リリカルなのは 3人の想い
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12話 黒木 七実side
「ふぃー、今日もお疲れさんと」
「そんなことを言っている暇があるなら、手を動かした方がいいと思うけどね」
隣の個室からクロノの声が、水の音と一緒に反響して聞こえてくる。
「つってもさあ、別にもう洗うとこもねーって」
「そう言っても、僕たちはついさっきまで死臭にまみれていたんだ、自分では気づかなくても臭いが残っているかもしれないぞ」
「あ? でもさあ、バリアジャケットは所謂フィールド系の防御魔法じゃん? 臭いとかつかないんじゃね?」
その上、解除したら消えるバリアジャケットに臭いがついていても、問題ない気がする。
「…………何でこんなときに限ってまともな回答をするんだ」
「…………聞こえてんぞコラ」
普段はまともな回答をしない、みたいな発言に口の端がひきつる。
「はぁ…………、確かに黒木の言う通り実際僕達からするのは汗の臭いぐらいだろうし、それぐらいならもうシャワーで十分落ちきっただろうな」
「だったらさっさと出ようぜ、風呂じゃあるまいし、シャワーを長々と浴び続ける趣味はねえよ」
「待て、そういうわけにもいかない理由があるんだ」
さっさと蒸し暑いシャワールームから出ようとしたとこを、クロノに肩を捕まれる。
「何だよ理由って」
渋々首だけを後ろに向けて、可能な限りクロノの裸体を視界に入れずに問う。
「…………乗組員達からしっかり臭いを落とすように言われているんだ」
「いや、だから落ちてるだろって」
「それはそうなんだが、あまり早く出ていくと、本当にしっかり臭いを落としてあるのか不安らしくてな」
「いや、だからそもそも…………」
「理屈じゃないんだ、どんなに頭で理解していてもどうしようもないことだってあるだろう」
まだ途中だったのに、クロノが遮る。
その言葉があまりに京介の言っていたことに似ていて、思わず眉間に皺が寄る。
「京介みたいなこと言いやがって」
「キョースケというと、一緒に転移魔法を使ったという友人のことか?」
「ん? あ! あ、ああ、そうだ」
一瞬、クロノ達にはそう言っておいたことを忘れていたので、かなり焦った。
「心配か?」
「んー、いや京介だからなぁ…………」
正直全く心配じゃねえな。
「五也が心配だな」
「? 何故1人だけなんだ?」
「だってなあ……………」
そもそも京介がやられるとことか想像もできない、むしろ向かってくるやつ相手に無双してそうだしな。
「だって、京介ってめちゃくちゃ強いんだよ、それこそ大人が束になってかかっても素手で簡単に全滅させるぐらいに」
「…………その人物は君より年上なのか?」
「同い年だけど、それがどうかしたのかよ?」
「いや、流石にそれは嘘だろう」
「なぬっ?」
いきなりの嘘つき呼ばわりに、思わず妙な声が出る。
「いくらなんでも、小学生が大人に魔力もなしに勝てるはずないだろう」
「…………、ああ~なるほど」
そこでようやく、今の外見小学生=同年代=京介も小学生、の公式が成り立った。
(でも、あいつ中学生の時にはもう強かったしなぁ)
実際、中学の卒業式の時に教師陣と乱闘をして勝利していた記憶がある。
「ん? んんんん?」
「どうしたんだ?」
「いや、あいつなんで乱闘なんてしたんだっけ?」
勿論その返答をクロノに期待していたわけではない。
「えーっと、確か…………」
場所はさっき思い出した通り、卒業式中の体育館。卒業生代表として壇上に立った京介は大きく息を吸い込むと、
『思えばこの3年間、色々なことがありました。なかでも先生方から教わったことは、この先何があっても忘れないでしょう』
普段からは考えられないような口調で体育館に響く声。
その時は誰もが、『あれ? あいつって生徒会だっけ?』と首を傾げていた。
『そう、例えば体育の○○先生(♂)と音楽の○○○先生(♀)!』
2つの名字が勢いよく呼ばれ、その場にいた全員の目が一斉に、教職員の席へと向けられる。
名指しされた2人は照れ臭そうながらも、誇らしげな顔で立ち上がった。
『彼らは所謂男女の仲を築き上げ、私達に心が通じ合う素晴らしさを教えてくださいました!』
その内容に保護者席からは軽い拍手が起きる。
だがそれは保護者席からだけだった。
『皆様、配偶者を裏切ってまで燃え上がる彼らの恋に盛大な拍手をお願いします!』
瞬間、体育館は水を打ったかのような静寂に包まれた。
そう2人の薬指には既に指輪がはめられているが、2人が結婚しているというわけではない。
つまり、京介の言うことが本当ならば、2人の関係は不倫ということだろう。
『2人の付き合う切っ掛けとなったラブレターや、ラブホに入る瞬間の写真は後でばらまきますのでお楽しみに~』
徐々にざわめきが大きくなっていく、最初は誇らしげな顔だった2人も最早青ざめ、震えている。
『さあて次は数学の○○先生(♂)と現国の○先生(♂)!』
ビクリと名指しされた教師の肩が震える。
『彼らは私達に友情というものの大切さを教えてくださいました!』
京介の背後のスクリーンに映像が映し出される。同時に体育館に悲鳴が響く。
その映像は局部と顔は隠されているが、明らかに女子更衣室の盗撮写真だった。
『みなさん! これが何を隠そう2人の共通の趣味! 盗撮です! 共通の趣味を持つ友人は大切だということですね!』
館内のざわめきに負けないように、京介が大声を張り上げる。
「ち、違う!! そいつの言ってることはでたらめだ!!」
ざわめきが収まらないなか数学の方が立ち上がり、必死に否定する。
はっきり言って信じるやつはいない。数学の教師は女子をいやらしい目で見ることで有名だからだ。
『何をおっしゃいますか○○先生! あなたは○先生と暇さえあれば盗撮写真を見て、女子の体について熱く語り合っていたではありませんか!』
「しょしょ、証拠があるのか!!」
正直、そこまで狼狽えているのに言い逃れができると思っているのは純粋に凄いと思う。
顔は青ざめてるし、京介に向けられた指は震えているし、今にもこぼれ落ちそうな程に目は見開かれている。
『証拠ですかぁ、そうですねえ○○先生の指紋がベッタリ付着した盗撮用のカメラとかならありますよ』
「な……………ぁ」
ヒョイッと京介が取り出したのは、警察が使ってそうな袋に密閉された小型のカメラ。
それに見覚えがあったのか、今度こそ数学教師は凍りついた。
『まあ、後は2人が女子の体について熱く語り合っているテープもありますが、これは女子の方々の名前や、先生方の個人的な女子の裸体の評価等が入っているので、ここで流すのはやめときます。なので○先生、自分は証拠がないから大丈夫みたいな顔しても無駄ですからね』
その死刑宣告に、今度は現国教師が項垂れる。
「う…………、うぉぉおおおお!!」
だが現国教師はそれだけで終わらなかった。
雄叫びと共に駆け出し、ステージに這い上がり京介に掴みかかったのだ。
『はい、ドーン☆』
「ぎゃあ!」
だが京介が演台を突き飛ばすと、現国教師はステージから落下し、演台に押し潰された。
『いやはや無様ですねえ、見ろ! ○○先生がゴミのようだ!! みたいなかんじですねえ』
大分口調が素に戻ってきた京介が、ステージから落ちた演台に飛び乗る。
衝撃が伝わったのか、現国教師が痛みにうめくが全員の目は京介に釘付けだ。
『さあ、まだまだ先生方のエピソードを語りたいのですが、時間も差し迫って来ていますので、これぐらいにしておきましょう』
その発言に教師陣から安堵のため息が漏れる。
『どうせマスコミ各社に郵送してますし、気になる方は明日の朝刊でも見てくださいねー』
残念なことに、一条 京介という男はそんな彼らを見逃すほど甘くはない。
『あ、でもまあ、最後に1つだけ』
恐らく本当に、単純に思い付きなのだろう咳払いをすると京介は素の口調で話始める。
『やっぱり俺があんた達教師から教わったことっていうと、団結力だろうね』
団結力、その言葉は本来ならまだしも、今となっては教師陣が纏まってどんな悪行を犯していたのだろうと、想像を掻き立てる言葉に成り下がっている。
『いじめはない』
ビクリとそれだけで何人かの教師が反応した。
『そんな事実はない』
『生徒がふざけているだけ』
『あんなのコミュニケーションの内だ』
『大人が必要以上に口を出せば、それこそいじめに発展する』
京介の淡々と語る内容は生徒の大半も心当たりのあるものだ。
特にそのなかでも、俺と五也と京介は嫌というほど知っていることだ。
『いやはや、本当に凄い団結力だこと。なにせ特に口裏を合わせるために会議をしたわけでもないのに、全員見事に事実を揉み消そうとするんだからねえ』
そう、いじめは実際にあった。
『あ、勘違いしてるかもしれないけど、俺は別に助けてもらえなかった復讐とかで、こんなことしてるわけじゃないから』
そして、いじめられていたのが京介だったということだ。
原因は京介の見た目にあった。
はっきり言って校内1の美少女なのだ。
なにがと聞かれれば、京介がとしか答えられない。
校内美少女コンテスト優勝、彼女にしたい人物トップ、被告白回数断トツ1位。こんな輝かしい数々の栄光も京介が男というだけで台無しだ。
まあ、それに悪ノリで出場させた俺も、出場した京介も問題があるけどな。
結果として、京介に男子より陰湿とされる女子のいじめが襲いかかったのだ。
『しかしまあ、大変でしたよね。一部の生徒が次々と病院送りになっていったんだから、先生方も揉み消すのが一苦労だったろうしねえ』
病院送りになった生徒、それは言うまでもなく京介に何らかの嫌がらせをした連中だ。
なかには嫌がらせで済まない様な過激なものもあったが、京介は常に鼻唄混じりに撃退し、犯人を突き止め報復をした。
『俺の親友に感謝しときなよ、あいつらが止めなかったら今頃病院送りが何倍になっていたかわからないんだからさ』
まあ、それと。と京介は会場を見渡す。
『見逃してやった連中もね』
射殺すような視線に貫かれた何人もが椅子から転げ落ち、けたたましい音を立てた。
その様子を見て満足したのか、京介は演台から飛び降りた。
『んじゃま、そういうことで! 形式上だけは感謝の言葉を贈っときまーっす!』
それを最後にマイクを捨てると、体育館中央に確保された卒業生全員で歩くはずの通路を、1人だけで堂々と歩く。
「黒木! 林道! さっさと帰るぞ!」
「そこで呼ぶか!?」
全員の目が俺に集中する。この空気のなか出てくとか何てムリゲー。
ガシャン、少し遠くからパイプ椅子が他のパイプ椅子にぶつかるような音が聞こえた。
音の発生源を探してみれば、遠くの職員席から誰かが立ち上がっているのが見えた。
普段から顔を見る機会が少なく、いまいちパッとしない初老の男、つまり校長が立ち上がっていた。
「そいつを…………、そいつを殺せぇええええ!!」
「「「「う…………、うぉぉおおおお!!」」」」
「おいおいおい、マジかよ!?」
目を疑いたくなることに、校長の飛ばした激に反応して教師が男女問わず、京介に襲いかかろうと生徒や椅子を蹴散らして突撃し始める。
これは流石に見過ごすことができず、京介の元へ駆け寄ろうとする。
だがさっき椅子から転がり落ちた生徒達が邪魔で、思うように前に進めない。
「死ねぇえええ!!」
半分も進んでいないうちに先頭の教師が京介に拳を振りかぶって襲いかかる。
「京介っ!!」
叫びもむなしく2つの影が交差し、片方が軽々と宙を舞った。
頭が真っ白になる。
必死に滑り込むように落下地点に走る。
「なんだよ黒木、今忙しいんですけどー」
「い?」
落下地点についたちょうどその時、なんか幻聴が聞こえた。
視線を向けてみれば、そこには襲い来る教師をちぎっては投げ、ちぎっては投げしている京介の姿があった。
じゃあ今まさに墜落してきているのは……………。
丸々とした体。
あちこちに明らかに必要以上についた脂肪。
テカテカと照明を反射する顔の脂が眩しい。
そんな脂ぎったおっさんが俺めがけて落ちてくる。
ゾクリ、おっさんに押し潰されるビジョンに背筋が粟立つ。
「う、うおぉおあおあ!」
「おぶあ!!」
落下地点を変えるために、固く握った拳でぶん殴ったけど、俺は悪くないと思う。
そのかいあって、なんとか押し潰される様なことはなく、脂タップリの教師は他の生徒の上に墜落した。
「あっぶねー!!」
「いやはや、あと少しだったのに惜しいねえ」
横を見ると教師をボコり終えた京介が立っていた。
「おいこら、京介。てめえ今の狙って投げただろ」
「Ahーーhaーー☆」
「肯定だな、肯定だなこの野郎!?」
「えいや」
「こぺっ!?」
掴みかかろうとすると、一瞬で頸動脈をキメられた。
「さーて帰るぞー」
首根っこを掴まれてズルズルと引きずられる。
「オーイ、林道起きろー」
「ん……………? ああ、終わったか?」
「いや、寝てたのかよ!」
席が離れててわからなかったが、この様子だと爆睡していたようだ。
「んで? 徹夜するほど今回のテイルズ系はよかったわけ?」
「まあな、オープニングやストーリーは勿論、新システムも心が踊るな。しかしまあ……………」
受け答えながら、林道は辺りを見回す。
「どうやら卒業式はいろんな意味で終わったみたいだな」
「驚かねえのかよ!?」
「小学校の卒業式でも同じようなことをしていたしな」
「うええええーーー!?」
かなり驚きの新事実だった。
「ふあ……………、とりあえず帰るか。京介ちゃんと卒業証書確保したか?」
「ああ、勿論」
「いや待て待て待て待て!」
「何だよ黒木、饅頭も人数分より多めにかっぱらってきたから騒ぐなよ」
「よけい駄目じゃねーか!?」
勿論話を聞いてもらえるはずもなく、そのまま式場から帰ることとなった。
「そういや、そーだった……………」
「なにがだ?」
「いや、思い出さない方がよかったかなと」
あのあとは大変だった。中学校は潰れるし、マスコミから逃げてきた京介が家に泊まり込むし、調べてみたら小学校も潰れてたし。
「まあ、とにかくあれだ、京介は怒らせたらヤバイってことだ。クロノも下手にからかったりすんなよ」
「いや、あったこともない人物についてそんなことを言われてもな」
「いいから頷いとけって、特に女っぽいとか、女面とか、可愛いとか、付き合ってくれとか、踏んでくれとか言うなよ、殺されるぞ」
「後半が明らかにおかしくないか」
「ツッコムなよ」
そりゃ俺だって始めて会ったときは禁句を口にして、半ごろs……………3/4殺しぐらいにされたんだから。
「まあ、つってもどうせ会うこともないか」
「確かに、会う確率は低いだろうな」
「あー、違う違う、そういう意味じゃねえよ」
「違うと言うと?」
「京介のやつ何か知らねえけど、やけに警察とか毛嫌いしてるんだよな」
なんでも、ろくに役に立たないくせに守ってやってるとばかりの態度が気にくわないとか。
「クロノは近づかない方が安全だな、うん」
「なんだその歩く危険物は」
「否定できないとこがなんともな」
悪いやつじゃないんだけどな、どうにもアクが強いんだよな。
「ま、まあ、とにかくもういい頃合いだろさっさと出ようぜ」
「……………それもそうだな」
あれこれ聞きたいことを飲み込んだらしいクロノとシャワールームを後にする。
早く京介や五也と合流したいなと、そう思った。
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