ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode6 そら
「はぁあ……」
ベンチに座って缶コーヒーを啜りながら、俺は空を舞う桜の花弁を目で追いかけた。その宙を踊るような桃色の光は、俺に二人の少女を思い起こさせた。紫の妖精と、空色の天使。先の読めない花の動きは、二人の落ち着きなく駆け回る姿に見えて、俺は知らずに微笑んでいた。
場所は、横浜にある、カトリックの教会。
ユウキとの、最期の別れの場所、ということになる。
圧倒的に日本人の多い中で献花する、百八十オーバーの金髪の俺はさぞ目立ったことだろう。
キリトやアスナやリズベット達は、しっかりと見かけた。まあ俺のこちらでの外見が金髪碧眼の純外国人風であるとは思っていないだろう彼らは俺のことに気付きはしないだろう(そもそも会場内以外ではグラサンかけてたし)。ちらりとこちらをみてにやりと笑いやがったキリトの視線は、ちょっと怪しかったが。
そんな俺に、物怖じすることなく。
「やはり、いらしてくださったんですね。……シドさん」
「……ああ、シウネーさんか。ご無沙汰して、スミマセン」
「いえ。「あなたにはあなたの事情がある」のでしょう?」
落ち着いた物腰で話しかけてくる、シウネーさん。
横のベンチに腰掛けたまま、ぼんやりと宙を眺める俺を、薄く微笑んで見つめる。姿形は違っても、包み込むような落ち着いた雰囲気はALOと同じ。だが、その頬には隠しきれない涙の痕があった。彼女にも、彼女の事情があるのだろう。
彼女は。
「シドさん」
「なんすか?」
「……考えたのです。シドさんのことを。……ユウキは、『鳥』でした。アスナさん達に会って……『太陽』である彼女らに導かれて、飛ぶことを思い出した鳥でした。でも、ユウキが飛びまわる為の舞台を……『空』を作ってくれたのは、シドさんでしたよ」
区切って、俺と同じように、遠くを見る。
舞い踊る桜の、その先を見る目は、何を捉えているのだろう。
「なれたんすかね……俺。俺は、「そら」に、相応しい人間に」
「ええ。ユウキが自由に羽ばたけたのも、アスナさん達が輝けたのも、あなたが空であってくれたからでした。皆がこうあれたのは、あなたのおかげでしたよ」
ゆっくりと眺める、視線の先。
桜の舞う空は、今まで見た中でもとびきりに美しい空だった。
「そう、すか……」
「ええ、そうですよ」
一瞬だけ、ユウキの笑顔が、そらに映ったような、そんな気がした。
その時俺は、一つの決意を固めていた。
かつて俺が涙し、今の俺を作り、支える彼女について、「出来ること」を為す、と。
◆
「ねえねえシドくんっ! なーに書いてるのーっ!?」
ホロキーボードを叩く俺の上からチビソラの声が降り、同時に肩にふわりとした重みを感じた。悲鳴なり奇声なりを上げて現実逃避をしている時以外は一応仕事中に邪魔してくることのない彼女にしては珍しい。
「ん、チビソラか。どした?」
「邪魔しちゃ悪いかなっ、って思ったんだけどっ、あんまり楽しそうだからさっ!」
「ああ、これか?」
既に、いつもの雑誌の原稿の何倍もの字数を書いている。それでもまったく手が止まることなくキーボードを叩き続けられる上に、あまりの楽しさに少々ニヤけていたかもしれない。そんな状況なら誰だって問いたく……ともすれば正気を疑いたくなるだろうが、だって仕方ないじゃないか。
なぜならこれは。
「SAOの、記録だよ。あの頃の知り合いから連絡があって、あのゲームの中での出来事を本にしよう、ってな。俺は一応『攻略組』のソロ連中の近くにいたし、クエストもかなりこなしてたんだよ。だから割といろんな奴に面識あるし、ボス戦とかの話もいろいろ聞いてるから、色々書けるしな」
嘘では無い。嘘ではないが、本当でも無い。
もちろん向こうの頼みもあって、攻略組に少なくない数いたソロの勝手者のエピソードを書いてもいるし、キリトの記事は腹いせに勿論脚色しまくってはあるが、それだけでは無い。
「ふーんっ。楽しそうだねっ!」
「まあ、な」
俺が、主軸に据えて書いているもの。それは。
「中身の方はっ、教えてよっ!」
「だーめだ。お前には、特に」
「ひっどーいっ!」
言いながらも、チビソラは笑っていた。分かっていたのかもしれない。
俺が書いているのが、懐かしい「ソラと『冒険合奏団』の物語」だということに。
チビソラの笑顔。
その笑顔が。
「っっっ!?」
ざわりと、ぶれた。
まるで、かつての世界の、HP全損エフェクトの様に。
浮かれていた気持ちが、一気に冷える。
だが、そんな俺に。
「おおっ! おおおーっ! これはっ、おめでとーっ!」
チビソラは笑いかけ続けた。心底、嬉しそうに。
「説明するよっ! ご存じのように私はシドくんのメンタルカウンセリングプログラムっ! だからさっ、シド君の心が元気になったらっ、お別れなんだよっ!」
「なっ、おいっ、何を、」
「笑ってっ、シドくんっ! シドくんは今っ、ソラさんの死をやっと乗り越えたんだよっ! 少なくとも私の中の感情モニタリング機能が「この人には私がいなくても大丈夫」って判断できるくらいにっ。だからそれはっ、喜ぶべきことなんだっ!」
「チビソラっ!」
突然の、声。その声は、震えていなかった。
感情豊かなチビソラの、弾むような声のままだった。俺を励ましてくれる、力強い声だった。
その、一生忘れられない笑顔が。
「書きあげてねっ! 私も、楽しみにしているからっ!」
ふわりと、風にさらわれるようにポリゴン片となって消えた。その小さな体の残した僅かなポリゴン片が俺の顔に反射する。唐突な、あまりにも唐突な別れ。
でも、俺は。
「おおっ、勿論だ! ぜってー書きあげっから、楽しみにしてろよ!」
笑って、拳を突き上げた。
それが、彼女の望みだったから。最後まで涙を見せなかった彼女に、俺の方が泣いては恰好がつかない。それはSAOで俺と一緒にいてくれた「ソラ」に対しても、このALOで俺を支えてくれた「チビソラ」に対しても、だ。だから。
「ぜってー、ぜってー最高の物語にしてやるから!」
天国まで、機械の世界まで届けと、その声の限りに叫んだ。
その声は、まるで自分のものとは思えないほど力強く感じた。
あたかも世界を救う、『勇者』の声のように。
◆
しかし。
「……あーっ、……」
「シドくんっ、なにか弁解はあるかなっ?」
「いやー……仕事の執筆で詰まって……」
「そのたびに私がメンタルケアに呼び出されるとは何事かーっ!!!」
「いやいや、そんな言ったって!!!」
「シド君のメンタルは豆腐だー! 豆腐メンタルだーっ!!!」
この物語は、そんなに綺麗には終わらないのだった。
終わらない、のだから。
シドと、彼を囲む愉快な仲間たちの冒険は、まだまだ、続いていくのかもしれない。
◆???◆
「おや、―――さん。今日は、起きていらっしゃるのですね」
和服の女が、問いかける。病室独特の真っ白いベッドにいる少女は、いつもはつらそうに眠っていることが多いのだが、今日はいつもとは違ってその体を起き上がらせていた。入ってきた和服の女性を見て、にっこりと笑顔を浮かべる。
「ええ、今日は調子が……、よくって、ですね」
少女の声は、掠れたように細かった。見れば体は痛々しいほどに細く、肌は抜けるように白い。色素というよりは『存在そのものの濃さ』の抜け落ちたようなその佇まいは、彼女の病院暮らしが非常に長いことを如実に表している。
そして、その折れそうなほどに細い指が。
「今日も、その本を読んでいたのですか?」
「ええ……ふふっ、ホントに、……おもしろくって」
テーブルの上に置かれた、本のページを、めくっていく。
「会いたいなあ。……この本を、書いた人に」
夢見るように、憧れるように、少女が呟く。
それは、少女がなんども伝えた言葉。
それに対して、和服の女は。
「ふむ……いいかもしれませんね。少なくともあちらには、拒む理由はもうないでしょう」
いつもとは、違う言葉を返した。
少女は、その唐突な許しに驚きに目を見開く。
「いいんですか? いつもは、「ダメです」の、一点張りなのに」
「ええ。あの方はもう、大丈夫でしょうから。……あとは、あなたのほうがもう少し体を整えてからですね。このくらいの会話で息が上がってしまうようでは、まだまだリハビリ不足ですよ」
「ふふっ……そうです、ね。……よーし、私も、頑張らないと、な……」
少女が、その細い、弱った体で精一杯の声を出して、にっこりと笑う。
窓の外は、抜けるような青空。
桜の花は徐々に緑が混じり、新たな生命の息吹を感じさせる季節が来ようとしていた。
後書き
以上をもちまして、「ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~」の完結としたいと思います。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
文字数としてはおよそ60万字。分量としては薄めのラノベ三冊ぶんほど、分けるならSAO編、ALO編、その他編でみっつでしょうかね。思った以上に長引いたなあ、というのが正直な感想です。割と一章完結くらいの物語が好きなタチなので。
このあとがきを書いている段階で、累計PVが486440、ユニークアクセスが67492でございました。このつたない物語が実におよそ50万回にわたって手に取っていただいたということで、物書きの端くれとして、またこの物語の作者として非常にうれしく思います。
素晴らしい原作を作ってくださった作者様に、心よりの感謝とますますのご発展を。
一度は消えてしまったこの物語を再び掲載する場所をくださった管理人様に、無上の感謝を。
そして願わくば、この物語を読んだ方が、SAOをもっと好きになって頂けることを。
最後に、繰り返しになりますがここまで読んでくださった方々に、最上級の感謝を。
本当に本当に、ありがとうございました!
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