とある科学の論理回路
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天目反射
「信じらんねえ!ハハハ!何でお前が、こんなところで戦ってるんだ!?」
煩わしい。鬱陶しい。俺の神経を酷く逆なでする声が、俺の耳に入る。・・・別に、この女の事はそれ程嫌いじゃない。黒髪ロングに細くて白い身体。外見は美少女の癖に、短気で男勝りで喧嘩が強い女だけど、悪い奴じゃないんだ。・・・が、今のこの状況下で、ここまで楽しそうに会話をするコイツを見ていると、ギリギリで攻撃を避け続けている自分が格好悪く見えてきて、腹立たしいだけだ。・・・要は、逆恨み。
「お前、何時もより余裕なさそうじゃん!?いつもはほら、もっとクールな顔して避けるだろ!?何で今日はギリギリなんだ!?」
今も、コイツの死角から殴りかかった男を、そちらを見もせずに軽々と避け、カウンターの肘を入れる。鳩尾に入って悶絶したその男に、追加のアッパーを喰らわせ、昏倒させた。と同時に、左右から放たれた炎と電撃をしゃがんで回避。即座に右にダッシュし、炎を放った敵の顔面に蹴りを放つ。ボギン、と嫌な音が響いた。どうやら、鼻の骨が折れたようだ。
「う、る、せえ!!!演算が上手くいかねえんだよ!!!」
対する俺は、さっきからスレスレで攻撃を回避し続けている。普段なら、戦いのある場所には極力近づかないし、どうしても回避できない運命の場合でも、敵の行動パターンを全て暗記してから戦う。だからこそ、常に余裕を持って回避出来るのだ。
・・・が、今はそれが出来ない。なぜなら、俺たち二人の他に、スキルアウトの連中と乱闘しているウニ頭。奴のせいで、周囲の0と1が乱れに乱れまくっているからだ。
そもそも、このウニ頭の男と出会うこと自体が、俺の未来予知を大きく外れていることなのだ。当然、この乱闘も予測出来る訳がない。つまり、こいつらの攻撃を暗記出来ていないわけで・・・俺は、リアルタイムで数秒先の未来を予知し続けているのだ。
「どう、して、こうなった!?俺はただ、あのウニ頭を尾行してきただけなのに!!!」
あのウニ頭のことが気になった。だからアイツ等を追いかけた。戦う気なんて微塵も無かったのに、どうしてこんな状況になったのだろうか?
「さっきからウニウニうるせぇよ!?そもそも、お前がこうなったのは自業自得だろ!?人を尾行なんてするからバチが当たったんだ!」
ドン、と俺の背中に何かがぶつかる。しかも、その瞬間に、周囲の全ての0と1が変動し始めた!?慌てて後ろを見ると、俺の背中にぶつかっていたのは、あのウニ頭の背中だった。
ヒヤリと、冷たい汗が流れる。
「ウニ!俺の近くに来るな!!!演算が・・・!」
「オラア!!!」
「・・・あ、やべ。」
避けきれなかった。俺は、右頬をぶん殴られて、大きく吹っ飛んだのだ。
「お、おい新羅!?」
先ほどから無双していた、俺の親友である戦場栞菜が叫ぶ。そして、周りを一切確認せずに俺に駆け寄ってきた。
「おい、アンタ危ない!」
ウニ頭の叫びも虚しく、背後から攻撃が放たれた。
「死ねやコラァ!!!」
ドゴォ!!!
鉄パイプ。不良の代名詞のようなその武器を振り下ろしたその男は、栞菜の強烈な蹴りによって吹き飛んだ。・・・どう考えても不可能な体勢から、コイツは蹴りを繰り出したのだ。
「おい、大丈夫か!?」
倒れた俺を抱き起こしたコイツは、ある筋では”白兵戦最強”という二つ名を付けられている(勿論、超能力者の化物共は除く)。
大能力者。能力名は”天目反射”。無意識に危険を察知し、咄嗟に最適な回避行動を取る能力だ。
起きていようが眠っていようが関係ない。立っていようが座っていようが大差ない。前後左右三百六十度どこから放たれようが、例え空間転移での攻撃でさえ、確実に回避してのける能力。それが”天目反射”だ。
因みに、音速の三倍くらいまでなら余裕で、それ以上の速度だと運が絡む。純粋に、身体能力がついて行けない可能性があるのだ。
自分が受けたくない攻撃や悪意。それらを全て避けきるこの能力は、近接戦において無類の強さを発揮する。
自分が攻撃している最中に、防御や回避に意識を割く必要がなくなるからだ。カウンターを合わせられようと、自動的に身体が回避するのだから。
そんな女が。この、230万人の内、超能力者8人を抜かした中で白兵戦最強の異名を持つこの女が。
ブチギレた。
「お前ら、新羅に何してくれてんだコラァ!!!?」
暴走。その言葉が正しいだろう。
今までは、重傷を負わせないように少しだけ手加減をしていたが、自重を止めたのだ。戦場を嵐のように駆け巡る栞菜。電撃を避け、炎を避け、風も水も避ける。コンクリ、鉄パイプ、ナイフに拳と蹴り。その全てを避け、カウンターを入れ、地面に引きずり倒して蹴りを入れる。敵の武器を奪い、返り血さえも能力で回避する彼女の姿は、美しくも恐ろしかった。・・・こりゃ、もう一つの二つ名、”戦女神”も妥当な名前だ。
「・・・・・・上条さんは、空気になってしまいました。・・・でも、あんな戦いに割って入ったら足でまといか・・・?」
そんな戦場をポツンと見つめる、俺とウニ頭。俺は、戦場を見ながらも、彼の右手に視点を合わせる。
(・・・見えない。やっぱり見えない)
彼の右手首から先。その部分だけ、0と1が全く見えないのだ。
この世の全ての物質にも、0と1が見える。今まで、見えなかった物などただ一つとして存在しない。人にも、動物にも、植物にも。無機物にさえ0と1は存在するのだ。
・・・なのに、この右手は何だ?何故見えない?・・・しかも、この右手に近い場所の0と1が激しく入れ替わっている。つまり、コイツから離れれば、俺の能力も問題なく行使可能だったわけだ。さっきはコイツが背中にぶち当たって来たから、全ての演算が無茶苦茶にされて、未来が見えなくなった。だからこそ、こうして無様に殴られたわけだ。
「・・・ククッ・・・!痛いけど・・・それだけの価値はあったな・・・!!!」
未来が見えないただ一人の人間。コイツの運命だけは、ほんの一秒先すらも読めない。イレギュラーの中のイレギュラー。
「・・・俺の、新しい玩具だ。」
全てが既知の世界を生きてきた俺にとって、コイツの存在はとても面白いものなのだから。逃がすものか。
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