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アンドレア=シェニエ

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第二幕その六


第二幕その六

「そうだな」
「こうした御時世だ。街には確かに無法者は少ない。しかし」
「無法者が権力を握り警官になっている。早いうちにここから姿を消すことにしよう。私はいいが君に迷惑がかかる」
「済まない」
 ルーシェはシェニエの気遣いに感謝した。ここでシェニエが言った無法者とはジャコバン派の手の者達のことである。彼等は将に無法者そのものであった。これもまた後世に受け継がれた。ナチスやソ連は将に凶悪犯が権力の座にあったのだ。犯罪が少ないのも当然であった。刑務所にいるべき人物が権力の座にあったのであるから。
「もし」
 ここで誰かが声をかけてきた。女の声だ。
「ん!?」
 二人はそちらに振り向いた。
「私では駄目でしょうか」
 先の娼婦の一人であった。
「ベルシ」
 シェニエは彼女を見て思わずその名を呼んだ。身なりは変わり果てていたがそれは確かにベルシであった。
「シェニエ」
 彼女もシェニエに気付いた。思わず声をあげた。だがその時であった。
「おお」
 ここで先程ジェラールに何か話していた密偵がやって来た。
「ベルシじゃないか。丁度いい」
「貴方は」
 シェニエが彼に声をかけた。密偵は彼に目を向けた。
(今はこの男は放っておいていい)
 彼はシェニエを知っている。だが今はあえて見逃すことにした。今目の前にいる女の方が重要であるからだ。
(どうせすぐにかかるしな)
 シェニエから目を離した。
「あんたに会いたいと思っていたんだ」
 そしてシェニエを無視してベルシに語り掛けた。
「私に?」
「そうだ、あんたにだ」
 彼は言った。
「あっちで話をしたいんだがいいか」
 そう言って橋の下を指し示す。
「安心してくれ。今日はあんたを買いに来たわけじゃない。だが金はたんまりと払う」
「本当!?」
 娼婦といっても好きでしているわけではない。見ず知らずの男に抱かれるのはやはり嫌だった。しかしそれもしなければならなかった。生きる為に。それをせずに金が手に入るのならそれにこしたことはなかった。
「ああ。私が嘘を言ったことがあるか」
「いいえ」
 密偵といっても彼はそれなりの知性と教養があった。だからこそジェラールも使っているのだ。
「では行こうか」
「ええ」
 そして二人は橋の下に消えて行った。
「客を取ったか。よくある光景だ」
 ルーシェはそれをあまり快い目で見てはいなかった。
「ああ」
 シェニエもそれは同じであった。二人は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「行くか」
「うん」
 二人は去ろうとした。橋の上を通り掛かる。その時だった。
「もし」
 ベルシが二人に声をかけてきた。
 客を取っていたのではなかったのか、二人はそう思ったがそれは隠してベルシに顔を向けた。
「何か」
 二人は彼女に応えた。
「アンドレア=シェニエさんですね。覚えておられますか」
「はい」
 シェニエは応えた。
「お久し振りです。まさかこの様なところでお会いできるとは思いませんでした」
「確かに」
 シェニエはここで人生とは皮肉なものだと思った。しかしそれも顔には出さない。
「あの時の宴以来ですね」
「はい」
 思えばあの時からもう五年の月日が流れている。時の経つのは早く、そして残酷なものであった。
「今では本当に懐かしい日々です」
「・・・・・・・・・」
 シェニエはそれについては何も言わなかった。言っても彼女を傷つけるだけだとわかっていたからだ。
「ところで貴方にお会いしたいという方がおられるのですが」
「誰ですか」
 用心はしていた。ジャコバン派の者ならば彼にも考えがあった。
「ご存知だと思いますが」
「む・・・・・・」
 手紙のことだと咄嗟に理解した。
「よろしいでしょうか」
「はい」
 密偵はその様子を橋の下で聞いていた。
「かかるか」
 彼は耳を澄ませ話を聞いている。
「シェニエ」
 ここでルーシェが出て来た。
「気持ちはわかるが」
 彼はすぐにそこに危険を嗅ぎ取っていた。
「いや」
 だがシェニエはそれに対し首を横に振った。彼には自分の考えがあった。
「私は会いたい、その人に」
「馬鹿な、正気か」
「正気でなかったらこんなことを言うと思うか」
「それは」
 ルーシェもそれはわかっていた。シェニエは決して冗談や一時の狂気でその様なことを言う男ではない。
「会いたい、そしてその女の人と話がしてみたい」
「そうか」
 ルーシェもそれを聞いて納得した。
 
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