| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

神葬世界×ゴスペル・デイ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一物語・後半-日来独立編-
  第五十七章 解放《2》

 
前書き
 伸ばしたその手。
 想いと共に彼女に贈ろう。 

 
「お前はお前なりに考えてここにいるんだろうけど。やっぱ嫌だよ、俺はお前と一緒にいたいからさ」
 差し伸べた左手を戻し、向けられた奏鳴の背中に向かって言う。
 返事は無い。
 何も言わない奏鳴に向かい、困りながらも続けた。
「お互いにまだ知らないことだらけだからさ。何考えてるか、何思ってるか分からないけど。何時かは理解し合える仲になれたらと思ってる」
 頷きを入れ、
「生きることの、何が不安なんだ」
 セーランの問いに奏鳴は答える。
「別に不安など無い」
「ならなんで」
 問い、答えを待った。
 自分の口から言い出すのを、何も言わずにセーランは立っている。
 二人の間を流れる沈黙。
 静かな空間のなかで、そっと奏鳴が口を動かした。
「私は殺人者だ。家族を殺し、黄森の者達を殺して。また何時か誰かを殺してしまうのではないのかとそう思うと、辛いのだ」
「なら来いよ、日来に。俺がお前を守ってやる」
「竜神の力は強大だ。暴走してしまったならば、お前では抑えられない」
「心配すんな、やってやるからよ。暴走からお前を守るからさ」
 口調は柔らかかった。
 まるで小さな子どもを相手にしているようなら、そんな感じだ。
 まずこちらの言葉に耳を傾けさせる必要があるため、あえてそうしたのだ。が、奏鳴は反論するかのように、
「なら何故、お前は私の元へと来なかった!」
 急に振り返り、セーランの元へと迫った。
 背丈はセーランよりも奏鳴の方が小さいが、動揺せずに目の前へと行く。
 見上げる形で言葉を飛ばした。
「口ではなんとでも言える。守ってやるとも、救ってやるとも。だがお前は……私の元へは来なかったではないか」
「すまなかった」
「私にとってお前は日来長という存在でしかない。仲間でも知り合いでも、ましてや友でもないのだ」
 空気を変えようと言った一言だが、現状が変わることはない。
 奏鳴は今まで以上に口を動かし、自身の意思を表に出した。
 子どものようだと解っている。それでも、これまで貯めてきた思いを吐き出さずにはいられなかった。
「お前には解らない。私はもう一人なのだ。寄り添える者は、私にはいない。今まで皆に迷惑を掛けてばっかりだった。
 だからせめて、最後は迷惑を掛けたくはないのだ。この騒動も私が解放されれば解決することだ。もうお前の仲間達に大人しくしていろと伝えてくれ。十分に私は生きた。もう大人しく寝かせてくれ」
 これを聞いたセーランは、拳を強く握り締めていた。
 自分がしっかりしていないばかりにと、心の内で自分自身を罵倒していたのだ。
 自らがもたらした結果がこれだ。
 もっと早く行動していればと後悔するが、今はその時ではない。
「すまねえけどそれ無理だわ。俺はお前と生きたい。だからお前は生きなきゃならねえ、死んだら駄目だ」
「お前の考えを私に押し付けるな」
「強引にでも救い出す。これは決定事項だ。
 俺達は何処かで何かを間違えたんだ。だからお互いひねくれててさ、変なとこで筋金入りなんだ」
 セーランは手を握り締めたまま、
「どうせだ。少し、昔の話しをしようか」
「昔の話し?」
「俺が小さかった頃の話しさ」
 言葉を結界の外側に何時の間にか表示されていた映画面|《モニター》越しに、幾つもの特別な段階を踏んで皆は聴いた。
 貿易区域内に取り付けられた、また他の場所の監視用映画面からセーランの声は響いた。
 誰もがその声を聴いた。
 今、この世で最も宇天の長の近くにいる者の声を。されど、その行為に至った日来の長の心中は、少人数の者しか理解してはいなかった。



 長莵神社にて、賽銭箱の横に横一列に並んでいる女子五名。
 五人の前には一つの映画面|《モニター》が表示されており、映っているのは解放場の内側にいるセーランと宇天の長だ。
 日来の周りはまだ戦闘艦がいるが、防御壁により砲撃は届いておらず、前に負った砲撃の処置も機械部の者達の手によって済んでいる。
 事態は日来有利と思えるが、まだ明確には分かってはいない。
 そんな不安のなかで五人いる女子の内、五人のなかでも最も髪の長い灯が呟いた。
「向き合おうとしているのね」
「向き合う、ですか?」
 体育座りをしている美兎が問い返した。
 問い返す相手である灯は、ふふ、となんの意味が隠ってか短く笑う。
「セーランが自分自身の過去に。それに」
「宇天長、にも……だよ、ね?」
「正解。さすがは美琴ね」
 灯は隣に座っている美琴の頭を数回、優しい手付きで撫でた。見ていた美兎はそれを不思議に思っていた。
 普通ならばがっつく筈なのだが。いや、解っている。
 きっと不安なんですよね。
 どう転ぶか分からない、まさに命を掛けた会話。上手く行くのか、それとも――。
 ふざけている場合ではないのだと、灯は判断したのだ。
 感じ取ったからこそ、美兎も他の三人もふざけなかった。
「そう言えばセーランが日来に来たのって何時の時だったかしら?」
 今度は灯が美兎へと問うた。
 この機会に、改めて過去を知ろうとしているのだろうか。
「七歳ぐらいだと記憶していますね。ですが話すとしたら……」
「故郷のことを話すだろうな」
 これまで話しを聞いていた飛豊が会話に割って入り、飛豊の言葉に美兎は頷く。
「そうでしょうね。後、自分自身のことについても」
「セーラン、だいじょうぶか、な」
「心配いりません。もうセーラン君は落ちませんよ、落ちる程、もう柔ではありませんから」
 微笑む美兎。
 そこへ会話に入ろうにも入れなかった恋和が、会話の流れを読んで入ってきた。
 申し訳無さそうに片手を上げ。
「すみませんが、私って朱鳥天の出なので詳しいことは知らないんですけども。私達にセーランは一体何を隠しているんですか?」
「…………。ねえ、あんたってば朱鳥天に情報漏洩なんてしてないわよね?」
 質問を質問で返された。
 急な質問だが恋和はいやいやと、掌を左右に振る。
 確かにこの状況では朱鳥天の出というだけで疑われてもしょうがないことなのだが、いきなり来たのだから冷や汗も出てくるものだ。
「しませんって」
「幾らなんでもそれは酷いと思いますよ、灯」
「ならいいわ」
 美兎に言われ、だがそんなことは重要ではないと言わんばかりに灯は返事をする。
 少しばかし冷た過ぎたわね、と思いながらも、会話の流れは止めずに。
「セーランはね、ただの人族じゃないの」
「ただの人族ではない? だとすると……」
「あんたが思ってる以上のことよ。私達の長は世界が注目せざるを得ない、ある秘密を抱えてるの」
 意味あり気に笑みを見せる灯。
 なんなのかと興味が沸いたが、自分達の長が丁度話し始めたために、長の言葉を聴くためにそれを聞けなかった。
 だがこの話しを聞いていれば、いずれは分かることなのだから焦る必要もない。
 すると、ここで飛豊が一人立ち上がる。
「まだまだ先だが私も行かないとな」
 言い、皆が長であるセーランの言葉に注目しているなか皆から数歩離れる。離れると同時、空から一匹の竜が飛んで来た。
 小さい身体をくねらせているリュウだ。
 まだ黄森の戦闘艦が周りを飛んでいるからか慌てたような、急ぐように向かって来た。
「お迎え参上ー」
 長莵神社の鳥居を越え、境内へとせっせと身体を揺らし入ってきた。
 そのまま下降し続けるが、地面に落ちることなくリュウは浮かんだまま、近付いて来る飛豊を待った。
 数秒後。来た飛豊の頭の上を、円を描くように一回りし、
「行くかー?」
 問い掛けた。
 元気だなあ、と飛豊は思いながら頷き。
「頼む。西貿易区域の解放場までだが、大丈夫か」
「心配無いなー。リュウはこう見えても立派な竜だからなー、ビュンビュン飛べるぞー。逆に飛豊が吹き飛ばされないか心配だー」
「加護を付けるから心配は無い」
 神社を背に会話をしている飛豊の背後から、石を敷き詰めた道を歩き灯と美兎が来た。
 セーランの言葉も気にはなったのだが、聴かずともいいと判断した。信じていたから。
 残された恋和と美琴は、それでもセーランの言葉を聴くことにした。
 そんな二人を除き、三人と一匹の会話。
 まず美兎の一言から会話は始まり。
「上手くいきますかね」
「どうだろうな。セーラン次第だろうが、まあ、信じるさ。私の役目は覇王会伝達者として宇天長を救出した時、その完了を告げること。そして権限によって学勢の行動を制限することだ」
「日来の方は魔法術師や“日来”達、機械人形のお陰でどうにか平気みたいだから。あんたはあんたの役目に集中しなさいよ」
「分かった」
 と、飛豊の顔の横に映画面が表示された。
『明様が仰られた通り、私達、機械人形らも頑張っておりますので、どうぞ失敗の無いようお願い致します。ええ、日来の総艦長として私“日来”は優しいので罰は軽いものにしますので。ざっと全船の甲板の掃除でも』
「て、ちょっと待て! 何故、急に“日来”が出てくるんだ!」
『防御壁を出し、移動させるだけの簡単な作業でぶっちゃけ暇です。はい、そう判断出来ます。備蓄している流魔を余計に使わず相手の砲撃を防ぐことなど、私から……いや、失礼致しました。私達、機械人形からしてみれば朝飯前ですので。余談ですが、機械人形に食事は基本必要ありません』
「それ程存在が確認されてから時間が経っていない筈なのに、随分と馴染んでるような……」
 飛豊は不思議な疲労感に襲われた。
 逆に灯はそんな飛豊とは真逆に、機械人形、今は“日来”にだが称賛していた。
「機械人形の適応力――Great!」
『お褒め下さり有り難う御座います。では、私は役目を果たしに行きますので、ここまでということで。――失礼致します』
 の言葉で“日来”が映る映画面が消えた。
 適応力の早さに圧倒されながらも、話しがずれていることに気付く。
 なので飛豊は咳払いを一つ入れ、再び会話を再開した。
「指示はレヴァーシンクの方に聞いてもらうと助かる。話している余裕はあまり無さそうだしな。いざって時は仕方無いが」
「大丈夫ですよ。私達は私達の方で頑張るので」
「いいリュウ? 飛豊の胸は板なの。これは運命によって決められて仕方の無いことなのよ? 胸のことをとやかく言っちゃ駄目よ?」
「分かったぞー。発育の良し悪しは植物も同じだしなー」
「おーいそこー、なんか失礼なこと言ってるよなー」
「がんばー」
「何がだ!?」
 リュウに悪気が無いことは知っている。が、後ろにいる灯が拳を握り、親指を立てているのが気に食わない。
 後で仕返しをしてやると思ったが、灯の家系のことが脳裏を過り、仕返しは止めることにした。
 また別の機会にだ、と今はそう思った。
 気持ちを静め、冷静になる。
「まあ、今はいいか。それじゃ行くからな」
「気を付けて行ってください」
「また会う時までね」
「なんか死に際に言う台詞みたいだな、それ」
「リュウはまだ死にたくないぞー」
 会話に区切りを入れ、遠慮無く飛豊はリュウの背中へと股がった。
 飛豊が乗り易いようにと、低い位置に浮いていたリュウは飛豊が乗ったことを確認すると、安全確認も無しに一気に人一人分の高さへと上がった。
 うおお、と言いながら飛豊は体勢を整えて境内を見下ろす。
「あんた、股にリュウ挟んで何やってんの!? スカートじゃないから下から下着見えないじゃないの! 今日のあんたの下着の柄、水色と黄色の水玉模様ぐらい知ってるのよ!!」
「ぎゃあああ! 明、お前何処から見てたんだよ!」
「今、前後に動いたら股間擦ることになるから駄目よ! 幾らそれが快感だからって人は下品な女としか見てくれないわ!」
「い、いやあ、あのですね? 今の灯の方が下品な気が……」
 冷静に美兎はツッコみを入れる。
「人の問いにちゃんと答えろ――――!」
 騒いでいる彼方を見ながら、恋和と美琴は正面にある映画面も同時に見ていた。
 交互に見る形で、間に会話を混ぜながら。
 そんな笑みの美琴を見た恋和は言う。
「映画面に集中してませんけど、心配じゃないんですか」
 え? と言う言葉の後に、意味を理解した美琴は顔を横に振る。
「しんぱい、だよ? でもね、しんぱいしなく、ても……だいじょうぶだから」
「信じてるんですね」
「うん。だって、わかるから。だれかのために、なにかをやるセーラン、は、つよいから。じぶんがみんなに、せわになったから、たくさんのこと……するんだって」
「恩返しですか。本当に凄いですね、私達の長は」
「でもひとりでむちゃ、するから、きをつけてないとだけど」
 曇っている視界のなかで美琴は感じていた。
 セーランの声が微かに力強くなったの。
 青の空の下。解放されながらも、死に怯えずに宇天の長の向き合っている彼を想う。しかし、自分は彼の側には立てなかった。
 告白が失敗した時は傷付きはしたが、変な心配を掛けたくなくて平然と振る舞った。だけどやはり、悲しかった。
 人を好きになることが楽しいものと同時に、終われば空しいことを知った。
 自分はもう彼の側には立てない。
 だから宇天の長にはセーラン側に立ってほしいと思うが、これは身勝手な思いだろう。選択権は彼方にもあるのだから。
 これは他人が話しを割って入ることの出来無い、告白であっても異質な告白。
 死が迫り、皆が見守り、地域の未来を左右する告白。
 自分にはどうになるかなんて解らない。けれど、せめて一言。
「がんばれ」
 聞こえないが、セーランに向けて言った。
 返事は無い。が、行動で示してくれる筈だ。
 信じることだけが今出来ること。ならば信じよう。
 微弱な風が髪を揺らし、鳥居の方向、リュウに股がった飛豊が空へと飛んだ。
 竜の割には中等部学勢の身長とあまり変わらぬ全長に似合わず、かなりの速度で空へと上がり、斜めに降下した。
 空から飛豊の悲鳴が聞こえてくるが、ここは辛抱というものだ
 人々が騒がしくとも青の空は、変わらずに穏やかなままだった。



 それが、この物語の始まりの出来事だった。
 正確には始まりの後半気味なのだが、始まりをそう細かく分けなくてもいいだろう。
 緑の芝生の絨毯の上に集まる数人。
 そのなかで、不思議な雰囲気を放つ白銀の長髪の女性。
 人のようだがそうではない。
 日の光に照らされて、幾人かの者達を前に一つの古びた日記を開いていた。
 日記の表紙には日記の題名らしきものが書かれているが、あまりにも古いもののため字がぼやけて読めなかった。
 そんな日記を持つ銀髪の女性は過去の記憶を辿り、遠い日の情景を思い出す。
「私は幾つもの世界を見てきました。その度に多くの者が犠牲になり、同時に生き延びた多くの者が歴史をつくってきたのです。
 この神葬世界と呼ばれる時代は、以後の私のあり方に大きな意味をもたらした時代でした」
「そうやって今に繋がるんですね」
 茶髪の女子が言う。
 はい、と銀髪の女性は一言。
 にこりと笑う銀髪の女性は息を整え、日記に書かれた文字を見ながら再び話し始める。
「続きを話しましょう。まあ、まだこの時に私はいませんでしたが。私が関わるのはこの次ですので」
 ページを捲り、口を動かした。
 昔を思い出すように、懐かしき今は亡き仲間を想うように。この時代から全ては始まったのだと、そう思いながら。
 野外で円になりながら、皆は話しの続きを聞いた。
 今や伝説となった。遠い遠い、片腕無しの宿り主の物語を。



 解放場のなかにいるセーランは瞳を短く閉じ、そして開いて語った。それがこれからのことに関わると知っていながらも、あえて話すことにした。
 奏鳴に自分を知ってほしいためでも、ある。
 自分のような存在がいることで、少しでも世界に変化をもたらせたらと、そう思う。
「俺の故郷は小さな村だったんだ」
「日来ではなかったのだな」
「ああ。七歳の時に故郷を失って日来に来たんだ。そん時は本当に、生きることについて考えてたもんだ」
 はは、と短く笑う。
 息を吸い、その後で口を動かす。
「俺の故郷は本当なんにも無くてさ。周りは山に囲まれて、遊ぶのもそこら辺でって感じでさ。なんにも無いところだったけど、楽しかったよ」
「そんな故郷を何故失うことになったのだ?」
「簡単なことだ」
 村一つ失うのをためらわない。
 考えれば誰もが分かる、とても簡単なこと。
 この世界に生きる者達全員が関わっており、知っている存在。
 彼らの言うことは、絶対だ。
 それは、

「神のお告げってやつさ」

 セーランの言葉に、この会話を聞いていた者達はざわめいた。
 神のお告げ。
 言い方は様々だが、それは神から人へのメッセージ。
 未来を左右する、絶対なる宣告。
 それは悲劇とも言えるものだが、神の発言のために悲劇と捉えてはいけない。当たり前のことだと、そう思わなければいけないのだ。
 神の下に人はいる。
 神によって人は生きさせてもらえる。
 そんな歪んだ、しかし極当たり前の常識。
 それでも皆はただ一人、日来の覇王会会長、幣・セーランに同情した視線を向けた。
「仕方の無いことなんだけども、それで家族も友達も失った。残ったのはただこの世界で生きることへの疑問だけだった」
 だから理解出来る。
「お前の生きていても仕方が無いっていう考えは、俺には解る。形は違うけどさ。
 でも俺もお前と同じ、大切な家族を亡くしたんだ……」
「お前も苦労して、きたんだな」
「辛かった。もう全てが嫌になって、心塞いじまって、そんな時に日来に来た。日来なら身元不明の奴らでもずっといることが出来るからさ」
「こんなことを聞くのもあれだが。家族を失った時、どんな気持ちだったのだ?」
「分からない。家族を失ったのは村が火の海になってた時だったから」
 あ、と顔を落とす奏鳴に微笑み掛ける。
 気にするなと意味が込められたものだった。
 変な同情を避けるために気にしている素振りを見せず、今まで通り続きを話した。
「父親とは神のお告げは何かの間違いだと、抗うために別れて、それっきり。母親と二歳離れた弟とは、燃え崩れた家の下敷きになってるところを見付けたけど、母親に助けが来るから先に安全な場所へ行ってなさいて言われて、離れ、それっきりだ。家族皆を見捨てる形で、俺は、生き延びたんだ」
「辛く、苦しかった筈だ。なのに何故、今のお前はそう笑っていられる。家族も仲間も失って、何故そんな風にいられる……!」
「俺には、俺を気に掛けてくれる仲間がいたからさ」
「仲間?」
 頷く。
 皆がいたから今の自分がいる。
 頼もしい、騒がしい仲間が。
 恥ずかしくて日常では口に出さないが、今この場なら言える。
「昔の俺は誰かの後ろ付いてくような、そんな奴だった。無口で無愛想で、鈍い反応しててさ。だけど、それでも俺を気に掛けてくれる仲間がいた」
「羨ましいな……」
「だろ? だからさ、ある時こう思ったわけさ」

 何時か皆に恩返しをしたい。

「てな。ならウジウジしたままじゃなんにも出来無いから、今みたいに騒いでるってわけ。別に凄いことじゃないさ。お前だって変われるんだ」
 奏鳴は顔を横に振り、その言葉を否定した。
 長い髪が揺れ、その時セーランは奏鳴から光が流れ出ていたのを見た。
 彼女も解放されているのだ。このままでは二人共、解放されてしまう。
「私とお前は違う。そうお前は割り切れても、私は割り切ることは出来無い。幻聴かもされないが聴こえるんだ。殺した者達の、私を怨む声が」
 両の耳を手で押さえ、小さな身体が震えた。
「心配するな。怨む奴らは俺がどうにかしてやるよ」
「どうやってだ」
「奏鳴。お前と一緒にいて、そいつらにお前は悪い奴じゃないってことを解らせる」
「一緒にいる必要があるのか、それは」
「あるに決まってるだろ。今お前をこの世界でいっ……ちばん、愛してるのはこの俺なんだぜ?」
「何を言っている。私は、お前など愛してはいない」
 頭を掻き、一悩みするセーラン。
 解放が進んでいくなかで、ある一言を奏鳴にぶつけた。思っていた、その一言を。
「質問だけどさ。なんでお前は俺のことが嫌いなんだ?」
「いきなりなんだ」
「どうして俺のことが嫌いなんだ。教えてくれよ」
 数歩、奏鳴は後ろへと下がる。
 距離を離し、それが今の二人の距離なのだと誰もが思った。
「好きとか嫌いとか、まだそういう関係じゃないだろ。なら聞くが、お前は私のことがどうして好きなんだ」
「一目惚れ」
 即答だった。
 迷うことなく、自然に口から出た言葉。
「前に俺達は会ったんだよ。ここ辰ノ大花で」
「過去にお前とは会ってはいない」

「もし時が経っても、世界がまだマシだったならさ――一緒に見に行こう」

 この言葉は。
「何故、お前がその言葉を」
 三年前ぐらいだ。
 自分がまだ中等部三年生の時に、屋敷に現れたフードを被った者に言われた言葉。それを何故、初めて会った日来の長が知っているのか。
 疑問と同時に混乱が起こった。
 恐怖に似た感情が、奏鳴の足を更に後ろへ数歩動かした。
「俺はちゃんと来たぞ」
「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ……」
「お前に会えなかった三年間。俺は日来の独立ために覇王会に入って、準備を進めて来た」
 開いた距離を詰めようとはしない。
 もうこちらの気持ちは変わらない。後は奏鳴自身の意志で、開いたこの距離を縮めるかだけだ。
「そんな時に、お前が解放されることを耳にした。だけどすぐには動けなかった。日来の独立の準備がまだだったんだ。惚れたお前を救いたいと同時に、俺を受け止めてくれかこの日来も救いたかった」
 一礼し、
「本当にすまなかった。一刻も早く救いに行っていれば、そんなにも苦しまずに済んだのにな」
 目の前の現実を受け入れられなかった。
 あの時屋敷に来たのが、日来の長だったということを。
 描いていた人物とは程遠く、違った。なのに。何故。
「やっと、やっと辿り着けた」
 何故、ほっとしている自分がいる。
 目頭が熱くなっていく。
 自分自身であっても訳が分からなかった。
 目の前の人物が、あの時の。
 こちらに微笑み掛けているその口は、フードから覗くように見えたあの時と同じ形だった。
 頬を持ち上げ、口端を微かに上げる。
 不思議なくらいに鮮明に憶えている。
「救いに来たぜ、奏鳴」
 信じがたい事実だった。
 偶然なのか必然なのか、それとも運命というものなのだろうか。
 救いを求めていた人物は、自分を好きだと言う日来の長。
 会えなかった三年間。
 時々、フードを被った彼のことが気になった。
 どんな人なのかと。どういう人生を歩んで来たのかと。
 その彼が、今目の前にいる。
 この事実は奏鳴にとって、とても大きなものだった。 
 

 
後書き
 はい。というわけで、セーラン君と奏鳴ちゃんは昔会っていたんですね。
 一目惚れがこんなにも長く続くとは、そりゃあ簡単には諦めないセーラン君ですよ。
 守りたいものが二つある場合、どちらを一番守りたいのか。選ぶのは難しいものです。
 よくドラマなどで女性が「仕事と私、どっちが大切なのよ」と言いますが、これは男性にとってはキツい選択。
 嘘でも女性は「大切なのはお前だ」と言ってもらいたいのでしょうが、男性に仕事が無ければ大抵の女性は離れていきますし。
 女性に限った話しではありませんが。
 そんな選択肢に近いなか、セーラン君は奏鳴ちゃんを救い出す前に日来独立のための準備を最優先したわけです。
 後々のことも考えてのことですが、やっぱり世話になっている日来ですから。今一番守りたいものは、自分の帰る場所がある日来なのです。
 決して奏鳴ちゃんが嫌いなわけではありませんよ。
 ただ、奏鳴ちゃんの救出を最優先にした場合。苦しみを与え続けるのは確実。
 それが嫌だと思ったからこそ、ちゃんとした場所で、ちゃんと奏鳴と向き合いたいのです。
 嫌われてもそれを選んだセーラン君。
 ですがやっぱり、奏鳴ちゃんからの信頼はがた落ち。
 ここから先一体どうなる!?
 次章お楽しみに。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧