少女1人>リリカルマジカル
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第四十話 少年期【23】
俺たちの初めての運動会が終わって早1ヶ月が過ぎた。一大イベントが終わると、その後の月日が過ぎていくのをとても早く感じる。秋晴れが続いていた空は、今では冷え込みが強くなっており、冬の到来を実感するようなそんな肌寒さになっていた。
こんな季節になってくると、朝がものすごく辛くなる。低血圧では特にない俺でさえも、ふとんから抜け出すのが非常に困難になるのだ。仲の良い妹とさえも一緒に寝ていた頃は、仁義なきふとんの取り合いを繰り広げたほどである。何が言いたいのかというと、俺はふとんを愛しているのだ。アイラブふとん。このまま眠っていたい。
それでも学校に行く朝はしっかり起きるようには頑張っている。アリシアは朝があまり強くないので、忙しい母さんの代わりに俺が毎朝起こしに行く必要があるからだ。ぐっすり眠りたい欲求はあれど、それは出来ないので我慢するしかない。
そんな平日を過ごしているからこそ、休日ぐらいはゆっくり休みたいのだ。俺はいつも7時前に起床している。だからもう2、3時間ぐらいふとんに丸まっていてもいいはずだろう。そのため休日の日は目覚ましをかけず、惰眠を貪るのが最近の俺の小さな楽しみであった。
「……そんな俺の幸福タイムをどうしてくれるんですか。俺って一度完璧に目が覚めると、二度寝ができなくなるのにッ!」
『健康的でよかったじゃないか』
何この俺様孫様副官様。俺の部屋に立て掛けられている時計を見ると、8時を少し過ぎたところだ。いつもよりかは遅いが、本来だったらまだまだ寝ていられたはずなのに。コーラルから地上本部からの通信だと起こされ、寝ぼけたままはまずいため、俺は慌てて顔を洗ってきたのだ。
副官さんは休日だろうと早朝出勤して、仕事に精を出すワーカーホリックな19歳だ。花の十代がそれでいいのか、と思うけど本人がそれを苦に思っていないのなら口出しするべきではないか。いやでも、そのせいでこうして休日でも俺に通信が届くのだから、やっぱり休日は休むべきだな。だいたいミッドって仕事人間が多すぎるんだ。もっと何か趣味作れや。
「それで結局どうしたんですか。何か地上本部でありましたか?」
『あぁ。今朝、総司令官がな…』
とりあえず、もう起きてしまったことは仕方がないので本題に入る。俺は2週間に1度ぐらいは定期的に報告や仕事のために、地上本部へ通うことになっている。だけど、時々こうして総司令官か副官さんから連絡をもらうことがある。その内容は急ぎの用事であったり、密談であったり、早めに報告する必要がある場合であった。
そういう理由があるからこそ、地上本部から連絡が来たときは俺だってできる限り応えようといつも思っている。もしミッドの危機なんかが起こったのなら、迅速に協力できるように準備しておく。おじいちゃんからの密談では、全力で話に乗る。地上本部から連絡が来たら、いつも真剣に対応していた。そう考えているからこそ、俺は副官さんからの言葉をじっと待った。
『今日の朝からずっと総司令官の様子がおかしいんだ』
「おじいちゃんが? まさか体調が悪いんですか」
あのおじいちゃんが、と思ったがアレであの人は70代なのだ。もう引退していてもおかしくない年齢なのだが、未だに総司令官が働いているのは彼の後釜に入れる人材がいないからである。少なくともおじいちゃんがトップに立っているからこそ、地上は安定出来ているのだ。彼ほどの実績とキャリアがあると、お偉いさんや本局の人たちの態度も違うらしい。
前に副官さんから大雑把にだが、そうローバスト総司令官のことを聞いていたので俺は不安になる。だがそんな俺の返しに、副官さんから「違う」と一言で否定された。なら総司令官の身に何が起こったというんだ。俺は考えを巡らせながら、静かに通信の声に耳を傾けた。
『今日の朝から総司令官が、……めちゃくちゃ機嫌がいいんだ』
「…………健康的でよかったですね」
さっきまでの俺の気持ちを全部返せ。
「え、ちょっと待って。要件本当にそれだけですか」
『それだけだと。お前はこの緊急事態がわからないのか!?』
「これでわかったら逆にすごいですよ。おじいちゃんの機嫌がいいと何が起こるって言うんですか?」
『大概俺に何かとばっちりが来る!』
なんか納得した。そして、ご愁傷様としか思い浮かばなかった。
『という訳で、お前何か知っているだろう。また総司令官と計画立てたんだろう。さぁ、吐け。今すぐ吐け!』
「俺に対する信用度ゼロ!?」
『俺のストレス要因の3割4分が何を言ってやがる』
「数字が妙に生々しい!?」
通信越しにヒートアップする、そんな7歳と19歳の冬初めの朝だった。
『……お前、本当に知らないんだろうな』
「今回は濡れ衣ですよ。まだ総司令官と何も計画は立てていません」
『自分の発言に信用されない理由を考えろ』
お互いに少し落ち着いて、改めて話し合いに持ち込むことにする。と言っても、今回のおじいちゃんがご機嫌な理由を俺は思いつかない。本当におじいちゃんが副官さん関連で何か考えているのなら、独断ということになる。
何よりただ機嫌がいいというだけで、副官さん関連なのかはわからないじゃないか。おじいちゃんにだって嬉しかったことがあったとか、家族との間に何かがあったとか理由があってもおかしくない。
「副官さんの考えすぎってことはないですか。おじいちゃんの奥さんとの結婚記念日だとか、お孫さんの結婚式があるとか、そんな理由かもしれないですよ」
『孫言う…! ッごほん、た、確かにありえなくはないか。最近は総司令官から家族の話を聞くことが多かった気がする。手作りのお弁当だったり、家族写真を見せてもらったり…』
副官さんは最近のことを思い出すかのように話をする。内容を聞いていると、おじいちゃんがただじじバカをこじらせているだけな気もするが、副官さんとお孫さんは年が近いって聞いているから、もしかしたら重ねていたのかもしれない。話の方もお孫さん関連が多いし。
「副官さん、仕事ばっかりしているから余裕がなくなるんですよ。もっとリラックスしていきましょう」
『リラックスさせない原因の1つが何を言ってやがる』
「あはははは。あ、そうだ。副官さん、今日無限書庫に行こうかと思うんですけど、区間B-3への申請書って発行できますか?」
『B-3というと……だいぶ深いところだな。しかし、清々しい休日にわざわざホコリくさいところに行って閉じこもるとは』
「誰かさんに朝早く起こされて暇になったもので」
いつも通りの軽口の応酬を繰り返しながら、今日の計画を立てていく。今日はちきゅうやに行くつもりだったけど、少し遅らせよう。せっかく朝早く起きたんだし、今日は無限書庫の奥の方に行ってみようと思いついた。あそこは区間ごとに年代が区切られており、入口の方は近代の情報が多い。なら単純に奥に行けば行くほど、古い記録が見つかる可能性が高いのだ。
未整理状態の無限書庫には、未だに正確な地図がなかったりする。管理局の司書さんがちょこちょこ書き加えているが、全体図は誰も知らない。少なくとも、今わかっている範囲の数倍はまだ開拓されていないらしい。
『前から言っているが、もし新しい通路を見つけたら報告しろよ。無限書庫の開拓を同時進行してくれれば、面倒が減るからな』
「相変わらず人使いが荒いですね。俺も探検しているみたいで楽しいからいいですけど」
俺の書庫探検が許されているのは、レアスキルのおかげが大きい。どれだけ深くもぐっても、すぐに帰還することができるし、頭の中でわかっている範囲ならどこにでも移動できる。最短で探索ができるのは、非常に便利なのだ。
俺としても欲しい情報がどこにあるのかわからない現状、調べられる範囲が増えるのは必要なことだ。だから時間がある時は、無限書庫を開拓して報告書にまとめるようにしている。おかげで給料も増えたし、司書関連の勉強にもなった。本を読むのは好きだから、司書の資格を取ってもいいかもしれない。
『……ほら、申請許可は出したぞ。お前のデバイスに送っておくから、司書に見せればいい』
「おぉ、さすが。仕事が早いですね」
『ふん、当たり前だ。最近はストレスを感じなくてすんでいるし、調子がいいんだ』
「……ん?」
副官さんからの返事に俺はひっかかりを覚えた。副官さんの軽口の内容を考えてみると、そういえばこの頃俺は副官さんに特に何かをした記憶はない。そしてこの人の口ぶりだと、おじいちゃんも大人しいらしい。俺が特に何もしていないのは、総司令官が何も行動を起こしていないのが大きいだろう。
だが、そこに疑問を俺は持った。果たしてあのおじいちゃんが、これほど長く副官さんをかわいがらなかったことがあっただろうかと。
『おい、どうした』
「えーと、いえなんでもないです。どうもありがとうございました」
嵐の前の静けさ。そんな言葉が頭に浮かんだが、自分には関係ないことだしいっか、と俺は流すことにした。
******
「うーん、ここら辺は民族関係の本ばっかりだな。一族固有の魔法とか面白そうだけど、俺が使えるわけでもないし」
『それでは、別の部屋に行ってみましょうか。ここの本の所在は地図に登録しておきますよ』
「そうだな。それで頼むよ、コーラル」
俺は手に持っていた本を本棚へと直し、さらに奥の通路へと進むために身体を無重力に任せる。そして静止していた姿勢から身体を倒して前へと踏み出した。それによって俺の黒髪が宙に舞い、まるで泳ぐように無限書庫を進んでいった。
本局から無限書庫へと続くゲートは、今のところ全部で3つ作られている。今まで俺がよく訪れていたゲートAは、俺が初めて無限書庫へ来た時に使ったところだ。無限書庫の入り口として一般局員の使用頻度が一番多い。あの辺りは地図がしっかりあるし、整備されているため比較的本を探しやすいところなのだ。
そんなゲートAの近くにある本は、ミッドのことや近代関連が多く、普遍的な知識を調べるのに向いている。しかし、専門的なものやマニアが喜びそうなマニアックな内容は数が少ない。そういうのはもっと奥の方に行かないと見つからないのだ。そのため、そういうのを探す人たちのためのゲートが、今日俺が通ってきたゲートBであった。
「こっちの方は初めて来たけど、本当に専門書やマイナーな本が多いな。数も多いし」
『これでもまだ整備されている方ですよ。今日ますたーがいくB-3は未整理区間ですから、種類ごとの統一がさらに大雑把なものになっていると思います』
無重力を飛びながら、俺はコーラルとお互いの情報を交換し合う。俺は司書さんや利用者の方から聞いた話を、コーラルは管理局のデータや書庫の記録から話を照らし合わせていく。いつでも魔法が使えるようにデバイスを起動させておき、話をまとめながら本や道を探索するのが俺たちの無限書庫でのスタイルとなっていた。
今回は未整理区間の探索となるが、一応管理局の調査が一度入っているため危険物はないと聞いている。さすがに一度も調査されていない場所に踏み込むつもりはない。といっても、図書館で危ない目に合うとか想像がつかない。それでも気を付けるとしたら、怪しげな魔法の本とか呪いの本には触らないことだろうか。
それにしても、A'sの原作でちょこっと出てきただけの場所が、これほど広大ですごい場所だったとは。世界の書籍やデータが全て収められている、と言うだけのことはある。おそらくどれほど速読な人でも、全てを読み尽くすには気が遠くなるほどの時間が必要だろう。
『ところでますたー。今日は本を探すか、探索をするのかでしたらどちらを優先にしますか?』
「うーん、一応今日は探索にしようと思っている。せっかく新しい場所に来たんだし、細かく調べるのは次の機会にするよ。地図の作成と区間ごとのまとめを先に作っておいた方が、後々楽だろうから」
『わかりました』
そんな感じで予定を決めながら、俺たちは目的の場所に向かっていった。移動する途中で気になる本があったら、コーラルにマッピングしてもらう。本を探すのも大切だが、こうやってマップを作っておくのも俺たちの重要な仕事であった。
「それにしても。最初はどうなることかと思ったが、結構順調だな」
『まぁ、最初が酷過ぎただけとも言えますが』
思い出すのは無限書庫に初めて来たあの日のこと。甘くなどない酸っぱい記憶達。うん、あれは完璧に黒歴史だ。封印ものだ。
「……相変わらず手厳しい。だけどさ、そんな初日から9ヶ月ぐらいでここまで来れたんだぞ」
『えぇ、そうですね。ますたーが学校で習ったことを、ちゃんと生かせているからです』
「……素直に褒められるとそれはそれで恥ずい」
『本当のことじゃないですか。ますたーえらいぞー。よく頑張ってますよー』
「やめれー」
少なくとも今では、コーラルと笑って冗談を言い合うことができるぐらいには余裕ができていた。そう考えると、なんだかんだで俺たちは成長できているのだろう。マルチタスクを駆使した検索魔法の出力はちょっとずつ上がってきている。ベルカ語だって絵本程度なら読めるようになってきた。山積みだった問題も月日をかければ、減っていくものである。
「それでも、まだ原作には追いつかないんだよな…」
コーラルに聞こえないぐらいの小さな吐露が漏れる。それなりに検索魔法が発動できるようになってからは、闇の書の情報を片っ端から調べてきた。それによってユーノさんが原作で調べ上げたであろう内容のいくつかは、俺も見つけられたと思う。
それでも未だに届かないと思うのは、『闇の書』と『夜天の書』が元々同一の魔法書であることを証明できるだけの根拠をまだ得られていないからだ。この2つが同じものだと答えを原作知識で知っている俺でさえも、繋がりを見つけるのが大変なのが現状だったりする。
なので無限書庫で原作のことを考えると、割と本気でへこみそうになる。闇の書の知識がほとんどなかったはずなのに、なんで半月程度であれだけ調べられるんだよ。書庫の中にずっと引き籠っていたとはいえさ…。俺、ユーノさんのこと師匠って呼んでいいかな。生まれてすらいないのに、俺の中での理不尽な人ランキング、不動のトップクラスだよ。
そんなことを考えていたが、卑屈になっても仕方がない。もっと有意義なことを考えよう。もともと長い時間をかけて無限書庫に潜るつもりだったので問題はない。何年かけてでも、原作以上の情報を手に入れることが俺の目的なのだから。とりあえず、現在わかっているだけの闇の書の情報をまとめてみようと思う。
『闇の書』でわかっていることは大まかに4つ。原作知識と今まで無限書庫で調べた内容を合わせてみる。
1つ目に、闇の書は全世界でロストロギア指定されている融合型デバイスであり、古代ベルカ時代の遺産であること。その主はランダムで決められていると管理局の情報では書かれていたが、もしかしたら何か法則性があるのかもしれない。それがわかれば、はやてさんを主から外せる可能性があるだろう。要検討だな。
2つ目に、歴代の主の手によって夜天の書が書き換えられたことだ。そして「転生機能」と「無限再生機能」を持つ闇の書へと変質した。この機能によって闇の書の封印または完全破壊は不可能とされている。しかしグレアムさんは永久凍結で封印しようとしていたし、原作では一応防衛プログラムは破壊されていた。これも手立てがないとは言いきれない。
3つ目に、闇の書は主の権限が非常に大きい。闇の書の主でなければ、システムのアクセスは認められない。もし外部から無理やり介入すれば、持ち主を飲み込んで転生してしまう悪質さがある。だが逆に言うと、主ならプログラムの停止も改変もできる。今までの主たちが改変出来ていたのなら、おそらく今も出来る可能性はある。
最後に、闇の書そのものの力。闇の書は魔力の源であるリンカーコアを蒐集することで完成する。そして蒐集した術者が使う魔法をコピーして使用することができるのだ。さらに『守護騎士』と呼ばれる魔法生命体を主は使役することができる。将の名称は「剣の騎士」、「湖の騎士」、「鉄槌の騎士」、「盾の守護獣」の4人のプログラム体。そしてもともと夜天の書の制御を行っていた「管制人格」となる。
この世界で闇の書に最も詳しいのは間違いなく管制人格である、彼女だ。彼女の協力を得られれば、かなり深いところまでいけるはずである。なんだけど、たぶんこれが一番難しいんだろうな。幼い頃からずっと見守り続け、死なせたくないと心から願ったはやてさんでさえも、彼女は結局諦めようとしたのだから。はやてさんの頑張りがあったからこそ、彼女は希望を持ったのだ。
そんな彼女に俺の言葉が通じるとはとても思えない。闇の書の防衛プログラムをなんとかできる方法を見つけられても、それを証明できるだけの根拠がなければ信用してくれないかもしれない。もし、もう助かることも生きることにも全てに疲れてしまっていたら、助かること自体を拒絶されるかもしれない。
つまりまとめると。俺がやるべきことは、色々な攻略法を模索しながら、同時に女性の口説き方を勉強していきましょうということだ。エロゲか。
「カタルシス要素がねぇ攻略法だよな…」
だけど裏方から地味にやっていくしかない。ヴォルケン達を助けたいと思うし、リインさんを助けてあげたいとも俺は思っている。欲張りだと感じるし、みんなを救える力があるなんて俺自身思えない。それでもそのためにできることをやらないのは違う。思うことは自由なんだから。
11年前の闇の書事件まで、まだ10年以上ある。欲張りでいいんだ。自意識過剰でいいんだ。最高のハッピーエンドを目指せるように、選択肢を探し出して見つけ出してみせる。たとえ最後に何かを切り捨てることになったとしても……決して後悔しないように。
******
「……うわぁ、何語だよこれ」
『今までとは文体が異なりますね。ミッド語でもベルカ語でもなさそうです』
「中の様子もかなり変わったよな。まるでダンジョンの中みたいだ」
目的地であるB-3にたどり着いた俺たちは、閉じられていた扉を司書さんから教えてもらったパスワードで開き、そこに足を踏み入れた。扉の奥は今までとは様式が変わり、本がたくさんあるという共通点以外は無限書庫の中とは思えない空間がそこにはあった。
石造りの壁に天井を支える柱。部屋の中には彫像品や装飾品が置かれており、この場所だけを見たら豪華な書物庫という感じだ。入り組んだ通路の先にそんな部屋がいくつもあり、まるで迷宮の様なつくりになっている。無限書庫って本当に訳がわからねぇ。
「これ、もしかして古代ベルカ時代のものかな」
『可能性はありますね。古い時代の文字なら、データに該当がないのもうなずけます。……闇の書はかなり古い魔導書ですから、調べるならここは当たりかもしれません』
「……おし。コーラルはこの辺りにある本の文字から特徴を見つけ出してくれ。俺は彫像や装飾から時代や国のことがわからないか探ってみる」
『では、ますたーの端末に美術品のデータを送っておきますね』
そうして約2時間。俺たちは別行動したり、気づいたことを話し合い、報告書にまとめていった。彫刻を写真で撮ってデータと照らし合わせたところ、今から約2000年以上前のものと鉱物の質や作品の傾向が似通っていたとか。コーラルは文字の特徴から流れを辿り、この文字を使っていただろう国を絞り込んでいった。
「時代はたぶん2000年前だと思うぞ。彫刻もそうだけど、ここの書庫にあったレリーフの技術も同じぐらいの年代だった」
『もしその時代のものだとすると、候補となる世界は4つ、いえ3つですね。……これはすぐに答えは出せそうにありません』
「あぁー、まぁ気長にやろうぜ。またここに来て調べよう。次は転移でとんでくればすぐに来れるんだし」
俺は頭を掻きながら、膝に乗せて広げていた本を閉じた。少し散らかしてしまった本や用紙を片付けながら、休憩に入ろうとコーラルに声をかける。機械であるコーラルに疲れはないだろうが、俺と同じように作業をやめて合わせてくれた。
「水筒持ってきて正解だったな。……っぷはぁ」
『お疲れ様です。帰ったらお湯でしぼったタオルを目に当てるとかすると、疲れにいいらしいですよ』
「へぇー、家に帰ったら実践してみる」
ずっと無重力の中にいると、なんだか地面が恋しくなってくる。地べたに座ったり、寝転がったりしたくなるな。俺は腕や背中を伸ばして、少し硬くなっていた筋肉を解していった。
とりあえず、これからの残り時間はここの探索にあてていこう。十分に休憩した俺は、コーラルにマップを出してもらう。このマップはコーラルから発せられるレーダーが、周辺の地理を把握して自動的に地図に登録していってくれる優れものだ。地道に移動して埋めていく必要があるが、放浪好きの俺としては全く問題はなかった。
「さすがは母さんのお手製だな。ゲームでも好きだったけど、マップを100%まで埋めていくのが楽しみだよな」
『ゲームはよくわかりませんが、ますたーってこういう地味な作業が結構好きですよね。このマップ機能、確かますたーが6歳の誕生日にお願いしたものですよね』
「まぁな。あの時はこんなにも活躍するとは思っていなかった」
懐かしい。確か間違いだったとはいえ、妹に下剋上されそうになった時だな。だって「お姉ちゃんになりたい」なんて言われたら、双子の兄が弟になるのが一番手っ取り早いことだった。もっとも、アリシアの願いは下剋上ではなかった訳だが。
『……そうだ、ますたー。移動の暇つぶしにちょっと質問してもいいですか?』
「ん? まぁ進みながらでいいなら」
『ますたーもアリシア様も動物が好きですけど、どんな動物が好きだとかはあるのですか』
「これはまた難しい質問を」
地図を作るために書庫の中を移動しながら、俺は考えてみる。例の海の中にいるアレ以外は、基本好感度がマイナスなものはない。だけど好きとなると、改めて考えるとなかなか決まらない。
「うーん、癒し系は結構好きだな。でも虎や鮫みたいな迫力があるのも好きだし、羊の手触りもハシビロコウの目つきも捨てがたい」
『相変わらずの許容範囲で』
「一番は決められないけど、やっぱり抱っこできるぐらいのもふもふっ子かな。かわいいし、抱きしめたりできるし、手触り良いじゃん。動物の赤ちゃんとか犬とか猫とか猫とか猫とか…」
『……頑張って下さい』
「……あれ? ここ、なんでレーダーが反応しているんだ」
『行き止まり…ですよね』
おしゃべりをしながら歩いていた俺たちは、ある場所で足を止めた。目の前には本棚が並べられており、その後ろには石造りの壁があるはずだ。なのに、レーダーはこの先に空間があることを示していた。ダンジョンみたいなつくりだと思っていたが、まさか隠し扉まであるのか!?
「だけどこの大きさの本棚を動かすなんてできないよな。なぁ、コーラル。ちょっと本棚の隙間から入って確かめてきてくれないか」
『それが確実そうですね』
本棚同士の隙間から入っていったコーラルのおかげで、本棚の後ろに扉が隠されていたことを発見した。喜んだのもつかの間。結局子どもの俺に、この大きな本棚を動かす力がないためどうしようもないのだ。副官さんから新しい通路は報告しろ、と言われているから俺が行かなくてもいいのだが、やはり気になるものは気になる。
「レーダーの反応から、この扉の先は広い空間になっているみたいだな…」
『そのようですが……ますたー?』
「転移を使ったら、扉一枚分ぐらい簡単に移動できるよな」
確認のためにつぶやくと、コーラルは無言になる。否定がないということは、おそらく可能だということだ。本棚に隠された不思議な部屋。宝箱が置かれているとは思わないし、おそらくこの先も本ばっかりなんだろうとは思う。それでも興味がある。俺の中の好奇心がうずいた。
―――きっと大丈夫だよな。
「ちょっとだけ行ってみないか。見たらすぐに帰るからさ」
『本気……みたいですね』
「大丈夫だって。だいたいここ図書館だぜ。危ないわけないじゃん」
いつもなら安全の確認がされていない場所に踏み込むようなことをアルヴィンはしなかった。彼は石橋をたたいて渡るほどではなくとも、元来ヘタレだったからだ。だが、今回はその箍が外れてしまっていた。
それは何度も無限書庫に来ていたことで油断があったことが原因の1つ。そして冒険家になりたいと思っていたアルヴィンに、まるでダンジョンの様な迷宮が現れたことも要因の1つ。
そして3つ目。彼を進ませた最大の原因が、気づかないうちに原作を盲信してしまっていたことだった。
『無限書庫は安全な場所』。アルヴィンの根底に根付いている考え方。その理由は原作での無限書庫の立ち位置とユーノ・スクライアの存在が大きかった。『闇の書事件』を解決させるために登場した情報の管理場所。彼にはその程度の知識しかないため、無限書庫はお助けスポットのような「善」なのだと無意識の内に考えてしまっていた。
そして原作から10年後のStsで無限書庫の司書長となったユーノ・スクライア。無限書庫を実際に実働可能な場所へと築き上げた人物。そんな彼は、無限書庫に対する悪いイメージを原作ではほとんど出さなかった。仕事が激務だと愚痴のようなことを言っていたぐらいで、開拓時の苦労などには全く触れられていなかった。原作では描写されなかった負の部分。
アルヴィンの無限書庫に対する信頼とも呼べるものは、そんな不安定なものだった。
そして普段なら諌める立場であるコーラルは、いつもとは違うアルヴィンに考え込んでいた。基本コーラルはアルヴィンに甘い。盗撮をした時もエイカの時も初めて浮遊をした時も、強く彼が主張することは叶えてあげたいと思うのだ。主のために最大限自分ができるフォローをする。デバイスとしての根幹がコーラルにもあった。
故に、コーラルもまたこの提案に了承したのであった。
『わかりました。念のため、デバイスの起動とバリアジャケットの展開はお願いしますよ』
「ありがとう、コーラル。しかし心配性だなぁ」
俺は笑いながら、コーラルの言う通り杖を構え、衣服を変化させる。ちょっと中の部屋を覗いたら、そろそろ今日は帰るか。そんで後でちきゅうやに寄って、遊べば時間も丁度いいだろう。何時間も集中するのは大変だし、ちきゅうやにはコタツ様が置いてあるからぬくぬくさせてもらおう。
コタツの誘惑に緩む口元を抑えながら、そんな風に俺は計画を立てていった。
「それじゃあ、行くか……転移!」
そうして俺とコーラルは、隠されていた扉の先へと転移した。
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