| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

アンドレア=シェニエ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二幕その五


第二幕その五

 後を追うのは別に貴族やジロンド派、『革命の敵』だけではない。彼等にとって邪魔な存在は無辜の民衆ですら殺す。革命は貴族の血だけを欲していたのではないのだ。
「ロベスピエール、御前も俺の後を追うのだ!」
 かってのロベスピエールの同志であり、盟友であったジャコバン派の重鎮ダントンの言葉だ。彼等は盟友ですらギロチンに送ったのだ。
 マラーも死んだ。カミュも死んだ。革命はそれの為に身を捧げた者達の血をも飲み干そうとしていたのだ。
「あの男がいる限りフランスの血は止まらない」
 シェニエは言った。
「ジャコバン派がこの世にいる限りこの世から血は止まらない」
 この言葉は彼の後も残った。ジャコバン派が消えても残った。長い間人々に忘れ去られていたが細々と生き残っていた。そして甦るのだった。二十世紀の欧州に。
 ナチスとソ連。彼等の正体はこのジャコバン派に他ならなかった。彼等は新たなロベスピエールに率いられ世界を血で覆ったのだ。
「我々こそが絶対の正義なのだ!」
「逆らう者には死を!」
 そしてこの世は地獄と化した。二十世紀人類は最後まで彼等の影を払うことは出来なかった。
 シェニエは神ではない。だからそれは知らない。だが彼の言葉は真実であった。
「おや」
 シェニエはここで一人の男の存在に気付いた。
「ジャコバン派にいるとは聞いていたが」
 彼等の中にジェラールの姿を認めたのだ。彼は屋敷を飛び出した後すぐに起こった革命に身を投じた。
 最初はバスチーユに突撃する一人の兵士に過ぎなかった。だがやがてロベスピエールと出会い彼に認められる。そして頭角を現わし今では彼の同志の一人だと言われている。
 ジェラールは一団の一番後ろにいた。そこにあの影が来た。
「ジェラール様」
 影は既に服装をサン=キュロットに着替えている。そして目立たぬようジェラールに近付いた。
「見つかったか」
「詩人とその連れが見つかりました」
「そうか」
 シェニエとルーシェのことだ。
「彼等は今はいい。放っておいても構わない」
「よろしいのですか?」
「うん。ところで女は見つかったか」
「はい。確かにこの目で」
「そうか、ならいい」
 彼はそれを聞き目を細めた。
「遂に見つけたな。それも君のおかげだ。ロベスピエール同志には私から言っておこう」
「有り難き幸せ」
 彼はそれを聞くと恭しく頭を垂れた。
「待て」
 だがジェラールはそれを制した。
「我々は同志だ。その様な貴族の様な挨拶はいい」
「左様ですか」
「そうだ。我々は対等なのだからな。そうしたへりくだりは無用のものだ」
 これもまたジャコバンの考えである。だが彼等はその中心に絶対なる神を戴いている。偽りの平等なのだ。
「今夜にでもお会いできるでしょう。居場所はもう掴んでおります」
「そこまでやってくれたか」
「はい、これも仕事ですから」
「有り難う」
 彼は以前とは変わってはいない。少なくともその心はあの頃と同じである。そう、あの頃と。
「ご苦労、君の任務は終わりだ。ではこれからゆっくりと休むがいい」
「わかりました」
 密偵は頭を垂れた。そしてその場を後にした。
「金は大丈夫か」
「おかげさまで」
 後ろから声をかけてきたジェラールに答える。そして彼はそこから姿を消した。
「誰かを探し当てた様だな」
 シェニエはそれを見て呟いた。
「どうせ碌なことじゃないさ。ひょっとしたら我々かも」
「有り得るな」
 二人はそんな話をしていた。やがてジャコバンの議員達はテュイルリー公園に入った。そこで華美な色とりどりの淫らな服に身を包んだ女の一団が姿を現わした。
「娼婦達だ」
 ルーシェはそれを見てシェニエに囁いた。
「かっては貴族だった者達だ」
「そうか」
 シェニエはそれを見て頷いた。
「確かに彼女達は贅沢を欲しいままにしていた」
 彼の顔がみるみるうちに曇っていく。
「だが全てを奪い外に放り出せとは私は言わなかった」
 彼はそうしたあまりにも急進的な考えは否定していた。
「ましてやそのうえ命まで奪うなどとは」
 あくまでジャコバン派とは相容れなかった。彼は何処までも彼なのだから。
「暗くなってきたな」
 ルーシェは辺りを見回した。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧