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イーゴリ公

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第二幕その五


第二幕その五

「兄上のところに私を。宜しいですね」
「し、しかし」
「それは」
「宜しいですね」
 戸惑う兵達にまた問うた。それは有無を言わせぬ口調であった。
「どうなのですか」
「は、はい」
「わかりました」
 その気迫に負けた。彼等は止むを得なく頷き彼女を案内するのであった。ヤロスラーヴナは堂々と屋敷の門をくぐり兵達を引き連れる形で奥に進んで行く。兄のいる場所に。
 その時ウラジーミルは酩酊寸前であった。その状態で周りの者達に問うのであった。
「娘達はまだか」
「今兵達が追っています」
「間も無くかと」
「ふん、可愛い奴等だ」
 逃げた娘達のことを言っていた。
「逃げても無駄だというのにな。しかし」
「捕まえた後は」
「また可愛がってやる」
 その酩酊した顔で言うのだった。
「たっぷりとな。いいな」
「無論です」
「我々も」
 周りの者達は下卑た笑みを浮かべる。彼等もかなり酔っていた。だから彼女がすぐ側まで来るまで全く気付いていなかったのであった。
「兄上」
 そこに兵を連れたヤロスラーヴナが来た。険しい顔で兄の前に立った。
「この騒ぎは何ですか」
「おお、来たか」
 ウラジーミルは平然として妹に顔を向けた。そうして言うのだった。
「待っていたぞ」
「待っていたとは」
「おい」
 ここで彼は周りの者と兵達に声をかけた。
「下がれ。よいな」
「わかりました」
「それでは」
 彼等はそれを受け下がる。こうして広い部屋に兄と妹二人だけになった。ウラジーミルは部屋をそうさせてからまた妹にまた顔を向けるのであった。
「話があるのだな」
「そうです」
 ヤロスラーヴナは険しい顔のまま兄に対して答えた。
「これは一体どういうことなのでしょうか」
「どういうこととは?」
「この有様です」
 散々に荒れ果てた部屋を指し示した。そうして兄に抗議する。
「娘達を攫いそうして狼藉の数々。この馬鹿げた宴」
「別におかしくはないが」
「そう思われるのは兄上だけです。まだ戦いの結果もわからないというのにこの有様は」
「戦いなぞ他の者にやらせておけ」
 ウラジーミルはそう妹に言い返した。
「他の者にな。わし等は楽しめばいい」
「それを夫が聞いたらどう思うと考えられますか?」
「今はわしが預かっている」
 ウラジーミルは傲然としてこう言い返した。
「ならばわしのやり方でいく。それだけだ」
「私が何なのかお忘れですか」
 ヤロスラーヴナは業を煮やして兄に言い放った。
「私は。イーゴリの妻ですよ」
「それは知っているが」
「御存知なら。私が夫から留守の全てを任されているのを御存知ですね」
「むっ」
 今の言葉には流石のウラジーミルも怯みを見せた。今の言葉がわからない程彼は愚かではなかったのだ。
「まさか御前は」
「そのまさかです」
 またしても兄に言い返す。毅然として。
「兄上、ですから」
「わしを許さぬというのか」
「このままでしたら」
 引くつもりはなかった。彼女も背負っているものがあるのだから。
「決して」
「わしを滅ぼしてでもか」
「例え兄上であっても」
 やはり退かない。兄を睨み据えてさえいた。
「これ以上の狼藉は許せません」
「それが御前の考えなのだな」
「そうです」
 やはりここでも退かなかった。まるでルーシーの大地そのものであった。今彼女は完全にルーシーを背負っていたのであった。だからこその強さであった。
「おわかりですか。それなら」
「わかった」
 遂にウラジーミルも負けた。彼もルーシーを相手にはできなかった。
「ではここは大人しく従おう。それでいいのだな」
「はい。ご自重下さい」
 穏やかな顔に戻って述べる。
「そうされればいいのですから」
「わかった。では今日はもう休もう」
 ウラジーミルは席を立った。そうして妹に言うのだった。
「ではな」
「はい」
 こうしてウラジーミルは宴を止めさせてその場から消えた。一人残ったヤロスラーヴナは沈痛な顔のままであった。その顔で述べるのであった。
「このままでは本当にロシアは」
 彼女はここでもロシアを憂いていた。
「滅んでしまう。あの方がいなければ」
 ここでも夫のことを想う。しかしまだ帰らず暗雲がルーシーの空に立ちこめ続けているのであった。それは何時晴れるかさえわからなかった。
 
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