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アンドレア=シェニエ

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第二幕その三


第二幕その三

「君を探していたんだ」
「また大袈裟だね」
 ルーシェは傍目にもわかる程焦っていた。だがシェニエはそれに反して冷静であった。
「何を言っているんだ、僕は君を助けに来たんだ」
「私をかい?」
「そうだ、これを持って来た」
 彼はそう言うと懐から何かを取り出した。それは一枚の紙であった。
「これを君にあげるよ」
「これは・・・・・・」
 シェニエはその紙を手にとって見た。
「通行証か」
「そうだ、ロンドンまでのね。これを持ってすぐにパリを発つんだ」
 当時ロンドンは亡命貴族達の避難場所であった。
「偽名を使ってか」
 彼は通行証を見ながら言った。そこに彼の名はなく別の名が書いてあった。
「そうだ、わざわざ君の為に用意しておいたんだ。これならあの執念深いロベスピエールとその取り巻きに見つかることもないだろう」
 ロベスピエールは特に執念深いわけではなあkった。ただあまりにもその頭脳が鋭利に過ぎたのだ。
「逃げろ、というんだね」
「そうだ、当然だろう。君は自分の置かれている立場がわかるだろう!?」
「勿論だ。しかし」
「しかし!?」
「悪いがこれは君が使ってくれ。私はこのフランスに、そしてパリに残る」
「な・・・・・・」
 ルーシェも流石にその言葉には絶句した。
「シェニエ、君は気でも違ったのか!?」
「何を言っているんだ、私は正気だよ」
 彼は澄ました声で答えた。
「正気の者がそんなことを言うものか、君もどれだけの人々が革命の敵という訳の分からない理由で断頭台へ送られてきたのか知っているだろう!」
「当然だ。しかし」
「しかし、何だ!?」
「私はあるものを信じているんだ」
「神か!?」
 彼はシェニエの信仰心を知っていた。
「うん。神は全ての者にそれぞれ運命を授けて下されている」
「予定説か。カルヴァンだな」
「ああ。私はカトリックだけれどこの予定説には多いに共鳴しているんだ」
「少し変わっていると思うがね」
「それはいいさ。信仰は一つじゃない」
 それが彼の信念であった。
「神秘的な力で人々はその運命に導かれている。時には導き、時には迷わせるが。そしてその運命は言うんだ。ある者には軍人になれ、ある者には詩人になれ、と」
「そして君は詩人になった」
 ルーシェはそれを聞いて言った。
「そうだ。そして私は今その運命に従いこのパリに留まっている」
「その運命とは何だい!?」
「ここに私が求めているものがあるんだ」
「しかしだ」
 ルーシェはそんな彼に言葉を浴びせた。
「その求めているものが来なかったら君はどうするつもりなんだい!?」
「その時は決まっているさ」
 シェニエはその問いに微笑んで答えた。
「行くだけだ。パリを去る」
「今では駄目なのかい!?私が言うように」
「うん。私をこのパリに引き留めている運命、それは恋なんだ」
 シェニエは立ち上がった。そしてルーシェに対して言った。
「私は今まで恋を感じたことはあっても恋をしたことはなかった。これは運命だ。巡り合わなければ永遠にやっては来ないものなんだ」
「それは僕も否定しないが」
「そうだろう、私のこの運命に今一人の女性がやって来ようとしている。彼女はその恋と共に私の前を訪れるだろう」
 シェニエは言葉を続けた。
「あの美しく、神聖な女が。私は彼女を待っていたんだ。その声が私の心を捉えるのを」
「そうか、それが君の言う運命なのか」
「そうなんだ、その人は私に手紙を与えてくれる。ある時は優しく、またある時は厳しい言葉で。私はその人の愛に震えているんだ。それは一人の若い女性だ」
「よくそれがわかったな」
「私の直感だ。そしてその直感はそれが正しいことを教えてくれている」
 それも全て恋の為せる業であろうか。
「私は信じる。そしてその為に全てを捧げよう」
「そうか。そして君は何故ここに留まるのだい!?知ってはいるだろうがここは色々と人目がある」
「その恋がここにやって来るとしたら?」
 シェニエは言った。
「まさか」
「これを見てくれ」
 シェニエはそう言うと今度は彼が懐から何かを取り出した。それは一通の手紙であった。
「これがその女性の手紙なのかい?」
「そうだ、読んでくれ」
「わかった」
 ルーシェは頷くとその手紙を受け取った。そして読みはじめた。
「ここで会うのかい?」
「うん」
 シェニエは頷いた。
「ここにその人がやって来るんだ、私に会う為に」
「そうか。だが気をつけるんだ」
 ルーシェは厳しい顔でシェニエに対して言った。
「僕はこの手紙に危険なものを感じる」
「危険なもの!?」
 シェニエは友の言葉に顔を顰めさせた。
「そうだ、確かにこの筆跡は女性のものだ」
 ルーシェはシェニエにその手紙の文字を見せながら言った。
「そして紙からは香りが漂う。薔薇の香りだ」
 それはその手紙の持ち主が高貴な生まれであるか裕福な育ちであることを示していた。
「だがその裏いは革命の火薬の匂いがする」
「革命の!?」
「そうだ、革命のだ。僕はここに罠があると見るね」
「まさか」
 シェニエはそれを否定した。
「いや、よく見てくれ。そして感じてくれ」
 ルーシェはまだシェニエに言った。
 
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