アマガミという現実を楽しもう!
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第12話:秋の到来・出会いの秋
水着から制服に着替えた俺は、夕月と飛羽に誘われて茶道部の部室へ向かうべく歩を進める。校舎の下駄箱で運動靴から上履きに履き替え、教室前の廊下に出る。休みの学校というのはいつもとは静かなもので、教室前の廊下を歩いても誰もいなくて新鮮さと寂しさを感じる。教室前を越えて、さらに廊下を歩くと茶道部の部室があり、部屋の入り口前には俺から見て右側に右手を腰に当てている夕月と、左側に流し目で俺を見ている飛羽がいた。さっきプールから姿が見えた山口先輩の姿は無い。既に室内に入ったのだろうか。
「山口先輩は?」
「先に中に入ってる、ってさ」
「お待ちかね」
俺の問いに二人が答える。先輩を待たす訳にも行かないので、俺は二人に続いて茶道部の部室に入る。塩素や少々汗が混じった運動部特有の匂いを持った水泳部とは異なり、畳とお茶、それとほんのり香水の混じった香りが部屋から漂ってきた。塩素の匂いを纏った俺が入ったら異臭騒ぎの元凶になるかも、と俺は上履きを脱ぎながら少々妙な心配をしていた。部室の入り口からは、何度か顔を会わせた同学年の女子部員達が見え、彼女らは俺と目が会うと、きゃっきゃと何事か話し始めた。もう塩素の匂いが充満しているのか、とアホなことを考える俺。
「今の俺って、クサさ100%?」
「なんだいそりゃ?」
と後ろの夕月にぼそっと尋ねた。某魔法陣マンガのネタであり、この時期に連載が開始されたばかりだったのでネタ元のマンガを知らない夕月は頭から「?」マークが見えているような気がした。いやなんでもない、すまんかった、と俺は夕月に手を合わせて謝った。夕月は何か腑に落ちなかったのか眉を少々顰めて考えていたが、まぁいいか、と俺から視線を離し、元のように皆の待つ部屋へと進む。
「1年、飛羽愛歌、入ります」
「1年の夕月です、失礼します」
「同じく1年の遠野です、失礼します」
と俺達は入る前に一言断って、茶道部一同が会する部屋に入る。水泳のシーズンが始まってからここには足を運ぶ機会が減っていたので、全員の顔を見るのは久々だった。
周囲を見渡すと、先ほどの同学年の女子生徒、相変わらず俺の方を見て話をしている。上座から向かって右側には2年生、左側に3年生の先輩方が座っている。2年生の女子の中には、水泳部2年で俺と同じく掛け持ちの先輩も座っていた。おはようございます、と小さく声に出し、その先輩に対し礼をする。2年の先輩方も俺を見て何やら話している、今度からここに来るときのために香水でも買ってくるか…。
「来たわねっ」
3年生の女子の集団の中にいた山口先輩が、一人立ち上がる。そして立ち上がった足で、部屋の入り口付近に立っていた俺の方にズンズンと近づいてくる。この先輩は、この歳で大人の女性の雰囲気を醸す美人さんなのだが、内面は実は男よりも男らしく、人に有無を言わせないオーラを纏っていることを最近俺は思い出した。当初のおっとりとした姿は実は俺を誘うための擬態だったのかもしれない、原作の梨穂子ルートのプレイをもう少し綿密にするべきだった。それからだろうか、先輩が俺の前に近づいてオーラに中てられる度に『来たなプレッシャー!』という自分の心の中でボケを入れて気持ちの切り替えを行っている。俺の前に立った山口先輩は、胸の前で腕を組み不敵な笑みを浮かべる。
「聞いたわよ、遠野。あんた、県大会で決勝まで進んだそうね。さっきまでアンタらの県大会の話でこっちも盛り上がってたんだ。とりあえず、おめでとう」
「ありがとうございます」
酒の肴にされるのは好きではないのだが、労いの言葉を頂いているのだ、と俺は素直に感謝の意を述べる。でも、と山口先輩は逆接の接続詞をつけて話を続ける。ですよねー、と俺はこの展開を予想していたので、何らかのお叱りの言葉が来ることを覚悟する。これは、前世の部署で係長に呼ばれた時に編み出した俺流の心の予防線の張り方である。
「でも遠野、アンタが水泳部の期待の新人でも茶道部部員として贔屓はしないよ。水泳部はこれからオフシーズンに入るそうだし、むしろ、これからビッシビシ稽古をつけて、さっさと一人前になってもらうよっ!」
あら、お叱りじゃないの?と俺は心の中で予想外の展開に少し呆然としていた。でもまあ、叱られなければそれに越したことはない。それに茶道部員としても一生懸命やる、と山口先輩には誓ったのでその言葉は実行する上でこの展開はこちらの望むところだ。
「はい、分かりました。私も若輩ながら精一杯努めさせて頂きます。山口先輩、諸先輩方、同学年の皆さん。どうぞご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
と背筋をピンと伸ばし、山口先輩の目を見て答える。周囲は呆然としているようであった。何か拙い事でも口にしたかな、それとも敬語を間違えたかな、と心配が顔に出そうなのを俺は必死に堪えた。そんな俺を見て山口先輩はニカッと笑って、
「うん、いい返事だ!頼んだよ、茶道部の新入り君!」
と先輩は俺の肩をバンバン叩いて、後ろを向いて高笑いをしながら元いた場所に戻る。叩かれた肩を痛みを拡散させようと軽く擦りながら、俺は山口先輩の接し方が、県大会を最後に引退してしまった元・主将の姿と重なり、俺はひとり心の中で寂寥を感じていた。山口先輩から、茶道部員全員に対して今日のスケジュールと今週のスケジュールが報告される。今日は、来たるべきお茶会に向けてこの部屋の掃除をするそうで、重たい荷物の運搬・管理は俺がすることが内定していたようである。これって受難だよなぁ…
………
立ち振る舞いの作法で座り方の稽古なう。
「遠野、また座るときに片足を引いてるよ!もう一度!」
「はい!」
…立ち振る舞いの作法で立ち方の稽古なう。
「立ち方が違う、やり直し!」
「はい、もう一度お願いします」
…は、半東のけ、稽古中なう…。
「今日は半東(お茶を点てる人の補佐役)の稽古をするよ!しっかり見てるんだよっ!」
「よろしくお願いします!」
山口先輩のつける稽古は、運動部も顔負けの厳しいものだった。それに俺は、オフシーズンとはいえ水泳部も練習があったのでそちらも気を抜かず打ち込み、昼休みや授業の合間を縫ってこれらの厳しい稽古をこなしていた。この時期の俺は、授業中に意識がほとんど無かった。ほとんどは寝ているか、たまに保健室に行くという名目で茶道部に顔を出していたくらいである。それでもハードスケジュールを除けば、まるで新人研修の時に受けたビジネスマナー研修みたいだ、と俺は前世の入社したばかりの自分を思い出しながら結構楽しんでいた。ひたすら稽古の内容を反復し、先輩の注意を受けて適宜修正し、正しい振る舞い方を身につけていく。スキルアップのチャンスだと思えば、新人研修の何倍も厳しい稽古も楽しさが更に増した。
茶道部の稽古に水泳部の練習を黙々とこなして気がついたら、夏休みであった8月が終わり、さらに新学期が始まる9月もあっという間に過ぎてしまった。山口先輩の厳しい稽古の甲斐があってか、俺は他の部員以上に茶道における作法を習得することが出来た。むしろこの作法が日常生活レベルに浸透してしまったくらいで、水泳部部員からは、お前…何かお上品になってねえか?、と苦笑いを浮かべて言われる程である。知子や響も、お上品になった俺に対して何も言わないが苦笑いは隠せなかった。…せめて、レースに出るときまでにある程度修正しよう。
これは後で聞いた話だが、山口先輩は俺だけに厳しい稽古を課していた。他の部員では気が引けるようなものでも、俺なら出来ると踏んだからだそうだ。それに俺が掛け持ち部員ってことで贔屓を受ける、足手まといになったら、他の侵入部員に示しがつかないからってことも視野に入れていたらしい。若年ながらおぞましいリーダーシップ性よ。まあ、そのおかげで俺も今年度初の茶会では恥を掻かずに無事幕を下ろすことが出来たから、これで良かったのだろう。後片付けで、茶入れの種類を分けずに棚に入れてしまって先輩に怒られたのを除けば、この稽古もいい思い出である。
……
「あぁ、今日も終わった~」
陸トレ上がりの心地よい疲れを感じる身体を使って自転車のペダルを漕ぐ。本日は知子と響はスクールのスイム練があるため、陸トレは俺だけ参加して今自転車を漕いでいるのは俺一人だ。
俺を乗せる自転車は帰路に一直線ではなく、輝日東と輝日南の合間にある公園に進路を取っていた。茶道部の稽古もピークを過ぎ、水泳部の新人戦に向けてテーパー(試合直前に練習強度を落とす、レースの動作の確認をするなど、レース用の身体に仕上げる段階)の段階に入ったので、少し気分転換をしようと思った。それに、今までの忙しさの中で考えることを止めていたあの事について考えておきたくなったのだ。
知子を抱きしめてしまった件である。あの一件以来、どうも知子との会話がぎこちない。俺の顔を見るたびに顔を赤くして離れていくし、響にも、何かあったの?と心配される始末だ。このままでは、俺達の関係が崩れかねない。それに俺自身、抱きしめたことに関してどういう精神状態だったのか分からなかったため、その辺りの整理をしたいと思ったのだ。
(もしかして俺はあいつを…、それは違う。駄目だ、未だあいつは13歳、そういう趣味は俺には無いはず…)
仮定を頭の中から振り払いながら、キィ、とブレーキを使って自転車の動きを止める。自転車から腰を上げて降り、自転車置き場に停めて鍵を掛ける。かごに乗せていた学生鞄を手に、階段を上がる。階段を上がった先には、街と海が一面に広がる景色と海に沈んでいく夕陽が見えた。10年以上後に星乃結美がお気に入りだと相原に語った光景が、今から三年後に橘純一が待ちぼうけを喰らって失意の中で眺めていた風景が広がっていたのである。一度来てみたかった、と俺は思っていた。
とりあえず、座る場所を探すことにした。
二人がけのベンチという座れる場所を見つけたが、そこには先客がいた。制服を着た綺麗な女子生徒が片側に座っていたのだ。制服はアマガミの原作から、輝日東高校の制服だと見て間違いがない。太陽が落ちるのも早くなってきたし、こんな時間まで一人で何をしているんだ、という疑問が湧いてくる。まずは一言断ってから座ることにした。
「あの、隣に座ってもいいでしょうか」
「…」
その女子高校生から返事は無かった。何もないように無表情で虚ろな瞳に夕陽を映していた。そう、彼女はまるで俺が見えていない、いや周りには何もないような様子であった。それでも断らなければならない、と俺は思い彼女に再び声を掛ける。
「あの!」
「あっ…」
と俺の少し大きめの声で彼女に話しかけると、彼女ははっとした表情に蚊が鳴くくらい小さい声を発した。そして、俺の方に顔を向ける彼女。急に彼女の顔面が笑顔に形作られていく。
「も~、君の声でお姉さんビックリしちゃったよ」
「あ、すみません、びっくりさせてしまって」
「もう気にしてないよっ。ところで君はお姉さんに何か用なのかな?」
さっきの虚ろな顔からは想像も出来ない、眩しい笑顔に快活な声が俺に投げかけられる。そのギャップにたじろぎながらも、俺は横に座ってもいいですか、と彼女に許可を求める。彼女は、どうぞどうぞ、とベンチに座るよう促す。俺は、失礼します、と彼女と少し距離を取って座る。
「君は、中学生?お名前は?」
「遠野拓と申します、輝日南中学の1年です」
「遠野くん、こちらも自己紹介しないとね。私は輝日東高校の1年生、絢辻縁です」
(え?絢辻縁って、あの絢辻詞の姉…だよな?原作の少し電波が入っているけど明るいイメージとは、最初正反対だから全然分からなかったぞ。…どういうことだ?)
原作の絢辻姉とさっきの絢辻姉の様子があまりに離れていたのでそのギャップ戸惑う俺であった。
(次回へ続く)
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