渦巻く滄海 紅き空 【上】
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十 先見の明
あれだけ激しい戦闘だったのが全て幻であったため、闘技場はリーの足首の重しや【表蓮華】により砕けた程度であった。
へこんだ床を踏み越えて医療班がリーを担架に乗せる。その様子を強張った表情で見つめていたガイに、医療班の中でも『八門遁甲』に詳しい者が声を掛けた。
「命の危険はありませんが、『八門遁甲』の後遺症により全身の亀裂骨折と筋肉断裂が酷いです…。しかしまだ第四門で済んで良かった…。それ以上を開いていればどうなっていたか…」
そう告げる医療班に、ガイは視線をリーに向けたまま問い掛けた。
「もし…第五門以上開けていたらどうなっていた…?」
「…おそらく…忍びとして生きていく事が出来ない身体になっていたかと…」
医療班の答えを聞いて、ガイは思わず観覧席にいるナルトを見上げる。ガイの視線の先を追ってナルトをちらりと見遣った医療班が、再び口を開いた。
「尤も何か精神的打撃を受けたのか、昏睡状態に陥っています。目が覚めるのはいつになるやら…」
「…………そうか」
医務室へと運ばれていくリーを見送りながら、ガイはもう一度そうかと呟いた。
周囲からの視線を一身に浴びながら観覧席へ戻ってきたナルトに、君麻呂は真っ先に労いの言葉を掛ける。そして観戦しながら内心抱いていた疑問を彼は尋ねた。
「ナルト様…貴方ならば試合開始直後、相手を昏睡させる事も可能だったのでは?」
「…仮にそれで勝ったとしても、ロック・リーは納得しなかっただろう。完全燃焼させてやったほうがいい」
確かに君麻呂の言う通り、ナルトの技量ならば一瞬で片が付いただろう。そうしなかったのは純粋に【蓮華】をこの目で見たかったのである。だがそうとは言わず、ナルトは淡々と差障りの無い答えを告げる。
君麻呂とナルトの会話を聞いていた多由也が割り込むようにして口を開いた。
「けどあの鋼糸も【燎原火】も実際に出来たはずだろ?わざわざその上で幻術を用いるなんて面倒な事…甘すぎるんじゃねえのか?」
多由也の言葉を耳にしてナルトは思わず目を瞬かせる。そうして、甘いという単語は尤も自分に似つかわしくない言葉だ、と彼は内心苦笑した。
「実際に甘い人間と俺は懸け離れているよ」
何かを悟ったような複雑な表情を一瞬浮かべ、ナルトは前方を見据える。彼の視線の先には、リーを心配そうに見送っている波風ナルの姿があった。
突然ナルとサクラの背後にぽんっと白煙が舞い上がり、彼女達の担当上忍である畑カカシが現れる。驚いて振り向いたナルとサクラに、彼は軽い調子で「よっ」と挨拶した。
わざと軽薄な態度をとるカカシに対し、サクラは切羽詰まって彼に詰め寄る。
「よっ、じゃないわよ!カカシ先生!!サスケくんは?サスケくんは大丈夫なの!?」
いの一番にサスケを気にするサクラの様子を見て、カカシはふっと目を細める。自分が担当する少女達の姿を見て、今まで張り詰めていた緊張がようやく解されていく。
思わず傍にいたナルの頭をぽんっと撫でて、彼は目尻を下げた。
「ま、大丈夫だ。今病院でぐっすりだ」
但し暗部の護衛付きだけど、と内心つけ加えるカカシ。サスケの無事を聞いてあからさまにほっとしているサクラを視界の端に捉えながら、彼は先ほどまで自分が置かれていた危急存亡の危機を思い出していた。
予選第一試合後、カカシは呪印を封じるため【封邪法印】の術をサスケに掛けていた。無事【封邪法印】にて呪印を封じ、気絶したサスケを見下ろしながら一先ず安堵の息を吐いている時、彼が現れたのだ。
元木ノ葉の忍びであり、伝説の三忍の一人――大蛇丸が。
カカシを歯牙にもかけず、蛇のような瞳孔でサスケを見つめる大蛇丸。
「いずれ彼は必ず私を求める…力を求めてね…」
目的の為なら“どんな邪悪な力であろうとも求める心”。サスケがその資質を持つと見透かした大蛇丸はそう言い捨てる。
そして殺気だけで自分の死をイメージさせられたカカシを可笑しそうに一瞥すると、彼は踵を返した。だが寸前にカカシが言った「刺し違える事くらい出来る」という言葉を、今思い出したかのように装いながら一度足を止める大蛇丸。
そうして最後に一言付け加えたのだ。
「それに、君が私を殺すんだって?やってみれば?出来ればだけど…。―――私を殺せるとしたらそれはあの子だけ…」
「え―では…これから第三回戦を始めます」
何時の間にか闘技場中央では二人の子どもが対峙していた。どうやら次試合の対戦者が選出されたらしい。その一方が音忍である事に気づいたカカシは視線を電光掲示板に向ける。そこには『ザク・アブミ』VS『あぶらめシノ』と表示されていた。
音忍のザクという名を見てカカシはひっそりと眉根を寄せた。大蛇丸が言っていた言葉がずっと胸中で引っ掛かっているのだ。
音隠れの里が自分の里だと打ち明かした大蛇丸。彼は駒が必要だと言った。
サスケは優秀な手駒であり、今闘技場で闘っている者は一人を除いて捨て駒だと大蛇丸は明言した。加えて最後の一言から、もしや音忍の子ども達の中に大蛇丸も一目置くような力量の持ち主がいるのではないか、という考えがカカシの脳裏を一瞬だけ掠める。だがその考えを打ち払うように彼は自嘲した。
(馬鹿か…俺は。仮にも三忍の一人である大蛇丸以上の力を持つ子どもなど…)
ありえない。そう呟きながらも、カカシは音忍ザクの動向を探るように見つめていた。
「ザクか…大蛇丸様にこれ以上失態を晒せないと必死だな、おい」
同じ音忍であるザク・アブミと木ノ葉の忍び油女シノの試合を無関心な態度で俯瞰していた多由也がぼそっと呟いた。
「彼の存在理由は大蛇丸様の期待に応える事だからね。でもどうやったらあんな自信家になれるんだか…。僕には理解出来ない」
同じく観戦していた君麻呂が呆れたように頭を振る。彼は強くなるのに常に努力を怠らない。ナルトに比べたら自分などまだまだだと日々精進している。だから君麻呂はどうしたらあそこまで自分の力を過信できるのかと呆れ半分でザクを眺めていた。
尤も彼自身もナルトの期待に応えるのが至上の喜びなので人のことは言えないが。
一方のナルトは試合よりも波風ナルの背後――畑カカシを注視していた。カカシが観覧席に戻って来たという事はサスケの呪印を封印し終えたという事だ。カカシからどことなくぎこちなさを察したナルトは、やはり大蛇丸と接触したなと確信すると共に自身の行動を顧みる。
ナルトには中忍第三試験の予選を実施させる必要があった。
だが予選が実施されるにはなるべく多人数を第二試験で残さないといけない。そこでナルトは『天地』の巻物を白と再不斬に多く集めてもらい、それらを木ノ葉忍びに与えたのだ。勝ち進んでもらい、予選せざるを得ない人数にするためである。
そして君麻呂に我愛羅の後をつかせたのは、まず君麻呂に興味を持たせ、後で自分にその興味を移行させるのが目的であった。君麻呂を辞退させるのは当初から考えていたので、辞退する際にナルトを「強い」とさりげなく伝えさせる。後は我愛羅の前で圧倒的な試合をしてみせるだけであった。
次に自分の予選試合がサスケの後に来るよう事前に細工を施しておいた。
呪印を施されているサスケが一度試合をすれば必ず呪印封印のために畑カカシが控室奥へ連れて行くだろうと読んでいた。加えて大蛇丸がカカシに釘を刺す事もナルトは推測していた。
また、カカシやサスケがいれば写輪眼で自身の技のカラクリがバレる可能性があったし、大蛇丸に再び器にと目をつけられる危惧もあった。故に彼ら三人がいない時―――サスケの次試合を狙ったのである。だからこそ我愛羅が興味を持つような試合が出来たのだ。
(今までは想定内だった。だが何事も計略通りにいくとは限らないしな…)
思慮深い彼は物憂げにひとつ息を吐いた。そして開目すると、意識を眼下の試合に向ける。
ザクはつい今しがた対戦相手のシノに向かって【斬空波】を放ったところであった。
試合開始早々、シノ目掛けて【斬空波】を放つザク。【斬空波】の衝撃波を食らい、倒れ伏すシノだが彼はすぐに立ち上がった。
彼の頬からその皮膚を突き破って虫が後から後から湧いてくる。気味悪そうに顔を顰めたザクは、背後から聞こえる微かな音に振り向いてギョッとした。そこには何か黒いモノが波打っている。ざわざわと小刻みに動きながらこちらに近づくソレは、無数の虫の群れであった。
「こいつらは『奇壊蟲』と言って、集団で獲物を襲い、チャクラを食らう」
静かに話し始めたシノの指先にいるのは小さな黒い虫―――『奇壊蟲』。
奇壊蟲とは、シノがこの世に生を受けた瞬間から共に生きろと宿命づけられた虫のことである。彼の一族は己の身に寄生させチャクラを与える代わりにその虫を戦闘に用いるのだ。
シノと虫の一群と挟み撃ちにされ、ザクはぎりっと奥歯を噛み締めた。
幼少の頃、ザクは大蛇丸に勧誘された。
大蛇丸にとってはザクの目がただ気に入っただけか、単なる気紛れか。どちらにせよ微々たる出来事であったが、ザクにとっては青天の霹靂だった。
「私のところに来れば強くなれるわよ」という彼の甘言に導かれここまで来た。伝説の三忍の一人が自分を必要としている。大蛇丸様に選ばれた己は特別な人間なのだと信じて疑わなかった。
故に一度サスケに腕を折られ掛け、今また敗北などそんな事は許されない。
「俺を舐めるなよ!!」
右腕を背後の虫、左腕をシノに向けてザクは吼える。
そして両腕に穿たれた孔から風を放出しようとチャクラを練った直後、彼は絶叫した。
「あ―あ…腕取れちまった」
医療班に担架で運ばれていくザクを見ながら多由也が溜息を吐いた。その声音に同情の色は皆無である。彼女は観覧席の手摺に頬杖をついて、ハヤテが「勝者、油女シノ!!」と勝者の名を宣言するのを聞き流していた。
「あのシノという蟲使い、隙をついてザクの排空孔に虫を詰めたな。その状態で【斬空波】を撃てば、砲身であるザクの腕は暴発する…もう少し自分の身の回りの状況判断をすべきだったな」
ザクの敗因を淡々と述べながら、吹き飛んで闘技場端に落ちている彼の右腕を無慈悲な面持ちで一瞥する君麻呂。
今まで試合を静観していたナルトが遠目でザクの生存を確認する。満身創痍だが確かに胸を上下させるその様を眺めていると、向かいの観覧席から波風ナルが歓声を上げた。
「シノ、すげー!!」
うおおっと純粋に感嘆するナルの姿を見て、常に無表情を崩さないシノが僅かに口角を上げる。反してナルの隣のサクラは「前々から不気味な人だとは思ってたけど…」と若干失礼な事を口にした。
「不気味?どこがだってばよ?」
「何考えてるかわかんないし…。第一虫よ、虫!!生理的に受け付けないのよ!あんた、平気なの!?」
「オレってばキバ達と一緒によく虫取りしてたから、虫結構好きだってば!!」
後頭部で手を組みながらにししと笑うナルに、サクラは呆れたように「そういえばこの子男女だった…」と脱力する。
如何にも子どもらしい会話で闘技場の緊張感が薄れていく。
彼らの気を引き締めるかの如く、ハヤテがごほんっと咳払いした。
「ごほごほっ…では続いて第四回戦を始めますね」
ハヤテの言葉が終わるや否や再び電光掲示板が無作為に動き、次の対戦相手の名を表示した。
―――『はるのサクラ』VS『やまなかいの』―――
選出された木ノ葉のくノ一二名が、闘技場中央にて対峙する。
なにやら事情でもあるのか非常に気まずそうな表情をする両者。試合開始と共に双方は拳を握り締め、格闘を始めるが、どうもお互いに全力を出し切れていない感が否めない。
「なんつーか…お遊びの域だな、こりゃ」
「ヌルイな…」
くあ、と欠伸を噛み締める多由也と、呆れ果てたと表情に表している君麻呂が、試合を観戦しながら好き勝手にぼやく。
一方で向かいの観覧席では、やはりナルが眼下の二人に向かって声援を送っていた。
「サクラちゃ―ん、いの――!!頑張れ――――ッ!!」
「……いや、どっちかにしろよ」
サクラがいなくなったため必然的にナルの隣になったシカマルがぼそっとツッコむ。彼のツッコミを聞いて、ナルはこてんと首を傾げた。
「ううう~…だってサクラちゃんは同じ班で友達だし、いのは幼馴染で友達だし…」
真剣に悩みだした彼女にシカマルは苦笑して「あ―俺が悪かった。二人とも応援してやれ」と促す。
そのため聞いてるこっちが恥ずかしくなるほどの声援を再び送るナル。観覧席から身を乗り出して一生懸命応援する彼女に、サクラといのが同時に叫んだ。
「「ちったあ、落ちつけ!!!!」」
緊張感の欠片も無い試合に、君麻呂・多由也は白い眼で木ノ葉の忍び達を見遣る。対してナルトは、まるで眩しいものを見るかのように目を細めていた。
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