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アマガミという現実を楽しもう!

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第13話:波乱の秋














 いま、俺の目の前には若かりし絢辻縁がいる。



 でも、原作の絢辻姉とさっきの絢辻姉の様子があまりに離れていたのでそのギャップに戸惑いを隠せない。ともあれ、まずは当たり障りの無い話をしてみないと。








「どうして、こんな時間まで一人でこの公園に?」
「そうね~、テストの結果が悪くて家に帰りたくないから、かな?」
「テスト?」
「そう、日本史の小テスト♪だから悪いテストの結果を見て落ち込んでいる気分を変えるためにここに来たの。この公園で日の入りのきれいな光景を見ていると、心が落ち着くの」
「…家に何か問題でもあるんですか」
「ん~、どうなのかしら♪」


 所々明言を避けて、はぐらかす。くすくす笑いながら、彼女は言葉を続ける。


「私の両親がちょ~っと難しいの。お父さんは勉強して立派な大学に入りなさいってうるさいし、お母さんは私のテストの得点にケチをつけたりね、まったくっ」


 頬を少し膨らませて怒ったような表情を作り、テンション高めにに話す。端から聞けば、教育熱心な両親に対して子どもっぽい文句を言っている娘の言うことにしか聞こえないだろう。しかし、絢辻家の内情を知る俺にとって、その話は昼ドラも尻尾を巻いて逃げるほどの暗い重たい話であるように思えた。
 先ほどの虚ろな瞳に無表情な顔と今の会話とを整合させて、俺は1つの可能性を考えた。彼女も実は、妹と同じようにエリート意識の強い父に一つの見方しか出来ない母に苦しんでいたのではないだろうか。そして、何も知らない、という絢辻詞の評価は実は一面的で、知らない振りをすることが彼女の心を守る防衛行動ではなかったのか。


「何かクラブ活動とかしているんですか?」
「中学・高校でテニス部に入ったんだけど、どちらも辞めちゃった。大好きだったんだけど、勉強が大変だったし」


 彼女は困ったような笑顔を俺に向ける。つまり両親に退部を強要させられたのか、と俺は同情と彼女とその妹の両親に対して怒りを禁じえなかった。


「子どもに親のエゴを押し付けるなんて、最低の親だな…。子どもをいつまでも自分達の操り人形だとでも思っているのか!?」
「…操り人形……、私が操り人形…、最低の親」


と俺は思わず口にしてしまった。彼女は笑顔が崩れ始め、手で自分の顔を覆う。口に出して数秒後、俺ははっとする。


(しまった、俺が立てた可能性がつい正しいと思って不謹慎な発言をしてしまった…。気を悪くさせてしまった…、馬鹿なことを)


と、後悔したときにはもう遅かった。俺は自分の欠点を呪うが、そんなことで言葉を発してしまった現実は変わらない。彼女は俺の「操り人形」という言葉に対して過剰に反応していた。俺は、その様子から目を話さず、罵声を浴びることを覚悟しながら彼女の言葉を待つ。
 更なる罵倒は来なかった。そのかわり、先ほどの笑顔を振りまいていた彼女とは一変して、先ほどと同じ、虚ろな疲れきった無表情な顔を俺に向ける。俺はその変化に戸惑いながらも、さらに一つの仮説を立てた。あの家庭に囲まれているうちに、原作で見せたあの笑顔・快活な絢辻縁は実は妹同様の作られたもので、こちらの顔が誰にも見せていなかった本質の部分ではないか、と。


「操り人形…、私は絢辻の家の操り人形…。…そうね、あなたの言うとおり、私は人形。そしてあの人たちは、最低の親…まったくその通りよ」


 さっきの陽気な子どものような姿とは正反対の、無表情で大人びて自嘲気味の声。


「部活でテニスをやっていた時は本当に楽しかった。部の中で自分の居場所を見つけた、そう思った。頑張って大会で良い結果を出した。けど、絢辻の家はあたしのテニスを認めてくれなかった。あの人たちにはそんなもの社会で何の役に立つ、と一蹴されたわ。辞めたくない、と主張したけど親が勝手に退部させてた…、学校にもあの人たちに干渉されるなんてね。あたしの居場所だったのに!ずっと求めていた世界だったのに!!」


 口調は次第に口惜しさや忌々しさが込められて行く。表情は鬼の仮面を着けたみたいだった。そして、その内容は原作で絢辻詞が橘に聞かせたものよりもずっと心を鬱屈させるもので、耳を覆いたくなる。


(しかし、俺の不用意な発言でこういう流れになってしまったんだ。最後まで聞かねばなるまい)


 俺は彼女から視線をそらさず、紡がれる言葉を待つ。彼女は、一息ついて興奮した様子を


「中学でも高校でも、あたしは学年一位を保って勉強をしてきた。あたしが犠牲になれば、あんな家でも家族でいられる、いつかみんな幸せになると思った。確かにあの人は、あたしを認めてくれた。『さすが絢辻の娘だ』、とね」
「……」


 何も言えない。前世であっても、今世であっても幸せな家族に囲まれた俺が口を挟む資格がない気がしたのだ。俺は話を聞き続けることしか出来ない。


「…でも、詞ちゃん、私の妹は今まで以上にあの人たちから叱責されるようになった。「縁は凄いのにお前ときたら」「詞、お姉ちゃんはこうなのに」と、私と比較対象にした言葉を使って。詞ちゃんは前よりも無口になって、あたしを避けるようになった。憎んでいるのね、『絢辻家の娘』を演じるあたしを」

「…」

「あたしは、自分のせいで詞ちゃんが虐められるなんて、そう思うと耐えられない。きっと、あたしが先にどこかで壊れてしまう。そうしたら、きっとあたしは『絢辻の娘』としての役割を担えず、詞ちゃんにあたしの役割を押し付けることになる。それだけが心配なの」

(壊れてしまった結果が、原作のアレか。スポーツドリンクを犬に無理やり飲ませたり、普通なら年齢的に悪いことだと考えてしないことを平気でしていたからな。これではいけない、何か打開策は無いのだろうか…)


 陰鬱な雰囲気を打破するべく、俺は一つの案を考えてみた。妹を救うことで、姉のこの人を救うという芋づる式の案である。原作知識だけに頼った突発的な案だが、彼女の絶望や悲しみを聞いていたら、それでも提案してみようと思った。


「…そのときは俺が、絢辻先輩の妹さんを救って見せますよ。だから、妹さんを俺が目指す輝日東高校に入学させてください」
「…あなたが、詞ちゃんを救う、というの?」


 俺の言葉に、絢辻先輩が訝しげに尋ねる。俺ではなく、主人公の橘がメインアクターとしてその役割を担うだろうが、そこに至るまでのマネージャーとしての根回しは残り4・5年もあれば俺でも出来るはずだ。…原作では出来ているんだ、可能性が無い訳ではない。俺はしっかり絢辻先輩の目を見て答える。


「あなた、自分から苦労を背負っていく損な性格ね」
「よく、友人から言われます」
「…いいわ、あたしはあなたの言葉に乗って見せましょう。その言葉が真であるかどうか、見届けさせてもらうわ。あなた、ポケベルは持ってる?」
「え?ええ」


 俺は学ランの右ポケットに入れていたポケベル端末を取り出す。携帯電話世代の俺にとって、この古い通信手段は使いづらく、親以外との連絡手段としては使っていなかったが、今回初めて家族以外との連絡手段になった。


「何かあったら、私のポケベルに連絡してね。あたしの方も、何かあればそこに連絡するから。…わたしの、妹をよろしくね」


と、いい絢辻先輩はいつもの笑顔(一瞬だけ物凄く綺麗に見えたのは気のせいだったのだろうか)を見せて帰路に着く。4年・5年後が勝負…というわけか。物語に深く関わってしまい、雰囲気ぶち壊しの原作ブレイカーとなってしまうが、それはこの世界にとっていいものなのだろうか。少なくとも表立ってやるわけにはいかないから、秘密裏にプロジェクトを進めていこう。
絢辻先輩の姿が見えなくなった後、はぁ、と俺は息をつく。


(考えたかったことを消化できずに更に考え事が増えてしまった。次第に考え事のタスクが処理できなくなっていくぞ。こりゃ、人生を楽しむというかは、人を救って学生生活が終わるかもしれないな。)


 俺は、ベンチをベッド代わりに横になる。絢辻先輩のこともあるし、何故知子を抱きしめたかについても考えなければならないし、新人戦に向けてのスケジュールを組まな…

………

……

































「わん!」



「わんわん!」

…わんわんお?

「わん!」
「うおっ!」


 腹部に感じる重みにぱっと眼が覚める。眠っていたのか、今何時だ?それよりもいま俺の腹に乗っているものは何だ?乗っている物体を触って撫でてみる。もふもふ、もふもふ。寝ぼけ眼がしっかりしていくにつれて、腹の上のものがしっかり見えてくる。


(…犬?)


 わん!、とその微妙そうな顔をした犬は俺のほうを見て吠える。クリッとした瞳は俺に愛らしさを感じさせ、頭を撫でる。


「お前、どっから来たんだ?首輪があるならご主人がいるんだろ?」
「わん!」


 腹の上からどこうとしない、このわんこを俺は無碍にも出来ず、仕方ないのでその姿勢で遊んでやることにした。


「こ~ら、ジョン!見つけたわよ!」


 その声に反応し、わんこは声の方向を向く。俺もベンチから頭だけを起こすと、黒のカチューシャをつけた私服の美少女がこちらに近づいてくるのが見える。やっと見つけた、と俺の腹のわんこを抱き上げて頭を撫でる。


(このわんこのご主人か、それにしても可愛らしい子だな。輝日南中にはいないから他校の中学、もしくは高校生かもしれないな)
「おりょ?そういえばジョン、この人はだあれ?」
「犬に聞くんかい」


とツッコミを入れる。ジョン君は、少女に抱えられた状態で「わん」と一言吠えた。少女が、「そうか~、ワン、くんか~。中国の人みたいなお名前だね~。」と言うので、「違う」ときっぱり答える。少女は「だよねぇ~」と言って、クスクス笑っていたが俺の制服を見て次のように尋ねる。


「ねね!ひょっとして輝日南中の人?」
「ええと、そうですが」


 先輩かもしれない、と思って敬語に切り替える。


「私、今度輝日南中に転入するの!ねえ、どんな学校か、教えてくれないかな?」
「分かりました、だから少し落ち着いてください」


 顔が近い、あとテンションを抑えてくれ、どうしたらいいか分からない、と俺は思う。俺は自分の通う中学について少女に説明する。教えるといっても、一般事項を説明しても面白みが無いので、俺の輝日南中での生活について説明する。茶道のこと、水泳のこと、水泳で県大会まで進んだこと、茶道でお茶会があったこと、オリエンテーションがあったこと、交友関係などを話す。少女は表情を百面相のように変え、「わお!」「オーキードーキー!」と相槌を打ってうなづいていた。


「わぉ!なにそれ、すっごく楽しそう!」
「まぁ、これは私の一例なんですが」


 胸元で手をぎゅっと握って、目をきらっきらに輝かせて俺を見る。さっきまで絢辻先輩と重たい話をしていたから、俺はこのテンションの差に戸惑った。それでも、少女の雰囲気は、湿っぽかった俺の気分を少し晴れやかにしてくれた。


「もし学校で会ったら、私とお話してくれる?」
「いいですよ、何かあったら呼んでください」
「ふふ、ありがと♪あ、ポケベル持ってるの?番号教えてよ!」


 俺のポケットから姿を覗かせるポケベル君に少女が気がつく。俺は彼女と番号の交換を行い、ポケベル君は本日2人目の通信手段となることが決定した。


 階段の下の方から「はるか~、そろそろ行くぞ~」「姉ちゃん行くよ~?」と声が聞こえる。彼女は、分かった~、と大きな声で返す。


(…はるか?)
「お兄ちゃんと弟が呼んでるから、私もう行くね。じゃあ、学校で会いましょう!」
「え?あ、はい」


 ばいば~い!、と手を大きく振ってわんこのジョン君を連れて階段を降りていく。そして姿が見えなくなる。俺意外誰もいなくなった公園から見る光景は、夕陽は既に沈みきってすっかり暗くなり、秋風の寒さと日暮れの暗がりが物悲しさを誘っていた。


「…帰るか」


 結局考え事のタスクを増やしてしまった俺は、ベンチから腰を上げ、自転車置き場まで足を運んで鍵を外して自転車に乗る。そのままペダルを漕いで家路を急ぐ。


(タスクを減らすどころか増やすだなんて、何て仕事をしているんだ俺は。頭の中が一杯で考えもまとまらないし。…しょうがねえなあ!ガス抜きのためにローアングル探偵団と水着美女の今月号を本屋まで買いに行くか!橘や梅原あたりを誘ったら喜びそうだしな!そうと決まったら本屋にダッシュだ!)


 俺は猛スピードで本屋に向かい、お宝本を買いに行った。制服を着ていたことに後で気がつき焦ったものの、馴染みの店員のおっちゃんが見逃してくれた(さらにはおススメのお宝本もこっそりサービスしてくれた)ので俺は満足げに本屋から出て家路に着いた。





















………

 翌日、教室に入ると教室は何やら騒然としていた。


「今日ウチのクラスに転入生が入ってくるんだって!しかもメッチャカワイイらしいぞ!」
「職員室で見かけたけど、彼女すっごく可愛かったぞ!仲良くしてえな!」
(うちに転入生…、ま、まさかな)


 チャイムが鳴り、クラスメートはドタバタと席に着席する。少し経って、教室に担任が入り、後ろから転校生が着いてくる。男子は「すっげえカワイイ!」と各々口に出し、釘付けの様子であり、女子も同じく愛らしい様子に視線をそらせないようである。俺は、顔を挙げてその予感が真か疑かを確かめた。…言わずもがな、俺の予感は正解だった。


「本日からクラスの一員となる、森島はるかさんだ。仲良くしてあげてください」
「森島はるかで~す!みんな、よろしくね~!」
(やっぱりかぁー!!)


昨日公園で、はるか、という名前を聞いた瞬間。あの美少女が森島はるかだという予感はあった、すると俺と同学年になり、転校生…、まさかなとは思ったんだが…


















「あ~!昨日のお昼寝くんだ~っ!へえ~君ってここの教室だったんだ!」


と、森島はるかは嬉しそうに俺を指差す。周りの野郎共が「また遠野の野郎か!」「川田さんや塚原さんだけに飽き足らず、美少女転校生までも既に…」とあちらこちらで騒ぎ出す。飛羽や夕月は「こいつは面白くなってきた」みたいな玩具を見つけた幼児みたいな顔で俺を見てくる。
 森島はるかの席は俺の前の空いている席になった。彼女は鼻歌混じりにその席に座り、後ろを向いて手を差し出す。…お手?いや、Shake hands(握手)…だろうか。


「よろしくね、お昼寝くんっ♪」
「ハハハ…、こちらこそよろしく、森島さん」


俺は彼女の小さな手を恐る恐る取り、握る。眩くて直視すると赤面してしまいそうな笑顔、横を向けば野郎共の嫉妬の視線、さらには女子共の好奇の視線。
可視化されないあらゆる方向のベクトルに晒され、俺は再び渇いた笑いを出して、はぁ、と小さく溜息をついた。






















(次回へ続く)
 
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