Fate/stay night -the last fencer-
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第二部
聖杯戦争、始動
早すぎる終わり ─前哨戦─
「断る」
「……なんだって?」
俺が出した答えは否だった。
拒絶の理由。簡単だ、俺には是とした場合のメリットがない。
慎二は断られると思っていなかったのか、さっきまでニヤニヤと笑っていた顔が引きつっている。
「聖杯は譲るし、ライダーも好きに使っていいって言ってるんだぞ? おまえに不利益なことなんてほとんどないじゃんか!」
「そうだな、不利益なことはない。でもな、交渉事においてそれだけ怪しいモンもないだろ」
互いに損得勘定が釣り合ってこそ交渉というものは成立する。
これだけ天秤がこちらに傾いていると、疑うなというほうが無理な話だ。
そもそも反逆心のあるサーヴァントを抱えるくらいなら、信頼のあるフェンサー一人だけで十分だ。
指示に従うかもわからない存在を戦力に数えて戦略を練るよりは、フェンサーと俺だけの方がよっぽど戦いやすい。
何より、交換条件の間桐慎二を生存させるというのが面倒くさい。
一番の問題である賞品分与の心配もなく、一見無償で戦力増強を図れるように見える。
ただ戦闘に参加するのは俺とサーヴァントだけで、ライダーは令呪無しで制御しなければならない。
俺がライダーを率いて勝ち残ればそれでよし。
もし俺が死んでもフェンサーが死んでも関係なく、たとえライダーが消えたとしても慎二は教会に保護を求めれば安全だ。
相手にメリットが多いように見せた、自身にデメリットが一切無い条件。
まして慎二がどこまで本気かも分からないし、信頼に足らない相手を背中に置いておくのはそれだけでリスクが高い。
肩を並べてこそ信用に足る。
それができなければ足手まといだ。
「おまえと組むくらいなら士郎と組んだ方がマシだよ」
同じ素人でも、覚悟を持つ者と持たざる者の差は大きい。
傷を負ってでも生き延びてやろうって気概もないやつが、勝ち残れるほどこの戦争は甘くない。
そういう意味でなら、何を出来ずとも相棒と同じ戦場に立ち続けた士郎の方が、信頼する上では数百倍上等だ。
「そうかい、おまえがそこまで馬鹿だなんて思わなかったよ…………もういい、殺せライダー!」
「そうか。結局そうするのなら最初からそれで良かっただろうに……ああ、やっていいぞフェンサー」
「了解、マスター」
「了解、マスター」
号令一下、鉄と銀の火花が散る。
飛翔する鉄杭は付随する鎖を繰ることでその軌道を変える。
死角から死角へ迫るそれを叩き落とし、一足一刀の間合いへと詰め寄るフェンサー。
残るもう一方の鉄杭で剣を弾きながら鎖を繰り、弾かれた鉄杭を引き戻して攻撃に転じる。
攻防一体。
攻めと守りを両立した戦術は見事と言う他無いだろう。
だがいくら鉄杭を繰り出したところでフェンサーには届かない。
剣の間合いなら有利なのは言うまでもなく、飛び来る牙も振るわれる爪も悉く斬って捨てる程度。
こんな脆弱な攻撃手段が彼女の主力ではあるまい。
基本能力値で劣るサーヴァントは、その技能や宝具で自身を補うのが普通だ。
クラスとしてもライダーは平均的な能力値に騎乗スキル、強力な宝具を備えるサーヴァント。
最も警戒すべきはそういった特殊能力であり、通常戦闘においてライダー自身に脅威は薄い。
「Stein Degen──」
一工程一小節と共に、先端を鋭利に尖らせた石柱が無数に突き出る。
肉食獣の牙が咬み合わさるように、ライダーを噛み砕くように石柱が現れる。
だが何でもないことのようにライダーは頓着せず、石柱は彼女に触れた先から消滅していく。
「ちぇ、対魔力ってホント面倒くさい……キャスタークラスの不遇さが解るなぁ」
ほとんどのクラスは、対魔力という固有能力を備えている。
主な攻撃方法が魔術に依らざるを得ないキャスターでは、まず打倒する為の手段が乏しい。
故に戦闘に魔術を用いるフェンサーにとっても、対魔力持ちのサーヴァントを相手取るのは厄介だということだろう。
フェンサーの戦い方は、どちらかと言えばオーソドックスなタイプだ。
ゲームなどでいう魔法戦士……この場合は魔術戦士か。
見たところ剣術はセイバーには劣るし、多分魔術もキャスターには劣るはず。
それが本職で呼び出されたサーヴァントには敵うべくもないが、それを補い合うために両方を扱う。
明確な強みを持たないが、戦術が幅広く相手との相性差に左右されないことは優位な点だ。
「シッ……ふっ!」
「っ…………!」
「何やってんだよライダー、さっさと殺せよ!」
戦況は先程から膠着状態だ。
幾度となくライダーは攻撃を繰り出しているが、それだけでフェンサーに届くことはない。
フェンサーも不用意に攻めるつもりはないのか、無理はせず堅実に守りの態勢に入っている。
というより、慎二の頭の悪さの方が恐ろしい。
殺せ殺せと喚いているが、自分が何かをしようと動く気配はない。
生き残るだけで戦意はないというのは嘘だったが、魔術回路がないというのは本当らしい。
何も出来ないなら出来ないで動きようはあるだろうに、眺めながら文句を垂れ流すだけ。
テレビを観戦してるか、ゲームでもやってる気分でいるのか?
(フェンサー)
(なぁに?)
(俺も動く。合わせるなら準備しとけ)
(了解)
ここまでライダーの能力と宝具を警戒して様子見をしていたがもう止めだ。
止まっていることに俺が耐えられないし、さっきからイライラして仕方がない。
「Shadow, an embrace」
詠唱を終え、慎二に向かって歩き出す。
いつまでも見物してたってしょうがない。
ライダーを倒すか、慎二をどうにかすれば終わる話だ。
「な、なんだよ黒守!」
焦った様子で後退しようとする。
その足を、影手が掴み縛る。
「えっ? ……あ、っ……」
声にならない悲鳴と共にその場に崩れ落ちる。
主の異変に気づいたライダーがこちらに注意を向けるが、フェンサーと向き合った状態で助けに来ることは出来ない。
そちらに意識を逸らすこともなく、俺は慎二だけを睨みながら距離を詰めていく。
叫び散らしながら影から逃れようとするが、暴れれば暴れるほどに影の束縛は強くなる。
目前まで辿り着き、片腕で胸ぐらを掴み上げた。
「おまえが俺をどう思ってるかは知らんが、友人のよしみだ、聞いてやる。令呪を出せ、慎二」
「ふ、ふざけるなよ! 令呪が無くなったら、僕は…………!」
「聞き方が悪かったか? 自分の命と令呪、どっちか大事な方を選べ」
掴み上げたまま少し歩き、手頃な木の近くに運ぶ。
空いている方の手を木に添える。
出来るだけ範囲を絞って、刻印から火系魔術を発動させた。
「っ……ひ、ぁ…………」
「理解したか? じゃ、次はおまえの脳ミソの番だな」
人間と同じ程度の胴回りをした樹の幹を、粉々に吹き飛ばした。
木屑やら燃えカスが宙に散り、風に舞って飛んでいく。
見せ付けるように実演してやったので、これで考えを変えるだろう。
この期に及んでまだ逆らうだけの根性があるなら、そもそもこんな事態には陥っていない。
返答を要求するように、視線を合わせ続ける。
「はぁ、はぁ……く、くそ」
「いいから答えろ」
「わ、わかった、ちょっと待て────」
怯えきった表情が愉悦の色に変わる。
嘲るような笑みを浮かべた慎二を訝しみ、後ろを振り返る。
俺の視線の先には、鉄杭を構えてこちらに翔るライダーがいた。
無機質な顔で蛇が牙を剥く。
殺気もなく、防御も間に合わない速度で死が迫ってくる。
俺は他人事のように、『あ、避けられないな』なんて考えていた。
鉄杭はもう目前。
数秒の後、地面に転がる死体を想像して。
その空想は、現実となった。
「がっ、は…………」
袈裟懸けに斬り伏せられ、身体が地に沈む。
傷から噴き出す血飛沫と、口から吐き出す血塊が周囲を赤一色に染める。
「あ……く…………」
滴る血の雫で、不可視の剣の造形が浮かび上がる。
血溜まりに倒れ伏すライダーの胸にさらに剣を突き立て、引き抜いた後に血払いをした。
到底追い付けないだろう速度のライダーに、法則ごと加速してフェンサーは回り込んだ。
概念魔術────『絶対速度』。
それはライダーが自分から意識を離した瞬間に発動した。
対象の速度を上回るように自身の行動速度に補正が掛かる速度概念の魔術。
越えられない限界はあるが、ほとんどの場合においてイニシアチブを得ることが出来る。
持続時間も数分、その割りに魔力消費が多いので使いどころは見極めなければならないが。
結果として、先手を取ったはずのライダーは後手のありえない速度によって敗北を喫した。
「ぁっ……っ…………」
くだらないとばかりに溜め息を吐きながら、フェンサーは剣を納める。
「で、どうするんだ、慎二?」
同じく俺も、当然のように質問を続けていた。
フェンサーがライダーに勝手な行動を許すはずがないと信じていたからこそ、俺は慎二だけに意識を向けていたのだ。
「ぁ……ひ、あ……」
己がサーヴァントが潰されたのがそんなに疑問なのか。
俺はフェンサーを信頼していたし、どんな状況だろうと敵に背を見せるならそれなりの理由ありきだ。
こちらに気を配っていたのはライダーだけではない。
俺が行動を起こした時点で、連携を取るための意思疎通は行っていたのだ。
背中からライダーが襲いかかってくるのも想定内。
宝具発動の気配があればさすがに分かる。そして宝具の発動なしにライダーにフェンサーを突破することは出来ないと判断した。
単純な能力値での比較。素の戦闘力で勝てないのだから宝具以外に警戒する必要はなく、故にフェンサーに全て任せていたのだ。
「あ……な、何やってんだ! 誰がやられていいなんて言ったんだよ!」
「………………」
「死人なんだから傷なんて関係ないだろう! 立てよっ、さっさと立って戦えよ愚図!」
「……うるせぇ」
「クソ、クソ! これじゃまるで僕が弱いみたいじゃないか!! 僕は、僕は勝たなきゃならないのに、せっかく僕が──────」
「うるせぇッ! ド頭かっ飛ばすぞ!!」
「…………っ!?」
自身のサーヴァントへの罵詈雑言。
錯乱したように悪口を並べたてる慎二。
掴む胸ぐらを更に捻りあげる。
聞くに堪えない雑音に、殺気すら交えて一喝する。
「二度は聞かねぇ! 頭吹っ飛ばされたいのか、令呪を出すのか、どっちだ!?」
「っ……っ……」
「………………」
「僕……僕は…………!?」
「…………あぁ、もういいわ」
心底呆れて、手を眼前に翳す。
魔力を通して刻印から術式を奔らせる。
手を通して火系魔術の予兆熱が伝わったからか、慎二は焦ったように言葉を紡いだ。
「わかっ……わかった! 出す、出すから待ってくれ!」
叫び、ポケットから一冊の本を取り出した。
「なに、コレ?」
「ぼ、僕には魔術回路がないって言っただろう!? サーヴァントを律する令呪の代わりがコレだっ…………!」
「ふぅん……確かに、魔術師じゃない人間がサーヴァント従えるなら、何か特殊な方法だとは思ってたが」
聖杯のバックアップがあれば、正規の手段じゃなくてもサーヴァントを呼び従えることは出来るのか。
マスターは聖杯が選ぶというが、随分と杜撰な選びようだ。
選定基準に魔術師であることは含まれないのか?
ならば聖杯はマスターの何を選び、気に入って令呪を与えるのか?
疑問はあるが、今はこの慎二の令呪を破棄しよう。
「良かったな、手か腕なら切り落としてたところだ」
魔術刻印から発火の魔術を発動する。
塵すら残さず焼き尽くす。
令呪の書が燃え尽きると同時に、ライダーが実体化を保てずにその姿を消した。
致命傷の上、マスターまで失っては存命など不可能だ。
「死にたくないなら教会行けよ、慎二。聖杯戦争が終わるまでは、危険はあるからな。くだらない真似はすんなよ。次何かあったら問答無用で殺すぞ」
座り込んだまま動かない慎二に告げる。
大人しく聞くとは思わないが、一応の釘だけは刺しておく。
どう見ても納得したような顔はしていない。
ライダーに単独でマスターを襲わせていたのもそうだが、昔からそういう知恵は働かせる奴だった。
通常社会における世渡りの手法としては上手いんだが、魔術師同士の取り決めとして余計なことを仕出かすことも有り得る。
プライドの高いアイツのことは好きだが、見逃すのは今回のみ。
誰かさんたちの影響で、ちょっとお人好しになってみてもいいかと思っただけ。
多分その瞬間がきたら……俺は躊躇いなく慎二を殺せてしまうことを、心の奥底で感じていた──────
雑木林を抜けて帰路に着く。
「ふう……終わったなぁ」
「不完全燃焼?」
「あ、やっぱ分かる?」
「その顔を見ればね。ライダーにトドメを刺さなくて良かったの?」
「あんだけ斬られて刺されて、さらにコキ使われそうだったんだ。せめて静かに逝かせてやればいいさ」
「…………そう。マスターがそう言うなら私に異論はないけれど」
身体ぶった斬られて胸に風穴開けられて、現界の依り代であるマスターも失った。
放っておいても消え逝くだけの奴に、わざわざ追い討ちかけてまで殺す必要はない。
たとえ人間から吸血、吸精、吸魂を行ったところで、アレはもう再起不能だ。
既に死んでいるに等しい奴にトドメを刺すなんて、それは死人に攻撃するのと何が違う。
死者に鞭打つなんて、相手を尊重し自分に尊厳がある者なら、絶対にやらない最低な行為だ。
「……陽も沈んだな」
「そうねぇ。今夜はどうするの?」
「んー……気分じゃない。適当に夜回りして適当に切り上げていいぞ」
これから敵を探しに行って『さぁ一戦』という気分にはなれない。
俺もフェンサーも大した消耗はないが、今日はもう休みたい気分だった。
「晩飯はどうする?」
「んー、今日は要らない」
「食糧要求型サーヴァントが、珍しい」
「何よそれ。昨日みたいな出来合いを食べさせられるなら、初めから食べない方がマシよ。そもそも、サーヴァントには睡眠と食事は不要だもの」
「そりゃそうだ。ま、要らないなら要らないで、俺は構わないけどな」
昨日はゆっくり夕食を作るような余裕はなかった。
簡単に作れるもので夕飯を用意したのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
犬小屋発言からわかっていたが、生前はそれなりに贅沢な生活をしてたのではないだろうか。
まあそれにしたって昨日は手を抜きすぎたのかもしれない。
その代わりといってはなんだが、今日は気合を入れて料理をしようと思っていた。
実は一昨日に見た夢のせいで、俺自身あの料理が食べたくて仕方がない。
昨日は作れなかったので、今日に作ろうと献立を用意していたのだ。
「しゃあない。今日の晩御飯、ビーフストロガノフは一人寂しく食べるとしよう」
「…………なんですって?」
「晩飯要らないんだろ? 飯抜きで夜回りご苦労様です」
「……………………」
なんという珍妙な顔。
痛恨の一撃を食らったような顔をしている。
いや、逆に会心のミスって感じだろうか。
二択問題を即決で選んでみたものの、何でそっちを選んだのかを悔いているようだ。
「マ、マスターがどうしてもって言うなら、食べてあげてもいいのよ?」
とんでもない震え声だった。
普段の流麗な声音など見る影もない。
「いやいや、無理すんなって。俺なんかの料理じゃおまえを満足させてやれないみたいだしな。あ、それなら500円やるから、コンビニで何か買って食べるといい」
「くっ…………」
サーヴァントに対する労いとしては安すぎるような気もするが、何も無いよりはコンビニ弁当でもあったほうがマシか。
スーパーの半額セールを狙えば、お茶もセットで買えるぜ。
「……サーヴァントのコンディションを整えるのもマスターの役目よね。寝床と温かい食事の提供はマスターたる者の義務でしょう」
「帰ってくれば寝床はあるし、今は冷凍食品でも店員に言えばレンジでチンしてくれるぞ。てゆうかおまえ、前言撤回すんの早すぎるだろ」
「む、むーっ!」
上手いこと丸め込もうとしているが、俺にその手の口八丁は通じない。
それにしてもやばい、何か面白いぞ。
コイツのポーカーフェイスを崩すのが楽し過ぎる。
不満そうに口を尖らせて睨んでいる。
いつもクールなフェンサーのこんな表情はレアだ。
「いいから作るの! 私も食べるの!」
「もー、我儘なサーヴァントだなぁ。仕方ない、じゃあどっかレストランでも行こうか?」
「ち、違うってばぁ! ビーストロロガノフが食べたいのー!!」
「落ち着け、言えてないぞ」
このままでは暴れ出しかねないので、折れて晩御飯を用意することにする。
夢で見た通り、ビーフストロガノフはフェンサーの好物なのか。
別段彼女の為という訳ではなかったが、料理一つで喜ばれるなら腕の振るい甲斐もある。
「味の保証は出来ないからな」
「いいのよ。レイジが作ることに意味があるんだから」
「はい?」
「ううん、なんでもなーい」
本当に、料理一つでフェンサーは上機嫌だ。
どういう理由でビーフストロガノフが好きなのだろうか?
思い出の一品なのか、思い入れのある一品なのか。
それともやはり、あの青年が振る舞っていた料理だからか。
(まさか、不味かったりしたら契約破棄されるのか?)
未だ見ぬ恐怖に震える。
安請け合いするべきではなかったかもしれない。
料理食べさせたらサーヴァントに裏切られたとか、また新たな伝説を打ち立てることに…………
「ふんふーん、ふふーん♪」
「………………はぁ」
フェンサーの様子を見ていたらどうでもよくなった。
あんなに嬉しそうなのだから、俺は精々彼女の機嫌を損ねないように尽力せねばっ。
忙しなかった一日が終わろうとしていた。
後一度だけ、戦いを残して。
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