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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第三十七話 少年期⑳



 まだまだ日中の暑さを感じるものの、 空に浮かぶ雲を見ていると秋に入ったんだなぁ、とちょっと感慨深くなる。今日浮いているのは鰯雲だろうか。うろこ雲にしては大きさが小さいからたぶんそうだろうな。千切れたような細かい雲の群生が空を覆っている。

 なんとなくだけど、こんな風に景色を眺めるのは好きな分類に入る。ふらふらすることで次々と変わっていく様子を楽しむのも、一ヶ所をただじっと眺めて過ごすのも方向性は違うが面白いと俺は思っている。特に秋の空は見ていて楽しい。

 空が高く感じるし、ころころと姿を変えていく。台風は普通に困るが、少しぐらいの天気の崩れなら俺としては全然許容範囲だ。まぁ一番好きな天気は、やっぱり今みたいに雲がかかった晴れ模様なんだけどね。こんな天気だとやる気が出る。秋ってイベントがいっぱいだから、暑すぎず寒すぎずの方がのびのびできるというものだ。

「なぁなぁ、お前らにとって秋のイベントは? って言われたら何を思い浮かべる?」
「読書じゃない?」
「……食欲」
「スポーツだろ」

 定番の3つをありがとう。上からメェーちゃん、少年E、少年Cだ。見事にわかりやすい。

「芸術の秋とかも聞いたことあるよね」
「アリシアは確かにそっちかもな。じゃあ俺は行楽の秋かなー」
「え、俺は……俺に似合う秋ってなんだろう…」
「アレックス、秋は感じて見つけるものだから。自分に当てはめるものじゃないから」

 いつでもどこでも平常運転なツッコミおかん少年B。でも少年Aに思い浮かぶ秋が、俺もなかなか思いつかない。もうさ、変にとがってないことが特徴でいいんじゃね。直接言ったら泣きそうだから言わないけど。

 思えばみんなと最初に出会ったのは、エイカと初めてエンカウントした日と同じだから、もう友達になって1年になるのか。長かったような、短かったような。ヒュードラの事故以降、色々なことが俺の中で1周年記念を迎えている気がする。6歳まで本当に狭いところで生活していたんだなぁ、とちょっとしみじみしてしまった。


 さて、気を取り直して夏休みが終わり、学校が始まって早数日。クラス全員欠席もなく、言っちゃなんだがすごいパワフルである。どこにそんな元気があるの? と俺ですら時々思ってしまうぐらいには。そんなクラスをまとめているのが、意外にも少年Cだったりする。少年Bはどちらかと言えばストッパーな感じだ。

 俺も前に立って先導することはあるけれど、たぶん少年Cの方が上手い。あいつはなんだかんだで表裏がない真っ直ぐな性格だからな。その方向性が色々問題ではあるが、長所であることにかわりはない。だから、俺が夏休み前にもらった所見に『マイペース』と相変わらず書かれていたけど、これも長所と言っていいのだろう。うんうん。

「あ、そろそろホームルームが始まりそうな時間だし、席に着いとく?」
「そうだな。おーい、先生がそろそろ来そうだから座っとこうぜー」

 少年Cがクラスのみんなに声をかけると、教室でおしゃべりをしていた子たちがうなずき合う。そのまま席に座りに行くあたり、素直な子が多いと思う。その分、俺のちきゅうや布教だったり、少年Cの師匠譲りの宣伝が広く行き渡りやすかったのかもしれないけど。

「皆さん、おはようございます。今日もきちんと席につけていて偉いわね」

 担任の先生が教室に入ってくると、みんなできちんと挨拶を返す。『カオスなりに秩序の保たれた不思議な学級』がこのクラスの別名とされているらしい。まぁかなり自由なやつが多いけど、誰も先生を困らせたい訳ではないし、先生も先生で叱ると褒めるを公正にしてくれるから保たれるバランスなんだろうな。

 そんな風にどうでもいいことを考えていたら、先生の話が進んでしまっていたらしい。慌てて話に耳を傾けると、どうやら秋の一大イベントの説明に入っていたようだ。そういえば、学校の行事に関しては意外と地球にあったものとかぶりやすい。おかげで想像するのは簡単で助かるんだよな。

「秋といえば、やっぱり運動会か」

 少年Cが言っていたスポーツの秋。それはミッドチルダでもしっかり当てはまるらしい。ただ異世界だけあって、競技の内容に魔法を使ったものもあれば、地球と同じような身体能力だけで競うものもあるらしい。俺たち1年生はまだ魔法については座学が主なので、競技自体は魔法なしのものが多い。

 初等部と中等部が合体したこの学校は当然参加人数も多く、様々な競技が行われる。なんと2日間という時間を使って競い合うらしい。学校内で赤組とか白組みたいにわかれるのだろうか、と思っていたがどうやら俺の想像を超えた競争相手だったようだ。

「まさか、学校VS学校同士の闘いとは」
「クーちゃんの学校と闘うんだよね」

 俺たちが通っているクラ校は、ミッド式の魔法を主軸に置いた学校である。だがもう一つ、ベルカ時代古来の戦闘技術や近接戦を主軸に置いた学校がある。それがミッドの中央区より北に位置しており、少女Dが通っているベルカ式の学校であった。クラ校は管理局に務める割合が多いのに反して、あっちの学校は聖王教会に進路を進める人が多いらしい。

 少女Dの場合、彼女の持つデバイスがベルカ式の方が合っているからという理由で、向こうの学校に行ったとは聞いている。彼女自身は教会に就職するとは今は考えていないようだけど。少女Dはさっぱりした性格だから、向こうでも友達を作って楽しんでいると聞いていた。体育祭の時にでも紹介してもらえるだろうか。

「今年の体育祭は私たちの学校で開かれます。毎年開催場所を交代で利用しているため、来年はあちらの学校で行われることになるから覚えておいてね」

 先生からの説明でこの体育祭の規模の大きさを改めて感じた。もちろん学校内だけで体育祭を開くところもあるらしいが、うちの学校のように他校と競い合うところも多いらしい。理由の1つとしては、今回の様にミッド式とベルカ式の交流を図るためという意図もあるようだ。

 それに参加人数が多ければ、その分大きな競技内容が開催できる。有名どころとしては、初等部と中等部の高学年で行われる『魔法合戦』だろう。これは兄や姉を持っているクラスメイトから聞いた噂だ。どんな競技なのかはわからないが、かなり派手で一番の見どころだと教えてもらった。

「去年は残念ながらあと1歩だったけれど、今年は私たちが優勝を狙っていきましょう。怪我や無理はダメだけど、本番まで頑張りましょうね」

 先生の掛け声にクラス全員で「おぉー!」と元気よく返事を返した。全体のプログラムはまだできていないみたいだが、俺たちが参加する競技は決まっているようだ。だいたい去年と同じような内容らしく、定番のかけっこや表現運動もある。なんだけど、俺は競技内容の1つにどうリアクションを取ればいいのかわからないものがあった。

「……なぁ、少年A。この『ぷにゅぷにゅ競争』ってなんだろう。名前のかわいさの中にどことなく怖さもあるんだが」
「俺もちょっとどういうリアクションをとればいいか悩んでいた」

 俺と同じ気持ちを持っている同士がいてくれてよかった。どうやらこの『ぷにゅぷにゅ』なるものはほとんどの児童が知らないようだ。先生もあえてなのか、これがどういうものなのか教えてくれなかった。

「『ぷにゅぷにゅ』は生き物の名前ですよ?」
「さすがは安定のメェーちゃん」

 しかし生き物の名前だったのか。新たにできた疑問として、どうしてそんな安直な名前をとは思ったけど。もう少し他に名前はなかったのか。ポ○モンでももう少し捻って……いや、あれも鳴き声とかまんまだったか? 別にわかりやすいから、悪いわけではないんだけどさ。

「しかしそっか。こうなってくると、少女Dと勝負することになるのか」
「確かに彼女なら勝負しようって嬉しそうにいいそうだね。負けず嫌いなところがあるから」
「む、クーちゃんが相手でも負けないよ!」

 少年Bからの言葉にアリシアはやる気を出す。それを聞いたクラスメイト達も大きくうなずき、せっかくなので円陣でも組んで意気込みを出そうということになった。先生も一緒にやろうとみんなでお誘いすると、ちょっと恥ずかしそうに頬を掻きながら参加してくれました。そして、円陣発案者である少年Cは胸いっぱいに息を吸い込み、精一杯に声を張り上げた。

「それじゃあいくぞ! 勝利の栄光をわが校に!」
「わが学校に、栄光あれーー!」
『ジーク・クラ校ッ!!』
「え、えっ…?」

「……うちのクラス色々染まりすぎてしまったけど大丈夫だろうか」
「君がそれを言うの」

 クラスの掛け声に超困惑しながらも、「じ、じーく・くらこー?」と一生懸命な子どもたちに合わせてくれる担任の先生を巻き込みながら、時間は過ぎていった。



******



「へぇー、やっぱりベルカ式は近接系統が主なんだ」

 俺はクラ校の図書室でパラパラと本を読んでいた。周りには他にも児童が何人かいるが、それぞれ思い思いに過ごしている。現在は選択授業である『古代ベルカ時代の歴史』の時間であり、今日は図書室で資料を見つけ、レポートとして提出するように歴史学の先生に言われていた。

 選択授業では一応学年ごとに課題の量や内容は違ってくるが、習う内容はほとんど同じものとなっている。なので、新入生と高学年が同じ教室で授業を受けるという奇妙な空間が出来上がるのだ。歴史学系は新入生にはあまり人気がない授業なので、かなり人数が少なかったりする。今もそっと首を巡らせてみても、見えるのは高学年ばかりであった。

 そんな環境だから、1人寂しく独り言を言いながら勉強をしています……という訳ではない。ちゃんと話し相手はいるので心配無用だ。

「そうだな。もしミッド式とベルカ式が闘う場合、いかに相手との間合いを掴むかが鍵になってくるというわけだ」
「そうなんだ。あれ? でも確か、昔はベルカ式が主流だったんですよね。そうなると、遠距離で攻撃する手段ってどうしていたんですか? これだと複数の相手と戦うのも難しいんじゃ」
「別に遠距離を攻撃する魔法がなかったわけではないぞ。ベルカ式にも射撃魔法や広域攻撃魔法はある。だが、昔は質量兵器を使った闘いが当たり前だったんだ。射程距離や威力の関係で、遠距離の攻撃は兵器を使うというのが主流になっていただけというわけだ」
「なるほど。だからベルカ式は近接戦に特化していたのか。そして現在は質量兵器が禁止されたこともあって、ベルカ式の使い手は減少してしまったと」

 原作でベルカ式の魔導師が珍しいと言っていた理由がちょっとわかった。今の時代、質量兵器やましてロストロギアを使うことができないため、射程の関係や複数を相手取ることが難しくなった。それ故に、武器を使って個人戦に特化したベルカ式より、遠近とオールラウンド型のミッド式が普及したというわけか。個対個で闘う場面より、複数対複数で戦う場面の方が需要が大きかったのだろう。

 もちろんベルカ式がミッド式に劣っているというわけではない。今だって根強い使用者はいるし、古きベルカの力を現在にも伝えたい、という思いからベルカ式の学校だってちゃんとあるのだから。それにしても、魔法1つ取ってみても歴史の流れというものがあるんだな。必要だからと仕方なしにとった授業だったけれど、意外と楽しく過ごしている。

「メガネの先輩って教え方上手ですよね。最初はわけがわからないことばかりだったけど、おかげで授業についていけますし」
「こういった上下の学年が一緒の授業では、先輩が後輩に付くのが当然だ。私も復習になるし、人にものを教えるのはこちらも力になる。だから気にする必要はない」

 そう言ってほほ笑む先輩に、それでももう一度しっかりお礼を言っておく。先輩と選択授業が重なったのは運が良かった。彼女は前に行われた新入生オリエンテーションで、図書室で出会った先輩である。周りが年上ばかりの授業の中で、先輩を見つけた時はすぐに声をかけた。そして話をしている内に、そのまま懇意になれたのだ。さすがに初対面の年上ばかりの空間は、俺だって気後れぐらいはする。

 それから俺は、メガネの先輩と一緒に調べた内容をレポート用紙に書き込んでいく。時々文章や中身が間違っていないかを確認してもらいながら進めるので、俺としては安心である。あと俺も、先輩のレポートに誤字脱字がないかを確認するために見せてもらえる。こんな風に書けばいいのか、と先輩のものを見ながら俺自身すごく勉強になるのだ。

「ん、後輩よ。ここの文法が少し間違っているぞ」
「え? ……本当だ、ありがとうございます。メガネの先輩はどこまでできましたか」
「7割方かな。ところで、今更だがそのメガネの先輩はなんとかならないか。メガネをかけている全員が反応するぞ」

 本当に今更な指摘に、鉛筆を持っていた手が止まる。そういえば、オリエンテーションの時にそんな風に先輩のことを呼んでいたので、そのまま定着してしまっていたのだ。ここで友人同士ならいいけど、さすがに先輩が相手だとそのままはまずいか。

「えーと、もしかして嫌でしたか?」
「私がメガネをとってしまったら通じなくなるあだ名ではないか」
「え、指摘する点そこですか」
「私とて知的ポイントであり、視力を補うためのメガネをはずす気はない。だがこのままのネーミングでは、他のメガネ女子との一線を越えられんではないか」

 あだ名そのものじゃなくて、ネーミングの方に指摘が入りました。そしてなんか色々と口を挟みたいところはあったけど、こんなに自信満々に胸を張られたら何も言えません。つまり要約すると、もっと他の人と一線を隔したあだ名をつけろと。

 え、そんな趣味でやっていたものに無茶ぶりを言われましても。俺にネーミングセンスを期待する方がおかしい、というのが俺があだ名をつけてきたやつらの総意だぞ。でもメガネの先輩はダメなんだろ? あと何か特徴はあるだろうか。美人さんとか、どことなく厨二くさいとか、射撃の的みたいな額の先輩とか? 後半はさすがに殴られる。

「……そ、そういえば、先輩の名前ってなんていうんですか?」
「ん? むしろ今更それを聞く方が私としては驚きなんだか。まぁ、名前はレティだ」
「じゃあ、レティ先輩で。やっぱり名前が一番です。オンリーワンですよ!」
「かなり取り繕った感がにじみ出てくるんだが」

 いや、この俺に名前で呼ばせるだけでもすごい快挙なんです、レアですよ! と弁解してなんとか先輩に納得してもらいました。


「ところで、レティ先輩は体育祭はどんな競技に出るんですか?」
「私か? 今回は『棒倒し』と射撃の精密さを競う『シューティング』に、『ぷにゅぷにゅ障害物競走』と『魔法合戦』だな」
「おぉ、さすがは高学年の競技。その中にさりげなく入ってくる『ぷにゅぷにゅ』って一体…」

 運動会の風物詩だと説明されたが、俺異世界がちょっとわからなくなってきた。レポートの方は先輩のおかげもあり、無事に仕上がった。そのため終了時刻が来るまで、図書室の隅の方で小声で世間話をしている。さっきまで夏休みのことや学校の肝試し計画などを呟いていた。

 それにしても、地球の運動会との違いとして思うのは、やはりやる気の違いだろうか。地球の運動会は手を抜いているという訳ではないが、クラ校の雰囲気からしてかなり運動会への気合や意気込みの仕方が違うのだ。特に中等部の先輩方にその傾向が強いと思う。

「あぁ、それはアピールのためだよ。しかし、よく気付いたな」

 感心したように先輩から言われたが、なんとなくだと笑って答える。さすがに前世と比較したからなんて言えないからな。

「ところで、アピールって保護者の方々に?」
「くくっ、いや外部の方々にだよ。これだけ大きな学校同士のイベントだから、会場も広くとっている。中に入るには身分証明が必要だが、逆に言えば身分が証明されていれば体育祭に入ることは保護者じゃなくてもできるんだ」

 にやり、と笑う先輩の顔は、なんだかすごく様になっていた。きっと年期が違うんだな。にやりと笑う年期が。自分でも褒めているのかはわからんが。先輩の様子からすると、どうして児童が外部の方々にアピールする必要があるのかわかるか? と試されているように俺は思った。

 外部ってことは保護者ではない。そして学校側が受け入れているんだから、おそらく相互にとって利益がある関係なんだろう。それに学校の児童たちも絡んでいる。

 外部の人たちが、わざわざ子どもの体育祭を見学しに行く必要はなんだろうか。一応だけど魔法を使うど派手な感じだから、魔法を使わない一般の人なら物珍しさに見に来るのはおかしいことではない。だけど、それだとこちらがアピールする必要がないな。まさか公共施設で、一般の人が勝敗の賭け事をしている訳ではないだろうし。

「ふふっ、随分悩んでいるな」
「そう言われましても、俺ってこういう頭を使うのは苦手なんですよ」
「苦手で終わっていたら、いざという時に困るぞ。まぁ、諦めずに考えを停止させなかったことはいいことだと思うがな」

 そう言ってレティ先輩は、くしゃくしゃと俺の頭を掻き撫でた。先輩は時々こうやって楽しそうに笑うので、俺は髪がぐしゃぐしゃになるのを強く言うことができない。初めてできた親しい後輩を、おもちゃにしながらもかわいがっているという感じだろうか。……なんか自分で言っていて照れるんだが。

「一般の人たちも来るが、一番の理由は公務員や民間企業の営業の一環として、来られる方たちがいることだな」
「公務員って管理局の人たちとかですか? 人材不足だってよくニュースで言っているのに、わざわざ子どもの運動会に…………青田買い?」
「よくそんな言葉を知っているな。もちろん管理局に就職するには、成績や訓練校での実習も当然必要だが、事前にある程度目ぼしい当たりをつけておくことができる。訓練では埋もれてしまうが、本番に強いという実践型もいる。だから管理局の訓練校の教員だったりが、どんな若者がいるのか、原石があるのかを見に来ることがあるというわけだ」

 うわぁ、大人の世界だー。少なくとも初等部1年生の俺としては、わーい運動会だー! 程度の認識ではしゃぎたかったんですけどねー。人材不足の切実さと、就職を有利に進めようとする根性を、小中学生の運動会にさらりと組み込まないでー。

「初等部の内は飛び級の者でない限り、あまり関係がないことだからな。そんなに身構える必要はないぞ。今言ったことも中等部での暗黙の了解のようなものだから、普通の児童は知らないものだ」
「それなら、知らないままが良かったです。……あれ、それならなんで先輩は知っていたんですか? レティ先輩は初等部ですよね」

 来年は中等部に入るから知っていたのだろうか、と疑問に思っていた俺に向け、彼女は小さく笑みを浮かべた。メガネのブリッジをカチャリと指で押し上げ、スラリとした体型に芯が入ったかのような真っ直ぐな姿勢。こういうゴクリッ、と唾を飲み込こんでしまいそうになる人を、カリスマがある人っていうんだろうか。俺も同じように静かに先輩の言葉を待った。

「何、大したことじゃないさ。……ただみんなが知らないことを知っているというのは、かっこよくないか?」
「…………」

 俺、なんとなくこの先輩のことがわかったような気がした。



******



「ん? 少年E、それなんの魔方陣だ?」
「召喚魔方陣」
「そういえば、リトスってそっち関係の魔法の選択授業を受けていたものね。でもあれって、中等部で習う魔法だよ? 難しくないかな」

 午前の選択授業も終わり、お昼休みの真っ最中。少年Eが机の上に広げていた本があったので、見せてもらうと初めて見る形の魔方陣がいくつも載っていた。どうやらこの魔方陣は召喚用の陣らしく、ミッド式のような円盤でも、ベルカ式のような正三角形に剣十字でもない。正方形型の変わった感じだ。

 あと少年Aが不思議そうにしているのも無理はない。召喚魔法は本来中等部に入ってから教わる魔法である。理由としては、危ないとかそれ以前に普通に発動が難しいのだ。さらに召喚魔法を使う使用者が少ない理由に、適正が非常に大きいのもあった。ちょっとしたことには使えても、Stsで登場したキャロさんやルーちゃんレベルの適正はかなり貴重なのだ。

 適正がないと習得がかなり難しい魔法であり、使用者の数もそれほど多いわけではない。そのためあまり凡庸性が高くなく、尚且つ発動する術式も難しく、そして魔力も食う。なので教えるのは後回しにされ、中等部から習う魔法となってしまったのだ。

「以上が召喚魔法を使ってみたい、と言った俺に向けてメェーちゃんが言った解説でした」
「メリニスらしいっていうかなんというか…」
「うん」

 みんなの中で、メェーちゃんの立ち位置もだいぶ確定されてきたようです。


「それでどうして召喚魔方陣なんて見ているの? もしかして、発動のさせ方がわかるの?」
「いや、さすがにそれは無理だろ少年A」
「……ここからここまでのページの召喚魔法なら」

 いけるけど、とポツリと呟かれた言葉に俺とアレックスは固まる。お前何さらりと言っているの。いつも通り無表情すぎて、リアクションがとりづらいんだけど。実は少年Eなりのジョークで笑うべきなのか、本当のことだから驚くべきなのかわからないんですけど。そんな俺たちの様子など気にせず、本人はのほほんとしていた。

「母さんから教えてもらったから」
「……あ、そっか。リトスって確か遺伝的特殊技能持ちだっけ」
「それって前に授業で出てきたやつだよな」

 特殊技能とは、先天的か後天的に付属されたスキルのようなものと言われている。俺の持つレアスキルとは分類が少し違い、ある部分に関してすさまじい効力や習得率、適正を発揮するものらしい。

 その中で有名なものとしてあげられるのが、遺伝的特殊技能。魔力変換資質だったり、一族特有の魔法のことだったりする。親と同じ魔法が当たり前のように使えたとか、大昔のご先祖様の使っていた魔法の技術を現在に蘇らせたとか。確かキャロさんはもともと一族の人間だったって聞いているし、その一族は遺伝的特殊技能として『召喚魔法』が使えたのだろう。

 親の体質が子に受け継がれやすい。もちろんアリシアと母さんのような例があるので、一概には言えないがこれはよく言われることだったりする。今でも学者さんたちが、学会で議論し合っているとは聞いているし。

「なんの技能持ちかは知らなかったけど、もしかして『召喚魔法』の遺伝持ちってこと?」
「そう」

 こくり、とうなずく少年Eに俺はちょっと感動していた。俺自身も「電気」の魔力変換資質は持っているが、「召喚」の異能持ちの方はずっと珍しい。つまり少年Eはキャロさんみたいに龍を召喚したり、ルーちゃんみたいにムシキングを呼び出せるかもしれないってことか。

 少年Aも俺と同じように考えているのか、目がすごく輝いている。そりゃ召喚魔法なんて、ファンタジーの代名詞のような魔法だもんな。その気持ちはすごくよくわかる。

「それってすごいじゃん。ねぇリトス、せっかくだから今から訓練場に行って召喚魔法を見せてよ!」
「うーん」
「いや、それはダメだろ」

 考えている少年Eには悪いが、今すぐ発動はまずいだろ。問答無用に切り返えされた返事に、少年Aはむっと俺の顔を見てくる。さっきも思った通り、俺だって召喚魔法に興味はあるけどさ。

「いくら技能持ちでも、召喚魔法は高等技術だぞ。万が一失敗したら怪我だけじゃすまない可能性もある。ちゃんと先生に申請を出して、きちんとした立会いの下に行うべきだろ」
「それは、……うんそうだね」

 興奮が落ち着いたのか、少年Aは静かにうなずく。少年Eは何も言わないので、少なくとも今の決定に不満はないってことかな。こいつも結構マイペースな性格だから、本気で召喚も意見も嫌ならちゃんと意思表示をするだろう。



「それじゃあ、リトス君。今回使う魔法は、遠くにある物を自分のもとに召喚する魔法です」
「はい」

 そんなわけで、あの後さっそく行動を開始しました。危険さえなければ、俺だって召喚魔法はこの目でしっかり拝みたいと思っている。なので職員室で先生に事情を説明して、魔法を使うための申請と監督役をお願いしたのだ。アリシアは家が近い少年Bと一緒に下校し、遅くなることを母さんに連絡しておいた。俺の場合、いざって時は転移で帰れるからな。そして現在、俺たちは放課後の魔法訓練場で魔法の研修会として受けさせてもらっていた。

 もしリトスに召喚魔法を実際に行えるだけの技量がないなら、先生だって止めたはずだろう。それでもこうして監督役として来てくれたってことは、少年Eにはそれだけの技量があると判断されているというわけだ。魔法に関しては個人差が大きいため、魔法を行使する力量があるならある程度の問題なんかはクリアーしやすいのだ。

「召喚に大切なことは魔法と同じようにイメージです。詠唱によってそれを強固にし、魔力を使って空間同士を繋げるようにね。焦らずにやれば大丈夫だから。今回は急だったし、自分が想像しやすい小さいものでも召喚してみたらいいわ」
「想像しやすいもの…」

 先生からのアドバイスに少年Eは小さくうなずき、自身の持つデバイスを手に持つ。思えば、個人持ちでデバイスを持っている新入生はかなり少ない。俺がよく一緒に遊んでいる中でデバイスを所有しているのは、俺と少年Eと少女Dの3人だけだった。

 それと新入生は魔法の座学から習っていくため、実際に魔法を使う場面がなかったのである。だから俺としては、同年代の魔法を初めて見ることになる。そんなこともあり、少年Eの魔法を非常にわくわくしていたわけなのだが。

「……ヒュギエイア、セットアップ」
「ものすごく淡々」

 もっとテンションをあげようよ。少年Eが持っていたデバイスから魔力が流れ、装着型のグローブの様なものへと変わっていく。へぇ、杖以外に変化するデバイスは初めて見たなー。

 ……って、もう正方形の魔方陣発動させとる!? しかも詠唱が超小声すぎて、こっちに全然聞こえてこないんですけど! 詠唱は自分のイメージを固めるためのものだから、周りに聞こえなくても問題にはならないんだけど、パフォーマンス精神がこれっぽっちも感じられないよ!

「召喚」
「「いきなりッ!?」」

 どこまで魔法が出来上がっていたのかすらわからなかった俺と少年A。何を召喚する気かもさっぱりわからない。少年Eより2メートルほど離れた先に、正方形の魔方陣が浮かぶ。陣の中央には円型の小さな魔方陣がさらにあり、そこも含め白い光が溢れ出す。咄嗟に身構えた俺たちの目の前に眩い光が放たれ、ついに呼び出された。


「…………キャベツ?」
「キャベツだな」

 そして、ファンタジー全開で召喚されたのは、瑞々しくも張りがあり、重さも申し分なさそうなおいしそうなキャベツだった。

「召喚」
「え、さらに詠唱してたの!?」
「次は……おいしそうな玉ねぎだな。おぉ、今度はエビが出てきた!」
「リトス、お腹がすいていたのかな」

 もはや何をどうリアクションしたらいいのかわからなくなってきた俺たち。白い魔方陣から次々と食材が姿を現す。先生もアドバイスした手前、なんと声をかけていいのか戸惑っていた。

 念のためキャベツに近づいて確認してみると、泥がついているので自然のもののようだ。店から取ってきてしまったわけではないようなのでほっとした。俺の手で持ち運ぶのが無理なぐらい大きく重いキャベツ。これはかなりおいしいものだろう。少年Aも同じようにエビを調べたが、ピチピチと元気よく水をはねながら動いているので、こっちも自然界の物のようだ。

「なんかこの材料なら、バーベキューとかもできそうだな」
「あ、バーベキューか。おいしそうだね」
「だよな。バーベキューにすると野菜がおいしいし、エビはプリプリだし、これに肉とかがついたらさらに―――」

 この時の俺の発言は、かなり迂闊なものだったと後で後悔した。魔法とは魔導師の魔力を使い、そしてイメージに沿って現象を起こすものだ。そのため魔法を使う際は、術者の精神が大きく影響する。イメージが大きければ、込める思い(魔力)が強くなれば、その分だけ魔法は答えてしまうのだ。


「……あ」
「えっ?」

 少年Eの珍しく間の抜けた声に全員が振り返る。そこにはまた何か召喚してしまったのか、白い光が溢れていた。今度は何が召喚されたのかと見ていると、ふと影が落ちる。徐々に霞が晴れるようにして、影となったその姿が俺たちの目に映った。

 2メートル以上は確実にありそうな屈強な巨体。俺たちと同じように2本足で堂々と佇む姿。ただし決定的に違うのはその頭部。頭から生えた2本の大きなツノは天に昇るように荒々しく、何よりもその顔は人ではなく牡牛であった。

 うわぁ、ファンタジーでお馴染みのお方じゃないですかー、なんて呆然と考察してしまったぐらいに俺は目の前のことに衝撃を受けていた。……これ、確かミノタウロスって言うんだっけ?

 静まり返った空気の中、ミノタウロスはギロリ、とその獰猛な目を俺たちへと向けてくる。蛇に睨まれたカエルの様に身体が動かなかった俺は、それをただジッと見つめることしかできなかった。子ども1人ぐらい簡単に飲み込んでしまいそうな、そんな大きさの口を悠然と開き、ミノタウロスは声を張り上げた。


『ブモモォォォッッーーー、ブホォッ!?』
「うわぁァァァーーー!!」

 突然の事態に恐慌状態になってしまった少年Aが、すごい速度で手に持っていたエビをミノタウロスに向かってブン投げていた。今一瞬魔方陣が見えたような気がしたけど……、というか投げたエビがミノタウロスの目に直撃したみたいでボロボロ泣いている!?

 だけど少年Aのおかげで硬直から動ける。今ここで動かなければ、俺たちは餌食にされてしまうかもしれない! 俺は足の下にある召喚されたキャベツに触れる。ずっしりとした重さを手に感じながら、すぐにレアスキルを発動した。キャベツはミノタウロスの真上へと転移し、そして重力に沿って降下。そのままやつの脳天を直撃させた。

『ブ、ブォォォォーーー!!』

 結果、相手は頭を抱えてうずくまって、さらに大泣きを始めてしまった。……あれ、なんでこんなに罪悪感を感じるんだろう。


「あぁー、うん。とりあえずみんな落ち着きましょうねー」
「せ、先生! 逆になんでそんなに落ち着いていられるんですか!?」
「えっとね、アレックス君。あの牛さんは怖い顔で大きい身体をしているけど、人を襲うようなことはないの。草食で話の分かる牛さんなのよ。先生も若干信じられないんだけどね」
『ブモォッ!?』

 そんな先生殿!? という感じでさらに泣き崩れる……えーと、ミノさん。先生がすごく遠い目をしながら、とりあえず保護団体の方に引き取り連絡を入れなきゃ、と乾いた笑みを浮かべていた。この騒動を起こしたリトスは、ミノさんが危険生物でないと知っていたからなのか割と平然としている。お前、ちょっとは表情筋を動かせよ。

 どうやらこのミノさん、本当におとなしい生き物らしく他の管理世界では力仕事の専門として人と共存しているらしい。先生も一応警戒は解かないでいてくれているが、頭の上にできたたんこぶがマジで痛むのか、ミノさんはずっと頭を抱えたままだった。なんかごめん。

「リトス君、魔法を使う時は集中力を保たなければなりません。この牛さんを保護してもらったら、あとでお話ですよ」
「……ごめんなさい」

 少年Eが頭を先生に下げ、俺たちにも謝る。召喚魔法が見たいって言ったのはこっちだし、集中している時に気をそらすような会話をしていた俺たちも悪いとみんなで謝りあう。そんな俺たちを優しい目で見つめる先生と、何故かミノさん。なんか、本当にごめんなさい。


「あの、先生。相談」
「どうしたの、リトス君」
「僕の召喚獣にしてもいい?」

 先生の隣に戻り、ミノさんを指さしながら質問する少年E。ミノさん自身はミッドチルダの森に野生として普通に生活しているので、管理局の保護対象生物というわけではない。なので、ここで少年Eの召喚獣として契約してしまうことは不可能ではないということか。こいつかなり肝が据わっているというかなんというか。

 先生としては、契約に関しては本人と契約する相手とで同意が示されれば大丈夫らしい。一応管理局に届け出を出す必要はあるが、おそらく通るとのこと。ミノさんは温厚だし力持ちなので、召喚獣として契約する魔導師がいないわけではないそうだ。召喚自体は事故だったとはいえ、ある意味奇妙な縁ができたことにかわりはないしな。

「僕の召喚獣になって下さい」
『ブルゥ』

 先生から確認を取った後、ミノさんにトテトテと近づき、手を差し伸べるリトス。子どもを恐慌状態に陥らせるような顔の相手なのに、無表情。感動的な初めての召喚獣契約のはずなのに、無表情。もうお前はそれでいいよ。目つぶし、たんこぶを一方的に食らわされたのに、許してくれそうなミノさんなら大丈夫だろ。

 突拍子のないリトスの行動に困惑しながらも、ミノさんはおずおずと大きな指を一本突き出し、リトスの伸ばした手にそっと合わせてくれた。これは了承という意味だろうか。先生に目を向けてみると、うなずいて肯定してくれた。なんて寛大なんだ、ミノさん。

「リトス君、契約が大丈夫そうなら召喚獣に名前を付けてあげて。契約の言葉の後に、彼の名前をつけてあげたらいいから」
「はい」

 リトスは静かに息を吐き、召喚獣となるミノさんをじっと見つめる。そしてミノさんと握手をしていた方とは逆の手、グローブ型のデバイスを装着したその手を空へと掲げた。その姿はすごく凛としたもので、緊張感がこちらにも伝わってくる。なんだかすごく神秘的で、目がそらせない。

 なんだかここまで成り行きでごったごただったことだけど、今俺はかなり貴重な瞬間を体験することができるんだ。そう思うと、なんだか胸がいっぱいになる思いだった。

「吾は乞う、巨漢たる者、蹂躙せし者よ。その胸に宿りし心を我は信じ、我が言の葉に応えよ」
『ブオォ!』

 リトスの言葉に、ミノさんも喉を鳴らし返す。俺たちも息を殺しながら、2人の契りを見守る。契約の言葉は粛々と進み、そして最後の一節を迎えた。


「我が命を持って、我が力となれ。…………『ぎゅうにく』よ!」
『ブルォォ…………ブオォォォーーー!?』

 ……あ、こいつ食う気だ。この場にいた全員の心が一致した。

 
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