魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第2章 『ネコは三月を』
第35話 『掘り出し物』
エリオとキャロは六課を出て最寄りの駅に着くと、シャリオが2人のために作成したプランを確認する。
「まずはレイルウェイでサード・アヴェニューまで出て、市街地を2人で散歩……」
サード・アヴェニューというのはクラナガン中心部の代表的な通りの名前で――南北に伸びる通りをアヴェニュー。東西に伸びる通りをストリートという――そこには雑貨店や本屋、宝石店やレストラン、靴屋や花屋など、娯楽施設を含め様々な商店が並んでいる。
そのため、
「ウィンドウショッピングや会話等を楽しんで――」
「食事はなるべく雰囲気が良くて、会話の弾みそうな場所で……」
エリオやキャロが読み上げる内容を過ごすのには、不都合な点が何もない場所なのだ。
彼女はエリオと目を合わせ小首を傾げるが、彼はこの内容に閃くことがあった。
ぎこちなく相手と同じ仕草をしてみるも、必死に震える腕を押さえつける。
その原因の1つは、出発前にフェイトから注意を受けた『キャロをエスコートすること』だ。これは、エスコートするほうとされるほうでは言葉の重みが違い、彼の場合はする側の義務に近いものであったために、覚えていたこと。
もう1つは、先日のある夜、自分が寮の休憩室を通りかかったときにスバルとティアナが、コタロウとヴィータがレストランに食事に行ったあれは『デート』ではないか? という話を偶々耳にしてしまったことである。休憩室には寄らず、立ち聞きした限りだと、当時はトラガホルン夫妻がいたものの、どうやら異性と二人っきりで出かける行為というのは互いの親密を深めるための『デート』と呼ばれるものらしく、発展すれば恋愛というものに繋がるものだと話していた。
エリオは自分が今、シャリオの立てたプラン通りにキャロという女の子と二人っきりで、進行していく状況を把握した結果、
(もしかして、これはスバルさんたちが話していた『デート』というものなんじゃ……)
予測をたて、シャリオの人懐こい性格から直ぐに結論付けた。
「……ぁ、ぅ」
「エリオくん?」
キャロは違和感に気付き、彼の顔を覗き込むように少し近付いて、目の前で手を振る。
「エリオくーん?」
「……っ!!」
彼は気付いて三歩は大きく後ずさった。呼吸は荒く、瞳は不規則に震わせて。
「どうかしたの? 具合、悪い?」
「う、ううん! 違うよ! この通り元気です」
「そう?」
ならいいんだけど、と訝しむキャロに、エリオは腕を振り上げて問題ないことを大きな仕草で表せてみせた。
「キャロ」
「うん?」
「ちょっと、ここで少し待っててくれる?」
「え、うん、別に――」
「直ぐにもどるから!」
そう言って、彼女の返事を最後まで聞かずに、二十数歩先にある角に入ると、素早く腕に装着している愛機――ストラーダ――を使って、自分の中で一番始めに思いつき、且つ守秘性の高い人間に通信をとることにした。
「どうかしたの、エリオさん?」
「コタロウさん、今、大丈夫ですか?」
「作業着に着替えている最中の僕を、エリオさんが不快に思わなければ問題ないかな」
「問題ありません」
「ん。用件は?」
「あ、はい。実は……」
エリオはコタロウが着替えるということで映像通信から音声通信に切り替え、彼が以前ヴィータと出かけたことと、今回自分が置かれている状況とを重ねながら説明する。スバルたちが話していたということは話さずに知識として話すなか、通信先の彼は着替えていく過程で徐々に口調が変わっていき、説明し終わるころにはいつもの口調に戻っていた。
「ふむ。なるほど、状況は把握しました」
「……それで、これはデートなんでしょうか?」
「それを決めるのはモンディアル三等陸士、あなた御自身による要素が大きく、判断ができません」
「僕に、ですか?」
「ご質問しても構いませんか?」
「はい」
「今からのお伺いする質問は、決してモンディアル三等陸士にラべリング、つまり暗示をかけるものではありません。質問のあと、心に変化が生じた場合は否定、あるいは考えないようにしてください。考え、意識を強くしてしまいますと、比例して暗示も強くなる傾向があるようなので」
「わかりました」
では、と相手は一拍置く。
「現時点でモンディアル三等陸士は、ル・ルシエ三等陸士に恋愛感情をお持ちですか?」
コタロウはエリオの意識しまいとしたところに、隠すことなく言葉をぶつけてきた。
「あ、ありません」
「今日の休日は楽しみたいですか? ル・ルシエ三等陸士を楽しませたいですか? あるいはどちらも?」
「どちらもです」
彼は質問者の問いに応えた。現時点でキャロに恋愛感情なんて抱いていないし、今日という休日を楽しみたいし、彼女も楽しませたい。それがエリオの素直な気持ちである。
ただ、相手が「質問は以上です」と応えると、
「でも、キャロとはもっと仲良くないたいとも思っています」
と付け足した。
「ジャニカ曰く」一呼吸置き「それが答えです」
「え?」
音声通信であるにもかかわらず、エリオは眉根を寄せる。
「今の質問の答えが、モンディアル二等陸士の現状を打破する答えになります」
「はぁ」
「貴方は現在、ル・ルシエ三等陸士に恋愛感情を抱いているわけではなく、お互いに楽しく過ごし、仲良くなりたい」
「…………」
エリオは相手が自分に確認させるように、1つ1つ区切りながら話すのを聞き、それが自分の今の素直な気持ちであることに気付いた。デートはただ単に自分が最近知った知識であり、キャロに対して生まれてしまった気持ちは、自分が呼び起こしたものなのだ。
気付かされることも確かにあるが、自覚しなければそれは本物ではない。キャロを意識してしまったということは、どこかにそのような感情を持つ自分がいるかもしれない。だが、それは今の素直な気持ちには当てはまらない。
(……うん、そうだよ。少なくとも今は、いや、今日は違う)
コタロウのいう通りだと思う。自分は今日も訓練とは別の、充実した一日にしたいのだ。そう考えると、落ち着きを取り戻すことができた。
「デートというのは自分の気持ちが重要なのかもしれません。自分がそう考えていればそれはデートだし、考えていなければデートじゃない」
「はい。相互と自己、あるいは三者の視点によって違います。大切なのは自分で気付くことです」
なるほどと頷く。そして、そのままエリオはコタロウに礼を述べ、通信を切ろうとするが、では、と疑問に思うことがあった。
「あの、シャリオさんの組み立てたプランを進行することは楽しいことなのでしょうか?」
「ふむ。それも楽しさを見つけるという、その人自身によるところが大きいのでしょうが、重要なのは……」
エリオは相手の言葉が途切れたので耳を済ませてみると、向こうからはなにかぺらぺらと紙をめくる音が聞こえてきた。
「これかな……? 重要なのは、一緒に悩むこと、です」
「一緒に悩むこと?」
「はい。独りで楽しむ場合、考えるべきは自分自身だけで構わないのですが、他者と一緒に楽しむというのは、先程モンディアル二等陸士がお答えしたとおり、その人にも楽しんでいただかなくてはなりません」
「はぁ」
「つまりはなるべく思考を同じにする必要があります。ロビンが言うに、楽しみを共有するのは難しくはないそうなのですが、一方が悩みに転じたとき、共有できないことが多いそうです」
――『例えば女性の場合、服を選び、悩むのも共有して欲しい感情の1つね』
「な、なるほど」
「もちろん、一方がリードする場合もありますので、これは一例に過ぎませんが、他者と――」
「友達と一緒に遊ぶときは、共有感が大切。ということですね?」
他者という言葉が気にかかり、相手の言葉を遮って答えると、向こうは頷いた。
「わかりました。ありがとうございます!」
「いえ、お役に立てたようでなによりです」
そうしてエリオは彼との通信を終えると、両手を後ろに回して待っているキャロに、
「ごめんね、キャロ」
「ううん。でも、どうしたの?」
「ちょっと、コタロウさんと話してたんだ。フェイトさんからキャロをちゃんとエスコートしなさいって言われてたから、その仕方というか……」
「気にしなくていいのに」
「えっと……ほら、今日はキャロと楽しく過ごしたいし、ね?」
「へ?」
エリオが、訓練のときには見せることのない無邪気な笑顔に、キャロは意表をつかれ、少し戸惑い体温が少し跳ねた。
「えと、あ、ありがとう」
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
ひとまず、2人はシャリオのプラン通り進めるために、改札を通り抜けた。
プラットフォームへ向かうときの階段に差し掛かったとき、
「ねぇ、キャロ」
「ん?」
「コタロウさんって、厳しくない?」
「あ、うん。そう思う」
彼女は疑問に思うことなく、こくりと顎を下げた。
「こっちの方が良いとか言わないで――」
「自分で考えさせて、本人に選ばせるよね」
それは自分が認められている証拠なのではあるが、なにか突き放されているようで寂しくもあった。
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第35話 『掘り出し物』
エリオとキャロはサード・アヴェニューに着き、シャリオのプランの通りに市街地を歩くことにした。衣服店では帽子から靴下まで、どれが似合うか、どちらが似合うかなどを話し、エリオは彼女に対していつも着ている制服のようなきっちりしたものより、余裕のあるゆったりした服装が似合うと感じ、キャロは彼に対し、今着ているフードも十分似合うが、襟のあるシャツに腕や首にアクセサリーを身に着ければ、より栄えると思った。
他にも本屋へ行けば、最近シグナムが歴史書を読むようになり、時々コタロウに顔を合わせながら教わったりしていたことを話し、ウィンドウの中にドレスやスーツがあれば、ヴィータが夕食後にコタロウにテーブルマナーを習っていることを話した。さらに加えるなら、コタロウがリインの要望でサイズに合った家具や髪留め、寝巻きなどを作ったりしていたことも話題に出した。多分今日の『着流し』というのも彼女は要望するだろうとも話し、会話は途切れることがなかった。
自分たちがフェイトに引き取られたあとの話も話題に上ったが、自分たちが今おかれている環境を考えれば、後ろ向きな考えは出てくることはなく、楽しく話すことができた。こんな休みは今後あるか分からないが、この充実した日々がずっと続けばいいと心の底から2人は思い会話を弾ませた。
そして、お昼はどんなものを食べようかと相談しようとしたとき、
「おい、おばさん。何してくれてんだ、おれの車によォ!!」
「前輪はずした」
とある人だかりにいる男性と女性の口論が目に付いた。
エリオたちは興味本位ではなく、事件性のあるものだろうかと思い、そこへ向かう。
男のほうは、ヴァイスと同じくらいの背丈で年齢も同じくらい。服装は2人とも見たことがない格好をしていた。だが、いつも管理局の制服が視界にあったせいか、赤いゆったりとした上着に金色のボタンは、エリオたちを不快にさせた。下が逆に引き締まったものを穿いており、尚のことそれを助長している。髪もおかしい。おおよそ自然ではありえない髪形をしている。さらに、頬に描かれているものを見る限りは、男のセンスを疑った。
「ん、厳密には左前輪」
「……手前ェ」
「交通ルールがわからない? この場所は駐車禁止」
一方、道路標識を指差す女性は明らかに男性の2倍は年齢を重ねており、目の下や首に少し皺が目立ち、背丈は対峙する男より僅かに小さい。だが、背筋は真っ直ぐ伸び、面倒臭そうな声であっても、力強さがあった。体格はつなぎの上から見る限り、太ってはいなさそうだ。髪は桃色で、ところどころに白髪が窺える短髪である。
「あぁ、あと邪魔なのよねぃ、個人的に」
「ンの野郎」
人だかりの輪にいる女性は、話しながらいつのまにか車の右前輪もはずしていた。彼の上着と同じ色で、どことなく車高の低いそれは静かに前に傾いている。
口論というより、寧ろ男のほうは既に臨戦態勢に入っていた。こうなってしまった原因は誰に目にも明らかで、男は違反、女は粛清も兼ねた私情である。
女は彼の怒りをなにも感じていないように、今度は後輪に手を出そうとしゃがんだ瞬間、
「止めろォ!」
男は女に殴りかかろうと飛び掛ってきた。
「エリオくん!」
「うん!」
それを見てエリオはストラーダに合図を送ると、ソニックムーヴを使用してその間に入ろうとする。
そして、滑り込むように間に入ったそのとき、
「ん、こらこら。小さな子が入ってきちゃ危ないよ」
「うわわっ」
男に立ちはだかる位置にいたエリオは、突如女性にわきの下に手を入れられ、高く持ち上げられた。立った彼女はそのまま相手の拳をくるりと避けて、2回、3回とくるくる回り彼に『着地成功』を楽しませるようにゆっくり降ろした。
「あ~、この年齢じゃ、高い高いは恥ずかしいか」
「え?」
「それにしても、こんな小さい子に手を上げようとするとは、なかなかの平等主義者だねぃ」
エリオが振り返ると同時にがたんと車はまた傾く。
女の呆れて物が言えないというような顔に対して、
「あァ?」
男は見当違い甚だしいといわんばかりの睨みを女に向け、低い声で唸った。
しかし、女は怯むことはせず、おもむろに男を指差す。
「全く、恥ずかしくはないの? いい大人が……」
口ではこういっているものの、どうやらこの女性は怒りを露わにしている男性を大人として見てはおらず、完全に子ども扱いしている様子だ。周りの止めようとしながら傍観している人たちは、その口調そのものが相手を更なる暴挙を引き起こすことは容易に予想ができ、その中の一人が交通規制を担っている局員に連絡を取った。
だが、女性の次の言葉が相手の怒りを頂点付近まで引き上げた。
「いい大人が、頬に……クックック……『渦巻』なんて描いて……あっはっは!」
『…………』
彼女が腹を抱えて笑うので、持っていたレンチが落ち、周りの止まっていた空気にカランという音が響き渡る。
男は片眉を吊り上げ、横目で車の窓に映る自分の顔を見ると、両頬に赤い渦巻が描かれていた。
「手前ェがやったのか!」
「うん」
子どものように頷く。
「いやぁ、すぐ気付くかと思ったんだけど、ほら、あんた違法駐車しながら寝てたからさ。呼び掛けても起きないし……くくく……工具の他に持ってるものって、女性なら化粧品……はは……くらいのものだろう?」
彼女は「口紅は男にも似合うものなんだねぃ」と、終始笑いを堪えながら声を漏らし、相手との感情の温度差をどんどん広げていった。
男の頬に描かれているのは、自分で描いたものではなく、女が描いた悪戯書きのようだ。
[エリオくん]
[うん。この空気……]
相手の空気に飲まれない、自分独自の、或いは自分の空気に引き込むそれは、あの寝ぼけ目の男に類似していた。キャロは遠くから、エリオはすぐ近くから見ても、容姿や性格はまったく似ていないのに。
『[コタロウさんにそっくりだ]』
と言わざるを得ない。
男は着ている内側のポケットから、拳に丁度収まる大きさの木片を取り出し、スナップを利かせナイフを出す。エリオはまたすかさず女性の前に飛び出すが、
「はいはい。女の子の前だからって格好の良いところなんて見せなくていいから、しっかりあの女の子を守ってあげなさいねぃ」
「え、えぇ!?」
首根っこを掴まれて女性とともにくるくる回り、男の斬りつけを避けると、キャロの前にすとんと降ろされた。
「あ、あの!」
「男の子盗っちゃってごめんなさいねぃ」
「いえ、そうじゃなくて……」
「え、あー。遠くでサイレンも聴こえるし、すぐにあの駐車違反……ぷくく……渦巻男は、いや、凶器所持疑い……ふふふ……ほっぺたくるくる男は連れて行かれるから」
そのまま、エリオとキャロの肩をぽんぽんと叩くと、彼女は2人に背を向け、また向かいくる男と対峙する。女は背後に被害が及ばないように気遣ってか、すたすたと男のほうへ歩み始め、振り下ろそうとするナイフを、腰を落としてかわした。
「道具は大事にしないとねぃ。可笑しくて落としちゃったよ」
ナイフを避けるというより、先程落としたレンチを拾うためにしゃがんだようだ。そのあと、彼女は彼を無視してまた車に近づき、今度は車輪を取り付け始めた。その間、男は何度か女性に向かってナイフを切りつけるが、車輪を取り付けている最中であるにも関わらず綺麗に避けられ、逆にナイフで自分の車に傷をつけてしまった。
「ありゃ~、これ、値の張る車なんでしょ? 修理代、結構するんじゃない?」
傷ついたところを女は指でなぞりながら顔をしかめる。
ここまでくると、男は言葉にならない叫び声と方向の定まらない攻撃を交通取締局員がくるまで続けた。
やってきた局員たちが男を押さえつけ、なんとか宥めて詳細を聞き出すと、彼はぽつりぽつりと言葉と涙を吐き出した。局員たちはこのような錯乱した人間が語る話を半ば創作と信じてはいなかったのだが、女性が頷くのを見て目を見開いた。
確かに、最終的にナイフを取り出した男性が悪い。だが、車中で寝ているかといって顔に落書きをされ、自分の車の車輪をはずされ、ついには周りに多くの人がいるのにも関わらず、人を小ばかにされたような物言いをされたとあればこのような行いに至る人間がいてもおかしくはないと、少し男に同情した。
局員の一人が女性に訊ねようと振り向く。
「あの~……って、うわっ!」
「ん~、あれま。電気系統が耐久度こえてるよ。パーツも規格をあわせただけ。改造もすき放題やってるねぃ」
エリオとキャロも、その女性が片手でその車を傾げ上げたことには驚いた。しかも、重そうに感じている仕草はない。
「車両自動車検定が近づくとその場しのぎで調整するわけだ。ふむふむ……」
「いや、あの……」
「しかし、最近はこんな一般大衆でも立派な部品を使ってるんだねぃ」
「すみません! そこの車を持ち上げてる人!」
名前をまだ聞いていない局員は声を張り上げて女性に呼びかけた。
「ん、はいはい」
振り向くことなく返事をすると、左手に車体、右手に何処から出したのかも分からない工具を持ち、車に差し込もうとしていた。
「あなたは――」
「手前ェ、何してんだ!」
局員の声を遮り、手に錠を掛けられている男が叫ぶ。
「何してるって……修理だよ。落書きで恥ィかいたろうからねぃ。お詫びいっちゃなんだけど……なら、恥かかすなって話しだけど」
「はァ? 勝手に」
「まぁまぁ、資格はほれ、このとおり」
手を止め、目の前にパネルを出して「電気系、産業系資格はここかな」といいながら何回かタイプすると、その男の前に所持資格がずらりと羅列した。
「資格の範囲内でしかやらないから……とまぁ、返事する前にもう終わったけど」
ゆっくりと車体を下ろし、続いて車の周りを一周すると、先程男が傷付けた箇所も合わせて修繕し始める。その修理は人の手で行なわれているのに、見る見るうちに磨き上げられていった。
「ほい。終わり」
『…………』
エリオとキャロには見慣れた光景過ぎた。だが、駆けつけた局員には人の目に追える速度であるにもかかわらず、何が起こったのかわからないようであった。
「んで、お話というのは、局員さん?」
その女性が話を促す。
「とりあえず、名前とご職業を……」
「はいはい」
ぴしりと敬礼をとり、
「名前はシンディア・ノヴァク、職業はあなた方と同じで時空管理局局員、今は出向先にいますが、所属は陸上電磁算気器子部工機課に在籍しています」
「電磁算気器子部工機課? 聞いたことありませんが……」
「まぁ、目立たない課なので……あ、そんな畏まらなくても構いませんよ。私、三士ですから」
「三士?」
「ええ、まぁ。うちの課、課長以外は三士なんですよ。いろいろとあってねぃ」
そこからそのシンディアと呼ばれる女性は局員と再度、状況や自分の性格を説明しながら、うまく自分に罪がかからないように話を操作していき、何かあったらお伺いするというかたちに話を終わらせた。
エリオとキャロは、その彼女の口から出たコタロウと同じ所属課である女性をじっと見つめ、ふと声を漏らした。
『……機械士』
「ん?」
△▽△▽△▽△▽△▽
「へ~、若い子が局員になるってのは少なくはないが、いるもんだねぃ。それで、えーと――」
「エリオ・モンディアル三等陸士であります」
「キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」
「いいよ。二人とも今日はオフだろう? そこまで畏まらんでも。エリオくんに、キャロちゃんだねぃ」
先程の場所から移動し、今は海の見える広場に腰を下ろしていた。
「それで、君たちの課にいるんだって? 機械士」
「あ、はい。コタロウさんが……」
「ネコ、か。ここ5、6年見てないねぃ、そういえば」
「連絡とか、しないんですか?」
「あー、業務連絡的なものはほとんどイヌ課長が、あ、課長はドグハイク・ラジコフといって、ドグだからドッグでイヌねぃ? んで、そのイヌが出すし、プライベートは面倒くさい」
「はぁ」
ベンチに座る前に買ったジュースに口をつけ、くるくる缶を回す。
「それでネコは、どうだい?」
「あ、はい。元気です。一緒にご飯食べてますし――」
「隊長たちとも仲良くしています」
「…………」
シンディアはまじまじと2人を見た。
「え、はい? ちょっとまって……コタロウって、コタロウ・カギネのことだよねぃ?」
「はい。そうですけど……」
「一緒に食事?」
「はい」
「仲良く?」
「あの、はい。そのヴィータ隊長という方がいらっしゃるんですが、その方とはホテルのレストランに行ってました」
「……は~、随分ネコも変わったんだねぃ」
信じられないという表情だ。
「ん、ん、ん~~。そっか!」膝をぽんと叩く「トラガホルンとロマノワだねぃ。そんな苗字の2人がその課にもいるだろう?」
「あ、いいえ」
「会ったことはありますが、うちの課にはいません。機動五課にいます」
「はい」
「そうなの? まぁ、あの2人が関連してるなら、頷ける」
大きくシンディアは頷いた。つまり、それほど彼らは交流が薄いようだ。
『…………』
「しちゃったら仕様がないけど、緊張してる?」
2人から少し距離をとり、ぎしりとベンチが軋む。
「あ、いえ、別に……緊張はしていますが……」
「なんていうか、全然ちがうな、と」
「違う?」
「あー、服装が?」
まぁ、つなぎはこんな場所じゃ着ないよねぃ。と、鼻で笑いながら自分のつなぎを見下ろしてレンチやバールを取り出し、放り投げては持ち替えを繰り返して遊び始めた。
「いえ、そうじゃなくて……」
「失礼な言い方ですけど、コタロウさんと違って明るい方だなと」
「……あ、あー。それ、そっち」
彼女は工具をすこんと袖口に入れて頭を掻き、幾分か声も低くなる。
「あれは、ネコが、その、特別なんだ」
「コタロウさんが?」
「そ。他は皆、結構明るい。まぁ、エリオくんやキャロちゃんには言いにくいんだけど、色々あったのよ」
「はぁ」
「でも、あの二人が私たちがやらなかったことをやっているようで、安心したよ。私たち工機課は全員ネコから逃げちゃったからねぃ」
そのなにか諦めたような口調にエリオたちは口を開かず、ただじっと次の言葉を待った。
「私たちは――」
「おうい。シンディ~~」
そのとき、片手に四角い紙製のケースを持った男が向こうから歩いてきた。
「やぁ、アンタ。買えたのかい?」
「噂のアイス屋さんとケーキ屋さんのブツ、仕入れましたぜぃ? 帰って美味しく頂きましょうや」
旦那さんだろうか。年はシンディアと同じくらいの白髪交じりの茶髪男は不敵に笑い、彼女の目の前でふらふらとそのケースを見せびらかす。彼はつなぎを着ていなかった。
「さすが、愛しのアンタだよ。いいね、いいねぃ」
ケースを受け取った彼女は心底開けたくてたまらない衝動を押さえ、嬉々として顔を綻ばせた。
「んと、で? この初々しい子どもたちは……まさか、盗んできたんじゃあるまいね」
「盗んだァ? ハッ! 私は売ることはしても盗むなんてしないよ。この子たちは機械士を知ってる、とんだ『掘り出し物』さ!」
「へ~、機械ジカを?」
『…………』
シカの言葉に感心し、エリオとキャロを見下ろす男がダィド・ノヴァクと知るのは、それからすぐのことである。
△▽△▽△▽△▽△▽
「なんか、びっくりしたね」
「うん。『おやつ買ったから帰るねぃ』って、すぐに行っちゃうんだもん」
ダィドが自己紹介を終えたあとは、また空気に呑まれてしまうのかと思ったのだが、ノヴァク夫妻は「んじゃ、帰ろうぜぃ」という一言で『じゃねぃ』と行ってしまったのだ。同じ局に務めているからか、連絡先の交換も行なわずに。
そして2人はまた市街地を歩きながら、エリオはシンディアから受け取った物を見る。
「コタロウさんに渡してって言ってたけど……」
「これ、どうみても」
六課では見たことはなく、世間一般でもとんとみなくなった『煙草』である。2人がそれを知っているのは、フェイトと一緒に遊びに行ったとき、「あの人たちはどうして口から煙を吐いているの?」と質問したときに教えてもらったからだ。詳しいことは分からないが、身体には決してよくない中毒性の高いものだと彼女は言っていた。
だが、その箱の説明を見る限り、そのようなものは書かれておらず、名称も違っていた。
「煙樹?」
「うん」
白十字に樹木が描かれたラベルが箱には施されており、裏面には『生理活性健康増進喫品』と書かれており、人型のピクトドラムが右手で力こぶをつくっているマークがあった。
「『この製品は新陳代謝を促進させるものですが、本数を守って喫煙しましょう』……?」
構成表にはキャロが良く知る、森林浴で取り入れられる物質が書かれており、健康促進、体力回復はおろか、癒しや安らぎ、はたまた虚弱者の体力増進の切欠として利用しても構わないような物質が含まれていた。魔法と同じキレイなものだ。身体の内外関係なく全体を回復させるものらしい。
これをいくつか消費された箱が1つと、新品が1つの計2つ――1箱20本――を受け取っていた。
「これ、売ってるのかなぁ」
「管理局の認定マークも入ってるけど、ストラーダ――」
エリオはあまりにも良いことばかり書いてあるので、少し気になったのか愛機で確認をとることにするが、
<本物です>
と、すんなり立証が成された。
「管理局で売ってるの?」
キャロもケリュケイオンに訊ねる。
<管理局でも売っていますが、そもそもの販売元はノヴァクグループ傘下の1つ、ホワイトエイド社ですね>
「……ノヴァク?」
「それって……」
<はい。代表取締役はダィド・ノヴァク。公開されているデータ情報によりますと、十年前に倒産寸前のホワイトエイド社を買収し、去年黒字にさせた人です。祖父の先見の明により露天商からグループまで築き上げ、ダィド氏は三代目。二代目であるイグニ・ノヴァク氏は会長を務めています>
「す、すごい人なんだ」
「う、うん」
<こちらは確かな情報ではありませんが、ダィド氏は世襲ではなく同社の株を8%手に入れ、現会長イグニを解雇、クビにしようとしたとか……>
『えっ!?』
<その原因が『親子喧嘩』とも言われています>
『…………』
最後にもう一度<不確かな情報――噂>と付け加えたが、ありえそうで怖く、2人はがっくりと肩を落とした。
だが、それで消沈、冷静に慣れたために、エリオはこの市街地に不釣合いな音に気付いた。
「……ん?」
その話が興奮したまま終わっていれば、おそらく気付かなかったであろう。
「どうしたの、エリオくん?」
「いま、何か聞こえなかった?」
「何か?」
エリオは確認するように耳を澄ます。
「ゴトッというか、ゴリッていうか」
見渡すと、すこし乗り物でも通り抜けられそうな路地が目に入り、彼は駆けていき、キャロもそれに続いた。
△▽△▽△▽△▽△▽
「キャロから、全体通信?」
それはエリオたちが楽しく過ごしているか気になり、連絡しようとしたときだ。
スバルはなんだろうと訝しんで通話許可にする。
「なんだろう?」
「…………」
ティアナも点滅するデバイスを取り出した。
△▽△▽△▽△▽△▽
「こちらライトニング4、緊急事態につき、現場状況をお伝えします」
キャロは焦る心を必死に抑え、エリオの手に抱かれている少女に目を落とす。
少女は裸足で、見た目からしても衰弱しきっていた。
「サード・アヴェニューF23の路地裏にて、レリックと思しきケースを発見。ケースを持っていたらしい小さな女の子が1人……」
映像通話、音声通話あわせて六課全体に報告する。
「女の子は意識不明です」
「指示をお願いします」
映像を主にしているのは、なのはたちのいる場所だ。
全員、すぐになのは、はやてたちの指示によって警戒態勢に入るなか、エリオは自分の腕の中に眠る少女に目を落とした。
この子がレリックを『盗んだ』わけではないことは明らかだが、レリック自体がロストロギアと呼ばれる『掘り出し物』の1つであることは間違いない。
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