渦巻く滄海 紅き空 【上】
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九 黄塵万丈
「あの時は本当にありがとうございました!!」
闘技場中央に降り立ったおかっぱ少年――ロック・リーは、ナルトを見るなりガバリと頭を下げる。
ドス達音忍との揉め事後にナルトはリーの傷ついた耳を治した。それの謝礼だと察したナルトは、顔の前で手をひらひらと振る。
「そんな畏まらなくていいよ。うちの里の者がやったんだから。こちらこそすまなかった」
礼儀正しいリーに、これまた丁寧に返すナルト。その真摯な態度が気に入ったのか、リーは朗らかな表情で笑う。彼の口元から覗く歯がキラーンと光った。
「貴方には耳を治してもらった恩義があります。ですが試合になると話は別です。全力でいかせてもらいます!!」
右手の甲をすっと掲げ、戦闘体勢に入ったリー。音の額当てをした男――大蛇丸が消えたのを目の端で確認してから、ようやくナルトは身構えた。
「勿論だ」
「それでは…第二回戦――――――始め」
ハヤテの静かな声が、試合開始の合図を送る。
試合直後、最初にし掛けてきたのはリーだった。
「【木ノ葉旋風】!!」
俊足にてナルトの間合いに入った彼は、上半身を捻って回し蹴りを放つ。だがナルトはその軌道を読んでいたのか、微々たる動きでそれを避けた。
【木ノ葉旋風】の回転力を生かし、ぐっと身体を屈めたリーが下段払い蹴りを放つ。それをも見越して僅かに跳躍するナルト。跳躍する彼に、リーの上段蹴りが襲い掛かる。
しかしながら逆にナルトは鋭い蹴りを放つリーの足に両手をついて逆立ちした。そのまま彼はリーの足を軸にくるりと宙で反転する。
軽やかに床に降り立ったナルトの背中を狙って拳を振るうリー。だがナルトは振り返らずに彼の拳を受け止めた。
後ろ手で拳を受け止めているにも拘らず、拮抗する両者。傍目にはリーのほうが有利のはずなのに、彼は徐々にナルトに圧され始める。
ならば、ともう片方の拳で突きを放つリー。だがそれもナルトは振り向きもせず、残った後ろ手で受け止めた。
そしてその状態からリーの拳を握り締めた手を軸に空中で回転する。背後に降り立ったナルトから、リーはすぐさま距離を取った。
「…なかなかやりますね」
「……………」
再びリーが身構える。それをじっと見据えながら、ナルトは口を開いた。
「…全力でいくんじゃなかったのか?」
その言葉に、リーはぴくりと眉を顰める。挑発なのかそれとも足首に巻いた重しに感づいたのか。
どちらともとれるナルトの言葉は、リーを若干動揺させる。その動揺を打ち払うように頭を振った彼は、戦闘体勢に入り直した。
だがその構えは当初と違い慎重の色が見えていた。
「あの速いリーさんの動きを完全に見切ってる…!?」
観覧席にて眼下の試合を観戦している春野サクラが驚きの声を上げる。彼女はサスケしかり音忍しかり、ずば抜けて速いリーの体術を目の当たりにしていた。
だからこそ彼女は、リーを軽くあしらうナルトに驚愕を隠せない。
「それに、どうしてリーさん体術しか使わないの?少しは距離を置いて忍術でも使わないと!」
サクラの言葉に、彼女の隣で試合を眺めていたリーの担当上忍たるガイが答える。
「使わないんじゃない。使えないんだ」
「え?」
「どういうことだってばよ!?」
ガイの不可解な答えを聞いたサクラは訝しげな顔で彼を見上げた。サクラの隣にいた波風ナルもまた、声を荒げて問い質す。
「リーには忍術・幻術のスキルがほとんどない…――だから忍者として生きていくために、リーに残された道は唯一体術しかなかった」
そうぽつぽつと話していたガイは、おもむろに親指を立ててリーに呼び掛けた。
「リー!外せ!!」
「で、でもガイ先生!それはたくさんの大切な人を守る場合じゃないと駄目だって…」
「構わーん!!俺が許す!!」
なにやらリーに許可を下したガイが輝く笑顔で告げる。リー同様、彼の口元から覗く歯がキラーンと光った。
ガイの許可を貰ったリーは、満面の笑みを浮かべて跳躍する。そして闘技場にどどんと鎮座する印を組んだ巨大な手の石像上に飛び乗った。
そしてその場に座り込んだかと思うと、自らの脛当てを取り外し始める。脛当ての下には根性と書かれた重しが装着されていた。
「よ~し!これで楽に動けるぞ~!!」
両足首に巻かれた重しを取り外したリーは意気揚々と声を張り上げる。そして無造作に重しを下に投げ落した。
落下する重しは、轟音を立てて会場床を砕いた。落ちた箇所からは砂塵が撒き上がり、重し自体は床にのめり込んでいる。ピシピシと罅割れている闘技場床を見て、観覧席の者達は何れも引き攣った表情を浮かべた。
「行け―――!リーっ!!」
「オッス!!」
唖然とする周囲を気にせずガイが叫ぶ。師の声に応え、リーは石像から跳び降りた。
重しを外したことで、寸前とは比べものにならない速度でナルトの間合いに入ったリーが回し蹴りを放つ。それをすんでの事でかわしたナルトだが、次の瞬間にはリーの姿は消えていた。かと思うとナルトの顔面目掛けて彼は拳を振るう。その拳を捌いてナルトはリーから距離を取ろうと跳躍した。
「甘いですよ!!」
ナルト以上に跳躍したリーが踵落としを放つ。だがその足をナルトは片腕で受け止め、懐から取り出したクナイをリーに投げつける。かろうじてそれを避け、闘技場の壁に足をつけるリー。クナイは闘技場の天井に深く突き刺さった。
再び猛攻撃を仕掛けようとナルト目掛けてリーは突っ込む。しかし、彼は唐突に動きを止めた。訝しげな表情でじっとナルトを見据える。
「…どういうつもりです?」
対戦相手――うずまきナルトは、何故か両眼を閉ざしていた。
「諦めたんですか?なら棄権してください」
すっと右手の甲を掲げてそう言うリーに、ナルトは双眸を閉じたまま口元に弧を描く。
それを挑発と受け取ったリーは、容赦なく彼に上段蹴りを放つ。それをナルトは首を少し動かして避けた。疑問を抱きながらも高速で追撃するリー。だがナルトはそれを最小限の動きで全てかわしていく。
流石におかしいと感じたリーがナルトから距離をとる。見れば、ナルトの立ち位置は先ほどからほとんど変わっていない。ただ静かに佇んでいるだけだ。
(僕の動きを把握している…!?そんな馬鹿な…っ)
内心リーは狼狽する。彼の動きは下忍には到底見えない速さである。現に観覧席ほとんどの下忍の視界に映っているのは、ナルトの周囲で舞っている砂塵のみ。
見えているのは上忍達ぐらいであろう。それなのにナルトはリーの高速攻撃を尽く回避しているのだ。
「す、凄い…っ!!」
手摺を掴んで前屈みになったサクラが驚嘆の声を上げる。彼女にはリーの動きを目で追う事が出来ない。だからリーがナルトを追い詰めているように見えるのだ。
だがガイは自身の弟子の動きではなく、ナルトの動きに目を見張る。
(リーの速さは既に中忍以上だ。それを遙かに凌駕するスピード…なぜまだ下忍のままなんだ?相手の子の動きはもはや上忍と言っても差し支えない)
ガイ同様他の上忍達も、リーではなくナルトを注視していた。
試合に向けられる視線のほとんどは驚異、残りは絶対的信頼を孕んでいる。信頼の目で観戦しているのはナルトの同班――君麻呂と多由也。
「ナルトの奴、音でリーって野郎の動きを拾ってやがるな」
「ああ。いくら体術に秀でていてもあの程度ならナルト様には到底勝てない」
ナルトが負けるはずがないと信じ切っている二人は、眼下の試合に対してひとつも取り乱していなかった。
高速移動、鋭い蹴り、急所を狙った突き。そのどれもが速く、鋭く、重い。
鍛え抜かれたそれらの攻撃を息をもつかせぬ高速で放つリー。だがその連撃を、ナルトはかわし、いなし、受け止める。それも眼を瞑った状態でだ。多由也の言う通り、風を切る音を聞いてリーの居場所を把握しているのである。
どれだけ攻撃しても当たらない彼に焦れたのか、リーの瞳にある決意が生まれる。
(…こうなったら【蓮華】だ!!)
両腕に巻いた包帯をしゅるりと解いた彼は、ナルトを中心に疾走し始めた。高速で移動する彼の姿は最早見えず、傍目には砂塵が円を描いているようにしか見えない。
台風の目状態のナルトが瞬時に印を結ぶ。しかしリーの動きに注目していたためその所作は誰の目にも捉えられなかった。
次の瞬間ナルトの真下に滑り込んだリーが空へ突き上げるような蹴りを放つ。その凄まじい蹴りをまともに受けたナルトの身体が宙に浮いた。
サスケが使った技の本家たる【影舞踊】でナルトの背後に回ったリーは、両腕の包帯を幾重にも彼の身体に絡ませる。こうすることで動きを封じ、受け身を取れない状態にするのだ。
「【表蓮華】…っ!!」
更に逆さ状態のまま回転し、凄まじい勢いで闘技場床へ高速落下。
落ちた先では轟音と共に砂埃が立ち上る。衝撃により、重し以上に粉々に砕かれる床。
包帯で縛られたナルトは脳天から床に叩きつけられた。
ナルトが落下した床がガララ…と崩れる。荒い息を吐きながらも直前に脱したリーが闘技場床に降り立った。
「やった―――!!リーさんが勝った――!!」
「…し…死んじゃったんだってば…?」
歓喜の声を上げるサクラ。反して一抹の懸念を抱くナル。
一方の君麻呂・多由也は、何事も無く涼しげな顔でその惨状を眺めている。
ナルトの様子を見るためハヤテがゆっくり彼に近寄った。と、その時。
ぼうんっという白煙と共に、ナルトの姿は掻き消えた。
「な……!?」
「…これが全力か?」
トッと天井から軽やかに降り立ったナルトが無傷で問い掛ける。同時に軽い破裂音と共に天井に突き刺さったクナイが掻き消えた。
(…クナイに変化していたのかっ)
試合を観戦していた者は誰もがそう判断する。
しかしながらそれは間違いであり、リーが【表蓮華】を使うまではナルト本人だったのだ。リーが円を描くように高速移動し始めた際に影分身と入れ替わり、一瞬で天井に突き刺したクナイに書かれた術式に飛ぶ。術式が巻かれたソレを懐に納め、クナイに変化。この術をよく知るカカシがいないからこそ行ったのだ。現に上忍はおろか火影でさえもクナイに変化してずっと様子を窺っていたのだと勘違いしている。
もし最初から影分身だったのならばリーの連続攻撃を一発でも食らえば消える。だからあえてナルトはリーが【表蓮華】を使うギリギリまで己自身で闘ったのである。
リー含めその場の者は皆リーの勝利を確信していたため、ナルトの無事な姿に驚きを隠せない。静寂に包まれた闘技場ではリーの荒い息と誰かがゴクリと鳴らした咽喉の音しか聞こえなかった。
最小限の動きで回避し疲労が少ないナルトに比べ、疲労と激痛によりガクリと膝をついているリー。【表蓮華】を使ったために身体の節々が悲鳴を上げているのだ。
ナルトは汗ひとつ掻かず涼しげな顔でリーを見つめている。今がチャンスだというのに彼は何もし掛けてこない。まるで何かを待っているようだ。リーが次に起こす行動に期待している。
得体の知れない恐怖がリーの胸中に沸き起こる。砂の我愛羅とはまた違う、威圧感を発するナルトにリーは完全に気圧されてしまっていた。
だが観覧席を目の端に捉えた彼は、はっと息を呑む。リーの視界に、師であるガイの微笑みが映ったのだ。
(先生が笑って見てくれてる…。それだけで、ボクは強く蘇れる事が出来る――――更に強く。もっと強く!!)
ナルトの存在感に呑まれていた彼は、ガイの笑みを見ただけで落ち着きを取り戻していく。ぐっと拳を握り締めた後、彼は再び右手の甲を掲げた。
ロック・リー…忍術も幻術も出来ない[熱血落ちこぼれ]と言われていた彼は努力の天才だった。体術も人並み以下だったリーだが、彼はひたすら体術向上に打ち込んできた。
「たとえ忍術や幻術が使えなくても立派な忍者になれる事を証明する」。ある意味波風ナルと似た忍道を持つ彼はその目標を糧に体術のみに力を費やしてきたのだった。
「俺が笑って見てられるくらいの強い男になれ!!」というガイの言葉を信じて生きてきた。
だからリーは……―――――――――。
突然両腕を交差したリーは、己の身体の中を流れるチャクラを感じる。そして双眸を閉じて独り言のように呟いた。
「木ノ葉の蓮華は二度咲きます。………ガイ先生、認めてください。今こそ……」
【表蓮華】を使ったために枯渇していたチャクラを無理矢理引き出す。リーの身体からチャクラが荒々しく立ち上り始めた。
「自分の忍道を貫き守り通す時!!」
ガイと約束したこの術を使う際の絶対条件を高らかに叫ぶ。するとチャクラ増加と呼応するかの如く、赤く変色していくリーの体躯。【表蓮華】にて崩した闘技場床の破片が彼のチャクラに煽られたのか宙に舞い上がる。
(第三の門『生門』を開けたな…)
リーの突然の変貌にも動揺せず、ナルトは冷静に状況を把握する。
チャクラの流れる経絡系上には頭部から順に『開門』『休門』『生門』『傷門』『杜門』『景門』『驚門』『死門』と呼ばれるチャクラ穴の密集した八つの場所『八門』が身体の各部にある。
この『八門』は身体に流れるチャクラの量に常に制限を設けているが、【蓮華】はその制限の枠を無理矢理外し、本来の何十倍にもあたる力を引き出す事を極意とする禁術である。
先ほどナルトに使った【表蓮華】は『八門』の内第一の門『開門』だけを開き、脳の抑制を外し人の筋肉の力を限界まで引き出して繰り出す技。
対して【裏蓮華】は第二の門『休門』で無理矢理体力を上げて、第三の『生門』から【表蓮華】を遙かに超える高速移動及び攻撃を可能とし、更に『八門』全てを開く事で少しの間火影すら上回る力を手にする事が出来る。だがその代わりその術者は必ず死ぬという、非常に危険な術なのだ。
リーは既に第四の門『傷門』を開いている。
捨て身の禁術を発動させるリーに、ナルトは一瞬双眸を閉じた。そして再び見開いた時には、彼の左目は僅かに緋色を帯びていた。
チャクラが増幅するのと相俟ってリーの身体中の筋肉が盛り上がる。髪が逆立ち血管が浮き出る彼の鼻からたらりと血が一筋垂れた。空気が振動し、見る者全てを震撼させる猛威を、今のリーは全身で露にしていた。
リーのチャクラで舞い上がっていた石が一粒カチンと床に落ちる。
その音を合図に、リーはナルト目掛けて一気に踏み込んだ。
途端、闘技場床はリーの凄まじいチャクラにより瓦礫と化す。同時に砂埃が天井まで巻き上がった。
砂塵を鬱陶しそうに見遣りながら、ナルトはくいっと人差し指と中指を動かす。
観覧席から試合を俯瞰している者でさえも捉える事が出来ない速度で、リーはナルトの足下へ滑り込んだ。そして【表蓮華】同様、空に突き上げるような蹴りを放つ。
だが、リーの鋭い蹴りは空振りに終わった。
対戦相手たるナルトの姿が消えていたのだ。
(…どこに…っ!?)
周囲を見渡すリーの背後から抑揚のない声がした。
「ここだ」
急ぎ振り返ったリーだが、既にその場には誰もいない。いくら四門を開いても相手が見えなければ意味が無い。
(まさか僕より速く移動してるのか…!?八門遁甲無しで!?)
ありえないが、現に今リーの眼はナルトの姿を認識出来ない。上手く気配を消しているか、己より遙かに速いか、どちらかしか考えられない。
(ならば焙り出すしかない…っ!!)
どちらにせよ闘技場からは出ていないはずなので、リーは闘技場を手当たり次第壊し始めた。八門遁甲により彼の腕力は数段に上がっている。闘技場そのものが全壊するのではないかというほどの力。故に床や壁を砕く度に立ち上る砂埃が闘技場全体を覆っていく。
「ごほごほっ!これじゃ何も見えないじゃない…っ」
サクラ達観覧席の者が咳き込む中、じっと試合を食い入るように見ている我愛羅。今にも闘いたいと逸る気持ちを抑えるため、彼はぐっと腕に爪を立てた。
既に床や壁が成り立っていない闘技場。瓦礫の山を積み上げたリーが眼を忙しなく動かし周囲を見渡す。視界を覆う煙の中で、再び声が響いた。
「どこを見ている?」
一瞬ナルトの気配が露になる。リーは察した気配の居所に、凄まじい速さで突っ込んだ。
だがやはりソコには誰もいない。砂埃が邪魔だと考えたリーは、蹴りにより発する旋風で闘技場を覆う埃を掻き消そうと構える。腕力と同様脚力も普段の何十倍にもなっているからだ。
だが後方に振り上げようとした足がなぜか動かない。腕も微動だにしない事にリーは訝しむ。両手・両足が全く動かせない。まるで何かに縛られているような……。
(…まさか)
煙が晴れていく。砂埃で目に涙を滲ませながら、波風ナルは観覧席から身を乗り出した。
そこでは――――――。
リーが空中で身動きとれない状態になっていた。
リーの四肢が何かの糸に囚われている。
蜘蛛の糸のように彼を雁字搦めにしているソレは、刀の一種である鋼糸。細く長いその糸は武器の中で最も扱いが難しい。
両手の指に巻きつかせ、微かな指の動きで相手を切り裂ける。だが鋭過ぎて自らの指を切り落とし兼ねない諸刃の剣でもある。
あまりに鋭利なその鋼糸に一度でも絡まれると、並みの者ならばあっという間に切り刻まれている。
リーが動きを封じられるだけに止まっているのは、ひとえに八門遁甲のおかげである。
盛り上がった筋肉が鋼糸の切断を食い止めているのだ。
何時の間にか闘技場には鋼糸が蜘蛛の巣の如く張り巡らされていた。
リーが第四門『傷門』を開いた時点で自らの気配を薄くしておいたナルト。まるでその場に誰もいないかのように錯覚させる事が可能なほど彼の気配は元々希薄である。
そして更に気配を完全に消す事で、リーはナルトがどこにいるのかを認識出来なくなる。
ナルトは気配を消した後リーがどのような行動をとるかを予測した。
そして周囲に鋼糸を張りつつ、リーの行動を利用する。
案の定ナルトの姿を焙り出すために彼は床や壁を砕いた。その際に朦々と巻き上がった埃はナルトが張った鋼糸の存在を隠し、リー含む周囲の者の目を誤魔化す。
そしてナルトが再び声を掛ける事でリーを誘き寄せ、そのまま鋼糸で捕らえる。いわばリーはナルトが張った罠に見事に引っ掛かってしまったのである。
「…もうこれ以上は八門遁甲を開かないほうがいい」
糸で囚われ、宙に浮いているリーを見上げながらナルトが淡々と声を掛ける。だがリーは諦めない。なんとか鋼糸の包囲網から逃れようと、彼は更に体内門を抉じ開けた。
(第五…『杜門』――――開!!)
チャクラが爆発する。手足に浮き出た筋がブチリと千切れる。沸騰する血液に身体中の骨が軋んだ。
「ハアアアァアアアアッッッッ!!!!」
無理矢理己の身を纏う鋼糸を引き千切る。そしてそのままナルト目掛けてリーは突っ込んだ。
堰を切ったように再び溢れ出すチャクラと肉体の限界を超える力に、リーの身体がついていけない。突っ込む際の踏み込みですら、あまりの速度にリーの足の骨が粉々に砕かれる。
「これで、終わりです!!」
「…―――ああ。最後だ」
リーの雄叫びにナルトは静かに返した。そしてこちらに驚異的な速度で疾走してくるリーに向かって彼は瞬時に印を結ぶ。
「【燎原火―――炎上】」
刹那、リーの全身を炎が覆い尽くした。
「ああああああああ!!!!」
隆々たる炎がリーを包み込んで炎上する。絶叫を上げながら彼は闘技場床を転げ回った。
しかしながら火の勢いはあまりにも盛んで、鎮火する様子など一向に見えない。
「リーッッ!!」
堪らず試合に割り込んだガイがリーに駆け寄った。なんとか火を消そうと愛弟子を抱き抱えようとするが、リーの身を包み込む炎がその手を阻む。じゅうう…と肉の焼ける匂いが鼻について、ガイは険しい表情でナルトを睨んだ。
ナルトはガイの眼光にも気圧されず、繊細な白い手で印を結ぶ。
「――――――――――解」
途端にリーの身体を包んでいた炎が一瞬にして消えた。
「な…!?」
ガイが驚くのも無理は無い。あれほど全身炎で焼かれていたリーの身体には、炎症のひとつも見当たらなかったのだ。加えて闘技場を蜘蛛の巣の如く覆っていた鋼糸も、最初から何も無かったのではないかと錯覚させられるほど綺麗に消えていた。
試合を俯瞰していた者達の疑問に答えるかのように、ナルトが口を開く。
「…幻術だ」
その言葉を聞いた者は皆が皆、疑惑の目でナルトを見つめた。
一体いつから幻だったのか。あの鋼糸も炎も臨場感溢れるものだった。炎で焼かれるリーの断末魔も、肉を焦がす匂いも、全てが本物だった。だがそれらが幻だったというのは、火傷ひとつ負っていないリーの身体が物語っている。
眼識・耳識・鼻識…といった六識全て誤魔化し、更には痛覚をも騙した幻術。木ノ葉随一の幻術使いである夕日紅でさえも、ナルトの技量に目を見張っている。
尤もここまでリアルに再現出来たのは、鋼糸も【燎原火】も実際にナルトが扱えるからである。
対戦相手たるリーは勿論、上忍含め観戦していた者達も、火影ですら今までの出来事が実際に起きたものだと思っていた。だからナルトに「幻術」だと告げられても、正直彼らは懐疑的な態度を崩せずにいた。
「勝者!うずまきナルト!!」
気絶しているリーとナルトを交互に見比べ、ナルトを勝者と判定したハヤテが声を上げる。ナルトはリーを守るように立ちはだかるガイを見据えると口を開いた。
「…八門の内四門まで開けたんだ。加えて俺の幻術は現実に起きたかのように錯覚させる。暫くは目を覚まさない―――――療養させたほうがいい」
そう告げると、彼は通り過ぎ様にガイに小声で言い放った。
「…過ぎた技は身を滅ぼす。その術を教えるのは時機尚早だったのではないか?」
下唇を噛み締めるガイを一瞥して、ナルトはその場を立ち去る。急ぎリーを運ぶ医療班を目の端で捉えながら、彼は悠然と君麻呂・多由也の許へ向かった。
半壊した闘技場ではリーの身体を慎重に運ぶ医療班だけが忙しく動き、観戦していた者達は何れも声が暫し出なくなっていた。
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