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ドン=カルロ

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第四幕その二


第四幕その二

「このスペインには忌まわしいユダヤ人もイスラムの者もおりませぬ。ましてや異端の忌まわしい息吹も聞こえてはきませぬ」
 どの者もカスティーリャとアラゴンの併合の時に追放されている。新教徒はあまりにも旧教の勢力が強い為入ることが出来なかったのだ。
「しかし今その異端の教えを持つ者がこの国に潜んでおります」
「誰ですか!?」
 王は問うた。そのような者など心当たりがなかった。
「王子のことなどその者と比べれば小さなことです」
「?誰でしょうか」
 王は益々わからなくなった。とりあえずはカルロを殺めずに済むと思いホッとした。
「本当にご存知ないか」
「はい」
 そう答えるしかなかった。
「ではお答えしましょう」
 彼はゆっくりと口を開いた。
「ポーザ公爵です」
「馬鹿な!」
 王はロドリーゴの名を聞き思わず叫んだ。
「それは何かの間違いだ、彼はわし、いや私の・・・・・・」
 王の声は明らかに狼狽したものであった。
「腹心でありましたな」
「はい・・・・・・」
 王は落ち着きを取り戻して答えた。
「そこに問題がありますな」
 彼は見えない目で王を見た。閉じられてはいるがそこには何故か剣呑な光が感じられた。
「陛下は今まで孤独であられました」
「はい・・・・・・」
 そうであった。王は至上の位、彼の他にこの位にいる者はこの国にはいないのだ。
「確かに私は今まで孤独でした」
 それは彼もよくわかっていた。それに耐え、責務を果たすことこそ王の宿命だと思っていた。
「ですが・・・・・・」
 それが変わったのはロドリーゴが現われてからであった。
「彼は私を常に助けてくれました。この宮廷、いや不毛な世界で唯一人・・・・・・」
「陛下」
 審問官は再び彼を見て言った。その見えない目で。
「陛下の冠は神より授けられた至尊のものですぞ」
「それはわかっております。だからこそ私は・・・・・・」
「神と国、そして民の第一の下僕であると仰るのですな」
「はい」
 王は息を呑む様な声で答えた。
「そう、陛下は神と主、そして精霊の第一の下僕であらせられる」
 彼はここで巧みに旧教の定義を出してきた。これに逆らった者は今まで全て異端と断定されてきた。
「陛下と同列の方はこの世にはおられぬのです。それはよくご存知の筈ですが」
「その通りです」
 彼はその言葉に逆らうことが出来なかった。王として、旧教を信じる者として。
「陛下、元に戻られればよいのです。陛下はこれまでその双肩でこの国を支えてきたではありませんか」
「そうですが」
 だがそれに疲れてきた。責務を放棄するような彼ではないがその重みに次第に疲れてきたのだ。これは彼が次第に老いてきたせいもあろうか。
「このスペイン、そしてフランドルの為に申し上げましょう。ポーザ公爵を除きなされ」
「それは・・・・・・」
 王はそれを拒もうとした。しかし。
「神の為です」
「・・・・・・・・・」
 それを否定出来なかった。スペインの王として、ハプスブルグ家の者として。
「このスペインは神の守られた国です。それを治める陛下にもそのご加護なくしては治められぬのはおわかりでしょう」
「そのご加護とは・・・・・・」
 異端審問、そして僧侶達の横暴のことだ、と言おうとしたが言う事は出来なかった。スペインの僧侶達はドイツやフランスのそれと比べると腐敗は酷くはない。厳格なイエズス会の影響だがそれはそれで王にとっては厄介であった。今目の前にいるこの審問官の様に頑迷な人物を輩出してしまっているからだ。
「わしは先王にもお仕えしました」
「父上か」
 壁にかけてある肖像画を見る。彼と殆ど同じ顔のその肖像画の人物こそ父カール五世であった。神聖ローマ帝国を、そしてこのスペインを支えた偉大な父だ。
 彼は常に思っていた。自分はこの父より劣っていると。だがそれを拭い去る為に彼は今まで身を粉にしてスペインの為に働いてきたのだ。
「陛下は今先王に肩を並べられようとしております。今この国は世界の頂点にあります」
「父上に」
 彼はその言葉に甘い囁きを感じた。
「だが私には彼の力が」
「必要ありませんな」
 それに対して審問官は言い切った。
「先王も一人でこのスペインを支えられました。陛下にそれが為せぬ筈がありませぬ」
「そうは言うがな」
 父カール五世も最後には力尽き全てを彼と自身の弟フェルディナント一世に譲り歴史の表舞台から退いた。その時の姿はそれまでの偉大な君主ではなく疲れきった一人の老人であった。
 
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