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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第二部
聖杯戦争、始動
  夢の狭間で ─戦いの理由─

 雪に閉ざされた世界。

 氷の檻と言って差し支えない凍りついた森は、来る者を拒み、入る者を逃がさない牢獄のようだ。
 木々はまるで鉄格子のように林立し、同じ景色が延々と続く道程の最中、何度迷いそうになったか分からない。

 結界で隔離されたと錯覚するほど、そこは他者を拒絶する霊気に満ちていた。



 雪に覆われ、一面白一色の中、黒衣を纏い歩く青年。

 この銀世界において目立ちすぎる身形。
 背には蒼い槍を携えて、彼は道無き道を往く。

 青年の装備はそれだけではない。

 右腕に巻いた黒鋼は魔力で編まれた縛鎖であり、左手首には回転弾倉式の魔弾射出の魔具。
 両足には真鉄を仕込んだ法靴、腰に差した二本の剣は概念の篭った魔術礼装。

 戦争でもしに行くのかと聞きたくなるほどの重武装だ。

 だが真実彼は、戦争すら辞さない覚悟の()を心に灯して、この先にある城へと向かっている。



 捕われたお姫様を、救うために。









 辿り着いたのは荘厳なる城。
 永きに亘り紡がれてきた歴史を感じさせる、美々しき孤城だ。

 ここに来るまでに、青年は百を超える獣の群れを屠っている。
 斬り刻み貫いて、灼き焦がし引き裂いて、全ての命を絶ち切ってきた。

 飢餓による暴食本能に突き動かされる獣どもは血と肉に餓えていたが、食物連鎖の一部となったのは彼らの方。
 今頃は他の動物たちに死肉を漁られ、原型すら残さず喰らい尽くされていることだろう。

 襲われたとはいえ、身を守る為とはいえ、目につく生命総てを殲滅してきたというのに、青年には何の感情の変化もみられない。

 返り血すら浴びていない青年は疲労の色すら見せず、数時間前のままの姿で其処に到達していた。



 城の入り口となる場所にはただの門扉ではなく、儀礼呪法すら弾き返す城門と一人の門番が存在する。

 白装束に身を包んだ、聖女と見紛うほどに美しい女性。
 冷たい表情のまま、目前の青年を既に敵として捉え、その手に握られた戦斧を構えている。

「この不夜城の御当主に用向きがあって参った。畏まって門を開くがいい」
「……お断り致します。我が城の領域内には如何なるモノをも通すこと無きよう、主に厳命を受けております。
 どうしてもと仰られるならば──────力ずくでということになりますが」
「ふん。ならば押し通る」

 聖女の魔術回路が起動する。
 並みの術者など軽く凌駕するその魔力は、青年の魔力総量を倍にしても遠く届かない。

 尚且つ彼女の持つ戦斧は総重量100kgを超え、人間が扱える武器の範疇を逸脱している。
 振るわれるその斬風に薙ぎ払われれば、生身の人間など容易にひしゃげて骨肉ごと飛び散ることだろう。

 己の数倍優れたその敵を前に、青年は一歩だけ動く。
 一瞬の残像は陽炎のように、いや影朧のように揺らりと。

 その一歩で、白の女と青年の決着はついていた。





 引き抜かれる蒼槍。

 口と胸から零れ落ちる赤い命の泉。
 白装束を鮮血の華で彩りながら、聖女は決して長くはなかったその生命活動を終えた。

「……こんなものか」

 崩れ落ちる聖女を見下ろし、物言わぬ屍となったそれを踏み越えながら、青年は門扉を抉じ開けた。

 刹那、墜落してくる鉄塊の方な突風を回避。

 中空より落ちてきたのは、先ほどの聖女に酷似した少女。

 手には無骨な大剣。
 それは地面に埋め込まれた厚さ15cmの、魔術加工を施された石板を容易く砕き割る。

 門から城内へと続く道には、同型の白い少女(・・・・・・・)が無数に配置されていた。

 目測で12人。先に即殺したのも含めれば13人。
 総人数には魔術的な意味合いもあるのだろう。もしかしたら配置そのものにも式陣の意味が含まれているかもしれない。

 見て看破出来る性能は、全員がほぼ同じ能力値であること。
 一人あたり平凡の魔術師千人分に匹敵する魔力を秘め、武装も生半可な武器ではない。

 単純な戦力比にして一対万。

 そんな比べることも馬鹿らしくなるような戦局に身を置くも、対峙する青年に絶望はなかった。

起動(セット)……魔術廻炉(エーテルドライヴ)──」

 自己を変革する独自呪文。
 両腕に刻み込まれた魔術刻印が緑光を発する。
 全身に廻る回路に循環させ、炉心となる心臓を魔力が通過する。

 精練した魔力を槍に注ぎ込み、内包された力を解放した。

 蒼槍に星の光が宿る。
 漏れ出す魔力が穂先に五つの鏃を作り出し、槍は鉾のような形状に変化する。

 青年が槍を携え、踏み出そうとしたそのとき。

 三本の鉄矢が、大気を突き破るように飛来する────!

「っ……!」

 一秒の後に直撃していたであろう剛矢を、槍の払いで全て弾く。

 その隙を見て、烈瞬の踏み込みと共に大剣が脳天へと振り落とされる。

 身体を中心軸に合わせて半転させ、最小限の動きで躱す。
 続いて鋸のような大刀と岩石のような鉄槌が左右から襲い来る。

 後宙転で更に躱し、鉄槌の少女に槍を突く。
 命を奪う死の一閃は、正確無比に心臓を穿った。

 まず標的としたのは、一番の超重量を持つが故に最も敏捷性のない少女。

 情けなく容赦なく、冷徹に、無慈悲に。
 糸が切れた人形のようにその生命活動を停止させられ、少女は地に倒れ伏した。

 再び飛来する矢を、槍に突き刺さったままの少女を持ち上げ盾にして防ぎ、逆方向から迫る投石に投げ付けることでそちらも防ぐ。

 死してなお傷を負う少女は不憫だが、これは殺し合いだ。
 余計な感情を挟まないその判断は合理的であり、青年は戦闘者として優れた思考をしている。

 言ってしまえば、どんな生き物でも死んでしまえばただの肉塊であり物なのだから。
 その戦場の掟を踏まえているように、白の少女たちも青年を攻撃するにあたって同族だったその残骸を厭うことなどない。

「ハァ……ッ!」

 再び振り落とされる大剣。

 青年はその剣の軌道上に、槍を地面に突き刺すことで弾く。
 槍の底を叩く大剣は予想外の位置で止められたことで威力を削がれ、使い手である少女は思わず仰け反った。

 腰に差した双剣を握り、青年は仰け反ったままの少女を斬る。
 左の一撃目で骨まで到達し、右の二撃目を傷に重ねるように振り抜き、頚骨ごと首を落とす。

 ボトリ、と。

 ガシャリ、と。

 首が落ちた直後に、振りかざしていた大剣も地に落ちる。

 噴き出し溢れる鮮血は地面に降り注ぎ、落ちた頭蓋は赤い噴水となった自分の胴体を見つめている。
 首を亡くした胴体は一頻り血を噴き溢してようやく崩れ落ち、探していた落とし物を見つけたかのように自身の首へと倒れ込んだ。



 そして。

 大剣を振るっていた少女の体が倒れるまでの間に、弓矢、投石、鋸刀を持った少女たちも絶命していた。



 先と同じように飛び道具で援護しようとしていた二人は、次射を放つ寸前に投擲された短剣に頭を串刺しにされる。

 剣の軌跡は見えていた。

 避けることなど容易かった。

 だというのに、迫る刃を回避した少女たちを待ち受けていたのは、目前で翻り舞う短剣だった。
 如何なる魔術理論で編まれたものか、元の軌道から誤差を修正するようにして短剣は進行方向を変えたのだ。

 ────死鳥の羽撃。

 その双剣には攻撃対象に二度襲いかかる、『追討』の概念が付与されている。
 一人の相手に対してなら四度の翔撃を見舞う、C級魔術礼装だ。

 頭蓋で最も骨の薄いこめかみを貫かれた少女は脳髄を破壊され、向かい合うように倒れ伏す。

 残る少女は好機とばかりに徒手空拳となった青年に斬り掛かるも、鋸刀は右手の黒鋼によって止められた。
 並みではない衝撃が少年の体躯を襲うが、強化と硬化を重ねがけし、更に体捌きによって横殴りの衝撃を拡散させる。

 その瞬間、黒鋼からの束縛の呪いを受けた少女は身動き一つ出来なくなり、青年は無防備を晒す少女の腹部に左手を宛がう。

 ガコン、という音と共に、少女の腹には空洞が生まれていた。
 魔術と魔薬で生成し精製された炸薬弾を、零距離で体内に打ち込まれたのだ。

 血液を流すこともなく、身体機能を司る内蔵の七割を吹き飛ばされた少女は、何も言わぬまま命を散らせた。



 戦いが始まってから三分と経たずして。



 圧倒的戦力差で虐殺されるだけだと思われた青年は、この短時間に敵の半分を殺戮せしめた。

「あぁ…………もう」

 溜め息が漏れる。

 無感動に敵を殺尽するも、青年とてそれは望んでやっている訳ではない。
 いくら能力が高くても戦闘経験もない人形に負ける要素などなく、能力が高いだけに殺さずにおくこともできない。

 殺すより生かすことの方が何倍も難しく、単一命令に従うだけの彼女らはその生命活動を停止させるまで動き続ける。

 彼にとってのただ一人を救うためにここまで来たというのに、無意味な殺生をさせられる。
 だが彼女を救うためならば、他の何を犠牲にしても構わぬという不退転の覚悟を以て、青年はこの地に足を踏み入れたのだ。





 何年も前に交わした、尊く儚い約束──

 何があろうと貴女を守るという、汚れなき純潔の契りを果たすために────

 故に、この虚しい戦いは、青年が無垢なる白き少女たちを絶滅させるまで続くのだ──────









 数十を越える血を斬り捨てながらに辿り着いた、城主の座の間。

 其処に待つこの城、いやこの国の当主は、冷たい光を宿した眼で、目の前に現れた青年を見つめていた。

「貴様、何用じゃ。我が眷属を鏖しにでも来たのか、小僧」
「問うべきことは一つ。彼女は……何処だ?」
「一体誰の事か。この城には彼女と形容可能な者は無数におるぞ」
「巫山戯るな。オレが言っているのは一人しかいない。
 もう何時死んでもおかしくない、あの子のことに決まってんだろ!!」

 怒号とともに、魔力が視覚化するほどに溢れ出る。
 渦巻く魔力は雷気を纏い、彼が持つ武器が主の怒りに鳴動している。

 側に控える付きの者は無意識に後退しているが、当の城主は見下すように青年に視線を向けていた。

「それを知ったところでどうする?」
「オレが守ると、オレが救うと約束した。何がどうなっていようと、その誓いを果たすまでだ」
「ふ、ふは、ははははははははは!!
 ……無知とは滑稽なことじゃ。現実の残酷さを知らぬから、そのような戯れ言を並べ立てられる」

 嘲りの哄笑か。

 まるで道化でも見ているかのように、城主は青年の浅はかさを笑う。

 何がどうあっても救えない。何をどうしたところで救えない。
 留められぬ死こそが彼女の運命であり、それを覆すならば奇跡でも持ってこなければ話にならないのだと。

「ここから出てゆけ、小僧。おまえに出来ることなど何もない。
 見えぬであろう。苦悶に喘ぎ、日に日に弱っていくあの子の姿が。
 聞こえぬであろう。死の闇に蝕まれていく、あの子の苦悶の悲鳴が。
 ……感じられぬのだろう。それでもなお必死に命を留めようとする、あの子の魂の鼓動が…………!!!」
「っ…………」

 彼女の状態を一番分かっているのは、他ならぬ城主のこの男だ。

 知っているからこそ、理解しているからこそ、変えられぬ定めを受け入れている。
 穏やかに命を終えることが、彼女にとって最も苦痛の少ない、安らぎの最期なのだと。

 しかし────それを認められぬからこそ、青年は今、ここにいる。

「…………分かるんだよ、オレにも。
 見えるんだよ。どれだけ辛くても、懸命に生きようとしているあの子の姿が。
 聞こえるんだよ。独りぼっちの暗闇の中で、必死に助けを呼ぶあの子の声が。
 ……感じるんだよ。自分を決して諦めてなんかいない、あの子の命の胎動が!!!」

 答える言葉に、何も言えなくなったのは城主の方だった。

 切実なる心の叫び。
 何を以て、どう在って、青年は彼女を知ったというのか。

 勝手な事を。世迷い言を。
 想うモノがあるのは何も、青年だけではない。
 族外の、四半世紀程度しか生きていない小僧に、一体何が分かるという。

 分かるはずがない、分からないと否定する意志は、けれど。

 ただ確かなことは、二人の間には、否定しようのない絆があることだけだった。

「………………一年だ」
「……何じゃと?」
「今日から一年以内に。俺が此処に、聖杯を手に入れてくる」
「ハッ、何を馬鹿な。そんなことが出来るものか。千の刻に渡る我らの悲願を嘗めておるのか!?
 それに貴様……その一年の間、あの子に死の苦しみを味わい続けろとでも言うのか?」
「あの子は負けない。絶対に死なない。あんたたちなら、あと一年は延命させられるだろう? その期限までに、俺が必ず聖杯を手に入れてみせる」

 幾百月と待ち続けたなら、後一年くらい待てるだろうと。

 それから青年は、城主を納得させるまでに三日もの時間を要した。



 世界を駆け巡る、長いようで短い青年の聖杯探索の旅。

 聖杯と聞けばどんな場所にも行った。

 東にも、西にも、南にも、北にも。
 火の山、海の溝、空の園、森の奥、地中深く。
 世界のあらゆる場所を巡りに巡って彷徨い続けた。

 一日たりとも休むことなく。

 300の夜明けを迎え、その最果てに辿り着いたのが──────



 彼女を救うべきモノであり。

 青年を終わりへと導くモノだった。









「………………」

 目が覚めてから30分。

 起床時刻より早く目覚めたものの、夢の余韻を引きずって寝転がったまま。
 すぐさま起き上がって一日を始めようという気も起きず、寝心地がいいわけでもないベッドの上で寝返りをうつ。

(サーヴァントは夢を見ない……夢という共感事象の共有じゃない…………ならあれはフェンサーの記憶の流入を俺が夢として見ていることになる、が)

 前回とは主観の視点が違っていた。
 前は少女の主観での夢だったのに対し、今回は青年の主観だった。

 少女をフェンサーであると仮定した場合、夢は彼女の記憶なのだから主観はフェンサーの物でなければならない。
 ならば青年側の記憶もフェンサーの記憶の一部ということになるが、他者の記憶をフェンサーが保存、保有しているのは何故なのか?

 それに────

「あの起動呪文は、俺の…………」

 俺が黒守の魔術を扱う際に唱える言葉だ。

 独自に考えるスタータースペルではあるが、誰一人とも被らない訳ではない。
 自己の内面に働きかける意味合いが異なれば、言葉という表面上だけの共通点。

 しかしそんな偶然が、果たして起こり得るのだろうか。

(もしかして黒守の一族に縁のある人間か?)

 600年も歴史があれば英雄っぽいことをした者も居たかもしれないし、勝手に持ち上げられたってのもあるかもしれない。
 光のアミュレットからダーナ神話かそれに連なる何者かだと考えていたが、そもそもあんなデタラメな召喚で触媒が機能したかも怪しい。

 黒守はダーナの民の末裔の血を引いていると聞かされたことはあるが、真実など調べようもない。
 触媒が関係ないのなら完全な無作為召喚だし、そうなら一応召喚者と一番相性のいい英霊が選ばれるらしいから、どっかから適当に喚ばれたのか。

 ステータス自体も平均だし、そこまで勇名を馳せた人間ってわけでもないんだろう。

 そのへん気にはなるが、他にも気掛かりはある。

(……聖杯を手にすると、男は口にした)

 彼が少女を救うために聖杯を求めたというのなら、過程はどうあれ聖杯は手に入ったのだろう。

 一度目の夢で、仲睦まじく過ごす二人の幸福を見たのだから。

 ならば聖杯によって救われた筈の彼女が、此度の聖杯戦争に召喚されたのはどういうことだ?

(聖杯希求という戦いの理由が明確なら、何故求めるのかは問い質すまでもないと思ってたが…………)

 戦うために戦う、それが俺の理由。
 聖杯を手に入れる、それがフェンサーの理由……だと思っていた。

 結果として聖杯が手に入るなら彼女に好きに使ってもらおうという方針だったが、事はそれほど簡単な話ではないらしい。

 名も素性も分からずとも、戦うべきを同じくするのならば信頼に足ると考えていたのだが、場合によってはフェンサーと俺の相互不理解による主従関係の崩壊もありえる。
 英雄であるならば残した未練や執着の清算、人としてならば自己の救済あたりを聖杯への望みと解釈していたのに、彼女の聖杯戦争に参加する理由が分からなくなった。

 このまま日が経てばいずれ夢として彼女の記憶を垣間見て、その理由を知ることも出来るかもしれないが、それはフェンサーに対してあまりに不義理だろう。

 前回は偶然だと思ったから放置していたが、二度目からはそうはいかない。
 この関係が続く限り彼女の過去を知ってしまうのなら、その前になるべく彼女のことを知っておきたい。

 そして知ろうと思うのなら、俺の方から彼女に問いかけるべきだ。

「おいフェンサー、居るのか?」
(……なに? 周囲警戒も兼ねて、外で待機しているけど)
「ちょっと話がある。こっち来てくれ」

 数秒の後、起き上がってベッドに腰掛けた俺の目の前に実体化するフェンサー。

 昨夜の報告とか、なんでそんなに魔力が減ってるのかなどの追求はあるが、ひとまず先立った疑問を解消しておこう。

「単刀直入に聞く。おまえが聖杯戦争に参加する理由はなんだ?」
「また突然ね。急にどうしたの?」
「タイミングのことなら特に意味はないよ。とりあえず目が覚めた瞬間に、そういえば聞いてなかったなって思っただけだから。
 ああ、さすがにこれも答えられませんっていうのはナシだからな」

 真名、宝具に続いてこれまで黙秘されたらさすがに困る。
 契約破棄を盾にするか、もしくは令呪使ってでも吐かせてやる。

 俺の目が真剣なのが伝わったのか、少し思案する素振りを見せながらも彼女は答えた。

「この世界でやり残したこと、やらなければならなかったことっていうのがあってね。
 その為の手段として聖杯が役に立つなら貰おうっていうだけ。もしかしたら聖杯が無くても成せるかもしれない」
「? おまえが生きていた時代とは違うのに、それは叶うことなのか?」
「まぁ実際、聖杯が絶対不可欠って訳じゃないから、そこまで大それた願いを持ってるわけじゃないわ。どう、願い事の詳細まで聞いてみる?」
「いや、いい。おまえに俺と一緒に戦う意味と意義があるなら構わない。フェンサーが邪悪な望みを持ってるとは思わないしな。
 必要以上におまえに踏み入らないというのは、俺が最初に決めたことだった」

 これまでに二度、過去を覗き見てしまっているがこれは不可抗力だ。
 フェンサーの心に土足で踏み込むような真似はしないという、自分の中のフェンサーへの約束事さえ守れればいい。

 その誓いがなければ、当初の真名も宝具も秘密という言い分を認めてなどいない。

 今日までに培ってきた人付き合いの信条の影響だ。
 相手はサーヴァントなのだから令呪で無理矢理聞き出せもするだろうが、その後に待っているのは互いに疑心暗鬼になったパートナーとの聖杯戦争だけだ。

「次だ……おまえ、その状態はどうしたの」
「え、あー……これね。えっと、昨日ランサーと交戦いたしまして」
「……是非はいい。結果は?」
「痛み分け? お互いに傷を負ったから、ここは引き分けにしましょうって。あ、でも相手の真名と宝具はわかったわよ」

 即座に頭の中でサーヴァントの情報端末を開く。

 更新情報……ランサー……

 真名、クーフーリン。
 宝具、ゲイ・ボルク。

 クーフーリンってぇとアレか、ケルト神話の騎士か。

 ダーナ神話の太陽神、ルーの息子で半神半人の英雄。
 様々な武勇を立てるが最後は謀りによって少しずつ誓い(ゲッシュ)を破らされて。
 最後は貫かれた体から零れ落ちた内蔵を腹に戻しながら自分の身体を石柱に縛り付けて、立ったままで絶命したっていう。

 すげえ有名どころじゃん。
 自分の家に関係あるダーナ神話にしか詳しくない俺でも知ってるぐらいの英雄だし。

「おまえよく無事だったな。伝承の中だけでも相当な化け物だぞ、あの人」
「そうね。あの頑丈さには素直に感心したもの」
「それで、その魔力の消耗具合は宝具でも使ったのか?」
「ええ。必勝を期したつもりだったけど、やっぱりダメね。マスターに基本能力を底上げしてもらわないと、まともに戦い合うのは厳しいわ」

 そりゃそうだろうね。
 素の強さはそこまでじゃないもんね、アナタ。

 多彩なスキルを活かす複合的な戦術がフェンサーの強み。
 恐らく三つの宝具、破格の魔術を戦況に即した、相手に適した使い方をするのが基本戦法だ。

 そのあたりの指示や戦略、支援と補助が俺の役目で、フェンサーの能力を100%以上に引き出してやるのがマスターとしての役割だ。

 そういう意味でも、戦いの時には俺がコイツの傍に居てやらなきゃならない。

 ついでにフェンサーの状態把握。
 宝具の情報が更新された以外は、特に重要なことは────

「…………フェンサー、服を脱げ」
「わかっ……え?」
「今すぐに、その重っ苦しいものを脱げって言ってんの」
「ちょ、ちょっと待って! それはまだ早いと思うの!?」
「早いも遅いもあるか! むしろ遅いと間に合わなくなるだろ!」

 後退りながら引いていくフェンサーを壁際まで追い詰める。

 睨めっこをしていても埒が明かないので、無理矢理脱がすことにした。

「き、きゃあああぁっ!!?」
「ばっかおまえ、お隣さんから苦情来たらどうすんだ!」

 服を抑えて自分を抱き締めるようにしながら、ペタンと座り込むフェンサー。

 必死に抵抗する彼女に容赦なく襲い掛かる。
 ボタンだの継ぎ目だのを外しながら、一枚一枚ひっぺがしていく。

 面倒くさい構造の外套を脱がして下着の服をずり下ろす。
 そこにはこちらを涙目で睨む、綺麗に剥けたフェンサーが居ました。

 余談だが、腕に支えられて揺れています。

 何がって? さあ何でしょう?

 治療の為に脱がしたのに、深く考えたら男として負けである。

「ほら、やっぱ怪我してんじゃん。思わず涙出るくらい痛いんなら最初っから治療を頼め」
「…………だって。怒られると思ったんだもの」
「いや、今も怒ってない訳じゃないけどな。黙られてたらもっと怒るのは目に見えてるだろ?」

 肩の傷口にそっと触れる。

 まだ残っているということは不治の呪いか、毒の呪詛か。
 幸い治せないほどではないので、解呪と治癒を四重程度に重ね掛けしておけば完治するはずだ。

「今後、俺のいないとこで勝手な戦闘禁止な」
「えー」
「なんでそこで不満そうなんですかね!? 一人で戦った結果が今の状態でしょうが!
 ゲイ・ボルクが本当に伝承通りなら心臓に当たっててもおかしくないし、心臓に当たっちまったら治癒は間に合わんし、当たり所がよくても多分治せん」

 心臓に必中、不治の呪い。

 曰く、対人においてクーフーリンが負け無しだった理由はそこにある。
 あの槍がしっかり心臓に命中して生きていられるのは、人間じゃないナニかだ。

 呪詛自体の効力がそれほどではないところを見るに、呪いを最大発揮した一撃は躱したのだろう。
 道具自体にそういう効力や呪いが掛かっていても、術者本人がその意味合いを発揮させるつもりがなければ効果は薄れる。

 とにかく、俺が居ればフォローも出来るが、居ないところで勝手をされては何も出来ないので、そういうのはやめてほしい。

 後になってあのとき俺が居れば────なんて思いたくはない。
 戦うときは共に命を預け合う覚悟を持って、二人で挑むべきだろう。
 マスターとサーヴァントに限らず、パートナーってのはそうあるものなんだから。

「俺の知らんところで勝手に死ぬのは許さんぞ。もしも死んだらぶっ殺すからな、ちゃんと覚えておけ」

 最早自分でも何を言っているか分からない。

 ただフェンサーに死なれるのは困る……というか嫌なので、それが伝わればいいのだが──

「……うん。わかった」

 なんて穏やかな顔をしながら言うので、こっちもあんまり怒る気にならない。

 こういうところ、女はズルいと思うの。

「はぁ……今日は一日待機だな。じゃあ飯にしようか。おまえも疲れてるだろうし、外は寒かっただろ」

 立ち上がって台所に入る。

 確か昨日のビーフストロガノフが残っているはずなので、それと食パンでも焼けば中々豪華な朝食になる。

「……………………」

 カパッと開けた鍋のフタを、カパッと閉じる。



 見てはいけないものがあった。

 いやむしろなかった。



 今のは夢だと思い、もう一度カパッとフタを開ける。

「…………………………………………」

 カパッとフタを閉じる。

 ガバッとフェンサーに振り返る。

 犯人と思しき容疑者は、明後日の方向を向いて正座しています。

「さて。何か申し開きはありますか」
「え、法廷!?」
「それでは判決を言い渡します。有罪」
「ちょ、せめて言い訳させて!?」

 正座しているフェンサーの前に立ちはだかり、拳を振り上げる。

 ポキポキと指の骨が鳴り、握り込む拳はギシギシと軋むような音をたてる。

「ほ、ほらっ、私怪我人だよ? マスターの為に戦ってこうなっちゃったのよ?」
「それが、何か?」
「じ、情状酌量の余地を……お慈悲を…………」
「ふっ、分かってるよフェンサー。安心しな。これは俺の数ある手加減技の一つ、『利き腕のフルパワー』だ」
「本気じゃない! 本気を裏付けるワードが二つも入ったじゃない!!」
「問答無用ォオッ!!!」





 その日の朝。





 フェンサーの脳天に、雷が落ちたのでした。
  
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