ソードアート・オンラインーツインズー
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SAO編-白百合の刃-
SAO8-痛みを知る者と知らぬ者
三十五層主街区は、白い壁に赤い屋根の建物が並ぶ牧歌的な農村の佇まい。大きい街じゃないけど、現在は私達攻略組とは違い、中層エリアで最低限の経験値稼ぎと、生活に必要なコルを得るためなどする中層プレイヤーの主戦場となっている。そのこともあって、行き交う人の数はかなり多い。
私達は迷い森から帰って来て、大通りから転移門広場に入った時だった。
「シリカちゃん、俺とパーティー組んでくれ!」
「抜け駆けするなよ! 俺はお前より先にだな!」
「シリカた~ん。俺と組んで」
「邪魔するな! こんな奴らより俺様と組んでくれないか」
我先に、ガヤガヤと男性プレイヤーがシリカにパーティーの勧誘をしていた。
『ビーストテイマー』だからって、誘われているわけじゃ……なさそう、ね。半分以上はルックスで誘っているに違いない。けど確かに、シリカは可愛いし、人気者だから男プレイヤーに誘われるのもわからなくないけど……。
もうちょっと、落ち着いたらどうなの? それで良いですよって、シリカが言えるとでも?
「あ、あの……お話はありがたいんですけど……」
受け答えが嫌味にならないよう、一生懸命に頭を下げて、彼らの勧誘を断ったシリカは、私に視線を送って言葉を続けた。
「……しばらくは、この人とパーティー組むことになったので……」
「ども」
シリカに紹介されたので、軽く挨拶をした。
そう言うことなのでね、悪いけどシリカを誘ったプレイヤーさんは、一先ず諦めてもらいたい。
……ちょっと。不満を上げて、うさんくさそうな視線をするのもわかるけど……。
「……好みじゃないな」
っておい、好みじゃないって口に出した奴誰だよ。私もシリカと同じ女だよ? それなのに、なんで扱い悪いの? そんなことする男子嫌われるって聞いたことないの?
「同性だからまだマシかもしれないが……ぶっちゃけ好みじゃないな」
そう言うことをハッキリと口に出すなよ。傷つくってことわかるでしょうよ!
「全身白……『KoB』か? いや、黒いラインはないな……」
「と言うことはコスプレ好きか? せめてメイド服にしろよ」
これは私が好きで色を選んで、着ているの。意味もあって、兄の黒づくめと比較するために白を着ているんだよ! あんたらに白の意味なんてわからないだろうね!
それと、誰か知らないがメイド服が好きとか知らないから。好みを押し付けるな!
「おい、あんた」
最も熱心に勧誘していた背の高い両手剣使いが、私の前に進み出ては見下ろす格好で口を開いた。
「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。他の奴らより同性だからマシではあるが、俺らはずっと前からこの子に声かけているんだぜ」
だったら、少しは察しようよ。シリカの気持ちも。
「一時期の間だけなんだから、それくらいいいでしょ? 今回はちょっと特別なことがあるから、貴方達じゃ、頼りないからまた今度にして」
「なんだと? 俺達をバカにしているのか?」
「貴方達に言われたくはないよ! 誰だ! 私のこと、好みじゃないって言った奴!」
「俺だ」
「お前か!」
人のこと考えずに好みじゃないとか言うな。私も女なんだから配慮とかしろよ。
決めた。絶対にこいつらにシリカは渡さない。
「あ、あの、あたしから頼んだんです。すみませんっ」
シリカはもう一度深々と頭を下げ、私のコートの袖を引っ張って歩き出す。まるで未練がましく手を振る男達から遠ざかりたいように。
そのまま転移門広場を横切り、北へ伸びるメインストリートへと足を踏み入れる。ようやくプレイヤー達の姿が見えなくなると、シリカはほっと息をついた。
「す、すみません、迷惑かけちゃって」
「いいって、大丈夫だよ」
本当はちょっと大丈夫じゃないんだよね。私って、あんまり女として見られてないのがちょっとショックだった。後、私も相手のことなんか全然気にしないのに、好みじゃないって言われると、ちょっとショックだわ……。
別にいいけどね。こっちも願い下げだっつーの!
「さっきのは……なに? 知り合い?」
「顔見知りのプレイヤーです。どうせマスコット代わりに誘われているだけなんですよ、きっと。それなのに……あたし、良い気になっちゃって……一人で森を歩いて……あんなことに……」
「え、えっと……その、何があったの?」
「……実は」
シリカの話だと、些細な口論が始まりだった。
二週間前、誘われた六人パーティーに加わり、『迷いの森』を冒険して主街区へ戻ろうとしたさい、回復アイテの配分の件でプレイヤーと口論してしまった。そのせいで、頭に血が上ったシリカは五人と別れた。話はそれだけで終わりだったら、愚痴話になるんだろうがそうもいかなかった。
『迷いの森』でパーティーと別れたシリカは、地図を持っていなかったので、走り抜けて帰ろうとした。だが、予想以上に困難だった。知らない場所に転送されることを繰り返しているうちに疲労が困憊になってしまいそうな時にモンスターに遭遇。それからはモンスター連戦のせいで、回復アイテムを尽きてしまった。そんな状態で、先ほど三体の『ドランクエイプ』に襲われ、今に至るという話をしてくれた……。
「ふぇ……」
シリカが自分自身の行動を思い返した時、自然と涙が浮かんできたのを私は内心慌てしまうも、優しく頭を撫でてあげた。
「大丈夫。チャンスがあるんだから、何とかなるって」
そう言うとシリカは涙を拭い微笑んだ。やっぱり人間は笑顔が一番ね。だから泣きそうになった時、すげーひやひやした。周りから見れば私がシリカを泣かしたように見られるし、それに泣くのは今じゃないと思ったからである。終わった時にまた泣いて、それで笑えば良いはずだから。そう思うとやっぱり笑顔が一番なのよね。
そう思いながら、シリカと共に歩いて行くと、道の右側に一際大きな二階建ての建物が見えてきた。
『風見鳥亭』……シリカの亭宿かな?
「あ、キリカさん。ホームはどこに……」
「五十層だけど……今日はここに泊まるかな?」
「そ、そうですか!」
だってね……一々戻るの面倒だもん。それに今はシリカの友達である、ピナの蘇生をすることが優先だ。だったら、それが達成するまではシリカと一緒に行動したほうがいいだろう。その方が、シリカも安心するだろうと思うし。
「ここのチーズケーキがけっこういけるんですよ」
「おお、マジで」
「はい! なので行きましょう」
嬉しそうに両手をパンッと叩いて、コートの袖を引っ張って宿屋に向かった。
「チーズケーキか……女の子はケーキ大好きだものね」
「はい! そうですよね! 楽しみにしてくだ……」
言い終わる前に急に途切れ、顔を伏せた。
「シリカ?」
声をかけても返事は無し、そのまま無言で入ろうとした時だった。
「あら、シリカじゃない」
女の声はシリカの名を口にした。名前を呼ばれたシリカは立ち止まり、「……どうも」の一言だけ伝える。まるで声をかけてくるなと言う拒絶をしていた。
私はシリカの名を呼んだ女性に体を向ける。視線に映っていたのは、真っ赤な髪を派手にカールしていて、細身の長槍を装備している女性プレイヤーだった。そして、その女性プレイヤーが口の端を歪めるように笑っていた。
「へぇーえ、森から脱出出来たんだ。よかったわね」
「…………」
シリカは返事をしない。知り合いだけど……仲は良くない、か。先ほど急に黙ったのは、彼女を見てしまったからだろう。そしてシリカは、髪をカールしている女性プレイヤーと関わりたくないだろう。
「でもシリカ。今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの配分は終わっちゃったわ」
「いらないって言ったはずです! ……急ぎますから」
会話を切り上げて彼女から一刻も早く立ち去ろうとしたが、相手はまだシリカを解放する気はないようだ。そして彼女は嫌な笑みを浮かべる。
「あら? あのトカゲはどうしちゃったの?」
「っ!」
「あらら、もしかしてぇ……?」
「はいはい、ストップストップ!」
ヤバそうな感じがしたので、私は話に割り込んで、強制ストップをかけた。
「わかっているなら、いじわるしちゃ駄目だよ」
使い魔が『ビーストテイマー』の周りから姿を消えている理由なんて、大抵は想像つくものだ。彼女はシリカの使い魔である、ピナがいない原因を知っているのにも関わらずにわざと、口にして、シリカの反応を楽しんで
「あら? 何がかしら?」
「とぼけないでよ。わかっているくせに」
「口に出さないとわからないわ」
赤髪の女性プレイヤーは薄い笑いを浮かべながらわざとらしい言葉だった。
「そう? でも、気遣うことぐらいはできるんじゃないかなー……って、私思うんだよね。そこのところは、言わないとわからないかな? 意地悪なお姉さん。昔話シリーズではあんまり報われないわよ」
「あら、何も言っていないじゃない。まるで気遣いができないって、勝手に決め付けてもらわないでちょうだい。それにアタシのこと意地悪って言うけど、意地悪なことしたかしら? 誰だか知らないけど、貴女って、ろくな考え事しかしてないんじゃないかしらね」
なるほど……“そう言う人”なのね。
屁理屈言ってくるから、言い返そうとした時、キッと睨みつけるようにシリカが私の前に立ち、言葉を発した。
「死にました……でも! ピナは、絶対に生き返らせますよ!」
「へぇ」
わずかに赤髪の女性プレイヤーの目が見開いたが、小さく口笛を吹く。
「ってことは、『思い出の丘』に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」
「できます! この人と一緒なら必ず!」
「ふ~ん」
彼女はあからさまに値踏む視線で私を眺め回し、再び嘲るような笑みを浮かべた。
「あんたもその子にたらしこまれた口? 見たとこ、そんなに強そうじゃないけど」
「自分から言うのもなんだけどさ、見た目で判断すると痛い目に合うって聞いたことないかな? 残念、貴女の見た目通りにいかずに、シリカの言う通り、ピナは絶対に生き返るから」
「絶対ってあるかしらね」
「あるさ。例えば……そうね。絶対に貴女が思っている通りにならないことも言えるかな」
これ以上、赤髪と口論してもシリカが負担をかけてしまうわね。
「そう言うわけで、じゃあねー」
私はシリカを連れて宿屋へと足を向けた。
「ま、せいぜい頑張ってね」
赤髪の女性プレイヤーは笑いを含んだ声色が背中に叩いたが、わざわざ返すこともないので無視して中に入った。
●
風見鶏亭の一階は広いレストランになっている。その奥まった席にシリカを座らせて、私はNPCの立つフロントに歩いてチェックインを済まし、カウンター上のメニューを手早くクリック。そして私はシリカの隣の席へ行き着席をした。
「…………」
シリカは先ほど喜色を表していたのに、今は沈んだ表情で俯いている。今にも泣き出しそうだ。原因はあの赤髪女だろう。それしか考えられない。それでも、私は彼女について訊きたいことがある。
「さっきの人は知り合い?」
私の問いに、シリカは数秒間ためて、小さく頷いき口を開く。
「……ロザリアさんと言って、さっきまで一緒にいたパーティーの一人です」
「……そっか」
二人の様子から見て、そんなことだろうとは思っていたが、シリカの言葉で確信がついた。原因はどうあれ、ロザリアという女プレイヤーはいかにも他人の不幸が美味しいと思えるような人ね。シリカはロザリアに意地悪言われて、悔しかったんでしょうね。その原因で、ピナを失うことに繋がっているんだから。
でも、縁を切ったなら、もう二人が関わることはないだろうな。
訊きたいことは訊いたし、とりあえず、お腹空いたので食事をしよう。丁度、ウェイターが湯気の立つ、赤い液体が入ったマグカップが二つ持ってきてくれたのはベストのタイミングだ。
「乾杯」
コチンと、シリカが持つカップに合わせ、熱い液体を一口すする。スパイスの香りと甘酸っぱい味わい。
「……おいしい」
「そうでしょう。NPCレストランはボトルの持ち込みが出来て、私が持っている『ルビー・イコール』って言うアイテムなの。しかもカップ一杯で敏捷力の最大値が1上がる、おまけつき」
「そ、そんな貴重なもの……」
「貴重だからこそ、使うべきなんだよ。ほら、私のことを気にするなとは言わないけどさ、どんどん飲みなさいな」
「あ、はい」
私はホッとした。シリカは笑いながら、もう一口、ゴクンっと飲んだ。先ほどの沈んだ表情から、少しずつ元気を取り戻すことができた。
やがてカップが空になっても、シリカはその暖かさを惜しむようにしばらく胸に抱いていた。
「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」
シリカはぽつりと呟く。
元気取り戻したと思っていたが、そんなことはなかったか。ピナを生き返るのを知っているけど、ロザリアという女プレイヤーにバカにされたんだ。それに、シリカはまだ若すぎる。精神的にきついところはあるだろう。
でも、そうね……今後のためにも教えたほうがいいわね。
「私もね、似たようなことを、あにじゃなくて、友達に聞いたんだよ。MMOはSAOが初めて?」
「初めてです」
「それじゃあ、私と同じか」
「き、キリカさんもですか!?」
「うん。でも、運良く友達がものすごく詳しい人だからなんとか助かっているんだよね」
シリカには申し訳ないが運良いなんて言えるような立場じゃないんだ。その相手が実の双子の兄で、SAOの中でも屈指の強さを持つ攻略組の一人の妹なんだ。単に親しい仲の関係と比べるものではない、兄妹の関係。そんなこと口にしたらずるいって言われそうね。
以前、誰かが兄のことをバカにされたことに対して怒った私に、兄から話したことを思い出しながら言う。
「どんなオンラインゲームでも、キャラクターに身をやつすと人格が変わるプレイヤーが多い。善人や悪人になる人。それをロールプレイって従来は言っていたんだろうけど、今のSAOの場合は違うと思うって……」
最初の頃は、そもそもの話、萱場晶彦が勝手に自分の操作プレイヤーと現実と一緒にしたから実感しなかったけど兄が教えてくれた。そしてその気持ちがわかってきた。
単純な話。ゲームと現実の自分は違う。現実の人とゲームで操作する自分の性格が一致するとは限らない。でも、所詮はゲームだから割り切るところがあるから善人や悪人にもなれる。
本来、SAOでもそうなるはずだったんだろう……。
「今は異常な状況になってしまったのにも関わらず、他人の不幸を喜ぶ奴、アイテムを奪う奴、殺しまでする奴が多すぎて、『ここで悪事を働くプレイヤーは、現実世界でも腹の底から腐った奴なんだと思ってる』って、友達は言っていた」
どうやら私が怖く言ってしまい、シリカが気圧されたような表情をしていた。
「ごめんね……」
萱場晶彦のせいで、SAOもただのゲームじゃなくなってきた。それこそ、ゲームではあるが遊びじゃない。アインクラッドの世界で悪事を働くってことは、現実世界も同じように悪事を働くんだろう。
そしてロザリアさんも、現実世界ではあんまり良い性格ではないんだろうな。
「きっと、ロザリアさんがあんな意地悪言うのは……痛みを知らないからだと思う」
「痛みですか?」
「そう。例えば、さっきロザリアさんに意地悪言われて傷ついたと思っているかな?」
「あ、はい……」
「もしも逆の立場だったら、シリカはロザリアさんに酷いこと言える?」
「え、えっと……」
シリカはしばらく考えて、違う立場からの自分に対しての答えを探している。数秒間経ってから「言えません」と答えた。
「でも、キリカさん。それとロザリアさんに何が関係あるんですか?」
「違いだよ。シリカとロザリアさんの違いは、痛みを知っているかの違い。シリカはロザリアさんが悲しんでいたとしても、シリカは傷つけるようなことをしない。でも、ロザリアさんはシリカが傷ついていることをわかっていながらも嘲笑って、人の悲しみをもっと傷つけようとしていたわ」
人の不幸を笑う者は。きっとそうだと思う。
最初のやり取りでそう思ったのが、シリカの使い魔であるピナがいないことを知りながらもわざと言葉にしてシリカを傷つけようとしていた。その表情に遺憾なんてなかった。
人の不幸を美味しいと思う人は、はっきり言えば嫌な奴だ。
「……やっぱり」
「やっ、やっぱり?」
「やっぱり……キリカさんは悪い人じゃなくて、優しい人なんですね」
その言葉、その笑顔に私は素直に返すことも頷けなかった。
だからつい、ポロッと口を漏らしてしまう。
「そんなことない……」
「キリカさん?」
「私だって、人のこと言えないの……酷いことをしたし、最低なこともした。約束も守れずに、見殺しをした。とってもとっても悪い、女だよ……」
そして私は他の人にまで言わないことを口にしてしまった時には、身体が締め付けるように少し痛みが走った。
何言っているんだろう。こんなこと、口にしたところで相手を困らせるだけなのに……そう思うと、私はまだまだ、深い闇に沈んでいるんだな……。
私自身も、こんなことを言うなんて思いもしなかった。
こんなこと、シリカに言ったところで困らせるだけだ。何か言って、誤魔化さないと……。
「な、なんてね~。本当は……」
誤魔化そうと冗談言おうとした時だった。シリカが私の右手を包み込むように両手でギュッとしてきた。
「し、シリカ……
「あたしはキリカさんの過去はわかりません。ですが、わかったことはあります」
より強く、両手に力が込められるのがわかった。そう思った時に、シリカが何か言いたいのか、だいたいわかった。
「あたしが悲しんでいる時、キリカさんも一緒に悲しんでくれていました。それって、キリカさんは痛みがわかる人で、優しい人だなって思いました。キリカさんは良い人です。あたしを助けてくれたもん。あたし、キリカさんに助けてられてよかったです」
だからこそう。やっぱり言わなきゃよかったって思ってしまう。その言葉が嬉しくて、暖かい言葉だから、眩しくて泣いちゃいそうだ。でも、そう簡単に泣かないたら、笑われちゃうし、シリカは私を頼ってきているんだ。情けないところは見せたくない。
「私が慰められちゃったわね……。ありがとう、シリカ」
私は感謝を込めて礼を伝えると、シリカは何故か赤くなった。
あれ? 私、変なことした? もしかして、感謝を言ったの……間違えた? そうじゃないとありがたいんだけど……。
「ど、どうした?」
伺ってみると、シリカは私に向かって、ぶんぶん首を振って笑顔を見せた。
「な、なんでもないです!」
「本当?」
「本当です! あ、あたし、おなか空いちゃった」
「あ、うん。そう、だね」
誤魔化したっぽいけど、元気にはなっているから深刻なことじゃないな。なんで顔が真っ赤になったのはわからないけど、あんまり気にすることではないな。逆に慰められちゃったし、暗い話はここまでにしとこう。
「じゃあ、シリカのオススメに任せるよ」
「はい!」
●
食事を終えた時には、時刻はすでに夜八時を回っていた。明日の四十七層攻略に備えて私達は早目に休むことにした。風見鶏亭の二階に上がって広い廊下の両脇にずらりと客室のドアが並んでいる。私が取った部屋は偶然にもシリカの部屋の隣だった。顔を見合わせて、笑いながらおやすみを言い部屋に入って、髪を下ろしながらベッドへダイブイン。
シチューと黒パン、デザートにチーズケーキ……チーズケーキは最高だったな。わざわざ下層に行く価値もあるよ。あの美味しさは。
今度から自分のご褒美にしようかなー……。
しかし、まぁ……あれね。しばらくは……前線に戻れそうにないかなぁ……。最近はクエストや、依頼やら、人助けばっかしで、あんまり攻略に参加してないような気がする。それのせいか、血聖騎士団の副団長から怒られて、口論しかしてないような気がする。あの子、みんなのために頑張ろうと真面目に取り込んでいるのはわかるけど、それだけじゃなさそうな気がする。彼女にとって、一日一日が無駄にならないように頑張っている姿は、まるで休むことなく走り続けているマラソン選手のようだ。
別にぐうたらしていいなんて言わない。ただ、焦ったところで自分の体を壊すだけだ。一日よりも早く現実世界に帰ったところで、また最初から始まるのには変わりない。
と言っても、流石に前線に戻らないといけないわね。ピナの件と依頼の件が終わったら戻って頑張ることにしよう。
「ん?」
室内にノック音が鳴った。この世界では全てのドアは音声遮蔽圏であって、話し声が洩れることはない。 だけどノック後の三十秒だけはその限りではない。流石に見知らぬプレイヤーが訪れることはないから、シリカが私に用でもあったのかな?
相手がシリカだと思って、ドアに寄って開いた。
「はい」
「あ……」
ドアを開くと、シリカがいた。それも可愛いチュニックを着て。
……それで、その……なんで黙っているのかな?
「……なんで急に固まっているの?」
「えっと……な、なんでもないです!」
なんでもないなら、シリカさんは頬が赤く染まっているのかな? 考え事でもしていたから声をかけられてやっと反応して、恥ずかしくなったのかな? それだったら深く追求することは野暮になるわね。
「で、どうかしたの?」
「あの、ええと、その、あの……よ、四十七層のこと、聞いておきたいと思って!」
「あ、言ってなかったっけ?」
「は、はい……」
それだったら明日の出発時に説明すればいいかなって思ったけど……何があってもおかしくはないから、今のうちに説明するのもいいかもね。そうじゃなくても、ここで拒む理由がないから、断れないのもあるけどね。
「ああ、いいよ。中に入って」
「え、あ、はい。お邪魔します」
なんか、今もちょっとおかしかったような……? まぁ、いっか。
とりあえずシリカを中に入れさして、椅子に座らせた。私はベッドに腰かけてウインドウを開き、小さな小箱を実体化させる。
テーブルの上に置いた箱を開くと、中には小さな水晶球が収めていてランタンの光を受けて輝いている。
「綺麗……それは何ですか?」
「『ミラージュ・スフィア』って言うアイテム。こうやって水晶を指先でクリックすると……」
メニューウインドウが出現して手早く操作、OKボタンに触れると球体が青く発光して、その上に大きな円形のホログラフィックが出現した。
アインクラッドの層ひとつ丸ごと表示していて、街や森や川が、木の一本に至るまで微細な立体画像で描写している。
便利よね……現実の世界にもこんなの開発してくれないかな?
「見るのも楽しいかけど、私の話も聞いてほしいなー……なんてね」
「あ、はい! お、お願いします」
地図に夢中になって覗き込んでいるシリカに、私は層の説明をした。
「ここが主街区になっていて、今回の目的である『思い出の丘』に必要な蘇生アイテムがあるわ」
説明伝わっているかなって、不安になりながらも、指先とか使って私なりに説明をした。気分は大学の教授。
「私もいるから大丈夫だと思うけど、ここのモンスターが…………」
「キリカさん?」
私は唇に指を当てるのをシリカに見せた。
「ここのモンスターが、そうだね……なんて言えばいいのかなってね!」
そして不自然だけど私はベッドから飛び出し、説明をしながらドアに近寄って、勢い良く引き開ける。
ドタドタと駆け去る音が聞こえ、廊下の突き当たりの階段を駆け下る人影が見えた。
おしいな。こっちも気づかないようにやってみたけど、察して逃げやがった。しかも、逃げ足速いよ。
「な、何……!?」
「さっき、誰かに聞かれていた」
「え、で、でも、ドア越しは声が聞こえないんじゃ……」
「普通ならそうだね。でも、聞き耳スキルが高いと、その限りじゃないんだ」
兄からは、聞き耳スキルを上げている奴はなかなかいないって聞いたことあるけど、実際は多いんじゃない?“ああ言う人達”にとっては便利なスキルなんだし。
私はドアを閉めて、ベッドに腰を下ろし座る。さて、何故私達の話を聞き耳したのかを考えましょうか。だいたいは検討ついているんだよね。
「で、でも……なんで立ち聞きなんか……」
シリカは両腕を自分の体に回していて、不安そうな表情をしていた。
「大丈夫だって、ピナは助かるよ。聞き耳されたのもすぐに解ると思うし、ちょっとメール打つから、待っていて」
さて、おそらくは“奴ら”だと悟り、“ある人”メールを送信する。
私達の会話を聞いていたならば、明日必ず現れることになる。聞かれてはしまったけど、逆に聞き耳をしていたプレイヤーに会えるのは好都合だ。
それで全て解決する。何もかも明日で終わる。
いや、終わらせる。絶対に。
数分後にメールが返ってきて内容を確認した。
……了解。
「よし、終わったって……」
振り返ってみれば、シリカはベッドでぐっすりとお休みになされた。
「寝てるし……」
いや、別にいいんだけどね。シリカにとっていろいろとあったから、疲れて眠るのも無理はない。このまま寝かせましょう。あと、掛け布団をかけてっと……私、どこで寝る? 床でもいっか。
「しかし……」
女の子の寝顔を見るのは失礼だけど、思わず見てしまう。
シリカを助ける理由に、私は妹に似ているからって言ったのは自分でもどうかと思った。実際はシリカと似ていないんだよね。ただ妹属性なだけだから妹に似ているって言ってしまった。
……今、なにしているんだろ。私達なんか気にせず、青春でも楽しんでいるかな? そうなってもおかしくはないか。私も、兄も、お兄ちゃんお姉ちゃんとして、なんにもしてきてないし、妹の気持ちをわかろうとしなかった。
私には強くて可愛い妹がいる。だけど、私の勝手なせいで妹のことをわかろうとしなかった。
いや、ちょっと違うか。妹のことを嫌っていたから、わかろうとしなかった。
私の家族は兄しかいないんだと思い込んでいた。
今思うと、本当に私って、バカなんだなって実感する
「元気かな、直葉」
妹の名を呼んでも、きっと届かない。今でも、私と直葉には遠い距離を作ってしまったから。
「寝るか……」
よくある話だよね……。
離れてから、傍にいる人の存在が。どれだけ大切であることを思い知るなんて……。そう思うと、後悔しているんだって思い知らされることにもなるんだけどね。
あの時、なんで私は妹のこと、わかろうとしなかったんだろうって……。
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