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アンドレア=シェニエ

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第二幕その一


第二幕その一

                    第二幕 パリ
 あの宴から五年が過ぎた。革命が起こりフランスは大きく変わっていた。
 第三身分が大きく力を伸ばしその束縛を断ち切った。そして貴族は没落し全てを、そう命さえも失った。幸運な者は物乞いや娼婦に身を落とすか海外に亡命した。
 パリの貴族達は次々とフランスを、いやこの世を去った。断頭台が連日に渡って落ち血を吸っていた。
 革命を叫ぶ者達が議会を支配し穏健派をも弾圧していた。国王も王妃も処刑され今度は同じ思想を共有する者達をも断頭台に登らせていた。
「殺せ!殺せ!」
 人々の声が木霊する。そして冷たい刃が落ちる。そして人々は革命の名の下に『革命の敵』の首に罵声を浴びせる。
「これ程までに酷い世界になるとはな」
 シェニエはパリにいた。外交官の職はなくなっている。今は詩人として生活の糧を得ている。
 彼は処刑場にいた。今日もまた断頭台が落ちた。
 処刑されたのは貴族達だけではなかった。今政権を握るジャコバン派に範反対するジロンド派も処刑されている。彼等もまた共和主義者だというのに。
「ジロンド派を弾圧するだけでも異様だというのに」
 今彼の目の前で一人の男が断頭台に登った。
「裏切り者を殺せ!」
 人々は彼の姿を認めて言った。
「これが革命か!」
 断頭台に登ったその男は叫んだ。
「彼は・・・・・・」
 シェニエはその男の姿を見て気付いた。彼もまたジャコバン党員であったのだ。
 ジャコバン派。ロベスピエールに率いられた急進的な共和主義者達であり神を否定しその代わりに理性を崇拝する者達である。そう、理性をである。
「これが理性というものか」
 シェニエは断頭台とそこに群がる人々、そして今断頭台にかけられようとしているジャコバン党員を見て呟いた。
「ロベスピエール!」
 その男は両手を兵士達に後ろから掴まれながら叫んだ。
「貴様は悪魔だ!冷酷な死神だ!」
「五月蝿い!さっさと死ね!」
「そうだ、貴様はフランスの敵だ!」
 人々がさらに罵声を浴びせる。そして彼はその中で断頭台に入れられた。
「ふん、こうなっては仕方がない!」
 彼は断頭台になけられながらもまだ叫んでいた。
「だがな」
 そして叫ぶのを続けた。
「今ここで俺を嘲笑っている連中もいずれ俺の後を追う。皆革命の名の下に死ぬこととなるのだ!」
 それが彼の最後の言葉であった。彼の首にその巨大な刃が落ちた。
 血が流れた。首筋からほとぼしり出た。
「かなり激昂していたからな」
 シェニエはそれを見て呟いた。普通首を切られた場合首からはあまり血は流れない。死への恐怖の為顔から上に血が回らないからだ。
 だがこの男は違った。それが死を前にして彼がそれだけ怒り狂っていたかを示すことになった。
「またジャコバン党員が一人死んだか」
 シェニエはその党員の首を見て言った。
「これで一体何人目なのか」
 もう覚えてもいなかった。ある者は今の男のように怒り狂い、またある者は何も語らず死んでいった。
「今度は誰か」
 彼はふと思った。
「ダントンかカミュか。それとも」
 言葉を続けた。
「ロベスピエール自身か」
 それを聞いた周りの者が彼を不審な目で睨んだ。
 だが彼はそれには意を介さなかった。そして踵を返して処刑場を後にした。
「死ね、アバズレ!」
 今度は女性を罵る声がする。
「今まで散々俺達から搾り取りやがって。今度は御前の命を搾り取ってやる!」
「そうだ、とっとと死にやがれ!」
 今度は貴族の婦人らしい。だがシェニエはそれを見るつもりはなかった。そのまま刑場を後にした。
「今まで彼女達を蝶だの花だの賛辞を送っていたというのに」
 だが彼は歩きながら呟いた。
「今では罵声を浴びせるか。それが理性というものなのだろうか」
 哀しい声であった。だがそれを聞いた者はいなかった。
 これが今のフランスであった。外では他の国々と飽くことなき戦いを続け内ではこうして血の粛清が行なわれる。最早この国で血が止まることはなかった。
「号外、号外だよお!」
 新聞売りが盛んに人々に叫びたてる。
「また革命軍が勝ったぞお!」
 シェニエはふとその新聞を買った。見ればフランス軍はその圧倒的な兵力を以ってオーストリアやプロイセンの軍をまたしても打ち破ったという。
「また勝ったか」
 フランス軍は連戦連勝であった。これは徴兵制により他の国々に増して兵力を集められるからであった。フランス軍はその圧倒的な兵力で以って戦いを有利に進めていたのだ。
「だがこれにより多くの者が死んだ」
 フランス軍の戦い方は犠牲を恐れなかった。兵士はすぐに多量に手に入る為幾らでも使い捨てにすることが出来た。実際にそうしなければ勝てないところもあった。
「それにより革命は守られる、か。多くの血が流れて」
 バスチーユが襲撃されてから多くの出来事があった。だがその殆どが流血の惨事であった。
 バスチーユもそうであった。興奮した群集がバスチーユに雪崩れ込み監獄長を虐殺したのが真相であった。シェニエはジャコバン派の宣伝を嘘だと知っていた。
 国王も王妃も処刑された。どれも裁く法がないのに、である。
「王妃へのあれはどういうことだ」
 シェニエの顔は歪んだものになった。忌まわしい、汚らわしいものを見た時の顔に。
 王妃マリー=アントワネットはオーストリア出身である。その母は偉大なるオーストリア中興の祖マリア=テレジアである。父は神聖ローマ帝国皇帝フランツ=シュテファン=ロートリンゲンであった。彼女はその両親の愛を受けて育った。
 思いの他要領がよく子供の頃はあまり勉強をしなかった。その為学問には疎かったが頭の回転は早い女性であった。
しかしそれは夫を助けるものではなかった。
「確かに彼等は浪費しただろう」
 連日連夜の舞踏会、それを彩る宝石や衣装。どれもがみらびやかなものであった。
「だが彼等は果たして断頭台に登るようなことをしただろうか」
 彼はここでもジャコバン派の言うことを信じてはいなかった。
 王妃の裁判の際彼等は王妃に冤罪を被せた。それも王妃が自らの子に淫らなことを教えたという破廉恥極まる冤罪をだ。それを聞いたシェニエは人知れず憤慨した。
 
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