Fate/stay night -the last fencer-
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第二部
聖杯戦争、始動
銀の戦騎vs青き槍兵 ─解放されし宝具─
粛とした静寂が夜を支配する。
月明かりのみが照らし出す世界は、昼とは違った顔を見せる。
喧騒はなく、人々の営みの音も聞こえない。
温かみを失った冷たい夜は、独特の空気を醸し出す。
今この時間帯のみ、街は死んでいると言っていい。
生命の息吹が消えた街。
その街外れで独り────銀の少女が佇んでいた。
「さて、このあたりでいいかしら。出ていらっしゃい、追跡者さん」
闇に向かってフェンサーが問う。
人影は彼女のもの一つ。
されど存在する気配は二つ。
夜闇の中に浮かび上がる青影。
霊体から実体化し、一人の男が姿を現した。
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ。せめて偵察とか斥候って言ってくれや、お嬢ちゃん」
肩を竦めて嘆息する。
気づかれていたことに驚くこともなく、男は悠然と構えている。
敵意は放っているものの、今すぐ殺し合おうという戦意は感じない。
「さっきから私の後ろを追いかけてきて、一体どういうつもり?」
「なに、マスターの命令でね。第八がどの程度のもんか見てこいってよ。
マスターは居ないみてぇだが、アンタがフェンサー……ってことで、間違いないか?」
今夜、この場にいるのはフェンサーのみ。
黎慈は今頃、家で待機している。
もしかしたら普通に眠っているかもしれない。
それは休養が必要だからとか、怠慢だからというわけではない。
己の相棒が事を仕損じる筈がないという、主としての信頼によるもの。
その信頼に応えるべく、彼女は一人で街を巡察していたのだ。
そんな折り、サーヴァントの気配を感じたフェンサーは、わざと人気のない街外れへとやってきた。
「もしそうだとしたらどうすると仰るのかしら、ランサー?」
「なに、ちょいと手合わせ願おうと思ってね。少しばかり付き合ってもらおうか」
「私、夜のデートとダンスは、素敵な殿方とだけって決めているのだけれど」
「連れねぇこと言うなよ。退屈はさせないぜ?」
和やかなやり取り。
言葉だけを見れば若い男女の逢瀬の一時とも取れる。
彼らが互いに不可視の剣と朱き槍を、その手に携えてさえいなければ。
ぶつかり合う敵意は戦意を孕み、次第に殺意として練磨される。
双方、間合いを計りながらジリジリと距離を詰めていく。
「──────」
「──────」
半歩、さらに半歩。
確実に武器が届く範囲内まで詰め寄ろうとして────
青き槍兵の瞬速の踏み込みが、フェンサーの間合いの計りを無意味にした。
「シッ────!」
繰り出される刺突。
難なくそれを剣で弾くも、ランサーは反撃を許さない。
それだけで鉄をも貫くだろう刺突の連打が、驟雨の如くフェンサーに打ち付ける。
どれもが急所を狙う必殺撃。
剣で軌道を逸らし、弾き続けるもその雨が止むことはない。
今は何とか防ぎきれているが、いずれはその槍がフェンサーの身を穿つ。
事実、徐々に加速する突きは軌道を逸らせてはいるものの、僅かずつにも身体に傷を残していく。
掠り傷が擦り傷に。
擦り傷が切り傷に。
切り傷が裂傷へと。
ただ武器の応酬をしているだけ。
だというのに彼女の外套は血に塗れていく。
このままでは、勝敗は火を見るより明らかだ。
都合六十八度目の突きを放った後、ランサーは自ら攻撃の手を止めた。
「なんだオマエ。やる気あんのか?」
「あら、お気に召さない?」
「ったりめぇだろ。手の内隠すのもいいが、それで死んだら意味ねぇぞ」
「そう。なら、少し本気を出してあげる」
傷を顧みることもなく、呼吸すら乱さず、フェンサーは微笑を浮かべていた。
この程度の痛苦、気にするほどのことではないと。
静かに、瞑想するように、目を閉じて深呼吸。
囁くように唱える呪文は、自身への暗示であるとともに己一人だけのモノ。
各々の魔術師が自己形式で設定する、千差万別、唯一無二の詠唱だ。
彼女は、それを口にする。
「set……EtherDrive──」
普段は欧州言語での魔術を行使する彼女が発したのは、英語で形成された詠唱。
組み上げられる術式は、彼女の内で魔術回路と魔術刻印を接続し、固有魔術を発動する準備。
詠唱をしてから数秒。
フェンサーの両腕に乱雑な紋様の光が浮かび上がる。
手首から肩口にまで刻まれた凄絶なる魔術刻印。
それは外套の上からでも分かるほど、強い緑光を灯していた。
発動する魔術。銀光の剣に注がれていく魔力。
ここに宝具は解放され、フェンサーが己の真価を見せる。
「聖遺物・概念実装────!!」
目を眩ませるほどの極光。
一瞬の光。
フェンサーの手には、それまで不可視だった白銀の宝剣が握られていた。
「貴様……その宝具は…………!」
「さすがは光の御子さま、知ってるのね。貴方ならこの剣がどういうものか、わかるわよね?」
いつの間にランサーの正体を看破したのか、フェンサーはからかうように告げる。
剣を覆い隠していた銀光は移り変わったかのように、今は彼女の腕を覆っている。
それはまるで、銀の腕のように。
「……ありえん。それは銀の腕の異名を持つ神王、ヌアザの持つ神剣…………それを手にし振るうことが出来たのは、俺の知る限り奴以外に居ないはずだ」
「ふふ、正解。残念ながらこれはレプリカよ。でもダーナの民が命と業の粋を集めて結晶化させたこの剣は、人造兵装の中でも最高峰の宝剣。
霊格は本物には及ばずとも、私が振るうこの剣は真実、不敗と謳われた銀の腕の奇跡を実現する」
フェンサーの言葉に偽りはない。
何よりもランサー自身が、その身で感じ取っている。
己が知る伝説に語られし神剣が放つ気配と、全く同種の神気をあの剣からは感じられる。
ならば事実がどうであろうと、彼の宝剣は不敗と伝えられた神剣と同じ脅威を有している……!
「鞘から抜かれれば、誰も逃れること能わずと云われた神速の剣閃…………味わってみる?」
今日、彼女がライダーを斬り伏せた際にその身に宿した“絶対速度”の概念を、この剣は常時帯びている。
というよりも、ライダーとの戦いで彼女が発動した神速は、この宝具の神秘を利用して行使した概念魔術。
つまり相手がどれほどの超高速を発揮しようと、彼女のキャパシティで可能である限り、加速補正が掛かることで常に速度差という優位性を得られるということだ。
戦いにおいて先攻を取り続けられるというアドバンテージが、どれほどの有利をもたらすかは考えるまでもない。
「────抜かせ……!」
されど不可解なのは、その剣を所持する彼女の正体だ。
真贋はどうあれ、あれはランサーと同じケルトにも纏わる宝具だ。
ならばそれを手に戦った英雄の名を、自分が知らないはずがない。
そして起動し続けている魔術刻印。
一度魔術を走らせれば光は収まるものだが、フェンサーの腕は未だ緑光に包まれている。
宝具解放の直前に発動された魔術。
恐らく宝具の真の力を発揮させるために必要なのだろうが、宝具の力を解放する魔術など聞いたこともない。
予期せず宝具の名を知ることは出来たが、彼女の正体は一切が不明のままだった。
「ふッ……!」
槍兵は再び瞬速で踏み込んだ。
フェンサーの言の全てが真実であるかはわからない。
これが戦争である以上、嘘やハッタリ、ブラフである可能性だってあるのだ。
ならばこの目で、この身で確かめてやろうと、ランサーは初撃から完全に殺す気で刺突を放った。
結果は──────
「はぁ…………!」
先程まで反応が追い付いていなかった疾風の突きを、余裕の表情で受け流される。
本気の突きが通じなかったことなど無視して、尚もランサーは刺突を繰り出す。
眉間、首根、左眼球、肝臓、右膝、右眼球、喉笛、左膝、心臓。
弾丸よりも速く、凄まじい精度で急所を狙う死突の弾雨。
それら全て悉く、疾槍の速度を上回る体捌きで弾き返す。
突きを連打するごとに加速するランサーを追うように、いや追い越し続けるようにフェンサーも速度を上げていく。
ランサークラスには最速の英雄が選ばれる。
槍兵として呼ばれる英霊の中でも、彼は選りすぐりだ。
更に言えば、ランサーには獣染みた敏捷性も備わっている。
その英雄の矜持を傷つけるほどの衝撃を、フェンサーはランサーに与えていた。
「チィ────!!」
現在の自分に可能な限界の速度を上回られ、堪らずランサーが退く。
まさに獣のような動きで、ランサーは一瞬にして十メートル近い距離を跳んだ。
だがそれを見越していたかのように、フェンサーは魔術を撃ち放つ。
「''uberschwemmen──Ausbruch──!!」
二重詠唱による、大魔術の同時発動。
後方跳躍したランサーが地面に接する前に、フェンサーは二つの魔術を完了する。
ランサーを閉じ込めるように大水が出現し、着地した瞬間の隙に超高熱が発生。
周囲の空間が砕けるかと思うほどの噴火のような爆熱と、それとほぼ同時に起こる水蒸気爆発。
ランサーの対魔力はCランクだ。
いくら魔術を無効化する対魔力といえど、儀礼呪法に匹敵する大魔術をその身に受けて無事に済むはずはない。
水霧が晴れたそこには────
────無視できないダメージを受けつつも、笑いながら立っているランサーの姿が健在だった。
「あー……効いたわ、今の」
確実に勝機を見定めた大魔術の二つを、想像を超えた速度で抜け出そうとしたランサー。
着地と同時に起こった爆発を、着地した瞬間に駿足の再跳躍で躱そうとしたのだ。
驚くべき敏捷性だがさすがに完全回避とはいかず、身体には相当なダメージが残っている。
「チッ、あんな見事な大魔術をまともに食らったのは久しぶりだぜ」
「お褒め頂いて光栄ですわ」
軽口を叩いているが、ランサーの目は笑っていない。
一般人が受ければそれだけで失神するであろう殺気を惜しげもなく放っている。
「見えねぇときには面倒くせぇと思ってたが、その最速の概念はもっとだな」
「別に凶悪ってほどでもないでしょう? セイバーやバーサーカーには力負けするから効果が薄いし、キャスターやアーチャーのように接近しづらい相手だと意味がない」
この剣の概念が活かされる相手、状況は案外と限定的だ。
速度のアドバンテージが有利に働くのは白兵戦のみであり、力負けする相手では先手を取ろうと打ち負けるので使い方が限られる。
キャスターやアーチャーは接近しにくいのもあるが、遠距離からその場で強力な魔術なり宝具を撃ち放ってくる彼らには、速度のアドバンテージ自体が得られない。
相手の速度を上回る形で補正を受けるこの概念は、戦闘に速度を求めない相手だと無効化されるに等しいのだ。
といっても宝具の真価は付加効力ではなく、真名解放にあるのだが。
「答えろ。貴様、何処の英雄だ。いや────本来は、何のサーヴァントとして呼ばれる身だ」
「貴方も言ってたじゃない。私は、フェンサーよ」
「戯れ言を。聖杯が喚んだのならたとえ例外であろうと、参加者である俺たちは納得はするさ。しかし貴様はあまりに不可解だ」
ランサーが抱く疑問は当然だろう。
最上級の宝具を持ち、剣術に長けながらも儀礼呪法に匹敵する大魔術を二重発動、しかもただの一言でそれを成す。
数多いる英霊の中には、全ての分野に優れた英雄も存在するだろう。
けれどこの聖杯戦争で英霊をサーヴァントとして召喚するにあたり、彼らはそれぞれ決められたクラスという匣を用意され、その役割に応じて喚び出される。
多才な能力を持つ英霊であっても、その役割の埒外にある能力は行使できなくなるのが普通だ。
その代わりとして、彼らは役割に準じた固有能力を付加されたり、元々の能力を強化されたりする。
フェンサーはそのサーヴァントの在り方を逸脱している。
彼女には彼女だけの制約があるのかもしれないが、それを取ってみてもフェンサーはサーヴァントとして異質だった。
「私はね。喚び出されるなら、何にでもなるわ。剣にも、弓にも、槍にも、術にも。
騎乗兵にだってなる。暗殺者にだってなる。
私を喚ぶマスターが望むのなら────私は、狂気にだって身を委ねる」
フェンサーの答えは、愚昧の一言に尽きた。
ルールの中に存在するくせに、そのルールを守っていないというのだから。
けれど、何故だろうか。
切実さを含んだようなその言葉を、嘘だとも偽りだとも思えない。
「だからね。私はフェンサーでいいの。何の役割を求められようと、マスターと共に戦う者であることに変わりはないんだから」
それは確固たる意志。純粋なる決意。
それこそを彼女の在り方、誇りだと感じたからこそ、ランサーはこの謎のサーヴァントへの疑問追求を自身の胸中に埋めてしまった。
聖杯は彼女を呼び出した。彼女のマスターにも令呪は与えられた。
なら俺たちは敵同士、殺し合うだけの関係だ。
己が何者であるかを問う以前に。
ただ互いに戦士であると言うのなら、この少女と自分との間に余計な疑問など不要だったのだと。
「────ああ、わかった。なんだ、つまんねぇ話をさせちまったな、悪かった。
うちのマスターにはまたグチグチ言われるんだろうが、そんなこたぁどうでもいいことだったぜ」
疑問は一切解けていない。
彼女、フェンサーの正体については何も明らかになっていないと言うのに。
ランサーは、このまま戦うことを決めた。
「ここまで魅せてもらったんだ。我が槍の返礼を受け取れ、フェンサー」
ギシリ、と。
朱の槍を持つランサーの魔力が脈動する。
一分たりと、油断も加減もない。
十メートルは離れた距離から更に距離を取る。
一息にてまた十メートルを跳んだランサーとフェンサーの距離は、凡そ二十メートル。
周囲の大気が凍り付く。
槍に込められた殺意が陽炎のように、朱い魔力と共に立ち昇る。
軋みをあげているような空間にありながら、フェンサーはただ銀の剣を構えていた。
「いいの? それだけの傷を負って、尚且つ制約まである状態の今の貴方じゃ…………負けるわよ?」
「仕方ねぇさ。これが今の俺の全力だ。それに……撤退しても素直に逃がしてくれそうもねぇ」
ニヤリと笑う。
危機にあることが嬉しいかのように、ランサーは笑みを浮かべていた。
絶対に速度を上回られるこの状況で、撤退など出来ようはずもない。
剣の間合いどころか、卓越した魔術までも使いこなす敵手。
ここに勝機を、生き延びる可能性を実現させるなら、真名を解放した宝具の撃ち合い以外に手段はない。
通常であれば生き延びること、守りや退却することにおいてランサーは優れた技能を持つ。
だがフェンサーの宝具が持つ絶対速度の概念が、事此処に至ってはランサーの長所を潰していた。
『全てのサーヴァントと戦い、生き延びて戻れ』
令呪の縛りによるその命を遂行しなければ、ランサーにはペナルティが課せられる。
これまでは手加減や様子見によって、本気の戦闘を避けてきたランサーだが、フェンサー相手にはそうはいかなかった。
最初の体たらくぶりから相手を侮り、仮にもサーヴァントであるフェンサーを嘗めていたせいで軽くはない傷を負う羽目になった。
青き槍兵の象徴たる宝具は、通常ならば必ず心臓を貫くという呪いの槍として真名解放をする。
ここでフェンサーを倒すことは可能だ。
因果を逆転させ、先に心臓を貫くという結果を作り上げる魔槍。
その槍を放つ以上、防衛宝具を持たないであろうフェンサーにコレを躱す手段はない。
けれど彼女と宝具を撃ち合った場合、必ず心臓を貫く代わりに先にこの身を烈断されることを理解していた。
彼女の持つ宝具は知っている。故に真名解放をした一撃が神速であることも。
故にここで肝心なのは、本気でこの槍を振るうことにある。
彼のマスターが下した生還命令を守るには、全力の迎撃、全霊の一撃が必要である。
だというのに、本気で戦うという行動が令呪の命令不履行とみなされ、元々掛かっていた制約を更に重くする。
圧倒的に不利な戦況。
それでもランサーに諦観の様子はない。
自分が死ぬはずがないと確信しているかのように、精悍な顔でフェンサーを睨みつける。
「ッ────!!」
そして、ランサーが走り始めの一歩を踏み出した瞬間に。
「聖遺物・概念実装────真名解放!!」
抜刀前のような下段の構え。
剣から再び、白銀の極光が解き放たれる。
その極光を全身で浴びるかのように、ランサーは遥か上空へと舞い跳んだ。
互いに充溢したマナが空間を軋ませ、まるで大気が哭いているような錯覚さえある。
極大の魔力の解放を前に、月明かりさえ凍りついたような霊気を空の闇へと湛えている。
二人の双眸が相手の心臓を射貫くように鋭さを増す。
遂に解放される、己が宝具の真名──────!!
「突き穿つ────」
「誓約された────」
「────死翔の槍!!!」
「────不敗の剣!!!」
夜天より来る流星のように、地上へと墜ちる朱の槍。
地を穿ちクレーターさえ作り出すであろう死の槍を迎え撃つは…………
太陽の神王が持つ、不敗と謳われし白銀の聖光──!
「うぉお、おぉおおぉぉおおおおおッッッ!!」
「はぁあ、あぁああぁぁあああああッッッ!!」
不敗の剣の一撃は、槍もランサーも容易く飲み込み消し去るほどの極光の奔流。
ただの槍の投擲だったなら、一瞬で勝負は着いていただろう。
しかしその極大なる魔力の奔流を突き破るように直進する槍。
ランサーはそれによって生まれた隙間に身を置くことで、白銀の聖光を回避する。
そして朱槍の流星はそのまま、フェンサーの心臓目掛けて落下する……!
「くぅっ……!」
そう簡単には突破はさせない。
威力も必中の概念すらも相殺して、落下の勢いさえ失った槍を避けることは容易い。
互いに宝具を放った技後硬直はある。
それを押して足を動かし、フェンサーは心臓を目指して墜落してきた槍から逃れ得た。
数メートル離れた位置に突き刺さる槍を見届け、宙に視線を戻すもランサーは既にそこには居らず。
至近距離から突き刺すような殺気。
何も考えず直感に身を任せて、身体を捻っての回避行動を取る……!
「くぁッ、あぁ……!!」
右肩を貫通する槍。
不治の呪詛を孕むその槍を後退することで肩から引き抜き、崩れた体勢のままフェンサーは魔術を放つ。
「sprengen──!!」
叫びと共に青の槍兵がいる空間が爆裂する。
それを持ち前の敏捷性で躱し、安全圏まで退避したランサーは笑っていた。
「チッ、外した、か……必中が、信条、なん、だがな」
「っ……当たってはいるじゃない。残念ながら殺せなかったみたいだけど」
肩の傷を押さえながら、ランサーに返事をする。
宝具の一撃の後にそのまま二撃目を当てに来たランサーだが、フェンサーの宝具を躱し切れたわけではない。
額と右脇腹、左大腿部を主に、身体には浅くはない裂傷がある。
隙間を空けて凌いだが、防ぎきれない衝撃で肉が裂けたのだろう。
「ここらで痛み分けにしとかねえか。このまま続けたら、よくて相討ちになるぞ」
「そうね……貴方、無駄にしぶといみたいだし」
決して軽傷ではないはずなのだが、ランサーはまだ戦える状態であるのが見て取れる。
マスターが居ないので治癒も支援もなく、このまま孤立無援で戦っても無意味に死ぬだけ。
そうなっては得をするのは他のマスターだけなので、確かにここは分けにするのが最善だ。
「いいわ。貴方が先に帰って。気配を感知できなくなったら、私もマスターの元に帰るわ」
「いいぜ。じゃあな、フェンサー。今度は本当に本気で殺し合いたいもんだ」
性懲りもなくそんなことを言って、槍兵は夜の闇へと消えていった。
4km範囲内からランサーの気配が無くなった。
フェンサーは深く溜め息を吐いた後、その場にペタンと崩れ落ちた。
「はぁ…………レイジ、やっぱり貴方がいないとダメみたい」
圧倒的に有利な状況から引き分けにまで持っていかれた。
十分に勝機はあったにも関わらず、勝利することが出来なかった。
損耗具合ではランサーの方が酷い状態だったが、実際に戦い続けていたらどうなったか分からない。
それはきっと、戦闘経験値で彼に負けているからだ。
踏んできた場数が違うので、相手の方が一枚上手だったということなのだろう。
宝具を放って敵の攻撃を避けて、そのタイミングで心に隙が出来てしまった。
対処し切った、よし、次の対処をしよう、といったように、よし、のところで襲撃されたのだ。
身体中の細かい傷は朝までに治せるだろうが、肩の傷だけは完治は難しい。
報告を聞いたらどんな顔をするかな?
勝てる勝負に勝てず、傷まで負ったことを知られたら怒られるだろうか?
主の元へ帰ることに躊躇いを覚えながら、フェンサーは月夜の中を歩き始めた。
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