではないのだ。だから、この罪と共に生きていくとこを決めた」

『そうか、ならそれでもいいんじゃね? 何時かはその罪が軽くなるからさ、これからも頑張れよ』

 兄として、今出来ることは小さなものだ。それでも奏鳴ならば平気だと竜栄は思った。
 過信ではない。分かるのだ。妹が変わったことを。
 よかったと、ほっと一息。

『よーし、そんじゃあ行ってきますか』

 呑気に腕を伸ばし、背筋を伸ばす。そんな彼もまた消えいく定めなのだ。
 足先から徐々に消え出していき、背景が見え出してくる。
 透け、それに驚いている竜栄を見て。
「お兄様」
 呼んだ。
 二回目のその言葉。
 不思議そうな目で、なんだ? と言いたげに首を傾ける。
 竜栄は奏鳴よりも高く、身長差があることから奏鳴は見上げる形で言う。
「私の兄でいてくれて、ありがとう」
 初めてそのような言葉を言われたような気がした竜栄は、照れ臭そうに笑う。
 消える前に一言。

『俺の妹でありがとな。後、別に消えたからって俺が奏鳴の兄じゃなくなるわけじゃないんだかんな。そこんとこ間違えんなよ』

「そうだったな。行ってらっしゃい、お兄様」

『おう、じゃあな。まだ父さんと母さんいるからな、大変だろうけど頑張れよ。ずっと応援してっからさー』

 一笑いした後。形を無くして消えた。
 灯る火がすっと消えるような感じで、別れに猶予を与えてはくれない。
 あまりにも短い再会。
 すぐに別れは来て、長々と触れ合う時間すらも与えてはくれなかった。
 手を伸ばせば届く距離にいるのに、また遠くへと行ってしまう。手の届かない、遠く、遠い場所へ。
 辛かった。
 奥歯を噛み締め、噛む力が強い程に奏鳴の自分への怒りは強い。
 自身が生んだ結末。親に見せる顔が無い。
 それでも奏鳴の両親は我が子を見詰めていた。互いを愛し合い、産まれた子の一人を。
 今掛けてやれる言葉はなんなのか。親として、一人の人として考えた。
 迷い、悩んだ末に動いたのは母親だ。
 母性に訴える何かが足を動かし、子の元へと近付けさせる。
 その姿を見た奏鳴は息を飲んだ後に、
「母様、私は……!」

『もういいのよ、奏鳴』

 紡ぐ言葉を遮り、我が子を優しく抱き締めた。
 何時ぶりだろうか。こうして抱いてもらったのは。
 母の身体に埋まる奏鳴の涙腺が緩んだ。
 温かく、優しい母の温もり。
 酷いことをしてしまった。とても酷いことを。
 後悔の念がより一層強くなると同じく、強くあるために閉ざしていた甘えが解き放された。
 子どもが本来持っている、親に対する甘え。だが奏鳴は家族を殺めてしまったあの日に全てを閉ざし、新たな自分へと変えてしまった。
 その際に閉ざしてしまった甘え。
 母親はただ一人置いてきてしまった一人の娘を、今まで以上の愛情をもって抱く。
 奏鳴が泣き、赤子のように泣き出すまで。 
 

 
後書き
 亡き奏鳴の家族が登場しました。
 この世とあの世の狭間にいたところを、セーラン君の手によって成仏するほんの少しだけ奏鳴に会いに来ました。
 何時からセーラン君は、この世とあの世の狭間に奏鳴の家族の魂が留まっているのを知ったのか。何故そのことを奏鳴に言わなかったのか。
 読者の想像にお任せします。
 死者が生者に会うなんてあり得ない?
 はい、そうです。こんなのあり得ません。
 現実の理を無視しています。
 ですが、あり得ないことを出来てしまうのが神なのです。宿り主が恐れられている理由の一つでもあります。

 委伊達・風恵|(いだて・かざえ)
 委伊達・幸鈴|(いだて・こうれい)
 委伊達・竜栄|(いだて・りゅうえい)

 今章で出てきました奏鳴ちゃんの妹、姉、兄の名前の読みです。
 兄の竜栄ぐらいしか、普通は読めませんな。
 頑張れば姉の名前も読めるかな?
 何にせよ、奏鳴ちゃんには三人の兄弟がいたんですね。
 一体彼らはどのような気持ちで成仏していったのか。
 短い再開に早々の別れ。
 きっと人は出会いと別れの繰り返しを、ずっとずっと続けていくんでしょうね。
 ではまた、今度。 
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