リリカルなのは 3人の想い
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8話 林道 五也side
抉り返された地面、へし折れた木々、芝生は見る影もなく焼け焦げ、凍り付き、所々クレーターすらできている。
「なんなんすかこの地獄絵図は」
「全くもって同感だな」
そこは高町家の庭だったはずの場所だ、一晩の間に何があったのやら武藤の言うとおり地獄絵図へと変貌を遂げていた。
「どこの匠が劇的に改造しちまったんすかねえ」
「さあな、すくなくとも明らかにビフォアとアフターが逆転してるがな」
「いやいや、今はきっとまだ前半なんだって、ほらまず立て直す前に掃除したり壁壊したりするじゃん」
「なるほどその可能性も「あるわけないだろ!」何だ?」
声のした方を向くとそこには高町家の三兄妹が勢ぞろいしていた。
「おはようなの五也くん、大輝くん」
「おはよう二人とも」
「ふん、ようやく来たか待ちくたびれたぞ」
上からなのは、美由希さん、シスコンだ。
「はよっすなのはに美由希さん」
「おはようなのは、おはようございます美由希さん」
武藤と二人でしっかりと挨拶を返す。
やはり挨拶は大切だ人のコミュニケーションの初歩中の初歩だからな。
「おい待てお前等、何で俺に挨拶をしない」
「俺は挨拶をしてきた人間、もしくはちゃんと返してくれそうな奴にしか挨拶はしないんだよ」
「あ、いたんすか高町あ―――もといシスコンさん」
「何で言い直した!? というか昨日名前教えたのに兄ですませようとしただろ!?」
「き、気のせいっすよ」
「だったら俺の名前を言ってみろ」
「高城 ほにゃららっす」
「お前それでごまかせてると思ってるのか!? その上名字から間違ってるだろうが!!」
武藤は天然かそれともわざとか、ツッコミどころの多すぎるコメントを飛ばしている。
「まあ、仲のいい二人は放置しておいてさっさと目的地に向かおう」
「にゃははは、そだね」
「うん、楽しそうだし邪魔しちゃ悪いよね」
二人を置き去りにし歩みを進める。
行き先は昨晩の約束通り、高町家の父親が入院している病院だ。
「ねえねえ五也くん何でこんなに朝早くに行くことにしたの?」
「あ、それ私も聞きたい。今の時間だったら面会時間まだだよ?」
二人の言葉通り時間は明け方で、面会時間がいつからかは知らないが少なくとも早すぎるのは確かだろう。
「俺が今からやろうとしてることは普通は信じがたいことだろう、それにばれたら何かとめんどくさそうだからな、最も気が緩んでそうな明け方に侵入してさっさと脱出してくる予定だ」
「侵入って……」
「あ、あははは~~」
何故かなのはは顔をひきつらせ、美由希さんに至っては乾いた笑い声をあげている。
普通だと思うんだがな、見つかったら言い訳ができない深夜に比べて、明け方ならその家族さえいれば早く来すぎたと言えばいくらかは通用するだろうしな。
「そ、それはそうと五也くんは昨日の花火気づいた?」
「花火?」
なのはの言葉からするに花火というのは、やはりこの場合個人で購入できるようなちゃちなものではないのだろう。
恐らくは夏祭りなどで打ち上げられる、本格的なものを指すのだろうと推測できる。
だが生憎とそんな記憶は存在していない。
「何でまたそんな話を急に?」
「家の庭見たよね?」
「ああ、あの劇的な変貌を遂げた庭のことか」
「うん、あれね昨日私が寝てる間に花火が間違って落ちちゃったんだって」
「いやそれは」
ないだろう、と言う前に唇に人差し指を当て、必死な表情でこちらに何かを訴えかけている美由希さんに気づく。
その仕草に俺はとっさに言葉を飲み込み方向転換をする。
「………誰から聞いたんだ?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんからだよ?」
唐突な質問になのはは首を傾げながらも答えてくれた。
………まあ、後ろの様子を見るに明らかに嘘だろうな。
「……そうか大変だったな」
無難な対応で流しておくことにした。
「うん、朝起きたら庭があんなんになってたからびっくりしちゃった」
俺はそんな嘘を信じれるその純粋さにびっくりしている。
それ以前に美由希さんにシスコンよ、あんた達はそんな見え透いた嘘にあっさり騙される妹に不安にならないのか?
「おい、置いていくなよ」
「そうっすよ、何で俺をシスコンと一緒に置き去りにするんすか」
そんな事を考えていると後ろからシスコンと武藤が合流してきた。
というか結局呼び方はシスコンになったのか。
「お前等が仲良くいちゃついているから放置してやったんだろうが」
「気持ちの悪いことを言うな!」
「何が悲しくてこんなシスコンといちゃいちゃしなくちゃなんねえんすか!」
「お兄ちゃんにそんな趣味があったなんて……」
………まさか信じるとは。
「そんな話信じるなよ美由希!」
「うん、大丈夫。私は何があってもお兄ちゃんの味方だから」
「頼むから話を聞いてくれ!」
必死なシスコンの説得もむなしく、美由希さんは明らかに目をそらしている。
「ねえねえ、大輝くんお兄ちゃんに何の趣味があったの?」
「いや、まあそれは子供が知るにはまだ早いことっすよ」
なのはの純粋な質問に思わずたじろぎながらも、武藤は必死に答えを捻り出した。
だが残念ながら、今の俺たちの見た目は完璧に子供だ。
「じゃあなんで大輝くんだって同い年ぐらいなのに知ってるの?」
「そ、そそれは俺が見た目は子供中身は大人だからッスよ」
お前はどこの名探偵だ。
「むーっ! 嘘はいけないの!」
「いや、嘘っていうかその………えっと」
「日本の法律が許してくれなくても私はお兄ちゃんの味方だから」
「美由希頼むから話を聞いてくれ!」
何というカオス。
そんな病院へと向かう平穏な1ページだった。
目的地の病院にはさほど時間もかからずつくことができた。
運のいいことに鍵を閉め忘れたのか窓から病室に侵入することもできた。
ここまではいい、いやよかった、問題は目の前にある。
病室は個室なのだろう1つだけのベッド、おそらくは高町家の母親であろう女性がベッドにもたれかかり眠っている。
そしてそのベッドの上、当たり前だがそこに件の人物はいた。
体をほぼ完全に覆い尽くす包帯、名前は知らないが口に当てられた呼吸を補助するためであろう器具、わざわざ設置された心電図。
素人目にも重傷だとわかる、この人を客観的に見て生きることができるか死んでしまうか聞かれればハッキリ言って後者を選ぶだろう。
だが本人を実際に目の前にしている今は、そんな印象は微塵も感じない。
包帯の切れ目から覗く目はこちらを見据え、前世では荒事とは無縁の人生を送ってきた俺ですらわかるほどに敵意をむき出しにしている。
情けないが正直に言って体が動かない、冷や汗が身体中から吹き出す。
しばらく硬直していたがその重圧がふっとゆるむ。
男の視線を追うとそこにはちょうど高町3兄姉+αが窓から姿を現したからだった。
4人は見つからない内にとさっさと中に入る。
「お父さ」
なのはが喋ろうとするがそれを手で制する。
あまり長々と話をしている暇はない、さっさと用件をすませよう。
件の人物に手をかざす。
「光よ集え、全治の輝きを持ちて、彼の者を救え、キュア」
その瞬間、高町父の体が光に包まれそれが体の中に吸い込まれるように消える。
高町父が驚いたように目を見開いたのが見えた、だがそれ以上の変化はなく高町父が体を起こすことはない。
「(おい、どういうことだ)」
「(怪我が酷すぎて一回で直らなかっただけだ)」
高町兄の言葉を適当にいなし、続けて何度も術をかける。
TPの問題から徐々にかける回復魔法のランクが下がってきた頃、ようやく体を動かすことができるようになった高町父がゆっくりとだが体を起こした。
そして自分の体に起きた現象が信じられないかのように体を軽く動かしている。
もう問題なさそうだ、そう思いなのはを制していた手をどけ自身の体も横にどく。
とはいえ横目で確認したとこ、もうすでになのはの目には父親しか映ってない以上意味があったのかどうかはわからないが。
「お父……さん」
それはまだ信じられないかのような囁くような呟くような、ふとすれば立ち消えてしまうかのようなか細い声だった。
だが、それでも高町父は愛しい娘の言葉を聞き逃すことはなく、長い間使われなかったせいで動きづらい喉を懸命に動かす。
「……な…のは」
酷くしゃがれた声、聞き取りやすいとは言えないかもしれない。
しかしそれは紛れもなくなのはが心から聞きたかった声であったのだろう、じわりと両目が潤むのが見えた。
これ以上は、野暮と言うものだろう。
「(行くぞ)」
「(了解ッス)」
流石に武藤も空気を読んだのかさっさと窓から外に出た、俺もそれに続いて窓から跳ぶ。
だが俺たちは忘れていた、たった今飛び出した窓は1階のものではなかったという事を………。
「ぶべっ!?」
まあ、俺は先に跳んだ武藤がクッションになったから平気だったが。
「お…おおお……おお………」
その代わり地面に埋まりながらピクピクと殺虫剤をくらったGのように痙攣する武藤がいるわけだ。
………流石に罪悪感がヤバイな。
だが、ついさっき高町父に回復魔法を使いすぎて、正直もうTPがない。
どうしたものか……。
とりあえず、せめて意識があるかどうかだけでも確認するか。
「おい、生きてるか」
「な、なんとか……」
息も絶え絶えに返事をして武藤は体を起こす。
後にはくっきりと武藤の型がとれたギャグ漫画チックな跡が残された。
もう痛みは引いたのか首を回しながらぼやき始める。
「あー、ったく、ギャグ補正がなかったら死んでたッスよ」
この世界はギャグ漫画なのか? てっきり題名からするに夢と希望(笑)の溢れる物語だと思っていたんだが、………しかし夢と希望ってこの年で言うのは辛いな、つい(笑)を付けてしまうほどに。
そういえば、いまさらだが確かに武藤の体には昨日の怪我の痕跡が一切なくなっている。
「この世界はギャグ漫画かなんかだったのか?」
「いや知らねえッス、ギャグ補正ってのは単に俺の転成特典の1つってだけッスから」
「そうか」
今思えばギャグ補正って無敵じゃないか? 関節が明後日の方向向いたり外れても少しすれば直ってたり、化学薬品(毒物)入りの料理を食べてもなんだかんだいっても結局生きてたり、大怪我しても話が1話進めば直ってたり。
俺もそれを頼んどけばよかったかもしれないな、少なくともそれさえあればこの世界が危険なものでも大丈夫そうだしな。
まあ、テイルズの術技が使えるだけでも相当なものだからいいか。
「いつまでもここにいると見つかりかねないな」
「颯爽と去ったわりにここにいるのバレたら恥ずいッスね」
「別にそう言うわけではないんだが……」
なんにせよその場から離れることに異論はない。
▼▼
「でさでさ、五也は前世でどんなことしてたんスか」
帰り道、雑談の果てに1つの質問が俺に投げかけられる。
前世、か。
「別段特筆するようなこともない平々凡々、どこにでもいるような一般市民Aだったな」
「またまたぁ~、そう言う奴ほど案外凄い人生送ってるんだって」
「なぜそうなる」
生憎だが俺は本当に前世では普通の家に生まれ、普通の学校に通い、普通の人生を歩んでいた一般市民だ。
………まあ、友人2人が少し特殊かもしれないが。
「そんな事を言うお前はどうなんだ」
「俺? 俺はまあ……ちっと普通とは違ったかもッス」
まだ短いつきあいだが、明らかに武藤の声が沈んだのがわかった。
「別に話したくないなら言う必要はないぞ、わざわざ他人の過去を根掘り葉掘り聞くつもりはないからな」
「いや別にそういうわけじゃないんスよ、単になんつーか……こう……」
武藤は言葉を探して首をひねったり、頭をかきむしったりしている。
「まあ……あれッス、ぶっちゃけると」
どうやらボキャブラリーは豊富とはいえないようだ。
「俺ってばさ今じゃこんなんッスけど、前世じゃ体あんま丈夫じゃなくてさ、運動とかもできなかったんスよ」
確かに今の武藤は見た目、内面ともに完璧に腕白小僧のそれだ、ハッキリ言ってこれが病弱だとか言われても信じるのは難しいだろう。
「言っちまうとそんだけなんスけど、普通かどうかって言うと普通じゃなかったなーって」
それだけ、確かに言葉にすればそれだけなのだろう。
だがその中には武藤にしかわからないであろう感情があったはずだ。
そう、あたかも京介や黒木のように。
それはきっと、あくまで普通の人生を送り、それを当たり前だと考え、なんの疑問も抱かなかった俺ではきっと本当の意味で理解するのは難しいのだろう。
「で、でもさ、あれッス、転生する時に健康な体を特典で頼んだから気にすることねえッスよ」
どうやら俺が黙り込んでいるのを気まずさからと思いこんだのだろう、そんな武藤の態度に今はそばにいない友人2人が重なる。
あの2人も空気が重くなるのを嫌い、その手の話をするときはほとんどなかった。
話すにしてもまるでふざけるように、軽口でも叩くように、何も気にしてはいないと言わんばかりに俺に対して気を使っていた。
正直に言って歯痒かった、結局何処までいっても2人とは壁があるような気がして、友達だの何だの言っても言葉だけみたいな気がして。
「そうか、まあよかったじゃないか、こうやって健康な体でいるという夢が叶ったんだから」
こうやっていつも無難な対応をする自分が嫌になる。
「そ、そうッスよ! いやー本当に転生できてよかったー!」
こうやって嫌な雰囲気を吹き飛ばすようにする辺り、少し頭が弱い奴かと思っていたが評価を改めた方がいいかもしれない。
「でもさ、夢ってのはちょっと違うッスね」
「違う、とは?」
「俺の夢はバスケで天辺とることッスから」
「だったら黒子のバスケからでも身体能力やらなんやらもらえばよかっただろうに」
そっちの方が簡単に叶えられただろうに。
「それじゃあ意味がないんスよ、やっぱこういうのは自分の手で叶えないと駄目なんスよ」
「そういうものか?」
「そうっすよ、他人に“叶えてもらって”満足できるようなもんじゃないんスよ」
まあ、かなり評価を変えてもいいかもしれない。
「因みにあとの俺の特典は男のロマン目からビームッス!」
下方修正確定。
「馬鹿かお前は! 男のロマンと言えば彼女・恋人の手作り弁当・秘奥技だろうが!」
秘奥技は秘奥技中の決め台詞込みだ。
「馬鹿とはなんスか馬鹿とは! つうか男のロマンっつったら目からビーム・合体変形・変身に決まってるッス!」
「ハッ! ガキが!」
「んだとコラア!!」
ガッとお互い胸ぐらを掴み合う。
「……やめるなら今の内だ」
「ああん? びびったんすか」
「ハッ! 冗談はそのロマンの内容だけにしておくんだな!」
「上等ッス!!」
それを最後にお互い頭を引き、全力で頭突きをする。
ゴッ!!
その鈍い音が仁義なき闘争の幕開けを告げた。
そこからは酷いものだった。
平和な日常を歩んできた俺と、病弱で運動もままならない日々をおくってきた武藤。
言うまでもなくバトル漫画などのようにいくわけもない、端から見れば無様そのものだった。
お互い殴ると言うより拳をただ相手に叩きつけるだけ、髪を引っ張り合い、突き飛ばし、馬乗りになろうとする。
だが所詮は子供の体力、あまり長くも続かず、距離が空いた時にはお互い肩で息をしていた。
「五也! あんたはわかってないわかってない!!」
そんななか武藤は息も絶え絶えに叫び始める。
「本当の男のロマンってのはどうしても叶わなくてもどうしても憧れてしまうもんなんだよ!!」
「俺もそれ自体を否定する気はない」
「だからあんたのそれは秘奥技以外は手に入れられるものに過ぎない以上ロマンとは言えない!!」
「なん……だと………」
………こいつは今なんと言った? 聞き間違いでなければ手に入れられると言った気がしたが?
俺の中での定義が間違っていなければ、恋人とは「好きです!付き合ってください!」「お前のことが好きだったんだよ!」等相手への好意を告白し、恋人になってほしい旨を伝えるという人生トップクラスのミッションをクリアした上、相手の了承を得ることでなることができるリア充の象徴だったはずだが?
それを手に入れられるだと?
その瞬間、俺の中で忌まわしき過去が次々とフラッシュバックする。
高校時代にした告白、「あなたはきっと一時的に気が動転してるだけだよ。あなたは私よりあの2人と絡み合ってる方が絵になるもの」と断られる光景。
憧れの先輩の落とした本を拾ったらそれが所謂BL同人誌、しかもそれが俺と京介の絡みだった光景。
その同人誌を作っているサークルを京介に頼んでクラッキングしてもらい、同人誌のデータを消し飛ばしてもらった後、京介から差し出されたお土産と言う名の顧客リストに校内の7割の女子の名前があった光景。
それら全部が高校一年の時にあり、絶望しながら過ごした高校生活。
こんな世の中で彼女を手に入れられるだと?
ふ ざ け る な
「貴様は俺の逆鱗に触れた! 覚悟しろ!!」
武藤の返事も待たずわずかな距離を飛ぶように詰め、拳を大きく振りかぶった。
全てを────そう、この拳に全てをのせる。
「これが17年(年齢=彼女いない歴)の重さだぁぁああああああ!!」
「ぶげらぁぁあああ!」
拳は吸い込まれるように武藤の顔面に突き刺さり、運動エネルギーを余すことなく伝えその体を大きく吹き飛ばした。
一度二度とバウンドした武藤はそのままピクリとも動かなくなる。
それを確認した俺は服に付いた埃を払い、武藤に攻撃したことによって溜まったTPを使い、回復してから一言。
「勝った……でも何か虚しいな………」
心の傷を開いたダメージが大きかった。
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