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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第10話「中立」



 新学期に入った。

 朝の屋上、彼女に呼ばれたタケルは欠伸をしながらも扉を開けて、その人物の前に姿を現した。

「遅いぞ、タケル」
「何か用か、エヴァ?」

 彼女の文句には答えず、用件を尋ねる。時刻にして午前6時。5時半ごろに突然呼び出されたタケルはまだ少し眠そうな顔をしている。エヴェンジェリンはタケルが今までみた、どの顔よりも真剣なそれだった。

 「……お前に頼みがある」

 その言葉に、タケルは耳を傾けざるを得なかった。


 タケルが2―Aの教室札を3-Aの札に変える。それを見届けたネギがお礼を言いながら先に教室に入る。タケルもゆっくりと教室に入って、そして歓声が起こった。

「3年!」
「A組!!」
「ネギタケ先生~~~!!」

 わ~~~と湧き上がる拍手と喝采。

 ――3年生になっても小学生か。

 いきなり、よろよろと黒板に手をついてしまうタケルだった。

 彼女たちは無事進級し、3年生になっていた。クラス替えもなく、みな見知った顔である。

 呆れているタケルとは違い、ネギは喜んでいるようで、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった感じで頭をかいている。

「えと、改めまして3―Aの担任になりましたネギ・スプリングフィールドです。これから来年の3月までよろしくお願いします」

 ネギに続き、タケルが挨拶する。

「ネギ先生に同じく、副担任になった大和猛だ。昨年同様、宜しく頼む」
「は~~い、宜しくーーーー!!」

 ――今日は身体検査だったか。

 彼女たちにからかわれては敵わないと判断したタケルが先に部屋を出ようと歩き出す。どうせネギが指示すると判断したのだろう。だが――

「む?」

 いつもならネギの明るい声が聞こえてくるはずなのに聞こえてこない。まだ余韻に浸っているのだろうか、と目を送ると、どうもそんな様子ではない。視線をたどると――いた。

 ――エヴェンジェリンか。

 彼女に金縛りにあっているかのように動かないネギに小さくため息をついて声を出す。

「今から身体検査がある。俺とネギ先生が出て行ったらすぐに着替えるように」
「は~い」

 と良い返事が返ってきた。伝達事項をもういくつか告げてから「出るぞ」という意味を込めてネギの背をたたく。ビクリと肩を震わせたネギだったが、タケルの意図に気付いたのか、彼の後をついて歩き出した。

 教室の前で待っている間、ネギが言いづらそうにタケルに声をかける。

「あの」
「エヴァンジェリンのことか?」
「あ……はい」
「そうだな……ま、すぐにわかる」
「え?」

 ネギが首を傾げたとき、和泉亜子が廊下を走りながらこちらに向かってくるのが見えた。

「先生―、大変やーっ。まき絵が……まき絵がーー」

 彼女の呼びかけにネギとタケルが顔を見合わせる。ネギが首を傾げて――

 ガラ

 ――扉が開き、「何! まき絵がどうしたの!?」と窓やドアから女性徒たちが下着姿のまま廊下に姿を現した。

 反射的に振り向いたネギが「わあ~~~!!」と叫び

 タケルが「何~~!?」と顔を真っ赤にさせた。

 ――まずい、鼻血垂れそう。

 こんな場所で鼻血を垂れてしまえばそれこそ教師失格、もしくは一生スケベ教師と命名されるに違いない。

「キミら……服を着ろ」

 必死に鼻を押さえるタケルだった。




 保健室で3―Aの生徒達が集まっていた。最初は心配そうだったが、大したことがないとわかって、彼女たちらしく軽口をたたいて笑っている。

「……なるほど」

 ――これか。

 まき絵を見つめながら、一人頷く。

 タケルは朝のエヴァンジェリンとの一件を思い出していた。


「――騒ぎが起きてもネギに手を貸すな?」

 あまりにもざっくりといわれたため、意図が良く分からずタケルが首を傾げる。エヴァンジェリンは頷いてさらに言葉を続けた。

「ああ、そろそろ私のやっていることがばれてもおかしくないからな。お前があいつに加勢すると私の計画が見事に壊れてしまう」
「……」

 何一つ要領を得ないエヴェンジェリンの答えに、タケルは無表情に口を開く。

「ネギが魔法使いであることと関係しているのか?」
「当然だ」
「何をする?」
「私の力を取り戻す」

 即答だった。その分、彼女の答えには力強さと確固たる意思が伝わってきた。少しだけ考える素振りをして、頷く。

「……わかった」
「そうか、助かる」

 タケルとしては熟考したつもりだが、彼女には答えがわかっていたのだろうか。それくらい当然のようにエヴェンジェリンは自然にタケルの言葉を受け止めた。

「いや、昨日は世話になったしな。だが――」
「――程々に、か?」
「む」

 言い当てられ、言葉をにごらせるタケルに、エヴェンジェリンは言う。

「私もお前が狩るバケモノに相当する。どういう基準でお前が標的を定めているかは知らんが、標的にされてはかなわん……今の私ではお前に殺されるだけだしな。大人しくやるさ」
「……そうか」

 ――大人しくやるなら、それでいい。とタケルは呟く。

 どの程度『大人しく』かは、わからない。だが、エヴェンジェリンがそう無茶をやることはないだろう。

 タケルは空を見上げて――「タケルさん……タケルさん!!」呼ばれて意識を目の前に向ける。


「ん、ああ。スマン考え事をしていた」

 いつの間にやら深く考え込んでいたらしい。周囲を見渡すが、いつの間にかネギしかいなかった。

 ベッドに寝ていたまき絵もいつの間にやらいなくなっている。どうやらネギが全員を教室に帰したらしい。

「いくら呼んでも返事しないからアスナさんたちはみんな心配してましたよ?」

 む、漏らしたタケルは少しだけ考え込み「……後で謝っておくか」と呟いた。

「はい、そのほうがいいです」

 頷いたネギだったが、すぐに険しい顔になり、「それより――」と口元に耳を寄せる。

「――タケルさんも魔法に気付いたんですね?」

 と呟いた。

 ――魔法?

 一瞬だけ首を傾げそうになったが、エヴェンジェリンが犯人ならそれも当然かもしれない。

「ああ」
「でも、一体誰が……僕とタケルさん以外で他に魔法が使える人がいるんでしょうか」

 う~ん、と唸りながら考え込むネギについ微笑んでしまう。

 ――俺は選択肢に入らない……か。

 元々魔法が使えないのだが、ネギはタケルが魔法を使えると勘違いをしている。犯人となり得る可能性がある人物といえば現時点ではネギにはタケルしか思い浮かばないはずだ。

 だが、彼の中にはタケルが犯人と疑うことが欠如している。それほど信頼しているのだろう。それは子供特有の純粋な心で、タケルには真似できない思考だ。

 ――少しむず痒いな。

 小さな罪悪感とネギに信頼されているという少しの嬉しさから、タケルは小さく漏らした。

「すぐわかる」
「……え?」
「俺は犯人探しを手伝うわけには行かないが、お前ならすぐに見つけられるだろう。頑張れ」

 ネギの頭を少しだけ撫でて保健室を出た。

 なぜか、保健室からネギが出てくる様子はなかった。




 その日の晩。タケルが次の日の授業の準備をしていた時だった。突如扉越しに聞こえるノック音。

「こんな時間に?」

 ――誰だ?

 考えながらも扉を開けるとネギと神楽坂 明日菜が扉の前に立っていた。

「神楽坂さん……と、ネギ?」

 だが、様子が少しおかしい。ネギがアスナにくっつき、どうやら泣いているようだ。アスナはアスナで困った顔をしてネギの頭を撫でている。

 ――なんだこれは?

 とりあえず、部屋に入ってもらい、ベッドに座らせる。日本茶でも出そうと動き出したタケルにいきなりネギが「タケルさ~~ん!」と飛びついた。

「うお」

 半分攻撃化したネギの体当たりをその胸に受け、ぐらついてしまう。

「助けてくださ~~い!!」

 目を潤ませてタケルに抱きつくその姿は10歳相応の表情が垣間見えていた。

「?」

 意味がわからず、アスナに助けを求めるように目をやると、彼女は頷き、口を開いた。

「……実は最近噂の桜通りの吸血鬼の話なんですけど」

 その言葉にハッとした。

「エヴァンジェリンか」

 先に言い当てられ、アスナが「え?」と驚いた表情を見せ、ネギは「そうなんです、次にあったら殺されちゃいます!」とおろおろしている。

「……殺される?」

 穏やかではない言葉に、タケルは眉をしかめる。

「あ、はい。何でもネギの血を吸おうとしたみたいで」

 ネギが相変わらずバタバタとした様子でさらに付け加える。

「僕が死んじゃうくらいに大量にですよ! 歴戦の、しかも本物の吸血鬼になんか勝てませんよ。次に合ったら殺されてしまいますーー!」

 ワーン、と泣き出したネギに、だがタケルは理解できないことがあったのか、質問を発した。

「なぜ、お前の血を?」
「なんでも力が封印されているのは僕のお父さんの呪いのせいらしくてそれを解呪するためには血縁者つまり僕の血が大量に必要らしいんですしかもエヴェンジェリンさんには茶々丸さんというすごいパートナーがいて次にあったら絶対に殺されてしまうんです!!」

 句読点もなしに一息に言い切った。一切かまなかったことは拍手してもいいかもしれない。

 ――すごいぞ、ネギ。

 もはや意味不明なところで内心褒めるタケルだったが、相変わらず愚図ついているネギを見て、仕方ないので先程の長い言葉を考える。

 ――合理的……とはいえない気もするが。

 そもそも大量に血が必要なら、それこそ一度にネギが死ぬほどの血を吸うのではなく、少しずつに分けて血を吸えばいいだけのはずだ。人間の体内で血は毎日作られるのだから、そのほうが結果的に大量の血を得られる。一度で大量に必要ならすこしずつ保存して、一気に飲むという手もある。

 ――ほどほどに……とも言っていたわけだし殺すつもりはない、か?

 結論を下したタケルは、だがそれをネギに告げようとはしない。

「ネギ。朝にも言ったが、俺はお前を手伝うことも出来ないし、アドバイスもできない」
「な!」

 これはアスナだ。ネギは半ば予想していたのか「はい」と顔を俯かせている。

「ど、どうしてですか! ネギが殺されかかってるのに! タケル先輩も魔法使いってネギに聞きました。しかも、すごいって!」

 ――それは完全に誤解だ。

 とは勿論、言わない。

「ネギ、男なら誰でも死に直面する場面が少なからずある」
「「……は?」」

 いきなりの話に二人が頭にクエスチョンマークを浮かべた。

「お前のお父さんも多分。そして俺でさえ……何度も死に掛けた。ずっとそれを繰り返してきた」
「「……え?」」

 アスナとネギの目が驚きに見開かれた。

「だからこそ、今の俺がこうして生きている」
「……」

 少しばかりの沈黙。

 ――生々しい話をしすぎたか?

 タケルが反省しかけたとき、ネギが恐る恐る口を開いた。

「……タケルさんも」
「む?」

 ほんの少し逡巡して見せて、それでもはっきりと言う。

「タケルさんも、そうやって強くなったんですね」
「……ああ」

 完全に方向をそらした話だったが、どうやらネギとアスナの心に響いたらしく、ネギがホッと少しだけ微笑んだ。アスナはなぜか「それがいい男って奴ですね」ブツブツ言いながらもウンウンと頷いている。

「わかりました。まだ凄く恐いけど、立ち向かえるか分からないけど……タケルさんに助けてもらうのはちゃんと諦めて、頑張ってみます!」

 言い回しに、ネギの未練を感じたのは気のせいだろうか。

 ――いや、うん。きっと気のせいだ。

 だが、先程はなぜか納得していたはずのアスナが「で、でも」と、口を挟む。

「ネギはまだ10歳ですよ?」
「男に歳は関係ない、戦場に立てばその瞬間から立派な成人だ」
「でも……」

 それでも文句を言おうとして、だがなぜか急にフと止まった。

「……?」
「……うん。そう、ですか」

 首を傾げる猛に対し、アスナはなんだか複雑そうな顔をして、それでも簡単に引き下がった。

「それじゃタケルさん、ありがとうございました。また明日」
「先輩、今日は夜遅くにすいませんでした。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。また明日」

 ネギがお礼をいい、アスナが非常識な時間に訪れことをわびる。凸凹だが確かにいいコンビだ。ふと思いつきで彼等が帰ってしまう前に言う。

「――ネギ」
「あ、はい?」
「神楽坂さんに魔法使いのパートナーになってもらえばいいんじゃないか?」

 ――そうすれば、絡操さんにも対抗できていいんじゃないか?

 タケルとしては建設的なことを言っただけだったのだろう。

 だが。

「「な!?」」

 なぜか二人して顔を真っ赤にした。

 ――俺なんか変なこと言ったか?

「失礼します!」

 アスナが怒ったように扉を閉めて帰っていった。いや、顔が赤かったからどちらかといえば照れ隠しだろうか。だが、とにかく――

「……なぜだ?」

 魔法使いでいうパートナーは大体結婚するという事実を知っているはずもないタケルには分かるはずもないことだった。
 



 二人して自分達の寮に戻る。タケルの最後の言葉で少し気まずくなったのか、会話は少ない。アスナがそんな空気を変えるべく、ふと思い出したかのようにタケルのことを口にした。

「……にしても、タケル先輩さ」
「はい?」

 タケルの話題のせいか、ネギが予想以上に素早く反応した。

「高校生……っていうか私達と2つしか違わないはずなのに全然女子のことを変な色目でみたりしないじゃない?」
「ええ」

 それは確かにネギも日頃考えていたことだ。タケルほどの年齢ならばそれこそ性欲の対象として女性を見ていてもおかしくないはずなのに、そんな仕草が一切見られない。

 10歳のネギにはまだ、理解できるわけではないが、それでも彼がどこか異常なことはわかる。

「それで、私達に魅力がないのかな、とか。実は女性に興味がないんじゃないか、とか色々話をしてたんだけど――」

 ――そんなことに気を配ることを知らずに生きていたんだ。

 最後まで口に出すことは出来ず、申し訳なさそうに顔を伏せる。ネギは何となくだが彼女の気持ちがわかり、元気付けるように「でも、じゃあ」と付け加えた。

「今日はタケルさんのことがちょっとでも分かってよかったですね」
「……うん」

 2人が寄り添って歩く。

 月が足元を照らし、歩くべき道を指し示す。風が髪を揺らし、花を舞い起こす。綺麗に彩られた自然を進む彼等の姿は、まるで本当の夫婦のように優しかった。
 
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