少女1人>リリカルマジカル
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第九話 幼児期⑨
「あぶねッ」
俺は風で飛びそうになった帽子を、慌てて手で押さえる。ちょっとばかし景色に気を取られ過ぎたかな、と反省した。子どもの身長というのは低いため、大抵見上げるものだ。でも今俺がいる場所からは、景色を見下ろすことができる。それで、つい眺めてしまっていた。
さっきまで歩いていた山道をふり返ると、母さんと手を繋いだ妹が元気よく手を振っているのが見えた。俺もそれに手を振り返す。そんな俺たちの様子に母さんは優しく微笑んでいた。
「今日は晴れてよかったな」
『そうですね。予報でも天気の崩れはないようですし、一安心です』
俺の隣でふよふよ浮いていたコーラルの言葉に、俺もうなずく。周りを見渡すと生い茂る木々や藪が目に入る。平坦な山道には木の手すりが備え付けられており、子どもでも安全に登ることができた。葉は綺麗な緑色となっており、ところどころから蝉の鳴き声が響いていた。
「しっかし、暑いなー」
『もう夏ですからね。日射病になったら大変ですから、ますたーもこれ以上はしゃぎ過ぎないでくださいよ』
「……俺そんなにはしゃいでいたか」
『いきなり山に入って、「なんかブランコに乗ってみたくなるな」とか言い出して、マイスターに止められる。「アーアアァーー」と奇声を発しながら森の木から木へ移ろうとして、マイスターに怒られる。蝉の抜け殻を掌いっぱいに集めて、それにアリシア様も参加して、マイスターが軽くビクつく』
俺自分に正直だから。しかし確かにはしゃいでるな、これは。
だって山だぜ。ピクニックだぜ。山で連想するのは、アルプス少女の絶叫ブランコだし、森なら由緒正しい名台詞を叫ぶものだろ。あとは、頂上に行って「低燃費ってなにぃー!?」と叫べばミッションクリアーだ。子どもだから許されそうなことは、一通りやっておきたい。
「山を見ていると、人って開放的になるよね」
『いつも開放されているじゃないですか』
お前ツッコミに関しては、相変わらず手厳しいな。
「お兄ちゃん、速いよ」
「あら、いい景色ね」
「あ、母さん、アリシア」
追いついた2人は、俺が先ほどまで見ていた景色に目を向けている。俺がいるのは、山道から少し外れたひらけた場所で、そこから遠くまで一望することができる。いやぁ、景色はきれいだし、マイナスイオンも最高。
『そろそろお昼になりそうですね』
「ほんとだ。目的地はもうすぐだったよな」
俺も腕時計で時間を確認する。そろそろお弁当の時間だし、もう少しで休憩場に辿り着くだろう。
俺はピクニックで山登りをすると決まった時、おすすめの場所について放浪中に聞き込み調査を行っていた。その途中で偶然出会ったお店の店員さんに、ここを教えてもらったんだが当たりだったな。
そういえば、お礼はぜひご家族でご来店を、と笑顔で言われたな。サービス券ももらった。強かだ。
「よーし、もうひと踏ん張りしますかぁ!」
「『オォー!』」
俺たちは拳を振り上げ、目的地に向かって意気込んだ。
「ほらほら、母さんも」
『いやいや、ほらって…』
「え、えぇ? お、おー?」
『やるんかい』
俺、母さんのそういうところ好きだよ。
******
今日は転移を使わず、家からちょっと遠い山道をお出かけしている。遠出をすることもできたが、今回は近場の方がいいかと考えたからだ。気疲れもしないし、母さんの気分転換にもなるかなと思った。
ここは『クルメア』と呼ばれる地名で、自然豊かな山々が連なっている。野生の動物もいるが、観光客も多いこの山道に姿を現すことはほとんどない。遠目に鳥やたぬきのようなものは見えることもあるらしいが、奥に入らない限り遭遇することはないだろう。
そんな自然で溢れる場所へ、5歳になった俺たちはピクニックにやってきた。俺がこの世界に産まれて5年目の日。始まりでもあり、終わりでもある年。正直複雑な気持ちではある。
だけど、今日は心から楽しもうと俺は思っている。母さんはこの1日を必ず一緒に祝ってくれる。無理はしなくていい、と伝えたことはあるが、母さんは大丈夫とただ微笑むだけだ。それなら、せめて思いっきり遊んで楽しむべきだろう。母さんのためにも、俺たちのためにもね。
というわけで、お弁当食い終わったので家族で遊ぶことにしました。
「お兄ちゃん、動物さんさがそうよ」
「動物か。ここらで見れるとしたら、鳥とか小型の動物だろうな」
「2人とも、森の奥には行っちゃだめよ。道も危ないし、危険な動物だっているからね」
母さんの言葉に、妹と一緒に返事をする。しかし、探すにしてもあんまり期待はできそうにないな。普通にきょろきょろ歩いているだけで、動物を見つけるのは困難だろう。
「そんな訳で君の出番だ、コーラル君」
『サーチですか? サーチャーぐらい頑張れば、ますたーもできると思うのですけど』
「この辺りにいる?」
『相変わらずスルーしますね。ちょっと待ってて下さい』
コーラルが円を発動した。
『あ、ここから50メートル先の木の上に反応がありました』
「猿だ!」
「鳥さんだ!」
『いや、反応があっただけで何かまでは…』
「頑張れ」
『いやいやいや』
根性論は駄目らしい。せっかくなのでみんなで見に行くことにしました。
しかし、人の気配を敏感に感じ取ったのか、あと数メートルでバササッ、と逃げられた。気を取り直して何回か探してみたが、同じように逃げられる。あがっていくフラストレーション。
「エンカウントぐらいしろよ! はぐメタよりひでぇ!!」
『ますたー、仕方ないですよ。野生動物は警戒心が強いですから』
「お母さん。私、動物さんに嫌われちゃったのかな」
「そんなことないわ。きっとみんな恥ずかしがり屋さんなのよ」
妹が肩を落とし、落ち込んでいる。このままではかわいい妹のせっかくの誕生日に、暗い影を落としてしまう。それはゆゆしき事態だ。
俺は母さんの方に目を向ける。母さんも俺と目を合わせ、お互いにうなずいた。すべてはアリシアの笑顔のために。
「コーラル、次の獲物は」
『南西200メートル先に……ってあのますたー。なんで僕を握っているのですか』
「決まってるだろ、お願いしに行くんだ」
俺はにっこりとほほ笑んだ。アリシアは動物が大好きだから傷つける訳にはいかない。母さんのバインドで捕まえるのもかわいそうと思われるかもしれない。なら、大人しくしてくれるようにお願いするしかないだろう?
そして転移で、獲物のとまっている木の近くまで瞬間移動した。俺の存在に驚いた野鳥はすぐさま飛び立とうとする。あはは、逃がすかコラ。
「脳天ぶちまけろやぁーー!!」
『え、えぇええぇぇーー!?』
まさに飛び立とうとした瞬間、俺は手に握っていたコーラルを勢いよくブン投げた。野鳥の羽にかする。何枚か羽が衝撃で抜け、野鳥ビビる。固まる。それでも必死に逃げようとする野鳥の眼前に。
雷ドゴーン。
焼き鳥一歩手前の事態に野鳥今度こそ硬直。彼の頭上には未だ暗雲が立ち込めている。一瞬、俺に視線を寄こした鳥さんに俺はにっこりと笑い返す。野生として生きる1匹の野鳥は本能で理解した。
あ、動けば終わると。
「ほら、アリシア見てみろ。鳥さんがいるぞ」
「わぁ、鳥さんだ! 鳥さーん!」
「よかったわね。鳥さんもきっと会えてうれしいと思っているわ」
「そうかな。けど、さっきのピカッって光ったのなんだったのかな」
「うーん、なんだろ。もしかしたらここにいるよって山の妖精さんが教えてくれたのかもな」
「すごーい!」
******
「運命とは自らが切り開くものである」
『物理的すぎるでしょ』
この世は弱肉強食。今晩のご飯は焼肉定食。
「それにしてもさすがは、母さん。デバイスも詠唱もなしに遠距離からの精密射撃。公式チート乙」
『公式ってなんですか。まぁあのくらいでしたら、確かにマイスターには雑作もないことでしょうけど』
母さんレベル高すぎだろ。さすがはラスボスの一角。
「世界的に見ても母さんってやっぱりすごいのか?」
『すごいですよ。魔導師ランクSというのは伊達ではありません。さらに条件付きでしたら、SSランクの実力もお持ちなのですから』
へぇ、なんとなくすごいのはわかるんだけど、あんまり実感がわかないや。SランクもSSランクの魔法も実際に見たことがないからだろうな。頭ではわかっていても、漠然とした想像しかできない。
原作でSランクだったのは、確かはやてさんだったよな。氷の魔法使ってたし、どこかのエターナル花粉症吸血鬼ぐらいの魔法ができるぐらいなのかね。基準がやっぱわからん。もうめっちゃすごいでいいか。
『で、ますたー。普通に会話してますけど、何か僕に言うべきことは?』
「ぱぱらぱっぱっぱー。アルヴィンの投擲スキルがレベル2にあがった」
物理的に突っ込んできたので、転移で避けました。
『どこの世界に自分のデバイスブン投げて、攻撃するますたーがいますかぁ!?』
「コントロールには自信があるんだ」
『魔法のコントロール練習してよッ!!』
俺、前世でも遠距離攻撃と攻撃避けんのは得意なんだ。水切りとか好きだったし、なぜかよくツッコまれるからそのツッコミを避けてたら、自然と身に付けたスキルたちだ。きっとこれから先も役に立っていくのだろうな。
『ますたーって、役に立ちそうな能力でも、残念な使い方しかできませんよね』
「あ、それは言いすぎだろ。俺だってちゃんと考えて使えてるはずだ」
『いきなり「デバイスを投げる」を選択するますたーが?』
「投げる以外の攻撃カードとか、俺ほとんど持ってないじゃん」
子どもの立場を利用して、社会的に攻撃することはできるけど。
『……一応聴きますけど、ますたーの持つレアスキルの認識は?』
「どこでもドア」
『…………』
……なんで黙るんだよ。
まぁこんな風にコーラルと駄弁りながら、木陰で涼んでいます。草の上で寝転がると気持ちぃし。母さんと妹は、休憩所の屋根の下で一休みしている。ここからさほど距離は離れていないため、お互いにすぐ視認できる。さすがに話声までは届かないけど。
ここから2人をなんとなく眺める。妹と母さんはここらへんの地図を見ながら、おしゃべりしているようだ。次の目的地でも話し合っているのかもしれない。
楽しそうにはしゃぐアリシアと、妹の勢いに押されながらも嬉しそうに笑う母さん。それは温かくて幸せな家族の光景だ。それなのに、その幸せを見るたびに、日々が過ぎていくにつれて、不安が押し寄せてくるのは俺が未来を知っているからなのだろう。
「……なぁ、コーラル」
『はい?』
「このままで、いいのかな」
『ますたー?』
自分でも情けない声が出たなと思った。俺は、俺にできることをやっている。だけど、今のままで本当にいいのかと思ってしまうんだ。
怖いんだ、この日常が壊れるのが。大切な人たちが消えてしまうのが。また……になってしまうかもしれないことが。
「あれからコーラルに、また何回か上層部の部屋に行ってもらっただろ」
『……えぇ』
半年ほど前に俺は上層部の部屋にコーラルを向かわせ、映像証拠を撮った。それからも何回か同じように映像を記録していた。これがあれば保険になるかもと思ったし、いつ事故が起きそうになるのかの検討材料にもなるかと思ったからだ。
だけど、それらの映像を見せてもらった時、正直いってまいった。コーラルから見せてもらった映像には、想像以上に劣悪な管理状況と上層部の思惑がはっきりと映し出されていた。この映像は証拠にはなるはず、だけどこれだけで本当に大丈夫なのか。不安の2文字がよぎる。
事故は起きる。俺の中にある原作知識ではっきりと覚えていることだ。正直、俺というイレギュラーが入ったことで、もしかしたら事故が起きない未来もあるのではないかと思ったこともあった。だけど、漠然と理由はないけれど、俺はその考えを否定した。事故は必ず起きる、そんな予感が収まらなかったからだ。
「事故が起きたら、どうなるのかな」
『ますたー。事故が本当に起きるかどうかは』
「……じゃあ、もし起きても起きなかったとしても、母さんは大丈夫なのか」
『……裁判ですか』
コーラルの言葉に俺はうなずく。事故や不祥事が起こったとしても、上層部のやつらは裁判になっても問題ないと話していた。それは裁判官を抱き込んでいるからであり、証拠も隠蔽しているからであろう。さらにそれらを後押ししているやつらも上層部以外にいる。
原作で確か母さんは、裁判で訴えたが敗訴となり、ミッドチルダを追放された。さらに上層部のやつらは母さんにすべての罪を擦り付け、自分達は悠々と椅子に座り続けた。
もし事故が起これば、当然責任問題が発生する。果たして主任である母さんを、上層部がスケープゴートにしない可能性はどこにあるだろう。もしかしたら他の開発メンバーのみんなに矛先が向くかもしれない。少なくともあいつらが捕まる可能性は低く、原作通り母さんに罪を被せる可能性の方が高い。
この映像記録だけで、本当にいいのか。保険なんてそんな程度で、本当にいいのか。あいつらは母さんを潰す気だ。俺たち家族を潰す気なんだ。事故が起きない場合だって、真実を知る母さんを野放しする保証がどこにある。
「大丈夫じゃないよな、やっぱり。本当、……なんで俺の周りって理不尽だらけなんだろ」
産まれた時から思ったことだ。不安に思った。なんでこんなにも壁がいくつもあるんだろうか。なんでこんなにも俺たち家族の先には、幸せが遠いのだろうかと思った。
不安が胸中に広がる。だけど、不安以上に俺の心の奥にはもう1つの感情があった。それは徐々に不安すら塗りつぶすほどに大きくなっていくのを感じる。嘆くよりも純粋に感じる思い。
俺は……かなりムカついていた。
「コーラル。俺さ、喧嘩とかも嫌いだし、悪いことだってしたくない」
『……はい』
「盗撮が犯罪なのはわかっているし、誰かを陥れる、不幸にすることがどんな理由があってもやっちゃいけないことだろうってわかってはいる」
でも、母さんが泣いていた。これ以上泣かせたくなかった。笑顔でいてほしいと思った。
けれどそれを邪魔するやつらがいる。なら簡単だ。そんなやつら、ぶっとばせばいいじゃん。
「ここまで俺たち家族に喧嘩を売ってくるのなら…買ってもいいよな? 俺たち家族を潰しに来るのなら、遠慮していたり、保険なんて後手にまわってちゃ手遅れになるかもしれないよな」
『……相手は組織ですよ?』
「真正面からぶつかるつもりなんてない。俺に足りないものなんていっぱいあるけど、だったら余所から持ってくるだけだ」
俺に出来ることなんて少ないさ。でも、少ないだけで何も出来ない訳じゃない。出来ることを少しずつでもやっていけば、新しい道が見えるかもしれない。俺なりのやり方でぶっとばせばいい。なら、やるだけの価値はきっとある。
『ますたー、僕からも1ついいでしょうか』
「無茶だって?」
『まさか』
『ますたー1人じゃ心配ですからね。やるなら徹底的にやっちゃいましょう。僕はますたーのデバイスで家族なのですから』
状況や未来は理不尽だと思うけれど、同時に本当に俺は恵まれているなと心から思う。
「いいのかよ、何させるかわかんねぇぞ」
『ますたーが変なことするのはいつものことじゃないですか。僕のますたーはこんなんですからね。デバイスの僕がしっかりやってあげないと』
「こんなん言うな」
いつも通りのやり取りに苦笑する。よっしゃ、それじゃあ早速手を打っていくぞ。あいつらにぎゃふんぎょふん言わせてやる!
「お兄ちゃん、大変だよ!!」
妹の突然の呼びかけに驚く。かなり切羽詰まっていることを声から感じ取り、俺は転移を使ってアリシアのもとへとんだ。
「どうしたんだ!?」
俺が来たことに気付き、妹はあわあわしながら俺を引っ張っていく。そこは休憩所から少し離れた場所で、木々が犇めいている。母さんがその近くで、どこか困ったような顔で草むらに目を向けていた。
「お兄ちゃん、あそこの草むらで…」
「草むら?」
俺は訝しげにアリシアが指差す先を見る。俺はアリシアの前に出ながら、様子をうかがった。母さんの近くまで近づくが、草陰で正体まではわからない。なので、率直に聞くことにした。
「何があったんだ」
「くいだおれていた」
「……ワンモアプリーズ」
「くいだおれていた」
じゃあ、そっとしておいたほうがいいんじゃね? いや、胃薬ぐらいあげるべきか?
『いえ、ますたー。どうやら人ではないみたいです。反応からして動物ですね』
「動物? あ、母さん」
「2人とも離れていてね」
母さんが草むらをかき分け、中へと入っていく。少しして、母さんが抱きかかえながら運んできたものに驚いた。妹がそれを見ながら、ねっ、くいだおれてたでしょ! と自信ありげに言っていた。
「いや、アリシアさん。それを言うなら、いきだおれていただ。おしいッ!」
「あ、まちがえちゃった」
『のんきに会話されますねー』
しかし、行き倒れている表現も合っているのか? 母さんが腕に抱えてきた動物に、俺たちは興味津津に覗きこむ。とりあえず休憩所まで移動し、様子をみることになった。
なんでも妹が休憩所の近くで遊んでいたら、鳴き声が聞こえてきたらしく、それで見つけたみたいだ。アリシアはその動物を見つけ、母さんと俺を呼びに来たらしい。今はベンチの上で静かに横になっている。胸が小さく動いているから、生きてはいるみたい。よかった。
しかし、まさかここで登場するとは。たぶん本人? だと思うけど。母さんとアリシア以外の原作のお方。俺が原作知識でテンションが上がったお方。まさにもふもふだ! 肉きゅうぷにぷにだ!
ねこだ! もふもふだ! にゃんこだぁーー!!
「ねこさんどうしたのー?」
「やべぇ、もふもふだ! ぬこだ。やまぬこだ。いや、この場合こやまぬこ?」
「えっと、こねこだから、こやまねこじゃないかしら」
『とりあえず外傷はないようですが、衰弱しているみたいですね。意識もありません。親はどうしたのでしょう? 近くに反応はないみたいですが…』
「ねーこー?」
「母さん、ねこはぬことも呼ばれてるんだよ。ぬこぬこ。あ、この子メスだ。ほらついてない」
「そうなの? ぬこぬこ。あら、ほんとメスみたいね」
『聞けよ、天然ども』
******
「本当によかったのか、アリシア」
「うん、だってねこさん心配だったもん」
そっか、妹が納得しているならそれでいいか。猫を拾って、それからどうするかを話し合った。このまま自然に帰すにしても子猫だし、親も見つからない。そんな状態でまた山に帰しても、生きていくのは難しいだろう。
なら、俺たちに出来るのは実質2つだけだ。拾うか、見捨てるか。まぁこの選択に関しては、そこまで困らなかった。妹は猫を気に入っているようだし、俺はもちろん賛成。母さんも最初は困った顔をしていたけど、了承してくれた。
見つけて、拾ったのは俺たちだ。頭を下げて2人でお願いした。俺たち2人の5歳の誕生日プレゼント。新しい家族が今日できることになった。
「えへへ」
「嬉しそうだな」
「うん!」
妹は元気よく返事をする。その笑顔が本当に眩しくて、見ていてこっちも嬉しくなる。妹パワーか。シスコンでいいや、俺。もう紛れもないシスコンだわ。かわいいは正義。
「そうだ、名前つけなくちゃ」
「え、もうつけるのか?」
「名付けは三文の徳!」
「早起きです」
新しい言葉をどんどん使っていきたいのはわかるけど、落ち着きなさい。前に晩御飯でお茶飲む時「君の瞳にかんぱい」とか言って、俺と母さん噴出させたばかりだろ。使いどころ違うから。
妹はそうなんだー、とうなずきながら猫を眺めている。名前を考えているのだろう。俺はこの子につくだろう名前を予想出来る。原作の登場人物なら、おそらく彼女の名前は…。
「りにす…。うん、『リニス』がいい! かわいいでしょ?」
「リニス。あぁ、ぴったりじゃないか?」
「やった! リニスー!」
妹は何度もリニスの名前を呼び掛ける。俺も真似してリニスに呼び掛けていた。
初夏のこの日、テスタロッサ家にリニス(子猫)が加わりました。
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