Fate/stay night -the last fencer-
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第一部
それぞれのマスターたち
穂群原学園(Ⅱ) ~パニックソニックデッドコースター~
昼休み。
生徒の喧騒の中を屋上に向かって歩いていく。
午前中は凛と士郎のことを考えていたり、後ろからフェンサーの視線が突き刺さって授業にまったく集中できなかった。
せっかく自由行動を許したっていうのに、ずっと俺の授業風景を眺めていてアイツはどういうつもりなのか。
俺が心配だとか結界を気にしてとか理由はあるんだろうが、こちらとしては洒落にならない緊張感だった。
その調子で一日中張り付かれてはたまらないので、午後からは深山町全域偵察を命じた。
実際、昼間のあいだは危険はない。
学園にいる魔術師は俺と凛、士郎、結界を張った奴を含めて4人。
凛とは不戦を約しているし、士郎は脅威度ゼロ。
もう一人の魔術師も自分から姿を見せるような間抜けは晒さないはずだ。
つまり、自発的な戦闘が起こる可能性は皆無。
(聖杯戦争が終盤になれば、こんな余裕もなくなるかもしれないな)
相手が少なくなれば不戦条約など切って捨てる程度のものだろうし、結界を張った魔術師のようにいつまでも隠れてはいられない。
士郎のように潰しやすいマスターを放置するメリットなどなく、俺と凛のように相手に拘る理由もなくなるのだから。
時間制限があるのかは知らないが、そもそもたった七組の参加者しかいない戦争だ。
一度戦いが始まり脱落者が出れば、決着まで数日足らずということだってありえる。
自分は勝ち抜けるだろうか……などと考えながら、俺は凛と待ち合わせした屋上の扉を開いた──────
寒風が吹き荒ぶ屋上。
校舎内の騒がしさはそこにはなく、ただ静寂のみが満たされている。
そしてその静寂を破る者が一人。
「ほんっとにあのバカ、昨日あれだけ言ってやったのに!」
色々とご立腹な凛を宥めながら、風のない片隅で昼食を取る。
士郎には休み時間に今朝の件は誤解だという旨を言い含めてあるが、どれだけ伝わってるかは分からない。
かなり丁寧に上手く説明したつもりだが、
『ああ……へぇ……うん……わかった……』
こんな感じで空返事なんてレベルではなかったので、俺の言った言葉が全く頭に入っていない可能性もある。
なんだろう、まさか士郎も学園のアイドル・遠坂凛に憧れる一男子だったのだろうか。
普段は仏頂面して真意を推し量りにくい性格してるくせに、そこはちゃんと男だったのか。
だったらむしろ見た光景を受け入れずに否定してくれていたら、誤解を解くのも楽だったのに!
見たままを受け入れることは悪いことではないが、そこはもう少し柔軟になってほしい。
とはいえ士郎の説得はしたので、後は凛を宥めすかせば当面は解決だ。
今朝の件について凛には自覚がないので、これは放置が安定だろうと判断。
だから今は結界の対処について俺は話し合いたいのだが…………
「なんなのよ、もう! 頭悪すぎるでしょ士郎!」
「落ち着けー、優等生の皮はどこにいったー」
当人は先ほどから怒り心頭です。
うー、と唸りながら、憤りを隠そうともしていません。
確かに士郎の能天気さは神懸かっているが、そこまで目の敵にするほどでもないだろうに。
拠点である屋敷の場所も判明しているし、マスターとしての性能やサーヴァントであるセイバーの基本能力も把握している。
宝具にのみ警戒し、戦略と詰めを誤らなければいつでも潰せる相手だ。
必要以上に拘りを持つと、ロクな結果にならないことは目に見えている。
「まぁまぁ、俺たちだって学校には来てるわけだし」
「私たちは色々取り決めてあるし、周囲や相手への警戒心もあるじゃない。衛宮くんのあれはボケてるとかじゃない、絶対に私たちを嘗めてるのよ」
「そんなことないって。昨日の今日でそこまで抜けてたらもはや病気の類だろ」
「衛宮くんは素人のくせに、サーヴァントさえ連れていないのよ?
アイツはっ、今っ、自分がっ、置かれているっ、状況がっ…………なんら一切っ、わかっていないのよッ!!」
「……わかったわかった、抑えて抑えて。じゃなきゃ俺の鼓膜が破れちまう」
寒空に響き渡る憤怒の声。
空気をビリビリと伝播する叫びは、耳を塞いでいたって聞こえるほど大きい。
今にも駆け出して士郎にヘッドロックをかけた挙げ句、Dead or Aliveを迫りそうな勢いだ。
「じゃあせめて授業がある時間帯だけは見逃してやろうや。万が一人が居ない時間まで残ってたりしたら好きにすればいい」
「なに、そのときは邪魔しないの?」
「なんで邪魔するんだよ。そこまで無自覚な奴ならどうせ近いうちに脱落するだろうから、狩るならどうぞご自由に」
友人としてある程度は情けをかけてもいいが、一定の域を超えたらこちらの知ったことではない。
俺の知らない場所で勝手に死ぬならそれで構わない。
いや、たとえ死ぬと知っていたとしても、それが俺の目の前でもなければ助ける義理などない。
天性のお人好しでもあるまいに、誰でも彼でも助けていたら命がいくつあっても足りないんだから。
手の届く範囲なら助ける。
俺の能力の埒外にあることや、そいつの自業自得なら助けない。
それが俺の、他者に対する信条の一つだ。
「そんなことより、今は結界をどうするかが先だろ」
「確かにね……まさか昨日一日で復元されるとは思わなかった」
「相当な暇人だよな。相変わらず優れてんのか頭悪いのかもわかんねぇし」
復活した結界。新たに刻まれた呪。
正直元に戻されただけならよかったが、結界はさらに強化されている。
だが痕跡を残したままなのは相変わらず、結界も感知される状態で放置。
いや、ここまでくると逆にバラしているのはわざとで、こちらの撹乱や余計な警戒心を与えるための戦術とも考えられる。
もしくは俺が深読みし過ぎなだけで、そんなことなど考えてすらいない三流魔術師なのかもしれないが。
「また地道な基点潰しだな」
「仕方ないわ。対症療法だけど、他に出来ることもないし」
「じゃあまた放課後にボチボチやるかねぇ」
屋敷になら結界破壊の魔具もあったと思うが、今は遠出するわけにもいかない。
冬木市から離れたことを敵前逃亡、戦線放棄とみなされては困るからだ。
話しながらも弁当をパクつく。
「そういやおまえ、昼飯それだけで足りんの? 俺の弁当倍近い量なんだけど」
「女の子はこんなものよ。黎慈はさすが男の子って感じね」
俺の特製牛カルビ弁当。
白米を敷き詰めた上からキャベツの千切りを敷き詰めて、その上から焼き肉を敷き詰めただけの男の弁当。
昼食にこだわりを持っているわけではないので、腹が膨れればそれでいいのだ。
「私がそんな量を食べたら、しばらくは食事量を減らさなきゃいけないもの」
「だから気にするほどのお肉ついてな──いひゃい、いひゃい!?」
ほっぺたをギューっとつねられる。
あー、女子にそういうのは気を遣うべきか。
分かってはいるんだが如何せん素直な性質で、つい口に出してしまう。
「口は災いの元って知ってる?」
「知ってる。ただ天災と違って人災は予防できると思うんだ」
「じゃあちゃんと予防しましょうね」
「いやまあ…………食べても運動すればいいことじゃねぇか?」
「運動ならしてるわよ。その上で色々気を遣ってるの。わかる?」
そりゃあわかってるんですけどね。
本音で言うと人をからかうのは既に習慣と化しているというか、こういうのが楽しかったりするのだ。
凛とまともに会話するようになったのもつい最近なんで、そこはまぁ大目にみてほしいところ。
「それにしても寒くなったなぁ。昼間でも身震いするくらいだ」
「何ひ弱なこと言ってるのよ。それこそ運動でもしてみたら暖まるんじゃない?」
「ベッドの上での運動なら大歓げっふ!?」
逆流するっ、胃の中のモノがっ、鳩尾にっ、崩拳がぁっ!!
食道をせり上がってくる牛カルビとキャベツと白米を必死に抑え込む。
こんなところでリバースしては後始末が大変だ。
「ふふふ、予防はどうしたの?」
「ま、まだやってませぇん…………」
「口は災いの元っていうのも教えたでしょ」
「確かに聞いたなぁ。つっても、凛は大体の事は受け流すだろ?
おまえをおちょくるにはセクハラ系統がいいって研究成果が出てるのさ。まだ耐性ないみたいだからな」
「まずおちょくるのをやめようって発想はないのかしら」
「何言ってんだよ。おまえからして人をおちょくるのが好きなくせに」
「う…………」
好きと言えば語弊があるかも知れないが、大きくは間違っていない。
相手の弱点や苦手分野を指摘するのを躊躇しない性格なので、結果的に相手がぐうの音も出せない状況になる。
自身の優位性を確保した状態でチクチク相手を苛めるため、端から見ればからかうのを楽しんでいるように見えるのだ。
というか、反論できなかった時点でコイツもそういう性格なのは明らかである。
「たまには弄られる側の気分も味わってみろよ」
「……ふん。最近はずっとな気がするけど」
「偶々だ」
中学を卒業してからは凛に対する過度な接触は控えていた。
互いに魔術師としての生き方も定め始める頃だし、無闇に絡むのも遠慮していたのだ。
聖杯戦争のせいで今は話す機会が増えているが、この戦いが終わればまた元の距離感に戻るだろう。
「そうやって調子に乗ってると、いつか手痛いしっぺ返し食らうんだから」
「はははっ、そこは巧く立ち回るさ…………って、予鈴だな」
学園に響き渡るチャイムの音。
弁当箱を包みに仕舞う。
パンパン、と土埃が付いた部分を叩きながら立ち上がる。
大きく伸びをしながら凛と屋上の扉に向かう。
「じゃ、また放課後にな」
後の行動方針を決定し、俺たちはそれぞれの教室に帰った。
夕暮れの緋色に染まる教室。
凛と手分けして結界の基点を探しているが、成果はあまり芳しくない。
「Decode, Analyze, Interpret…………新しい結界の基点……構造自体は変わってないな」
以前の基点も順繰りに閉じてまわっているが、新しく刻まれた呪が中々面倒な位置に設置されている。
内部構造は変わっていないので閉じる作業は容易だが、決して狭くはない学園敷地内では見つけるまでがかなりの労力だ。
「────────」
結界の基点にとって異物である、俺の魔力を流し込んで循環を停める。
組み上げられている式を一つずつ凍結させ、折り畳むように閉じていく。
閉じるのが容易なのはいいが、向こうが基点を修復するのも簡単なのが痛いところだ。
これだけの優れた結界を扱える魔術師を誉めるべきか、責めるべきか。
「…………ん?」
今、何か聞こえたような?
途端、廊下を全力疾走する何者かの足音。
ついでパキュンパキュンという謎の発砲音。
一体なんぞや。
「っ!?」
何者かが勢いよく扉を開き、ピシャンと閉じる。
「はぁっ、はぁっ、はぁ…………」
焦った様子で教室内を見渡し、俺の姿を見止めて走り寄ってくる。
衛宮士郎だった。
「良かった、黎慈助けてくれ!」
「…………非常に聞きたくないが。おまえ何やってんの」
「遠坂が突然喧嘩仕掛けてきたんだよっ! 人が居ないからって、学校でやり合うとか何考えてんだアイツ!」
何考えてんだコイツ。
そりゃそうだよ。
獲物が葱背負ってやって来たら仕留めにかかるだろうよ。
ここで俺がトドメ刺してやろうか。
続いて、こちらの位置とは反対側の扉から凛が顔を出す。
同時に俺の背中に隠れる士郎。
「おまっ、士郎テメェふざけんなよ!」
「ちょっと黎慈、そこどいて! ソイツ殺せない!」
指先をこっちに凝す凛。
黒守シールドを展開しながら、士郎は逃げる機会を窺っている。
凛に邪魔をしないと約束した手前、俺が士郎を庇うわけにも行かない。
というか、俺が士郎を庇う義理もない。
「待て凛。俺は離れるから、士郎はその後で好きに料理しろ」
「なっ……黎慈、おまえ裏切るのか!?」
「裏切るってなんだよ! 別に同盟組んでるわけでもねぇだろうが!」
訳の分からない発言を繰り出した士郎と言い合う。
しかしダメだ、非常時にテンパった人間は無敵だ。
理屈も筋も一切通っていない理論に何故か丸め込まれる。
「……いいわ、黎慈。そこを動かないで」
「? ああ」
どうするんだ?
そこから士郎を狙い撃ちにするのか?
凛は本気と書いてマジと読む目をしている。
その綺麗な指先に、魔力が集中しているのがわかる。
一瞬の緊迫。
俺が嫌な予感を感じて身を捻るのと、発砲音が響いたのは同時だった。
「うぉっ!?」
俺の後ろの壁が黒く焦げている。
何だ、今のは呪い撃ちか?
ガンドってこんな直接的な効果を及ぼす魔術だっけ?
「おい凛! 今の確実に俺を狙ってただろっ!」
「そうよ? あんたにも私が天誅下してあげるから、士郎共々そこに直れっての!!」
そう叫ぶとすぐさま次の発砲。
本気だと判断した俺は教室から脱出し、士郎も俺に付いてきた。
二人の逃避行の開始である。
「不戦条約はどうなったんだよ!?」
「もう放課後なんだからあんなのとっくに無効よ!」
「め、めちゃくちゃだー!?」
士郎と二人して弾幕回避に専念する。
さぞかしご立腹なのだろう。
凛に冷静さなど既に無く、ガンドはその威力をどんどん上げている。
「黎慈、遠坂を止めてくれよ!」
「はぁ!? どうやれってんだよ!」
「キスするぐらいの仲なんだからそれぐらい出来るだろ!」
「あっ、テメ、やっぱ俺の話聞いてなかったな!? 誤解だっつってんだよ!!」
敵は凛だけではなかった。
隣を並走する士郎と口論しながら走り抜ける。
直線でしかない廊下では射線軸から逃れることも出来やしない。
「やった、階段だ! 駆け降りて校舎の外に出ればいくら遠坂でも……!」
「よしっ! と、飛び込めー!」
縋り付くように階段に突撃し、段飛ばしで階段を降る。
これで逃げ切っただろうと俺と士郎が安堵の溜め息を吐いたとき────
ダン、と目の前に降り立つ、あかいあくま。
「わお」
「……遠坂、身、軽いんだな。前は贅肉があるとか言ってたのに」
士郎が発言した瞬間、凛の額に青筋が浮かんだ。
あ、ヤバイ、あれはキレたぞ。
「おまえは俺か! この状況で何挑発するようなこと言ってんだ!」
「や、ちょっと思ったことがつい口に出て」
胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶる。
おちょくるのも素直な感想も結構だが、TPOは弁えてくれ。
さすがの俺でもそこは徹底してるぞ!
「も、もっかいダッシュー!」
三階から二階の廊下にフィールドチェンジ。
先程まで単発だったガンドが機関銃のような音を発している。
これ以上エスカレートすると通報されかねません。
「黎慈、反撃だ! バーサーカーと戦ったとき、なんかスゴい魔術使ってたじゃないか!」
名案とばかりに喜びの声を上げる。
そうして二人同時に凛に向き直り、敵を見据えた。
勇壮なる俺たちは、今、あかいあくまに立ち向かう!
「いいだろう、だがあの魔術は詠唱に時間が掛かる。具体的には15秒くらい。
この場合のセオリーとして、おまえが命を懸けて時間を稼げ、俺のために!」
「おう! 任せろ!」
バキュンバキュンズドォン!
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ!!
「うん無理」
「うぉい、コラ!」
神懸かった奇跡的な回避をしながら再び逃走開始。
危険感知か高い危機回避能力のせいか、一刹那で不可能だと判断したらしい。
俺を置いていく勢いで再び逃げ出した士郎に、追走するように俺も走っていく。
「く、ダメだ! 一旦退避するぞ!」
最初に士郎と出会ったときのように、教室内に滑り込んだ。
次に何が来てもいいように身構える。
………………?
先程までと違い、うって変わったような静寂。
凛の足音も、ガンドの発砲音も聞こえない。
その状況を訝しむ。
一度動いてみようと一歩踏み出そうとした瞬間────教室が外界から切り離された。
「っ、まずい……!」
閉じ込められた上、防音まで敷いてやがる!
さっきまで凛が撃ち放っていたガンドは、恐らく魔術刻印に記録された魔術。
詠唱を必要としない、魔力を奔らせるだけで起動する術式だ。
だが今、教室の外で、凛は呪文を詠唱している。
つまりそれは、今までとは比較にならない魔術を発動させるということだ。
たぶん、詠唱完了までは20~30秒。
その短い間に、俺も自らを守る魔術を行使せねばならない……!
「────────」
上着を脱ぎ、腰に巻き付ける。
腕の稼働に邪魔な袖を一気に肩まで捲り上げた。
魔術を行使する上でも、布の感覚は集中を妨げる要因となる。
己が魔術刻印を起動させる。
俺自身の戦闘意思に呼応して、魔術回路を循環する魔力が共振する。
「なっ…………」
手首から肩口にまで刻み付けられた魔術刻印を目にし、士郎が絶句している。
確かに他人からすれば、気持ちの悪いものかもしれない。
一般の人間が全身に刺青が入った者を見たときのような感じだろうか?
だが今はそんなことはどうでもいい。
刻印が勝手に発動する魔術。
主が防衛思考をしているからか、あらゆる災禍から身を守る為の術式が奔る。
身体強化、各部硬化、思考加速。
防刃防弾、耐地・耐水・耐火・耐風・耐空。
反縛、隔光、影封じ、不干渉、耐圧障壁、精神防壁。
これらの上で前方に障壁を展開、自身に向けられた魔術を遮断する。
「士郎、何が起こるかぐらいはわかるだろう? 自分で対処するか、俺の後ろに隠れるかはおまえ次第だ」
「っ────」
幾ばくか思考した後、俺の後ろでさらに机を盾に床に伏せた。
俺を防波堤に、流れ弾に対する盾も用意したなら、士郎が傷を負うことはないだろう。
息を殺し、士郎はそのときを待っている。
(ああ。隠れること、守られることで傷つくようなチャチなプライドは持ってなかったか。
この場を凌ぎ切るならそれが最適解だぜ、衛宮士郎)
魔術師としては未熟だが、戦う者としての覚悟、危機回避に対する判断は本物だ。
こちらが完全防衛態勢に入ってから数秒。
嵐のような魔術の掃射が、教室内を蹂躙する────!
「くっ……」
さすがは凛だ。
俺も居ることを懸念してか、かなりの威力の魔術を雨霰と連続解放する。
貫通効果を付与したものもあるのか、時折障壁を透き通って俺に直撃していく。
「あ~くっそ、好き放題してくれやがって」
身体そのものにも防御は仕込んであるので特にダメージはなかったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
正直根比べな部分もあるが、連続魔術行使にも必ず息継ぎは必要になる。
要はそこまで耐えきればいいわけだ。
「士郎ー、大丈夫かー」
「俺は平気だけど……黎慈の方こそ、大丈夫なのか?」
「……まぁ、これくらいならな」
前方に障壁を集中展開するだけなので特に難しいことはない。
術式強度と魔力が劣っていなければ、問題なく防げるものだ。
だからといって暢気に会話していていいわけでもないのだが…………
魔術掃射が始まって1分は経っただろうか。
教室中の物を木っ端微塵にし、白煙が立ち込めるなか、原型を留めている自分が奇跡のようにさえ思えた。
魔術刻印から風を巻き起こして白煙を吹き払う。
「こうなったら徹底抗戦だ。アイツ絶対、泣かしてやる」
「行くのか、黎慈?」
「あったりまえだろ。凛とおまえのことには首突っ込まないつもりだったが、向こうがその気ならやってやるぜ。
さあ武器を持て士郎。あのバカタレの鼻っ柱折ってやるぞ」
「よ、よし!」
椅子の足を手に取り、強化の魔術を通す。
唯一の魔術と言っていただけあって、鮮やかな手並みだった。
あぁ、面白いぞこのやろう。どうせならもっとやり合おうや。
「む、やっと出てきたわね」
教室から出てみると、廊下の真ん中で凛が仁王立ちしていた。
散々な目に遭わせたことで気分がいいのか、ふふん、なんて笑いながらこっちを見ている。
「ほら、これで懲りたでしょ? 衛宮くんは早く令呪を出しなさい。
黎慈は頭下げてごめんなさい、って言えば許してあげてもいいのよ?」
絶好調の遠坂凛。
完全に勝者の笑みを浮かべながら降伏を促してくる。
だがこちらも敗けを認めるつもりはない。
そもそも敗北を受け入れるために出てきたのではないのだ。
「何でも自分の思い通りになると思うなよ遠坂。俺はセイバーを裏切らないし、まだ負けたつもりだってない」
「まったくだ。無い胸張って威張ってんじゃねぇぞ、お腹にばっかりお肉つけやがって!」
「そーだそーだ、心の贅肉だ!」
「……………………」
そして遠坂凛は沈黙する。
けれどもそれは、真の意味での沈黙ではない。
何故なら彼女の表情とその眼が、何よりも雄弁に物語っている。
コロス、と。
特に俺に対して、世界中の殺人鬼からかき集めたような殺気をぶつけてくる。
まるでこの世全ての殺意だ。
「来なさい。馬鹿は死んでも直らないんだものね」
一触即発の空気。
互いの戦意が今まさにぶつかろうとした瞬間。
校舎一階から響く悲鳴に、俺たちは戦いを止めざるを得なかった。
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