IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Introduction
第七話 更識楯無
……今、彼女はなんて言った?
僕の名前を呼ばれた気がする。それに、全てを知った上で……? 確かにさっきまで僕は楯無さんに全て話したいと考えていたけど……。
「さっきはああ言ったけどフォルテちゃんには会計をお願いする予定よ。とはいえ、会計は私ともう一人の子も兼務するからやることは実際ほとんどないわ。ただ、イベントごとや有事の際に信用できる子が欲しいのよ」
楯無さんがすぐに僕から離れて、フォルテさんに体を向けながらも僕ら二人に対して言葉をかけてくる。でもさっきのことが僕の頭の中をグルグル駆け巡ってまともに内容が理解できない。
「ん~、わかったッス。部活するのも面倒だったんで別に入ってもいいッスよ」
「ふふ、そう言ってくれると思ってたわ、よろしくね。紫音ちゃんも、よかったら生徒会入り考えてほしいな。ただ勘違いしないでね。いろいろ言ったけれども、これは強制じゃないわ。……それじゃ、私は先に部屋に戻ってるわね」
僕の肩を軽く叩きながらそう言いつつ、楯無さんはその場を立ち去った。フォルテさんも僕に一声かけてすぐにそれに追従する。それにちゃんと返事もできたのかすらわからず、気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。いったいどれだけの時間、立ち尽くしていたのだろう。
「はぁ……」
思わず声が漏れてしまう。これからどうしよう。部屋に戻れば楯無さんがいる。きっと僕の正体はほぼバレていると思っていいけど、それを学園に公表しないということは何かしらの意図があるはず。……脅す、といった感じではないか。なら交渉の余地はあるのだろうか。
まったく、さっきまでは全部話したいとか考えていたくせに、いざバレたらこれか。自分が嫌になるな。
千冬さんには……ひとまず黙っておこう。やっぱりまずは楯無さんとしっかり話すしかないか~、さっきはフォルテさんもいたし僕も頭が真っ白になったしで何も話せなかったからなぁ。
よし! 考えても仕方ない、部屋に戻ろう。そう決意しつつも足取りは重く、部屋に着くまでいつもより倍以上の時間がかかった。
ようやく部屋の前までたどり着いたわけだけど、いざとなるとやっぱり決心が鈍ってしまう。とはいえ入らないわけにもいかないから……とりあえずノックしよう。自分の部屋に入るのにノックするのも変だけど。
「どうぞ~」
中から楯無さんの声が聞こえてくる。たぶん僕だってわかってるんだろうな。
再び覚悟を決めて部屋に入るとそこで待ってたのは……。
「おかえりなさい、また先にシャワーもらったわよ」
どうやら楯無さんは先にシャワーを浴びていたようで、濡れた髪のまま首からタオルをかけてショーツ一枚の姿で……ってデジャヴ!? いや、それもだけど今は僕が男って知っててやってるんだよね、どういうことなの!?
「たた、楯無さん! なんでそんな格好してるの!」
あまりもあまりな状況で思わず素が出てしまったけど今更気にしても仕方ない。僕は叫びながらすぐに後ろを向いた。あれ? 今回はバレてるならすぐに部屋出たほうがよかったかな……? せっかく決心したからかそのまま部屋に入ってしまった……。
「あら別にいいじゃない、減るもんでもないし。……それとも私の格好に欲情しちゃったかしら~?」
なんてことを言い出すんだこの人は! きっと今、ものすごいニヤニヤしてると思う。顔は見えないけど絶対そうだ。
「そ、そんなことないよ!」
そうは言ったけど僕の顔も赤くなってそうだなぁ。というか、昨日もそうだったけどあんな格好なのに大事なとこはしっかり隠していたあたり確信的にやってるのは間違いないんだけど……。
「ほら、服着たからこっちいらっしゃい。……聞きたいこともあるんでしょ?」
「……わかりました」
恐る恐る振り返ると、ちゃんと本当にちゃんと服を着てくれていて、彼女のベッドに腰掛けていた。ホッとした僕はそのまま相対するように自分のベッドに座る。
「さて、それじゃちょっと真面目な話をしましょうか、紫苑君」
今まで見たことがないくらい真剣な顔を見せる楯無さん。
「……やっぱり全て知ってるんですね」
「そうね、あなたが男だってことも知ってるわ」
直接聞くまでは、もしかしたらとも思ったけどやっぱり全部知っているみたいだ。ここまで断言できるってことは今さら下手な言い訳しても無駄だろうね。
「いつ気づいたんですか?」
「ふふ、そんなに畏まらないでいいわよ。さっきのがあなたの素でしょう? 二人で話すときはそっちでいいわ。で、いつかって言われると最初からよ」
さっき思わず出てしまった言葉を聞き取っていたらしい……。
それに最初から知っていた? ってことは今までずっと知ってた上で接してきたってこと? ならなんでこのタイミングで? だめだ、余計混乱してきた。
「私の家が対暗部を主とした暗部だってのは知ってるわよね。その関係上、いろんな情報が入ってくるのよ。……例えば、西園寺家の双子の片割れが正体不明の病で倒れた、とかね」
どうやら西園寺の家は更識を、というより楯無さんを甘く見ていたようだね。紫音が倒れたときに、僕の家はすぐに情報を隠蔽していて、事情を知っているのは僕に入学用の教育を施した人や一部の人に限られるし、その人たちもかなりの監視を受けているって聞いた。そして矛盾が発生しないように、紫苑が海外に留学したことになっている。そんな状況で楯無さんは僕らのことを探り当てたのか……。
「そう……。なら何ですぐに僕のことを学園に報告するなり警察に突き出すなりしなかったの?」
「まぁ、正確に言うと確信したのは最近なんだけどね。確認しようとしてお風呂場に潜入してみたら……何よあの胸、本物みたいじゃない。明らかにオーバーテクノロジーよ! スタイルいいし咄嗟の叫び声まで可愛いし、本当に女の子なんじゃないかと……こほん、それはさておき、こちらとしても西園寺家の目的とか動向を知りたいのもあったし、様子を見てたの」
胸のくだりで何やら興奮してたようだけど、あとは淡々と説明をする楯無さん。いや、確かにこのシリコンバストは僕も技術の無駄遣いだと思うけど……声云々は触れないで欲しい。
「それで、ようやく紫苑君の留学情報の虚偽と紫音ちゃんの入院情報の確認が取れて確信したってわけ」
こうなると、結局バレたのは必然ではないだろうか。というより僕のせいでバレた訳じゃないね、これは。西園寺もこれなら諦めるしかないでしょう。……問題は僕がどうなるかだけど。
「それで、楯無さんはそれを踏まえて僕をどうするつもりなの?」
今重要なのはそこだ。楯無さんに下手な誤魔化しをしても意味がないのはわかった。あとは、そのカードを彼女がどう使うか。
「別にどうもしないわよ? もちろん、西園寺家への監視は続けるけどあちらが何かしない限りこちらが動くことはないわ。それに紫苑君、あなたに対しても何もするつもりはないわ。今まで通り、学園に通ってちょうだい」
……意味がわからない。
「意味がわからない、って顔してるわね。……生徒会の話のときに言ったけど、ある事情で学園に信用できる子が欲しいの。あなたも家の事情でここに入れられたのはわかってたけど、最初私にはあなた自身がどういうつもりで通っているのがわからなかったわ。……でもここしばらく一緒にいて、あなた自身は信用してもいいって思えたの」
やっぱり意味がわからない。こんな短い間に僕のなにを見たと言うんだろう。
「まだ納得できないかしら? まぁ、そうよね。でもこれでも私は人を見る目はあるのよ。それこそ腐るほど世の中の裏側で多くの人間を見てきた自負はあるしね」
男であることを隠して、楯無さんを騙してきた僕を信用する。それが本当なら彼女の器はどれほど大きいんだろう。でも、実際のところ僕も楯無さんのことを信用していた。それは今思えば彼女のこういう部分にどこかで気づいていたのかもしれない。
「その、学園で人を集めている事情っていうのは?」
「亡国機業って知ってるかしら?」
「え!?」
その名前をここで聞くことになるとは思わなかった。
亡国機業、50年以上前の第二次世界大戦中に生まれ暗躍を続ける秘密結社。国家、思想、民族、信仰、一切に還らず目的がわからない謎の多い組織。確かなのは、大きくわけて幹部会と実働部隊の二つにわかれていて、近年の優先目標がISであるということくらい。一般的に亡国機業の名前は知られていないので、知っているのは楯無さんのように裏に繋がりのある人間が主になる。
まぁ、僕の場合は束さんのせいでハッキングに関わってしまい、その中で存在を知ってしまったんだけど。
「その様子だと知っているみたいね。その亡国機業の活動が最近活発になってきてるのよ。それこそIS学園に手が伸びかねないほどね。でも学園は大っぴらに動けないし……もしかしたら既に内部に潜入されてる可能性もある。だから私は自分達で動かせる人間が欲しいの、それが生徒会よ」
……なるほど、だからフォルテさんもいざというときの実働要員として生徒会に勧誘したのか。それだけじゃない、亡国機業が狙うとしたら間違いなく最優先は専用機持ち。それを考えたら狙われる可能性のある人間を把握できるように近くに置くのは正しいと思う。
「……そして紫苑君、あなたのことが公になれば最優先ターゲットは間違いなくあなたになるわ」
これも間違いない。何せ世界で初の男性操縦者ということになる。例え僕が月読以外を動かせないのだとしても、僕と月読をセットで調べれば男性が操縦できるISが作れるようになるかもしれない。
そこまでいかなくても、何かしらの技術革新が起これば世界の軍事バランスが再び崩れることになるかもしれない。それが秘密結社主導で行われるなんて想像もしたくない。
「だから僕を敢えてそのままにしておくんですか?」
「ん~、そんなに難しく考えないでほしいんだけど。確かに、公表するよりもそのままあなたを通わせたほうが対策しやすいっていうのもあるわ。でもそれ以上にあなたにも期待しているのよ、なんせ私をあそこまで追い詰めたのよ?」
そう話す楯無さんはなんとも言えない、満面の笑みだった。どちらかと言うと悪戯を企む子供のだけど。
「はぁ、ズルいよ楯無さん。そんなこと言われたら……断れないじゃん」
「ええ、私はズルいのよ。知らなかった?」
特に悪びれるでもなく、むしろ褒められたかのようにドヤ顔をされてしまった。
さっきまでの話の内容とその表情のギャップに僕はこみ上げる笑いを抑えられなかった。
「いや、知ってたよ。それに前も言ったけど僕はそんな楯無さんがやっぱり好きかも」
そのままやられっ放しなのは癪なので、以前顔を赤くした言葉を再び投げかけてみる。しかも形式上は女同士だった前回と違い、今回僕は男だとバレている。……格好は変わらないけど。
「……私は嫌いになったかも。やっぱりあなたは腹黒いわね」
そっぽ向かれてしまった。でも少し赤くなってるから効果はあったんだろうか。そんな仕草が可笑しくて僕はまた笑ってしまうが、それが余計に彼女にとっては面白くないようだ。
「あはは、ごめんごめん、拗ねないでよ。それと……ありがとう。こんな僕でも受け入れてくれて。正直、気持ち悪いでしょ、女装して女子高に通う男なんて。それに同部屋なんて……」
「何をいまさら。まぁ、あなたが周りの女生徒や私に興奮してるようなただの変態だったらすぐに半殺しにした上で社会的にも抹殺するつもりだったけど。……いろいろ苦労してたでしょ?」
何をいまさら、の辺りで僕の心は半殺しにされた気がするけど続く言葉は優しかった。
「ま、それにあなたも学園に味方が欲しいでしょ? 見た感じ今このことを知っているのは学園では織斑先生くらいかしら?」
「うん、よくわかったね」
それすら見抜くあたり、やはり情報力だけではなくて観察力なんかも卓越しているんだろうな。そういえば、ここまでで話題に出してこないってことは僕と束さんの関係とかは知らないのかな? 話してもいいけどとりあえずは束さんにも報告してからにしよう。
「さて、話してたら遅くなっちゃったしシャワーでも浴びてきたら? ご飯もまだでしょうし、入ってる間に何かつくっておくわよ」
「うん、ありがとう。……この前みたいに入ってこないでよ?」
もうバレてるとはいえ不意を突かれるのは心臓に悪いので目の前の前科者に警告だけしておく。
「さすがにもうやらないわよ! でも、ふふ。お嬢様な紫音ちゃんもいいけど素の紫苑君もなかなか、どちらも気に入ったわ。だからせめて部屋にいる時くらいは素でいてちょうだい」
そう笑う楯無さんはやはりどこか楽しそうだった。予想と全く違うここまでの対応に驚きはしたけど僕にとっては予想外なほど恵まれた展開で、少し前までの暗鬱とした気分は吹き飛んでいた。
シャワーから出てきたあと僕を待っていたのは楯無さんの手作り料理の数々。短時間でできるものじゃなかったから僕が来る前から仕込んでたんだろう、相変わらず準備がいいというか抜かりない。味の方も美味しかった。
ちなみに自己紹介の時に言っていた料理が趣味っていうのは実は本当でそれなりに自信もある。何故料理かというと、家でほとんど放置されていたせいで自分で作るしかなかったからだ。あとはたまに束さんの研究手伝うとき、彼女が携行食とかしか食べないのを見て、度々食事を作ってあげたこともあり自然と身についていった。
こっちに来てから作る機会もなかったから明日にでもお礼に楯無さんに振る舞うのもいいかもしれない。
翌朝、早めに起きた僕は部屋を抜け出して束さんと連絡を取った。
『んにゃ~、久しぶりに連絡してくれたと思ったらこんなに早い時間に。束さんはおねむだよ~』
寝ぼけてるのかいつものテンションがない束さんだけどむしろこちらとしては話しやすくて好都合。
「えっと、言いにくいんだけど。同室の子に男だってバレちゃった、てへ」
『なにそれ、どういうこと!? ていうか女の子と同室だったの!? だめだよ、襲われちゃうよ!』
急にテンションが急浮上する束さん。和ませようと可愛く言ってみたけどスルーされた、悲しい。……というより僕が襲う心配より僕が襲われる心配をするのはどういうことなの。まぁ、確かに楯無さん相手だと風呂場の一件で襲われた気はするんだけど。
「うん、まぁそれは置いておいて。いろいろあってそのまま黙っててもらうことになったんだ。ただその相手っていうのが更識家の当主、さらにもうすぐ生徒会長になる人でね。流れで生徒会に入って手伝うことになったの。更識って時点でわかると思うけど、厄介事に巻き込まれるかもしれないから一応報告を。あとまだ束さんとのことは言ってないしたぶん向こうも掴んではいないと思うけど、どうする?」
『その女狐がしーちゃんを誑かしたのか! うむむむ、確か更識現当主はロシアの国家代表……ミサイルハッキングしてとりあえず先にロシア潰しておくか……あ、束さんのことは黙っててほしいな! やることできたからそれじゃ!』
「まてい! 珍しく質問にはちゃんと答えてくれたけどその前がおかしいよ! 別に誑かされてないし、脅されたりもしてないからそんな気軽にミサイル撃つのは止めて! しかも実際ロシア関係ないよ!」
そんな簡単に第三次世界大戦を引き起こされたらたまらないよ!
『ぇー、だってしーちゃん可愛いし、男だってわかったら余計ムラムラしちゃうでしょ? 隣に寝てたら普通襲っちゃうでしょ? やっぱり危ないよ!』
「何で襲うのが当たり前でしょ的な感じに言ってるのさ。今まで何もなかったから大丈夫だよ」
というかそんな風に思ってたのか。昔はけっこう泊りがけだったり一緒のベッドで寝たこともある、本人の知らないところで貞操の危機だったのかもしれない。今後はちょっとお付き合いを考えた方がいいかも。
『本当に? 何もなかったって神様の束様に誓って言える?」
「束さんが神様かはさておき……(よく考えたらけっこう際どい場面あったような、いや何もなかったし大丈夫だよね)うん、チカエルヨ」
あ、思わず棒読みになってしまった。
『なに今の間は! それに棒読みだったよ、やっぱり何かあったんだね!?』
「あ~、もう話が進まないよ……。とりあえず、何かあったら今回みたいにちゃんと連絡するから僕を信じて?」
『う~、わかったよ、絶対だよ?』
ようやく落ち着いてくれた。というかここまで話が全然進んでないじゃないか、いつものことだけど。最初期待した分疲労感が倍になった気がする。朝からこんな疲れてどうするの。
この後なんとか経緯と今後のことを束さんに伝えて通話を終えた。結局、束さんとのことはこちらから明かすことはしないようにした。まぁ、世界的に指名手配になってるようなもんだし僕が接点持ってるなんて知ってる人は少ないほうがいい。それこそ亡国機業に狙われる理由が増えてしまう。
その後部屋に戻っても楯無さんはまだ寝ており、時間もあったので昨日のお礼に朝食を作ることにした。まぁ、朝なので簡単なものだけど。
料理が出来上がるころに楯無さんが目を覚ましたようで、こちらに訝しげな視線を送りながらやってきた。
「なにしてるの?」
「なにって、朝ご飯作ってたんだけど」
「料理できるの……?」
「自己紹介のときに料理が趣味って言わなかったっけ?」
「あれ本気だったのね……」
どうやら信じてなかったらしい。とりあえずあるもので作った味噌汁、卵焼き、焼き鮭、それと白御飯といったオーソドックスな日本の朝食を並べていく。
「なにこれ、美味しい……」
一通り箸をつけてそう呟く楯無さんは僕の期待に反してなぜか悔しそうな顔になってた。
……なんで?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、数日後にクラス対抗戦が行われる訳だが一つ問題が発生した」
朝のSHRが始まり、一通りの連絡事項が告げられたあとに重々しい口調で千冬さんが切り出した。なんとなくその問題は想像できるけど。
「先日行われた当クラスの代表決定戦の折に行われた模擬戦を見た他クラスの生徒などから専用機持ちが集中する一組が有利すぎるとの苦情が学園に多数寄せられている。そんなのは例年のことで何を今さらといったところだがな。まぁ、事前に模擬戦を行うこと自体異例ではあったし、その模擬戦が無駄にレベルが高かったせいで余計な手間が増えたわけだ」
そう言いながらこちらに視線を向ける。うん、それに関しては申し訳ないと思ってるんだよ? 後悔はしてないけど。だって手が抜ける相手じゃないし……やるからには負けたくなかったし。そう思いながら苦笑いしてたら意図を読み取られたのかため息をつかれてしまった。
「まぁ、そういう訳で学園側で協議した結果、今回は試験的に特殊なルールで行うことになった。その内容は全クラスで同時に戦うバトルロイヤル方式だ。つまり、唯一の専用機持ちである一組は全員から狙われる可能性が高いというわけだ」
そのあんまりといえばあんまりな学園の対応にクラス中から非難の声が挙がる。彼女たちからしてみれば明らかに一組に必要以上に不利な条件を押し付けているように見えるのだろう。
「これは決定事項だ、それにお前ならそれほど不利にはなるまい? 西園寺」
「そうですね、戦い方次第で特に影響はないと思います」
周りは納得していないようだけど、それは試合で証明できるでしょう。
◇
「……なんの地獄絵図ッスか、これは」
紫苑の正体発覚から数日、特に楯無からのアクションもなく何事もなかったかのように今まで通りの日常が過ぎ、今はクラス対抗戦当日。眼下で巻き起こる光景に思わずフォルテはそう漏らす。同じようにアリーナ内で観戦する他の者はほとんど言葉も出ないといった状態で、ただ辺りには爆音や破裂音のみが響き渡る。
前代未聞の全クラス同時戦闘によるバトルロイヤルという形式で行われたクラス対抗戦。
大方の予想通り、試合開始と同時にほぼ全員が紫苑に向かっていった。各クラス代表は専用機こそないが多くが何処かの国の代表候補生である。当然、紫苑は相当な苦戦が強いられると思われた。
しかし蓋を開けてみれば、紫苑の圧勝だった。というよりほとんど彼は何もしていない。満足に連携など取れず、ましてや敵同士である他の面々。まともに一人を狙って攻撃などできるはずがなかった。
持ち前の相手を幻惑するブーストで攪乱しながらただ攻撃を回避するだけで、自然にそれらの攻撃は自分に殺到する他の敵機に当たる。そもそもいくら同時に戦えるといっても、せいぜい四方向+空中戦なら上下の計6人が限界だが、実際にそんな状態で連携も取れずに突っ込めばどうなるか、それは火をみるより明らかだ。
結果、ほとんどが自滅した。
ちなみに薫子は真っ先に意気揚揚と突っ込んできたが、その場所が他者の砲撃の軌道上で脱落の一番手となった。最後まで残ったのが、うまく他者の動きを把握しながら的確に紫苑の動きの隙を狙おうとしてきた4組の代表サラ・ウェルキンだった。だが、そのサラも他の者が全員撃ち落とされ一対一になった状態ではどうしようもなく、あっさりと撃墜されてしまう。
紫苑と楯無(敢えて言えば千冬も)はこのルールが告げられた時点で既に試合展開がこうなることはある程度想定しており、その際に落ち着いていたのはそういう訳で、むしろこんなルールにしてしまった学園側に対して若干呆れていたのが実際のところだった。
こうしてルール改訂が無意味だったことを学園側も悟り、以後このルールが使われることは二度と無かった。
後書き
今年最終分です。
しばらく、予約投稿してありますので毎日20時に更新されます。
来年もよろしくお願い致します。
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