少女1人>リリカルマジカル
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第三十九話 少年期【22】
「それにしても、よく魔力が持ったわね。複数の魔法を随時発動させて、継続させ続けるなんて」
「ぶっちゃけ思いつきだったしなー。未だに全身がだるい」
『当たり前です。あんな半端な魔法を使い続けたら、魔力消費が激しくて当然ですよ』
体育祭昼休み。俺は母さんが作ってきてくれたコロッケを口に含み、咀嚼している。現在俺は、先ほど俺と徒競走で競い合ったクイントと、俺達の試合を録画していたコーラルに呆れられていた。コーラルから徒競走での話を聞いていると、確かに自分でもまだまだだったと思う。だけどさ、もうちょっと俺の健闘を褒めてくれてもよくね?
「それにしても『サークルプロテクション』ね。撮ってくれた動画を見たときはびっくりしたな。本当に1つに魔方陣がくっついていたし」
『『疑似』が前に付きますけどね。今度きちんとした手順をお教えします。あの方法は効率が悪すぎますので』
コーラルからの魔法の話に耳を傾けながら、俺はさっと周りを見渡してみる。お昼休みということで、今の時間は昼食場所のために学校の敷地が一部開放されていた。そのおかげで広いスペースが確保され、のびのびとシートを広げることができる。俺たちが座っている場所は、いつものメンバーとその家族のシートを合体させたためかなり広くなっていた。
母さんたち大人組はお互いに談笑しており、アリシアたちは先ほどのかけっこの話で盛り上がっているようだった。同じ徒競走組の少年Eはマイペースに弁当箱を平らげており、紫の子も弁当箱に詰められたデザート盛を平らげていた。2人ともすごく幸せそうな雰囲気で、黙々と食っている。なので今は会話は無理そう、と判断した俺とクイントとコーラルの3人は駄弁りながらお弁当を食っていた。
「そうだわ、最後の的当てなんだけどあれってどうやったの? 一発で当ててくるなんて思っていなかったわ」
「あー……、いや、あれは……」
『……そういえば、ますたー。僕はますたーのあのフォームに非常に見覚えがあったのですが』
きらきらした目で見てくるクイントと、それとは正反対の雰囲気を感じさせるコーラルの声に、俺は2人から視線を外した。仕方がないだろ。俺は射撃スキルより、投擲スキルの方が経験値が溜まっていたんだから。主に緑の球体のおかげで。
でもそれを素直に言うと絶対に説教が来る。いつもなら口を滑らせてもいいのだが、現在はまだ疲労が残っている。午後の競技までには回復したい俺としては、愛想笑いでなんとか切り抜ける選択を選ぶことにした。なのだが、クイントがこの話に意外にも食いついてきた。
「ねっ、何かコツがあったら教えて! 私、射撃魔法が心もとないのよ」
「そう言われてもな……」
お願い! と手を合わせてくるクイント。もうさ、これ以上強くなる気満々ってことね…。彼女は欲しいと思ったスキルや技があったら、頭を下げて教えを乞う姿勢を見せるほどの努力家だ。俺としてもいつかは再戦を誓っているとはいえ、ここまで女の子にお願いされるとな…。
それに、ぶっちゃけ話をしても問題はないのだ。彼女なら俺が何もしなくてもいずれ道を見つけてしまうだろう。つまり俺が彼女に教えたところで、それが役に立つ可能性がほとんどないと思うわけだ。なら話そうかと思ったが、コツは自分のデバイスを投げまくることです、なんて口に出せないと気づく。絶対説教の嵐だ。
「えっと、……あ、あれだ! 水切りだ! 水切り!」
「みずきり?」
「そうそう。昔はそれにはまってずっと遠距離を狙い続けていたからな。コントロールや手首の角度とかいろいろ勉強になるぞ!」
俺は前世で得た投擲スキルの習得方法を語ることにした。実際近所では、水切りなら向かうところ敵なしの実力だったのだ。全国水切り大会の上位成績常連者だったじいちゃんに鍛えられたからな。俺の投げ癖は間違いなくこれが原因だ。じいちゃんが生きていた間は、昭和系な遊びばかりしていたものだ。
しかし今思うと、俺って金のかからない子どもだったんだな…。いやでも、クリスマスプレゼントにサンタさんへのお願いで『平たくすべらかな丸みを帯びた石(複数)』って書いて、本気でクリスマス会議を開かせてしまった両親を思うと難しく感じてきたなー。
―――ちなみにこの時俺は、説教から逃れるために勢いで話していたため気づかなかったことがあった。
川辺という自然の場所が、このクラナガンにはなかったことを。きれいに整備されているため、河原などもなく小石なんて落ちていない。そのためクラナガンの子ども達は『水切り』という遊びを知らなかったのだ。
それはクイントにも当然当てはまる。勢いで話す俺に『みずきり』とは何かを切り出せなかった彼女は、仕方がなく自分で結論を出してしまったのだろう。クイントはそれを正しいと思い込んでしまい、俺自身は彼女との間に認識の齟齬があったことにこの時最後まで気づかなかった。
「なるほど…。水を斬るのね……」
これから4年後、この食い違いが俺を最大のピンチへと至らせるきっかけになったのだから、自業自得と言うしかなかった。
「むむぅ、どうしよう…」
「そんなに悩むことかなぁ、アリシア」
「メェーちゃん、アリシアに何かあったのか?」
「あっ、アルヴィン」
クイントとの話も一区切りしたため、俺はアリシアたちの会話に加わることにした。どうやらかけっこの話は終わっており、今は別の話題に入っているようだ。女の子組が集まっており、クイントの友達だという紫の子も一緒にいる。その子が俺を見つけると、なんだか口元に笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「ねぇ、あなたクイントと一緒に走っていた人だよね。さっきまで2人でなにを話していたのー?」
「え、あぁ。サマーソルトを実現させるための練習方法を一緒に考えていたんだけど、なかなか難しくて大変だよなって話をしていたけど」
「えっ……そ、そうなんだ」
「メガーヌ、この2人にその手の会話は無理だと思うよ。クイントも常識人寄りだけど、微妙にズレているから」
真実を話したら、紫の子とメェーちゃんに頭を抱えられた。よくわからないが、俺はなんかおかしなことでも言っただろうか? あと言っているメェーちゃんも、色々普通から外れていると俺は思うんだけどな。口には出さないが。
クイントとは水切りの話の後に、他に何か技はないか、と聞かれたので俺が見てみたい技について話をしていた。その後ゲームの技や漫画の技の話になって、意外にも盛り上がってしまった。動きとか実践で使えそうかとか見栄えとか。クイントなら本当に実現できそうだな。
そんな風におしゃべりをしていたら、俺がいることに気づいたのか妹と目が合った。そういえば、もともと妹の様子を聞くために会話をしていたんだっけ。アリシアは口元に手を当てながら悩むポーズを外し、俺に向かって慌てたように話を切り出した。
「お、お兄ちゃん、どうしよう! メェーちゃんが2人になっちゃったの!」
「な、なんだとッ!? メェーちゃん、いつの間に影分身とか分裂とか魔球とか虎咬真拳とか使えるようになったんだ!? 教えてくれッ!」
「使えないよ!? アルヴィンは技関係からいい加減離れてよ!」
「……なにこのカオス」
おっしゃる通りだった。
「あー、なんだ。つまりアリシアは、メリニスもメガーヌも頭文字が「メ」だからあだ名に困っていたわけね」
妹は同じ年相手には、いつも彼女がつけていたあだ名で呼んでいたのを思い出す。年上の人には俺がつけたあだ名のまま呼ぶことも多いけど。でも基本、男は君付けで、女はちゃん付けだ。そして相手の名前の頭を捩った感じがほとんどであった。
少年Bことティオールならティオ君。少女Dことクイントならクーちゃん。今までたまたま同じ頭文字同士がいなかったからその方法でも困らなかったが、ここにきてついに被ってしまったらしい。なるほどな、それにしても2人してメェーちゃんね…。
「なら2人そろったことだし、『メリーズ』にでも進化させたらよくね」
ごめんなさい、真面目に考えます。だから俺の頬を2人で引っ張るのはやめてください。柔らかいし、通気性抜群な名前なのにお気に召さなかったらしい。
「じゃあ、『メェーヌちゃん』でどうだ!」
「あっ、かわいいかも!」
「もう、それでいいよ…」
3、4度目の名づけ挑戦でようやくOKサインをいただけました。俺は妹と一緒に喜びのハイタッチを決める。そしてメリニスがメガーヌの肩に手を置き、2人は無言でうなずき合っていた。あっちも何かしら共鳴し合う何かがあったのだろう。仲よきことは美しきことだな、うん。
******
「えーと、俺の次の競技は、例の『ぷにゅぷにゅ競争』か。そして1日目の最終競技『魔法合戦(初等部)』もそれから始まるし、レティ先輩が出るから応援しねぇと」
休憩時間が終わり、午後のプログラムは順調に進んでいった。俺はプログラムを片手にふらふらと競技を見学している。一応自分の次の競技場所に向かいながら覗くだけだが、どこも白熱しているようだ。特に中等部の闘いはレベルが高く、どれも手に汗握るものだった。これはいい勉強になるな。
あっ、そういえば前にレティ先輩から自身を売り込むためのアピールの場でもある、って教えられたな。ならこの観客の中にアピール相手が紛れている可能性があるのか。そう思うと、ちょっと気になる。俺としては興味本位というか、噂の真相が本当なのかを確かめたくなり、耳を澄ませて観客に目を向けながら歩いてみた。
「―――今の学生はどうだ?」
「―――あぁ、なかなかの逸材だな。足腰もしっかりしていそうだ」
人ごみを歩いていたら、ふと聞こえてきた会話にまさかのビンゴだろうかと俺は驚く。先ほどの声が聞こえてきた場所を目指し、少し早足になりながら向かってみた。そこには観客でまだ全貌は見えないが、何人かの集団が集まって競技を眺めているようだった。これはマジで当たりかもしれない。噂は本当だったのか、と少し感動しながらさらに俺は近づいた。
いったいどんな人たちなんだろう。やっぱり管理局員の勧誘なのかな。そんな感じでわくわくしながら、俺はその集団の会話と姿がよくわかる場所へとついにたどり着いた。
「いい脚だな。あれほどの速度があれば、スチールの技術をものにできるかもしれん」
「確かに。だが脚も大切だが、腕も重要だ。あそこにいる彼のしなやかな筋肉を見てみろ。あれなら鍛えあげれば確実に頭角を現すぞ」
「攻撃ばかりでは足元を掬われかねんよ。見な、あの学生はよく周りに目を向けておるし、冷静に間合いを掴む技術もあるようだ。育てれば、いい守りができるだろうよ」
「では、あの3人は後で声をかけておきましょう。あと私としては、あそこにいる学生も気になるんですよね。バランスもよく、思い切りがあるところがいい」
「ふむ、これはなかなかの逸材揃いかもしれないな」
「えぇ、そうです。彼らの様な新星が現れれば、更なる発展を目指せる。そうだ、これなら―――」
「これなら……、最高の野球チームを作れるかもしれん!」
「あんたら一体何の勧誘をしに来たァッ!?」
まさかのユニフォーム集団に俺はツッコまざるを得なかった。というか、本当に何をしているんですか野球のお兄さんとそのお仲間らしき方々。あなた方、確か俺の記憶では管理局員ですよね。そっちの方の勧誘はしなくていいんですか。管理局より野球なんですか。
「おや、アルヴィン君じゃないか。こんなところで会えるなんて。そうか、君はこの学校だったんだね」
「はい、お久しぶりです。俺もまさかこんなところで、そしてこんなかたちで出会うとは思っていなかったです」
俺の心からの言葉だった。
「お、リーダー。この子がちきゅうやでお手伝いをしている子かい?」
「そうだよ。そういえば、君はまだ会っていなかったのか」
「お兄さん、本当に突っ切ってしまいましたね…」
周りにいる人たちの中から、黒髪黒目のおじさんが俺と野球のお兄さんの前に現れる。そのおじさんの後ろには10代半ばぐらいの少年がついてきていた。おじさんと同じ色を持っているし、顔立ちもなんだか似ているから、おそらく親子なのだろう。少年と目が合ったのでお互いに会釈をし合った。
なんでもこのおじさんは野球チームの副キャプテンであり、古株さんらしい。前に野球のお兄さんから話だけ聞いていた、地球にご先祖様を持つちきゅうやの常連客さんだったようだ。そう思うと、どことなく東洋系な顔立ちをしているな。
「もしかして、日本人が先祖の方だったりします?」
「よくわかったな。それにしても、リーダーから『野球』という言葉を聞いたときは、まるで引き寄せられるように参加してしまっていたな。先祖が野球と関係でもしていたんだろうか?」
いや、俺に聞かれましても。まぁ、日本人だったのなら野球ぐらいはしていたかもしれないけどさ。そんな風に副キャプさんと話をしていたら、後ろで俺たちを眺めていた少年を前につれてきてくれた。この少年も常連さんだったらしいけど、知らなかったな。店番をしているエイカだったら知っていたのかな。今度聞いてみよう。
「こいつは息子のゲンヤだ。坊やより7つほど年上だが、仲よくしてやってくれ」
「よろしく、アルヴィン君」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
このぐらいの年の人と交友を持てたのは初めてだな。ゲンヤさんは普通科の中学校に通う熱血少年のようだ。ユニフォームが似合いすぎる。野球の浸透力すげぇ、野球のお兄さんの布教力すげぇよ。
そんな一団から離れて数刻経つ。俺はようやく『ぷにゅぷにゅ競争』が行われる会場にたどり着いた。なんか一気にどっと疲れてしまった気がしないでもない。俺は時間までゆっくり座って待機しておくことにした。
入場門で待機していたら、先生方がケージに入れられた何かを運んでいるようだった。それがグラウンドの真ん中に置かれたことから、おそらくあれが『ぷにゅぷにゅ』なのだろう。遠くからだとベージュっぽい塊にしか見えないが、たぶん生き物だ。
あの生き物は中等部の校舎で飼われているらしいから、初等部の児童は体育祭ぐらいでしかあまり目にしないらしい。というより、体育祭で1年分ぐらいの出場率があるようだ。リレーに使われたり、障害物に使われたり。おとなしい生き物じゃなければ、『コード不思議生物 反逆のぷにゅ』を発動しないのが不思議なほどの出番の数だった。
「……なぁ、少年B。さっきからずっとケージから聞こえてくる鳴き声が、めっちゃ響いてくるんだけど」
「うん、そうだね。どうやら名前の由来は鳴き声だったみたい」
開けられたケージからわらわらと出てくるぷにゅ。コロコロ転がるものもおれば、ぼぉーとしているのもいる。そしてそれらは、全てが「ぷにゅ」と鳴き声を発していた。なんともわかりやすい名づけ理由だった。
「だけどさ、この生物の名付け親は、なんで鳴き声だけをピックアップしたんだ。絶対他にも名づけるポイントがあるだろう。顔とか顔とか顔とか存在とか」
「うん、そうだね。きっと進化体系を間違えたんだよ」
「少年B、お前ちょっと投げやりになっていないか?」
ぷにゅぷにゅの正体をこの目で見た新入生のほとんどが、少年Bと同じように目が遠くの方を見てしまっていた。いや、俺も衝撃受けたけどさ。あの顔と体型で、渋いアルト声で鳴き声合唱しているし。
クラスの連中も対戦相手の連中もどう接したらいいか、完全に戸惑っていた。この競技のルールは、グラウンド内に散らばったぷにゅをどちらが多くケージの中へ返せるかを競う競技らしい。……あれに触るのか。この場にいた全員の心が一致した。
「あれって、……Gだよな」
「目つきこえぇよ、じっとこっち見てくるんだけど」
「俺、ちきゅうやであの漫画見たことあるけど、実在したのか」
「ぷにゅぷにゅ鳴いているけど、俺の背中に立つな、とか実は言っているのかな」
クラスメイト達の戸惑う声。怯えてはいないみたいだが、本気であの生き物の存在感に扱いを困っているようだった。顔だけでも存在感濃いのに、……なんでさらに一頭身なんだ。Gさんの顔がそこら中にコロコロ転がる異空間。足が一応、顔の横から2本生えているんだから歩けよ。それでも不気味だろうけど。
こいつらには一切攻撃的な思考がなく、ただじっと集団で見つめてくるだけらしい。それ余計怖くね。でも管理世界では、超安全の太鼓判が押されるぐらいの生き物らしい。本当になんでその顔で安全宣言受けているんだよ。ぷにゅぷにゅ鳴いているんだよ。お前ら絶対進化体系間違っているよ。
「ぷにゅぷにゅ、初登場でこれほど場を震撼させるなんて…」
「少年A、あんまり緊張しすぎても仕方がないぞ。安全な生き物ではあるらしいから大丈夫だと―――」
「本当になんて、なんて存在感があるんだ……!」
「…………」
自分でいうのもなんだが、俺の周りもなんか間違っているような気がした。
「それでは、『ぷにゅぷにゅ競争』を始めます。よーい、スタート!」
結局始まってしまったなら仕方がない、とみんなでグラウンドに集まったぷにゅのもとへ向かう。近づいてきた俺たちに、ぷにゅはじっと目を合わせてくる。ただじっと見つめ続けてくる。目が合わせられねぇ。
だけど、俺だって男だ。たかがゴ○ゴ似の顔を手で掴んで運ぶだけのことじゃないか。俺は意を決して、3メートルほど先で転がっているぷにゅに当たりを付ける。そして、やつの顔(一頭身だから身体かもしれんが)を両手でガシッと掴んでみせた。
「おーい、あんまり遠くに行くと危ないからなー」
「気を付けるよー、父さん、母さん」
久しぶりの家族みんなで訪れた海に俺はテンションが高かった。泳ぎには自信があったので、プールや海に行くのは昔から好きだったのだ。まだ本当に7歳の子どもだった俺はバナナボートを手に持ち、海に向かって駆け出していった。
サラリーマンの父が奮発して、母さんが企画してくれた沖縄旅行。初めて潜る沖縄の綺麗な海は俺を興奮させた。だけど遊び疲れてウキウキした気分で浜辺に帰ってきた俺に訪れた悲劇は、幼かった俺にトラウマを残していった。浅瀬になったため、足で海の中を歩きだした俺は気づかぬうちにやつと接触してしまったのだった。
ぶにゅッ。
えっ、と俺が驚きの声をあげた時には海に向かってひっくり返っていた。右足に感じた生暖かい感触。表面は硬めに感じたが、踏んづけたことで柔らかくぶにゅぶにゅした内側をリアルにとらえてしまい、ゾワッと全身に怖気が走った。さらにひっくり返った場所も悪かった。
ぷにゅッ。 ぶしゅぅーー!
身体を支えるためについた手からまたもや感じた感触。その潰した何かから白い糸のようなものが身体に絡みついた。当時7歳児だった俺は突如訪れた出来事に混乱し、浅瀬で溺れかけた。父親に助けられたので事なきを得たが、生き物好きの俺に唯一ダメだと拒否反応が出てしまう生物が誕生した瞬間だった。
そしてそのトラウマは、どうやら今世でも健在であったようである。
―――ぷにゅッ。
「う、うわぁ、うわぁ、うわぁぁあぁぁあぁぁぁ!!」
掴んだ瞬間によみがえった衝撃と記憶。本気の絶叫がグラウンドに響き渡り、そしてこの生物の名付け親がなぜこの名前にしたのかも俺は唐突に理解した。鳴き声や顔や存在よりも、それ以上に感触が衝撃的だったからに違いないと感じたのであった。
******
「おーい、後輩よ。生きているか?」
「あー、レティ先輩だ。こんにちは、……もしかしてさっきの見てました?」
「掴んだ瞬間大声を上げて、ぷにゅをケージに向かってストライクかましていたのは見たが」
完全に見られていた。競技の後で先生に生き物を乱暴にしてはいけません、と注意された。アリシアたちにはなんか慰められた。野球のお兄さんにはナイス投球、とサムズアップされたが。
そんなこんなで1年生の競技が終わったため、児童席に戻る途中でレティ先輩たちと出会った。おそらく最終競技の『魔法合戦』に参加するために移動中だったのだろう。先輩の後ろに高学年の先輩たちが何人も歩いていた。そこに見覚えのある男女の先輩が俺の目に映った。
「あら、もしかしてあなたオリエンテーションの時の…」
「あっ、確かレティ先輩と一緒にいた図書室の先輩」
俺とレティ先輩に向かって歩を進めてきた2人の先輩。レティ先輩の友人さんたちだ。珍しい色の髪だったから半年以上も前だったけど覚えている。もう1人の男の先輩は初等部代表の先輩さんだったので、すぐに顔が一致した。
「3人とも魔法合戦に出場するんですか?」
「もちろんだ。やるからには勝つつもりだ」
ふふん、と自信満々に胸を張るレティ先輩。しかし向こうもなかなかの強敵揃いらしく、先輩たちでも勝利を収められるかはわからない、というのが本音だろう。集団戦で混戦になることが多く、かなり自由度の高い闘いになる。
そんな闘いがもうすぐ始まる。最初に俺に話しかけてきたときは、少し強張っていた顔も今はだいぶ落ち着いているようだ。後輩とのなんでもない会話で緊張が解けてくれたのならよかった。
「へぇ、すごいなー。ちなみに必勝の策とかはあるんですか?」
「必勝というのは難しいな。想定外は起こるものだ。だが、そういうのがあれば面白いかもしれん。一撃必殺とかかっこよさそうだ」
「ですよね、やっぱり必殺技って響きがいいですよね。実際は一撃で相手をノックダウンさせられるものなんて、そうそうないですけど」
「あぁ、まったくだ……いや、待て。あれなら」
軽い調子でお互いに笑い合っていたら、ふと言葉を止めたレティ先輩。なにやら集中しているらしく、そのまま後ろにいた図書室の先輩に小声で話しかけに行ってしまった。なにやら「えっ、魔力変換や変化系の魔法もできないことはないけど」とか「大丈夫だ、お前のアレは間違いなく一撃必殺できる」とか「レティ、後でちょっとお話ししない?」とかよくわからない会話をしている。
さらに図書室の先輩の後は、初等部代表さんのところに行き、こちらも小声で何か言っている。「とりあえず、どんどん相手の動きを止めていってほしい」とか「バインドか? だが複数にだと解かれる危険性が増えるぞ」とか「それじゃあ解かれないような縛り方にしたらよくない?」とか「なるほど。ちょっと端末で縛り方を調べてくる」とか……、どうしようなんか嫌な予感がしてきた。
「あの、レティ先輩…」
「おぉ、後輩よ。なかなかいい策ができたので、さっそく試そうと思う。応援を頼むぞ!」
「えっと、はい。応援頑張ります」
ダメだ、今のレティ先輩には誰の言葉も届かない。後ろの2人はそんなレティ先輩の様子に平然としているから、さすがは友人さんだと感心する。すごく楽しそうに作戦考えるレティ先輩と、魔力をこーしてあーしてと即行で何か魔法を考える図書室の先輩さん、端末を見ながら超真面目な顔で子どもが見ちゃまずそうなサイトを分析して考える初等部代表さん。
……なんか、ごめんなさい。対戦相手や先輩たちと同じチームの方々と観客席に向けて、心の中で俺は謝罪した。
そして数刻後。
「おい、なんなんだ! あの3人組は!?」
「このままじゃ一方的に数を減らされかねないぞ!」
「クソッ、こうなったら俺が―――ッアーーー!」
「バインド。バインド。バインド」
「ちょっ、なんでこいつ素面でSMプレイみたいな縛り方してくるの!?」
「なんてやつだ。女、男、筋肉ムキムキだろうが関係なく、縛り上げるとは…」
「無駄に技術高すぎて怖いんだけど」
「アクセルシューター」
「ぐほぉッ、……うおぉぉおおおぉぉおぉ!?」
「な、なんだ!? 縛られた奴らがあの女の子の魔法を顔に浴びると、悶絶して動かなくなるんだが!」
「ま、まさか毒でも含まれているのか!?」
「……ちょっと納得いかないわ。いつも私が飲んでいる飲み物と同じ味の水を変換して作り出しているだけなのに」
「これで10人撃破か。クライド、10時の方向よりマッチョが接近。縛って転がしておけ! リンディ、そこが終わったらクライドの補佐に回って相手を砂糖まみれにするのよ!」
精密な魔力操作とコントロールを遺憾なく発揮し、得た知識を即座に実践レベルへと引き上げる少年。彼は遠慮容赦なく、己の学校の勝利のためだけを目指し、黙々と全年齢対象から外れそうな効率の良い有効打を撃ち続けていった。
背中にフェアリーの様な羽を広げ、美しき姿で戦場を駆け抜ける少女。彼女の手から放出される魔力弾はすべて目標に向かって命中する。さらに仲間が動きやすくなるように、遠距離から相手を牽制し、隙あらば射撃の嵐を降らせてみせた。糖分含みの。
戦場の状態を瞬時に見極め、ポイントの取り方を指示する少女は、口元に笑みを浮かべながら号令を出していく。その悠然と佇む姿は隙だらけのように見えるが、彼女には1発も被弾はない。己を狙う獲物をサーチで素早く察知し、牙を差し向ける。自分の前衛にいる2人を何よりも信じ、阿鼻叫喚を作り出すために更なる前進を進めた。
「…………いや、うん。これはひどい」
結界が張られているので、中の会話はこちらに聞こえなかったが、姿は見えたのでノリノリだったのはわかった。クラ校からの恐ろしき快進撃であったが、ベルカの子どもたちは試合を投げずにめちゃくちゃ頑張った。中盤で初等部代表さん……いや、これからはバインド王子と呼ぶべきかな、な廃スペック先輩の動きを全力で止めたベルカの先輩がいたのだ。
そのおかげであの異空間からなんとか解放された。この体育祭でベルカの先輩さんは児童や観客から英雄と崇められた。そして例の3人組も当然有名になった。主に敵に回したくない、という意味で。
最終的に試合としてはクラ校の勝利に終わったが、誰もがどう表現したらよいのかわからない顔だったのは言うまでもなかった。
******
「あぁー、体育祭終わったー!」
「終わったー」
「ふふ、2人ともよく頑張ったわ」
『お疲れ様です』
「にゃー」
俺とアリシアは家に着くと、ボフッとソファに身体を沈めた。そんな俺たちを見ながら、母さん達はお風呂の準備をしてくれている。今日は先にお風呂に入りたい気分なので、お湯が沸くまでおしゃべりしようということになった。
「しかしすごい盛り上がりだったし、人数だったな」
「うん、私もびっくりしちゃった。でも、みんなのお父さんやお母さんに挨拶ができてよかった!」
お昼休みの時に家族一同が集まった時のことだろう。俺も少し話をしたが、やはり親子だと感じるような特徴がわかって面白かった。みんなでそれぞれ父さん似だとか母さん似だとかで議論した気がする。
「メェーちゃんの妹さんもかわいかったね」
「3歳だってな。アリシアも4年前はあんな感じだったぞ」
「え、そうなの?」
年上とばかり付き合ってきた幼少時代。同年代が近くにいなかった俺たちは、同時に年下も近くにいなかった。そのためクラナガンに来るまで、幼少の子と触れ合える機会はそうそうなかったのだ。なので妹としては、小さい子が珍しく映ったのだろう。
「まぁ、メェーちゃんってしっかりしているからお姉ちゃんでも納得だな」
「……うん、そうだよね」
俺の言葉に同意を示すが、どこか寂しそうに笑ったアリシア。俺はそれを不思議に思ったが、結局妹は何でもない、と笑って見せた。1日中身体を動かしたんだし、疲れているのは間違いないだろう。気疲れでもしたのかもしれない。
「アルヴィン、アリシア。お風呂の準備ができたから、入ってきなさい」
「あ、はーい。よし、アリシア。運動会頑張ったんだから、汗をしっかり流そうぜ」
「えへへ、私もお兄ちゃんも汗いっぱいかいたもんね」
俺たちは元気よく立ち上がると、タオルと着替えの服を持って脱衣所へ向かっていった。その時にはアリシアの表情はいつも通りに戻っていたため、大丈夫そうかな、と俺は安堵する。一応念のため話題は変えておこう、と今日の晩御飯のことを話しながら俺たちは真っ直ぐに歩いて行った。
「お姉ちゃんと妹ね……」
『マイスター』
「にゃぁ」
だから先ほどのアリシアと俺のやり取りを見ていた母さんが溢した言葉を、俺は耳にすることができなかった。俺とアリシアの後ろ姿を見つめ、母さんが静かに目を閉じて何かを考えていることも気づくことができなかった。
夜が長くなり、冷え込むのが早くなったミッドチルダの秋。たくさんの出会いと波乱を生んだ俺たちの体育祭は、こうして幕を閉めたのであった。
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