季節の変わり目
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指導碁の後に
前書き
転生っていうのがなかなか分からない。実際に会って、話をする佐為はとても礼儀正しくて、前の佐為のような子供っぽさはあまり感じられなかった。(あれは江戸時代と現代の変わりように驚いていたこともあるが。)見た目も何歳か若返っていて、紫のピアスもない。それでも、着物を着たら似合うだろうな、と何度もその姿を思い浮かべる。ただ、立場が逆なのには違和感がぬぐいきれない。今じゃ指導するのは俺のほうだ。
「そう。黒は一間トビして、白を囲む。もうどんなにあがいても白は助からない。じゃあ俺は諦めてここの黒を切ってくる。次は?」
「切断された石は一旦放っておいてツケます」
「うん」
エアコンの効いた、遮光カーテンを閉め切った部屋に碁石の音が響く。外からの虫の鳴き声は最高潮に達していた。碁盤の傍らに置かれた盆の上のオレンジジュースは、少ししか口をつけられていない。
ぱち。ぱち。
「そう、とりあえず一眼できた。じゃあ俺は今度この黒を切断しにくる」
「こうですか」
「俺は受けるしかないな」
8月も中盤で、佐為に自由に会える日々はどんどん少なくなってきた。今月の末には登校日が待っている。聞いた時は驚いたが、佐為は筒井さんと同じ高校に通っているらしい。しかも同学年同クラス。三年で初めて一緒のクラスになってから筒井さんは佐為にべったりだという。二人が知り合ったのは、二年生のときの春の新入生歓迎祭がきっかけで、部員一人で詰碁を教えている筒井さんに佐為が気になって声をかけたらしい。時間をかけながらも詰碁を解いていく佐為に、筒井さんは是非とも囲碁部に入ってくれと勧誘した。それからというもの、今年の新入生のあかりも合わせて三人で何とか頑張っている。と佐為は話してくれた。
こうして見ると、指導者もなく、よくここまで強くなったものだと俺でも感心する。佐為の囲碁歴は二年ほどで、テレビで囲碁解説を見て以来、囲碁関連の本を買って読んだり、ネット碁をしたりちょっとずつ囲碁に親しんでいったらしい。
「終局だな」
指導碁をしていたにも関わらず、途中ヒカルは佐為の思いもつかない手で苦しめられた。ここ最近の佐為の成長度は目覚ましい。一週間のうち大体三日の頻度で会って、ネット碁に付き添ったり、指導碁を打ったりしたが、次会う日にはもっと強くなっている。佐為の潜在能力には驚嘆する。なぜもっと早くからプロに教えてもらわなかったのかと責めたくなるほどに。
じゃら。
一手目から並べようと石を碁笥に戻している最中に、佐為が遠慮がちに口を開いた。
「こうして指導碁をしてくれるのは嬉しいんですけど、何でここまで優しくしてくれるんですか?ヒカル」
「・・・俺も指導碁上手くならないといけないし、佐為と打つのは楽しいからな」
いつもはそんなこと言ってこなかったくせに。ヒカルが手元から視線を上げると、佐為の真剣な表情を目にする。途端に心苦しくなってぱっと俯いた。
「私は、ずっと違和感があるんです。ヒカルは初めて会ったとき、私を見てひどく動揺していましたよね。あの驚き方は尋常じゃない、と私は思うんです」
「・・・それはお前が綺麗だったから」
嘘も下手くそになったもんだとヒカル自身感じていた。こんな薄っぺらい言葉を使う人間がいるんだろうか。納得のいかない佐為は表情を曇らせ、さらに問いただしてくる。
「ヒカルと目が合うたびに、ヒカルは悲しいような、そんな表情をします。ひどく優しい表情も」
息もつかせぬ佐為の追及に舌が回らない。
「べ、つに、俺は」
「私は何が原因か全く見当もつかない。ヒカルがそんな表情をするたびに、私はひどく心が痛むんです」
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