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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第三十九話  聞こえてくる声




帝国暦 490年  4月 4日   ガンダルヴァ星系  ウルヴァシー   アウグスト・ザムエル・ワーレン



ウルヴァシーの地表にはこの惑星を帝国軍の恒久的な根拠地にするための基地が作られつつある。その中の施設の一つ、大広間に皆が集まっていた。皆の顔色は良くない、哨戒活動に出た五個艦隊の内、タッシリ星系に向かったシュタインメッツ艦隊がヤン艦隊に遭遇し敗北した。

残り四個艦隊の内、ライガール、トリプラ星域に向かったミュラー、レンネンカンプ艦隊は反乱軍と遭遇したが戦闘にはいる事無く撤退した。バーミリオン、ランテマリオに向かったビッテンフェルト、アイゼナッハ艦隊は反乱軍と出会う事は無かった。今現在、各艦隊はローエングラム公の指示によりウルヴァシーへの帰還途上にある。

「やはり反乱軍はゲリラ戦を仕掛けて来るか……、黒姫の頭領の懸念が当たったな」
ロイエンタールの指摘に皆の視線が頭領に向かった、だが本人は表情を変える事無く佇んでいる。聞いているのかいないのか……。はてさて、相変わらず心の内を見せない人だ。

「ビッテンフェルトとアイゼナッハは反乱軍と出くわしていない。おそらく、ミュラーとレンネンカンプが遭遇した艦隊の増援になっていたのだろう、後ろか、或いは側面か……。ミュラー達が戦闘に入っていれば姿を現し挟撃していたはずだ」
ミッターマイヤー提督の言葉に皆が頷く。おそらく新設の三個艦隊は単独で戦わせるには不安が有るのだろう。反乱軍が正面決戦を避けたのはそれも有るかもしれない。

シュタインメッツ艦隊の敗北は小賢しいとも言える小細工によるものだった。ヤン・ウェンリーは護衛が不十分に見える補給コンテナ群を前面に配置し、偶然遭遇したように見せかけて故意にシュタインメッツ艦隊に補給コンテナを奪わせた。シュタインメッツ提督も命令に従い撤退しようとしたようだがヤン艦隊の方が先に撤退したため補給コンテナを取り込んでしまったらしい。

艦隊の中央部分に取り込まれた補給コンテナ群が自動射撃装置による僅かな反撃を開始した。シュタインメッツ提督は補給コンテナ群を攻撃、そして大爆発が起きた。補給コンテナの内部には液体ヘリウムでも有ったのだろう。混乱したところにヤン艦隊が砲火を浴びせたためシュタインメッツ艦隊は大きな損害を出して敗走した。そしてヤン・ウェンリーはロフォーテン星域に去った……。

“小細工をする”、シュタインメッツ提督からの報告を聞いたローエングラム公の言葉だ。シュタインメッツ提督には特に叱責は無かった。不注意ではあったが已むを得ないとも思ったのだろう。何より反乱軍の目論見を探るという最低限の成果は得ている。勝負はこれからだと思っているのかもしれない。

「反乱軍は根拠地はどうしているのだろう」
「ゲリラ戦となれば根拠地など有るまい。領内の補給基地を適当に使っているのだろうな」
「では、各艦隊バラバラか」
「最低でも三つには分かれているだろう、最悪の場合は五つだな」
ルッツ提督とファーレンハイト提督が話している。厄介な……、反乱軍の領土それ自体が連中の根拠地になっているに等しい。

「ならば補給基地を全て占領、破壊すればよい。そうなれば反乱軍は動けなくなるはずだ」
「机上の空論だ」
ファーレンハイト提督の意見をロイエンタールが冷然と否定した。だからお前は周囲から反感を買うのだ、もう少し言い様が有るだろう。それにしても補給基地を全て破壊か? 確か八十四カ所あると思ったが……。

「全軍を上げて動けば此処が空になる。補給基地を尽く制しようとすれば兵力分散の愚を犯し各個撃破の対象になるだけだ。場合によっては五個艦隊に袋叩きに遭う可能性も有る」
「ではロイエンタール提督は手をこまねいて奴らの蠢動を見過ごすとおっしゃるのか」
ほらな、ファーレンハイト提督が反発している。また一人敵を作った。

「そうは言わぬ、追ったところで奴らは逃げるだろうという点を指摘しているのだ。有利なら戦い不利なら逃げる、ゲリラ戦とはそういうものだろう」
言っている事は正論なのだろうが反ってその事がファーレンハイト提督の反発を強めている。

「だからと言ってこのまま追いかけっこを続けるような余裕は我らには無いぞ」
「だから連中を誘い出す。罠にかけて奴らを誘い出し包囲殲滅する。これしかないだろう。問題はどのような餌で奴らを誘き出すかだ」
「ロイエンタール提督の言う通りですね。彼らを追うのではなく誘い出す事を考えるべきでしょう。さて、どうしたものか……」

黒姫の頭領が穏やかな口調でロイエンタールを支持するとファーレンハイト提督も口を噤んだ。周囲もホッとしたような表情をしている。もしかするとこれ以上二人が険悪になるのを防ぐために敢えて中に入ったか……。ロイエンタールの奴、頭領に迷惑ばかりかけているな。

「反乱軍がこちらの誘いに乗るという保証はない、補給基地を叩くべきです!」
やれやれ、トゥルナイゼンか……。頭領への反発からだな、ロイエンタールもファーレンハイト提督も顔を顰めている。
「八十四カ所、補給基地を叩けば反乱軍は動けません!」
「卿も武勲の立て場が有るな」
言い募るトゥルナイゼンにケンプ提督が皮肉を浴びせた。彼方此方で失笑が漏れた。俺も笑った。

顔を真っ赤にしたトゥルナイゼン中将が“私は”と何かを言いかけたが頭領が止めた。
「ま、止めた方が良いでしょう。非効率的ですし危険も多い。それに補給基地が八十四カ所とは限りません。八十五番目の補給基地が有るかもしれない」
八十五番目? 皆が顔を見合わせた。

「同盟軍はかなり前からゲリラ戦の準備をしていたと思われます。帝国軍がゲリラ対策として補給基地の破壊を考えるのは当然の事。となれば彼らは補給基地を極秘で増やしたかもしれません」
十分有り得る事だがなんとも気の滅入る話だ。彼方此方で溜息を吐く音が聞こえた。トゥルナイゼンが悔しそうに唇を噛んでいる。

「イゼルローン要塞を落したのは失敗だったかもしれません」
思いがけない言葉が頭領の口から洩れた。頭領は沈痛な表情をしている。
「イゼルローン要塞が同盟側に有れば、フェザーン、そして地球はローエングラム公の暗殺を考えなかったかもしれない。要塞が同盟側に有りフェザーンが健在なら同盟は国内での防衛戦を考える事は無かったでしょう」

「しかし、それでは宇宙の統一は……」
ルッツ提督が言葉をかけると頭領は首を横に振った。
「一隊をイゼルローンに送りヤン・ウェンリーを牽制します。そして本隊をもってフェザーンを占領しそのまま同盟領になだれ込む。……イゼルローンでヤン・ウェンリーを釘付けにしておけば同盟はランテマリオで決戦し何も出来ずに終わったかもしれない……」

皆、沈黙している。時折視線を交わすが誰も喋ろうとはしない。誰よりも功を上げた頭領がその功を自ら否定している。その功が大きいだけに事態は深刻だと言って良い。
「しかし、それは仮定の話でしょう。実際にそう上手く行くかどうか……」
声をかけたが頭領は何の反応も示さなかった。俺の声が聞こえていたのだろうか?

「何より同盟軍に時間を与えてしまいました。そしてヤン・ウェンリーをハイネセンに戻してしまった。イゼルローンなら一前線指揮官ですがハイネセンに居たのなら防衛計画の作成に関与したでしょう」
「では今回の作戦はヤン・ウェンリーが立てたと?」
ロイエンタールの発言に頭領が苦笑を浮かべた。

「まともな軍人ならゲリラ戦等考えません。こんな事を考えるのは彼だけですよ」
なるほど、イゼルローン要塞攻略、そして今回のシュタインメッツ提督の敗北を考えれば確かにそうかもしれない。普通の軍人なら考えない事を仕掛けてくる。厄介な相手だ。

「メルカッツ参謀長、艦に戻りましょう」
「承知しました」
頭領が隣に居たメルカッツ閣下に声をかけた。戻るのか? そう思ったのは俺だけでは無いだろう。皆の視線が頭領に集中した。それに気付いたのだろう、微かに笑みを浮かべた。

「一応彼らを誘引する作戦案は有るのですよ、ただ上手く行くかどうか……。それに向こうが常識外れならこちらも突拍子もない作戦案です。少し考えないと……、メルカッツ参謀長、手伝って貰いますよ」
頭領の言葉にメルカッツ閣下が“はっ”と短く答えた。二人が歩きだす、皆が無言で見送った。

それを契機に自然と散会となった。艦に戻る途中、ルッツ提督、ファーレンハイト提督と一緒に歩く事になった。
「随分と激しく遣り合っていたようだが?」
「済まぬ、ついカッとなってしまった」
ルッツ提督が冷やかすとファーレンハイト提督が苦笑した。

「ロイエンタール提督に悪気はないのだが……」
「いや、それは分かっている。彼にとってはあれが普通だと言う事も。ただちょっとな」
俺の言葉にファーレンハイト提督がまた苦笑を漏らした。

「持つべきものは良き同期生だな」
「そうだな。卿とワーレン提督を見ているとつくづくそう思う」
二人の声は軽やかだった。やれやれだ、どうして俺が尻拭いをしなければならんのか……。俺が溜息を吐くと二人が声を上げて笑った。

「それにしてもゲリラ戦が現実のものになるとは……」
「厄介な事になった」
「全くだ。だが頭領はこの事態を想定していたようだな」
「うむ、突拍子もない作戦と言っていたが……」
ルッツ提督とファーレンハイト提督が話している。突拍子もない作戦か……、一体どんな作戦なのか、頭領が自分を責めていた事がちょっと気になった。



宇宙歴 799年 4月 10日   ヒューべリオン  ヤン・ウェンリー



『帝国軍を撃破できたのは貴官の第十三艦隊だけだった。他の艦隊は駄目だったな、ライガール、トリプラ方面に来た帝国軍はモートン、カールセンの艦隊を見ると直ぐに撤退してしまった』
スクリーンに映るビュコック司令長官は面白くなさそうな表情をしている。無理も無い、最低でも二個艦隊は撃破したいと考えていたのだ。

『どう思うかね、これを』
「哨戒活動に出た、というわけでは無さそうです。おそらくこちらの動きを見定めるために出したのでしょう」
『帝国軍は我々がゲリラ戦を仕掛けると疑っていたということか』
「多分……」

多分疑っていただろう。そうでなければライガール、トリプラ方面に来た帝国軍が何もせずに撤退するなどあり得ない。こちらは遭遇戦を装ったが向こうは遭遇戦では無いと疑っていたのだ。そして今では確信を抱いているに違いない。
『思うようにいかんな、もう少し油断するかと思ったが……。そうなれば付け込む隙も有ったはずだが……』

ビュコック司令長官が首を横に振っている。同感だ、帝国軍は思ったより隙が無い。そして驚くほど用心深い……。
『これからどうなるかな?』
「我々がゲリラ戦をしかけていると分かった以上、ハイネセンに直進する可能性は低いと思います。仮にハイネセンに向かったとしてもウルヴァシーを空には出来ません。かなりの兵力を置いて行くはずです。それでもハイネセンに向かう兵力は我々の倍は有るでしょう」

『倍か……』
ビュコック司令長官が溜息を吐いた。将兵、艦隊の錬度も入れれば戦力比は更に大きくなるだろう。到底正面からの決戦は出来ない……。
「帝国軍が採る方針は二つです。一つは我々の補給基地を叩き身動きを出来なくする。もう一つは我々を誘い出し殲滅する」

『うむ。補給基地を叩くのなら各個撃破のチャンスだ。帝国軍の戦力を削ぐことが出来るだろう』
「そうです、となればいずれ帝国軍は我々を誘引し殲滅しようとするでしょう。当然ですが帝国軍はわざと隙を見せるはずです、こちらはそこに勝機を探らざるを得ません」

ビュコック司令長官が大きく頷いた。
『戦場でローエングラム公を斃す……』
「はい」
『同盟を護る唯一の手だな。なんとかそこまで持って行かねば……』
司令長官の声には前途の険しさを思う憂いが有った。気弱とは思わない、私だってその実現の難しさには溜息しか出ない……。

司令長官との通信が終わるとシェーンコップが話しかけてきた。何時もの皮肉を帯びた口調ではない、至極生真面目な口調だ。
「なかなか上手く行きませんな。帝国軍は思いの外用心深い」
「……」
「何と言っても輸送部隊を撃破出来なかったのが痛い……」

その通りだ、輸送部隊を撃破出来ていればかなりこちらが有利になっていた。帝国軍に短期決戦を強いる、帝国軍に無理を強いる事が出来たのだ。
「まさか護衛に六個艦隊も動かすとは……」
「……」

六個艦隊、こちらの全戦力よりも多い戦力で輸送部隊を護っていた。こちらが姿を見せても輸送部隊の護衛を専一にして挑発に乗る事は無かった。しかも指揮官が凄い、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ケンプ、ルッツ、ワーレン……。いずれも帝国軍の名将達だ、数だけではなく質でもこちらを圧倒した。そして指揮を執ったのは黒姫の頭領……。

挫けそうになった。それでもなんとか隙を突く事は出来ないかと後を追った。だがあの通信……。平文で打たれていた、明らかにこちらに聞かせるのが目的の通信……。無駄だと言っていた、こちらを甘く見るようなことはしないと……。

まるで目の前に大きな壁が立ち塞がったような思いだった、小揺るぎもしない大きな壁……。今思い出しても溜息が出る。帝国軍は手強い。戦力の優位を十二分に生かしてくる。そして嫌になるほど慎重だ。隙らしい隙が見えない。タッシリ星系での勝利も相手を上手く嵌める事が出来たからだ。そうでなければあの艦隊も無傷で撤退していただろう。

……作戦は立てた、僅かではあるが勝機は有るはずだ、そう思いたい。しかし帝国軍がこちらの策に乗るだろうか……。溜息を吐かざるを得ない……。
“邪魔をするのは許さない……”
黒姫の頭領の声が聞こえた。彼の声など聞いた事は無い、それでもあの輸送部隊の一件から聞こえるようになった。冷たく、威圧的で、そして喉をじんわりと締め付けてくるような声、黒姫の頭領の声だった……。

 
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