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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第三十六話 少年期⑲



 夏休みってどうして早く過ぎ去ってしまうのだろう。

 ミッドにも日本と同じように四季がある。そのため、日本より短いがミッドの学校にも夏休みがちゃんとあるわけだ。友人と一緒に宿題をしていたころは、俺たちの夏休みはこれからだぜ! という感じだったのに。日が経つごとに夏休みが終わっていくと思うと、寂しい気持ちが生まれてくる。

 学校は好きだけど、これはやっぱり気持ち的な問題だよな。『休暇』って言葉を聞くと、超テンションが上がるのは人として仕方がない。そして休んでいる間の月日の流れが早く感じるのも仕方がないことだとわかる。

 だからこそ俺は思う。せっかくの休暇なんだから羽目を外さんでどうすると。俺は現在ピチピチの7歳の子どもである。これは全力少年のように駆け抜けなければ、夏を満喫しなければもったいないではないか!

「いや、お前普段から羽目外しまくっているから」
「アルヴィンには休みとか年齢とか関係ないよね」
「……人を年がら年中お祭り男扱いするのは」
「「事実」」

 そこで2人してハモるなよ。

 日が傾き、そろそろ夜の帳が下りてくるような時間帯。普段ならとっくに家に帰っている時間なのだが、今日は友達と一緒ならと特別に出歩く許可をもらっている。ちきゅうやに寄ってエイカと合流し、その後家が近所の少年Bと落ち合った。

 風があるからそこまで暑くはないが、ムッとした熱気を肌に感じる。日の落ちた道を3人で駄弁って歩きながら目的地へと向かっていた。俺の格好は、半袖のシャツとハーフパンツにビーチサンダルというザ・夏スタイル。2人も似たような感じで、身軽な服装をしていた。

「……そういえば、エイカの服って男物が多いよな。というか、スカートをはいたところなんて見たことないけど」
「あんなひらひらしたもの着れるか。服なんか動きやすければなんでもいいだろ」
「あ、そこは共感できる。でも女の子がそれでいいのか。パッと見は男と思うぞ」

 好みは人それぞれだからうるさく言うつもりはないけど、ちょっともったいない。アリシアはおしゃれが好きだから、小物1つでも結構こだわりを持っている。実際おめかしした妹は、家族の俺から見てもかわいいと思うし。エイカもはねている髪を整えたり、服装を変えればかなり違うだろう。

 正直に言えば、俺が最初にエイカに会った時は本気で男だと思っていた。口調もあれだったし。俺だって女の子だとわかっていたら、咄嗟とはいえコーラルをブン投げるまではさすがにしなかったと思う。俺が気づいたのだって、何度か話をしていてやっとのことだったのだから。

 まぁ今更女の子扱いするのは、俺もエイカも腕をさする様なことになりそうなのでそんなに気にしないことにしている。俺自身優しい口調でふわふわした感じの服を着たエイカは想像できない。だから俺がそこまで本気で言っていないとエイカもわかっているからこそ、俺の意見に鼻を鳴らすだけでいるんだろう。


「はいはい、2人ともそこまで。ほら、目的地の1つに着いたよ」
「おぉ、さすがは怪奇現象の十八番と呼ばれる場所。雰囲気あるねぇ」
「……普通に学校なんだけど」
「お前の中の学校のイメージってどうなっているんだ」

 夜の学校は怪奇現象と切っては切り離せないことを知らんのか。今度ちきゅうやでトイレシリーズ的なのがあったら見せてやろう。あれ地味に怖いし。しかし思うんだけど、ツッコミ2人とかなんかズルくね。

「とにかくあれだ。俺が言いたいのは学校には怪談がつきものなんだよ、ってことだ」
「え、階段があるのは当たり前だと思うけど?」
「……ちくしょう。これがジェネレーションギャップとかカルチャーショックみたいなものなのか」

 ガクリと落ち込む俺に、少年Bが「え? えっ?」と俺と学校を何度も見ながら困惑している。その様子にエイカが「こいつが意味わからないのはいつものことだろ?」と少年Bの肩をたたいて珍しく慰めていた。……すいません、俺の扱いが本気でひどいと思うんだけど。俺は何も間違ったことは言っていないのに。

 だって「夏」の「夜」の「学校」だぞ。ここまでキーワードが出てくれば、ぐぐっちんぐな先生なら一発で見つけてきてくれるぞ。異世界だけど、地球とはそれほど文化的な違いはないんだから、今は少数派の俺の意見だって多数派に呼び込める可能性はきっとあるはずだ。

「そうだよ。今までの会話のどこにもおかしなところはない。それなら俺が間違っていないことをちゃんと証明するべきじゃないか!」
「おい、また何かおかしな方向に話を進めているぞ」
「ほら、アルヴィンってだいたい本筋からいつの間にか脱線していて、そのまま気づかずに突っ走るところがあるから」
「あぁ、なるほど。ちなみに学校でもこれなのか」
「……うん」

 なにやら小声で話をしている2人。……なぜかお互いに肩を叩き合ってるし、お前らそんなに仲がよかったっけ。


「そんなこんなで、今から俺が言っていたことが間違いでないことを証明したいと思います」
「なんでこんな流れになった」
「エイカが僕らの学校を見たことがないって話になって、それなら目的地に行く途中に学校の前を通ることができるから、ついでに見てみようかっていうのが最初の流れだったと思う」
「完璧にその流れから脱線してるぞ」

 とにもかくにも、リアル学校の怪談を知ってもらおうとやる気を出す俺です。さっそく舞台となる場所をチェックしようと思う。このクラ校は、さすがは初等部と中等部が一緒になっているだけあって建物は大きい。その外観だって小学校を簡略化させた凸みたいな感じではなく、大学のキャンパスにいるような綺麗な白亜が並んでいる。

 俺の目の前には頑丈な鉄製の門があり、しっかり鍵がかけられている。その学校を取り囲むように俺の身長の3倍はあるだろう塀がぐるっと周りを囲っていた。さらに塀の上にはどうやら結界が張られているらしく、侵入者を防いでいるようだ。そのさらに周りには小型の機械が見張りをしていて、まさに魔法と化学のコラボ警備体制。……ちょっと待って、何この安全性。

「どうしよう、侵入できねぇ」
「お前の頭がどうしようだよ」
「な、なんで冷静なんだよ! このままじゃ肝試しができないんだぞ!?」
「不法侵入してまでやる必要があるのか!?」
「というより、アルヴィンが一番冷静になろうよ」

 なんということだ、異世界のセ○ムを舐めていた。学校の怪談を体験してもらおうと思っていたのに、学校に入ることすらできないとは。俺が子どもの時にやっておきたいランキングの上位が、学校で肝試しをすることだったのに。

「なんのための夏の学校だよ…」
「少なくとも肝試しをするためにではないよ」

 少年Bに呆れたように言われた。むぅ、このメンバーで肝試しはやはり難しかったのだろうか。アリシアは少女Dたちと一緒に先に行って、別行動になったからチャンスだと思ったのに。少年Cあたりならノッてくれたかな。でもあいつ俺以上に羽目を外しそうだわ。

「ほら学校には入れないんだから、予定通り夏祭りに行こうよ」
「最初から最後までそれしか予定はなかったけどな」
「えー。……ハッ、そうか。こんなときこそ転移を使えば簡単に侵入を―――」
「「もう少しまともなレアスキルの使い方を考えろッ!」」



******



 
 結局ズルズルと2人に引きずられること、10分弱。俺たちの周りにはたくさんの人で溢れていた。親子連れやカップルらしき男女、俺たちと同じように友人同士で来ているものなど様々である。人混みがすごいため、流されないように気をつけて歩いていた。

 今日は待ちに待ったミッドチルダの夏祭りの日である。日本の祭りの様に屋台があり、後半には花火も打ち上げられる。ちなみにミッドのお祭りはもともと他世界の人々との交流の場として作られた行事らしく、他の管理世界の食べ物や衣装、小物などが売られている。この祭りの間は他世界のものを身近で見れ、買うこともできるため多くの人々が訪れる一大イベントになっているようだ。

 なので普段以上に、カラフルな髪や見慣れない肌の色をした人が目に入る。屋台で自分の世界の食べ物や商品を売る人、自分たちの世界について知ってもらおうとその世界の歴史について話をする人もいる。奥に作られた特設ステージでは、民族衣装の披露や踊り、芸など様々なことが行われているようだった。

 俺の想像していた夏祭りとはなんだか違うところはあるけど、面白そうな行事だから俺としてはいいかなと思っている。あれだ、万国博覧会風なお祭りって感じ。世界単位での交流だとこういうのもあるのか、と俺自身かなり興奮していた。

「やっぱり、祭りの雰囲気って好きだなー」
「そうだね。人ごみはすごいけど、僕も毎年ここには来てるよ」

 友人とはぐれないように気を付けながら祭りの中を進んでいく。きょろきょろ見渡すと、夏祭りの定番であるラムネとか焼き鳥、ベビーカステラなどが売られており、さらにヨーヨーすくいやくじ引きといったゲームも見つけることができた。嗅いだことのないおいしそうな食べ物もあるし、これは迷うな。

「せっかくだから何か食べるか。エイカは何か食べてみたいものはあるか?」

 俺と同じようにミッドチルダの夏祭りは初めてだと聞いていたので、俺はエイカに気になったものがないか尋ねる。しかしエイカは目をしきりに左右に動かし、そわそわしている。俺の声も聞こえていないみたいだし、もしかして人ごみとか祭りに緊張でもしているのか?

 初めて会ったのが人ごみの中だったから、大丈夫だろうと思っていたけどもし気分が悪くなったら大変だ。少年Bも俺と同じように気づいたため、2人で少し後ろを歩くエイカに近づくため、歩調を緩めながら顔色を窺った。

「……あそこの屋台はかき氷か。味が色々あるが値段が少し割高になっていると。こっちは味は定番の3種類だが値段が安く、しかも練乳入りだと。なかなか…。あっちはフランクフルトで、値段はさっきの店より安いが、大きさが足りないな。金額は大切だが、質を落とし過ぎるのも問題だ。事前にちきゅうやで聞き込みをしておいたリサーチの結果と総合するとここはやはり―――」

 とりあえず、猫だましを食らわせました。


「ん、あそこにいるのはランディたちか?」
「え、まじで?」

 猫だましを発動させてから数刻後。エイカからのおすすめ情報から選んだかき氷を、みんなで食べ歩きしていた。それにしてもエイカさん、実はお祭りめちゃくちゃ楽しみにしていたのね。実は浮き足立っていたのね。食べ物系統しかリサーチしてなかったのはエイカらしかったけど。

 そんな風に歩いていたら、少年Bから声がかかった。みんなで視線を向けてみると、確かに見覚えのあるいつもの3人組が屋台から少し離れたところで焼きそばを食っているようだった。

「おー、少年A、C、Eたちも来てたのか」
「なぁ、そのあだ名混乱しねぇか。誰が誰だかわけわかんねぇんだけど」
「え、そう? 少年Aが頭文字通りアレックスで、少年Cがランディだろ。あと今焼きそばを詰め込み過ぎて、喉に詰まらせているのが少年Eのリトス」
「あ、アルヴィンもちゃんとみんなの名前を覚えてたん…………って、リトスーー!?」

 少年Bことティオールが大急ぎで水を買って、走っていった。さすがは学校で1年生のお母さんと言われているだけあるな。俺はその様子にうんうんとうなずき、エイカは同情の眼差しを向けていた。


「よっ、3人とも。お前らももう祭りに来ていたんだな」
「おっす、少年C。もうちょっとしたら端末で連絡しようかと思っていたけど、手間が省けてよかったよ」

 もともと夏祭りで会う約束をしていたので、3人に会えたのは運がよかった。約束していた時間までまだ少しあったが、このまま一緒に祭りを回ることにする。後は先にお祭りに突撃しにいったアリシアたちと合流すればいいだけなので、みんなでぶらぶらしながら待ち合わせ場所に向かっていた。

 向かう場所は以前少年Cが話していた師匠さんがいる屋台である。店は特設ステージよりさらに奥にあり、こちら側は食べ物よりゲーム関係が多いコーナーのようだ。実際その人の店もゲーム系らしいので、せっかくなら楽しもうと思う。ふふふ、腕が鳴るぜ。

「そういえば、少年Cは師匠って呼んでるけど体術とか魔法とかの先生なのか? 前はあんまり詳しく聞ける時間がなかったから、聞いてなかったけど」
「そんな大層なものじゃないさ。ただ俺が勝手に尊敬しているだけだよ」
「へぇー。でもそんな風に尊敬できる人がいるってすごいことだと思うぞ」

 尊敬できる人は誰ですか? って質問されてパッと答えるのは結構難しいよな。今の俺なら両親だったり総司令官だとか言えるけど、それって俺がそれなりに年を重ねた記憶があるからっていう側面が大きい。大人の大変さを知っているし。まぁ、歴史上の人物やスポーツ選手に憧れる場合もあるけど。

 だから俺としては、これぐらいの年でしっかり目標となる人がいるって感心できることだった。ちょっとランディのこと見直したなー、とそんな風に俺は思っていた。

「え、俺が尊敬している方は人じゃねぇけど?」
「……え?」
「あと師匠は、俺に女の子の良さや紳士の嗜みを教えてくれたナイスガイでな。俺に男としての生き方を伝えてくれたすごい方なんだぜ!」
「へぇー、そうなんだー。…………とりあえず、さっきのすごい云々は前言撤回していいか」

 なるほど、つまりランディの現在の性格形成を作らせた方ってことね。なんてことしてんだ。


「わぁ、クーちゃんすごーい!」
「そうかな。ありがとう、アリシア」
「あ…、やぶれちゃった」

 おしゃべりをしていたら、どうやら目的地に着いたようだ。そこで女の子3人組を発見した。水色のワンピースに、いつもと違い髪をストレートに下ろしたアリシア。メェーちゃんも普段は流している髪を一つ括りにしており、レースの付いたシースルーを着ていてかわいらしい感じだ。

 あと、学校が違うため放課後や夏休みに遊んでいた少女D。彼女は普段通りやや巻き毛な青く長い髪をリボンで結び、ポニーテールにしている。背が高く、落ち着いた感じの服も合わさってちょっとお姉さんっぽいな。

「お、本当だ。少女D大量じゃん」
「あ、お兄ちゃん」
「こんばんは、アル。時間があったから先に遊ばせてもらっているわよ」

 俺が声をかけると嬉しそうに笑顔を向けてくれるアリシア。俺も笑みを浮かべながら、彼女たちがやっているゲームを眺める。それは限定された場所で逃げ惑う獲物を追いつめ、捕獲するゲームであった。少女Dはまたしても武器を手に滑らせ、鮮やかに次々と獲物を捕らえていく。実に容赦がない。

「これぞまさにリアル鬼ごっこ」
「ただの金魚すくいなんだけど…」

 少女Dよ、細かいことは気にするな。

「よーし、俺も捕まえたる。すいませーん、ポイ一つください」

 そう言って看板に書かれている通りの金額を出して、金魚屋のおやじさんに渡す。すると少し逡巡した後、おやじさんはポイを渡してくれた。ちょっと疑問に思ったが、まぁいいか。

 そこそこ広い水槽の前に立ち、アリシアたちの隣に座る。入れ物を左手に持ち、ポイを片手にいざ出陣。夏の特番で見た名人さんの技術を頭の中で反芻させる。目指す目標は10匹以上! それでは、尋常にしょう――「ビリッ」――ビリッ?

「あ、やぶれた」
「いやいや、まだ水にすらつけていないよ!?」

 アリシアの言うとおり、俺の持つポイには真ん中にでかでかと穴が開いていた。学校でできなかった怪奇体験がまさかの金魚すくいで実現した。えっ、実は金魚すくいって心霊スポットだったの? これがミッドチルダの怪談だったのかよ!

「じゃない! ちょっとおやじさんどういうことですか! 新手のポイポイ詐欺ですか!?」
「悪いな、坊や。ここはある意味いわくつきなんだ」

 俺のクレームにふっ、と小さく笑みをこぼしたおじさん。なんだこの凄みは。ここには一体何があるっていうんだ。俺は静かに視線を彷徨わせ、辺りを観察するがどこにでもある普通の屋台だ。アリシアたちは今も金魚すくいを楽しんでいるし、少女Dの入れ物の中には金魚が積み重なっている。新しい入れ物に変えてあげた方がいいと思う。

 俺は自分が持っていた入れ物を、少女Dに渡しながら考える。一体どういうことだろう。俺と彼女たちと何が違う。なぜ俺の身にこんなことが起こった。わからないなら聞くしかない。俺は金魚屋のおじさんと目を合わせた。

「いわくって一体」
「ここはな……女の子しか遊べないんだ」
「すいません、ワンモア」
「男はどっかいけ」

 ドストレートに返してきやがったよ、この人。

「いやいやいや、なにその理論。女の子だけってそこは混浴にしようよ!」
「おじちゃんも混浴したかったが、だめだった。最近の温泉には存在すらしていないんだ」
「誰もおやじの話は聞いてない」

 まさかこの人、魔法か何かでポイに穴を開けた? だけど魔方陣は展開しなかったし、魔法もそこまで万能じゃない。それにそんなことをしたらさすがに詐欺になってしまう。だとすると、本当に男のポイはやぶれるという怪奇現象が実在するというのか。

「おやじさん、相変わらずですねー。師匠も元気そうだし」
「おい、少年C。まさかお前が言う師匠ってポイに穴開けている正体か」
「え、おう。アルヴィンも会ってみるか?」

 そう言って、おやじからポイを一つ受け取る少年C。俺は正体を見極めるために目を凝らしてポイを見つめる。さっきの俺と同じように水につけようとした瞬間、それは現れた。静かな水面から突如水飛沫をあげて飛び上がり、ポイの中を貫通して去っていった。

 目で追いかけることすら困難な早業。だが確かに俺はその正体を見極めることができた。単純だ。おやじさんは何もしていない。あといるのは金魚だけだ。逃げ惑うことしかできないはずの金魚たちだけ。だがそれが間違いだったのだとしたら。逃げ惑うだけが金魚でなかったのだとしたら。

「し、進撃の金魚だと…」

 怪奇現象の正体は金魚だった。新たに金魚すくいをするために入ってきたカップルのお客さん。その男性のポイだけ狙って突撃していた。女の人はそのまま楽しそうにすくっており、男の人は呆然と突如やぶれたポイを見つめていた。

 間違いない、あの金魚は男のポイだけを狙ってやがる。あいつ以外は地球の金魚と変わりなさそうだが、あの金魚には確かな意思が見えた。雨パに大切な特性のようにすいすい泳ぐやつと、俺は一瞬だけ目があった。

『はっ、男は全員どっかいけ』
「…………」

 おい、こいつ金魚じゃないだろ。あれは金魚っていうかわいらしいカテゴリーに入れたらあかんやつだろ。見た目は金魚だけど、絶対何かおかしいだろ。少なくともこのおやじさんと意気投合できそうな性格っぽいのはわかった。


「あの、おやじさん。あの金魚なんですか。金魚にチートつけてどうするんですか」
「俺の相棒さ。女性という神秘をともに分かち合おうと誓い合ったな」
「すいません、他に会話ができる人はいませんか」

 少年Cが手を挙げてくれた。金魚を師匠と呼ぶやつだが、一応話は聞こうと思う。

「去年初めて会った時に教えてもらったんだけど、師匠はかなり辺境の水の中で暮らしていた新種だったらしい。そこにたまたま神隠しにあったおやじさんが現れて、連れて帰ったんだってさ。萌えというものに共鳴し合った2人は、女の人と自然に接点を作れる方法を考えた。そして、それを実行するために金魚すくい屋を始めたって教えてもらった」
「エイカ、要約するとどういう意味?」
「関わっても碌なことにはならない」

 そう言いながら、普通に金魚すくいしているエイカ。例の金魚が一瞬動きかけたが、すぐに去っていった。まさかエイカが女の子だと一発で見分けたのか。ちょっと畏怖を感じてしまった。

「懐かしいな。2年前に夢に破れ、のどかな牧場で傷を癒していた俺が、ふと子どもの声が聞こえたと思った瞬間、神隠しに突然あった時はどうしようかと思ったな。だが、そのおかげで相棒に出会うことができた。人生何が起こるかわからないものさ」
「さっきは聞こえなかったことにしてましたけど、神隠しってやばくないですか。普通にホラーですよ」
「当時は何かに巻き込まれたのかと思ったが、場所が移動しただけだったみたいだからな。もしかしたら次元が歪んでいたのかもしれない。何があるかわからない時もあるから、坊やたちも気をつけろよ」

 色々ツッコミどころのありすぎるおじさんだけど、悪い人ではないのだろう。友人から聞くには、これはこれで人気のお祭りスポットらしいし。なんでもリピーターがかなりの数いるみたいだからだ、男の。さっきのポイに穴をあけられたカップルらしき男性が、すごい真剣な顔で金魚すくいに挑み続けている。そりゃなんか悔しいよな。

 そんな敗北した男たちが毎年列をなして金魚すくいに挑みに来ているらしい。その金魚無双の噂を聞きつけ、猛者たちが集う。これおやじさんと金魚の計画逆に破綻してね? 己を鍛えるためにと管理局員やら教会の騎士さんたちも訓練感覚で訪れるらしい。金魚すくいってなんだっけ?

 しかし、確かにこの金魚無双を止めたい気持ちはわかる。俺もそれなりに火が付いたのだ。これは男としての戦いなんだ。俺はもう一度おじさんにお金を払い、ポイを片手に気合を入れる。やつはいつどこから襲いかかって来るかわからない。隙ができればすぐにでもやられるだろう。なるほど、この緊張感は今までに感じたことがない。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 俺はまだやつのスピードを捕らえることができていない。なら受け身で待ち続けるより、ここは攻めの一手を投じるべきだろうか。カウンターを返すにしても、この防御力ではすぐに破られる。ならば、やつのホームへと自ら向かっていくしかない。他の金魚に紛れ、息を潜め気配を絶つ相手。なんて強敵なんだ。

「くっ、いいだろう。その誘いにのってやろうじゃねぇか!」
「お、お兄ちゃんが燃えている」
「なんて男同士の熱い展開……!」
「相手金魚なんだが」

「来たな。くらえェ!」
『―――ふっ、残像だ』
「なん…だと……」
「あ、あぁ! お兄ちゃーん!」
「俺は負けたのか…。だけど、このままじゃ諦めきれねェ! 必ずお前を超えてみせる!」
「こ、これが本で見たライバルフラグってものなのね!」
「相手金魚なんだが」

 それからも何度か挑んだが、結局やつを捕らえることはできなかった。後ろで応援してくれたアリシアとメェーちゃんには申し訳なかった。さすがにこれ以上するのは俺のお小遣いがピンチになる。だが、俺は再戦を誓った。来年こそは俺が勝ってみせるぞ!



******



「わぁ、これが花火なんだー」
「アリシアは花火を見るの初めてだったな。綺麗だろ?」
「うん!」

 嬉しそうな妹の表情に俺も笑みが浮かぶ。空に打ち上げられる色とりどりの花火を友人たちと見物している。縁日から少し外れたところで、金魚屋のおやじさんから穴場を教えてもらったのだ。遮蔽物も人も少ないのですごくよく見える。

 俺自身もアリシアと同じように、この世界で初めて眺める花火に気分が高揚した。周りを見渡すと、友人たちも思い思いに花火を楽しんでいるらしい。笑いながらおしゃべりしたり、屋台で買った食べ物をおいしそうに食べている。しかし少女Dよ、その大盛りの焼きそばは女の子としていいのか。エイカと少年Eが羨ましそうに見ていたけど、真似したらダメだぞ。

「もう夏も終わりか…。そろそろ生活のリズムを整えておかないとな」
「えへへ、つい夜更かししちゃったり、お寝坊さんになっちゃっていたもんね」
「そうだなー」

 今までの休みの様子を振り返ると、確かに結構だれてしまっている。これは気を付けないと、寝坊しそうだ。早起きを一緒に頑張ろうと妹と約束を交わした。


「あっ、次の花火は15分間のメッセージ花火ショーなんだって」
「お、もうそんな時間か」

 アレックスが祭りのプログラムを見ながら呟いた言葉に、俺は携帯用端末の電源を入れる。メールでそろそろ時間だと知らせると、すぐに返信メールが返ってきた。ターゲットを花火が見える場所に誘導してくれたらしい。よしよし。

「何やっているんだ、お前?」
「ん、あぁちょっとしたサプライズイベントだよ。実は今回のメッセージ花火なんだけど、ある人への俺と協力者なりのささやかなプレゼントなんだー」
「は?」

 不思議そうに首を傾げるエイカに、もう少しでわかるよと声をかけておく。いやぁ、相手にばれないようにあの日から密かに計画をたててきたが、ようやく報われるな。痕跡を辿られないように転移で移動したし、お金や書類などの手回しにも気を使った。別に悪いことはしていないんだし、問題はないよねー。

「あ、始まった!」
「本当だ。綺麗に花火の中心に文字が浮き上がってくるんだな」
「へぇー、どれどれ」

 これから始まるのは小さなエピソードも交えた、たった1人のためのメッセージ。このクラナガン中の人々がそれを見つめている。そこに綴られるお祝いの言葉は彼に届くだろうか。届いたらどんな反応をしてくれるだろうか。これは、俺なりの精一杯の感謝の気持ちを込めた盛大なるプレゼントだった。

「えーと、ゲ・イ・ズ・た・ん・じ・ょ・う・び・お・め……なるほど誕生日花火ってことか」
「わぁ、派手だな。そのゲイズさんって人、すごくお祝いされているんだね」
「俺たちも『おめでとう』って空に向かって叫んでみる?」
「面白そう。おめでとー、ゲイズさん!」
「おめでとー!」

 その夜、クラナガンの街に『誕生日おめでとう』というコールが数分間響き渡ったという。

「……おい、さっきからお前の端末が引っ切り無しに鳴っているんだが」
「心配しなくて大丈夫だよ、エイカ。相手わかっているし、盛大なるお祝いが終わったら出るさ」

 
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